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月子の場合  作者: ヒスイ
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日野月子の場合②

朝食に野菜山盛りのお味噌汁、卵焼き、焼き魚、昨日の煮物、お手製のお漬物、納豆、ご飯。

私の忠告は何だったんだろうか。

しかし祖母は元気だ。ぺろりと平らげる。元気の秘訣なのかもしれない。


朝食の片付けを一緒に行い、朝のニュース番組を見た後、祖母と支度をし近隣といっても車で30分の距離にある衣料品や市販薬、洋服、家具などなんでも売っているディスカウントストアに行くこととなった。

私はそこで洋服などの生活必需品を揃えるのが目的だ。火事で何もかも失ったので田舎ならではのそういうお店は有難かった。

祖母は今年で七十二歳になるが未だに愛用の二十年物のセダンを乗り回している。年季が入ったそれのエンジン音やシートの座り心地が好きなのでわくわくした。


ディスカウントストアの無駄に広い駐車場にセダンを停めて、店内に入り私と祖母は別々に行動する。

大型の倉庫を改築した造りになっており天井や壁は鉄骨やコンクリートがむき出しで吊るされた電球が少し薄暗く店内を照らしていた。

祖母は真っ先に食品コーナーに買い物かごを押していく。

私は真逆の生活雑貨のコーナーに行く。

まずはかばんを物色。今持っているポーチだけでは物足りない。とにかく容量が大きく両手が自由に使える物を三個ほどかごに入れ、文房具はお気に入りのメーカーのもので統一させた。

次は洋服コーナー、下着や靴下は雑多にかごに放り込んでいく。昔から特に興味があったわけでもないし姉のおさがりがほとんどだったからだ。

そんな私の目に留まったのは真っ黒のワンピース。ひざ丈くらいだろうか。ワンポイントも何もついていないまるで喪服のような漆黒のそれは売り場の片隅にひっそりと展示されていた。

飾り気のない黒に私は妙に引かれて試着する。サイズもぴったりだ。

試着から戻った私は迷うことなくそのワンピースを五着かごに入れる。

自分の買い物はこれで終了。食品コーナーと生活雑貨コーナーの間で祖母と落ち合う。

黒のワンピースを大量購入していることを不思議がられたが追及されることはなかった。

食料品と私の日用品の合計金額はそこそこに高く、私はそわそわしたが祖母が財布から万札をまとめて出す。


「みんなが月子ちゃんに遺したお金だから気にすることはないんよ。」


そう言われて私の罪悪感も消えた。

家に帰ってから私はすぐに黒のワンピースに着替えた。我ながらかなりしっくりくるデザインにサイズ感だ。

昼食の準備をしている祖母に何か手伝えることがないか伺うために一階のキッチンまで向かう。

ちょうど素麺を茹でていた祖母は私の気配に振り返り表情を明るくする。


「月子ちゃん、よう似合ってるねえ。最初見たときは少し地味な服かと思ったけど月子ちゃんが着ると華やかだわ。」


私は嬉しくなって笑みがこぼれた。

昼食の準備はもう既に整っていたため茹で上がる素麺を待ち、それを冷水で締めて氷を散らした器に盛りつけ、そのほか薬味やめんつゆと一緒にいただく。

以前住んでいた場所とは違い、家が密集していないのと標高が高いせいか真夏の昼間でも窓を開け放っていれば涼しい風が舞い込み風鈴を揺らした。


食後の後片付けを一緒にしていると呼び鈴が鳴り、無遠慮に玄関の引き戸が開かれる。

田舎ならではの鍵もかけず知り合いは普通に入って来る方式だ。


「日野さーん!言ってた物、持ってきたよー!」


家中に響き渡る大声でお祖母ちゃんを呼ぶ。

にっこりと笑った祖母は私に手招きをして一緒に玄関まで向かう。

玄関には大きなスーツケースが置かれており傍には祖母と同年代の女性がにこやかに座っていた。


「あらあらこんなに。せっちゃん、佐々木さんありがとうねえ。」


「気にせんでいいんよお。この子が月子ちゃん?本当に綺麗な子だねえ。」


佐々木さんと呼ばれたその人は私の顔を見ると満面の笑みを浮かべた。

祖母の友人だろうか、私は深々とお辞儀をする。


「月子ちゃん、こちらはお隣の佐々木さん。お孫さんが去年に東京の大学に行ってね、月子ちゃんのことを話したらお下がりでよければ洋服を分けてくれるってことで来てくれたんよ。」


私はスーツケースに目をやる。

海外旅行にでも持っていくような大きなスーツケースだ。この中身が全て洋服だとしたらとんでもない量になる。


「そ、そんな…こんなにいただいていいんですか?」


さすがに恐縮する私に佐々木さんは快活に笑いながら


「気にせんでもいいのよ。どうせ箪笥の肥やしになるだけだしねえ。背丈も月子ちゃんと変わらんと思うから幾つか着てみて気に入らんものがあれば捨てたらいいよ。」


と言ってくれた。

祖母も、私らはここで井戸端会議しとくから試着しておいでと言ってくれる。

私は何度も感謝の言葉を伝え、巨大なスーツケースをリビングに運ぶ。中身は洋服なので見た目よりも重量は軽かった。

スーツケースの中身を開くとまるで宝石箱の中身のように煌めいている。

佐々木さんはよほどのお洒落好きだったのか様々なジャンルの洋服が詰め込まれていた。

ガーリー、ストリートカジュアル、マニッシュ、トラッドなど私が着たことのない洋服の数々に心が躍った。

今着ている黒のワンピースを脱ぎ、丁寧に畳んだ後、フリルの着いたノースリーブのワンピースを着て麦わら帽子を被ってみる。さっきまでの黒とは違い一気に清楚感が増した。

私は玄関で談笑をしている祖母たちの前に姿を出してみる。


「月子ちゃん、良く似合ってるねえ。」


「どこかの女優さんみたいだわ。」


二人ともニコニコしてくれる。

私は二人の反応が嬉しくその後もファッションショーさながらに何着か着ては二人に見せて反応を楽しんだ。

佐々木さんの言う通り、どれも私のサイズに合っていて裾直し等の必要は全くなかった。

私がお礼を言うと佐々木さんはよかったらこれも、と大きな紙袋に乱雑に入れられたスニーカーやローファー、パンプスを何足もくれた。どれも一回か二回履いては別のお気に入りの物を履くため靴箱が大変なことになっていたのだとか。

さすがに申し訳なくなってきた私と祖母だったが今夜の夕食をうちで一緒に食べるという交換条件にもなっていない条件で譲ってくれた。

私は部屋の箪笥に衣類をしまいながら、喜びとは別のことを考えていた。

普段はお気に入りの黒のワンピースで生活し、売春では様々な洋服を着て別人のように振舞おうと。

売春からの帰り道、どこかで着替えれば私は私でいられる。

夕陽が差す窓の外から鳴く蝉はカナカナと切なくも綺麗に鳴いていた。

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