日野月子の場合①
『日野月子』、それが私の新しい名前になった。
葬儀のあと、私は着の身着のまま母方の祖母の家に転がり込んだ。
新幹線で二時間ほど移動して着いた土地は緑が多く静かな田舎町だった。
もっと幼いころに何度か来た事があるがほとんど変わっておらず安心した。
移動中、祖母はずっと私のことを気にかけてくれた。元気も優しさも健在なその姿は私にはすごく眩しく映った。
私は何度も、大丈夫だよ、を繰り返して祖母の安心を買おうとしたがぎこちない笑みと頼りない言葉は余計に心配材料となったため途中からは狸寝入りを決め込んだ。
到着した祖母の家は昔ながらの日本家屋で一昨年に祖父が亡くなってからは週に一回家政婦さんを呼んで掃除を手伝ってもらっているくらいに広かった。
着いて早々に祖母は仏間に私を通してくれた。
「月子ちゃん、みんなの遺骨と位牌、おじいちゃんの隣に置いてあげて。」
豪華な仏壇の横には真っ白な布が敷かれた台が置いてあり私はそこに四人分の遺骨と位牌を並べた。
そしてしばらく厄介になることと家族を守ってもらうように静かに祈った。
隣で手を合わせていた祖母が立ち上がり、改めて家の中を案内してくれる。
私の部屋は二階で昔、母が使っていた部屋だ。
昨日中に家政婦さんが綺麗にしてくれたらしく敷き詰められた畳は埃の欠片もなかった。
案内が終わるとそそくさと夕飯の準備に入る祖母。
手持無沙汰となった私は茶の間にあるテレビを眺めながらこれからのことを考えていた。
手持ちの現金はそこそこあるのと両親の生命保険や住宅の火災保険などでかなりのお金が私の元に入って来るらしい。
ただ、手持ちの現金以外は今後お世話になる祖母に譲ろうと思っている。
そうすれば私も祖母もなんの負い目もなくお互い自由に暮らせるからだ、という話を葬儀後、親戚の前で話したら叔父や叔母が分配がどうのこうのと口出しをしてきた。
私が少し見つめていたら彼らは黙ったのでそれでいいが。私は怖い顔をしていたのだろうか。
学校についてはちょうど夏休み期間であるためしばらくは考えなくてもいい。
問題はその先。どうやって私の目的を果たしていくかだ。
田舎にいるだけでは何も解決しない。それに私は無知で無力な中学生だ。
新幹線の中であれこれ考えていた導き出した答えは都会に出ること。人が多い場所に行けば自然と情報の入手経路も増えるし人脈も増える。
高校から都内で、と考えたがそれはあまりにも無謀だし私の世話を買って出てくれた祖母に失礼な気もする。
だから高校まではこの家で暮らし、学力をしっかりと身につけた上で都内の大学に進学することに決めた。
そしてもう一つ重要なことがある。
そう、資金源の確保。
これに関してはもうプランが形成できた。
売春をさせられていて感じたこと、若さや幼さは武器だということだ。
岡たちの会話で小耳に挟んでいたがやはり若いほど売春の金額は高い。これを利用しない手はないがいかんせん私にはコミュニティーがない。
そこで思いついたのがインターネット。匿名掲示板やチャットサービスを利用すればここでもそれなりに稼げるのではないかと考えている。
もちろんリスクも大きい。先日のように執着されて襲われるリスクもあるだろう。病気になるかもしれない。
そのあたりのリスク管理が重要だ。
私は料理をしている祖母に携帯電話が欲しいと伝える。
祖母は好きにしたらいいよ、と即答。後日一緒に契約に行く流れとなった。
ゴロゴロしていると夕方になり、祖母が忙しそうにテーブルに料理を運んでくれる。
私も手伝おうとしたがすぐに制されたので大人しく座布団に座る。
天ぷらにから揚げに煮物にお刺身にコロッケにサラダに巻き寿司に…大きな木製のテーブルがあっという間に手作りの料理で埋め尽くされた。
「お、お祖母ちゃん、こんなにたくさん…。」
「月子ちゃんと暮らせるのが嬉しくて作りすぎたかねえ。余ったら明日も食べればいいからたんとお食べ。」
祖母の柔らかい笑顔と料理から立ち上る湯気に私は圧倒され少しずつ箸を進めた。
結局は半分も食べれなかったが祖母は喜んでくれた。
入浴後、私は家政婦さんが用意してくれたというパジャマに袖を通し、自室の窓を開けて虫の音を聴く。
火事の日、深夜の公園で聴いていた声よりも種類が多く、大音量だが不快ではないその声を聴きながら私は深い眠りについた。
翌朝、目覚めると祖母はもう既に起きていて庭の草いじりをしていた。
母の趣味は祖母譲りのようだ。
私も庭に出て手伝うことにした。
「お祖母ちゃん、おはよう。」
「あら、月子ちゃんおはよう。早いねえ。」
祖母は中腰のままこちらを振り返りにっこりと笑った。
母の面影が重なり少しめまいがした。
「私も手伝うよ。」
「嬉しいねえ。じゃあ、雑草抜きと水やりをお願い。お祖母ちゃんは朝ごはんの準備でもしてくるね。」
花の名前なんて分からないが色とりどりに咲く夏の花たちはどれも生き生きとしていた。
私は祖母の背中を見ながらハッとして声をかける。
「お祖母ちゃん、張り切りすぎなくていいからね。」
祖母はコクリと頷いたが本当に分かっているのだろうか。




