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月子の場合  作者: ヒスイ
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川原護の場合

寝耳に水、青天の霹靂、驚天動地。

どんな言葉を使っても表せないショックが朝のニュース番組から流れてきた。

天野家全焼、そして月子ちゃんを除く三人の死。

朝食を摂る手を止めて食い入るようにテレビ画面を見つめる。

アナウンサーが読み上げる原稿には、放火の可能性が高い、と。


天野家を取り巻くここ数年の変化はあまりにも奇妙なものだった。

長女玲子ちゃんの自殺とその真相。父親の左遷。そして今回の放火疑惑。

僕も長年の馴染みである彼に頼まれて玲子ちゃんの遺書を読ませてもらったがあれに書いてあることが本当であればとんでもないことだ。

もちろん玲子ちゃんを疑っているわけではない。

市長の息子による売春の強要、それに関わる医師の息子、不良グループのリーダー。警察の副署長の息子、なぜか急に警察が玲子ちゃんの自殺について調べるのやめたこと。

バラバラに見える点がゆっくりと繋がっていく気がしたが何かが足りない。


僕は数日後の葬儀に参列することを決めた。

葬儀といっても焼死体の場合、一般的な葬儀とは別物だ。

警察の検視や司法解剖が終わった後は通夜や葬儀を行わない火葬式、いわゆる直葬となる。

普通であれば親族等の親しい間柄でしか参列できないが僕は直接月子ちゃんと連絡を取り、参列させてもらえることとなった。


火葬場まで車を走らせ到着すると既に親族の数名が集まっていた。

僕の到着に訝しげな視線を送られるが月子ちゃんが気づき親戚たちに耳打ちをする。

一礼をして棺が三つ、火葬炉に入れられ一同は乗り合わせてきただろうバスに乗り込む。

僕は月子ちゃんを呼び止め、親戚の許可をもらい自分の車に乗せた。


「ごめんね、月子ちゃん。無理なお願いを聞いてもらって。」


「いいえ。私たち家族を助けてくれた川原さんのお願いですから喜んで聞きますよ。」


前を向いたまま彼女は答える。

僕が次にかける言葉を探していると彼女は僕の方を向き、


「それで私に聞きたいことは何でしょうか?」


と刺すように質問を投げかけてきた。

その勘の鋭さよりも、僕が驚いたのは彼女の目に全く光が宿っていないことだった。

以前の月子ちゃんとはまるで別人。

何かを覚悟したその目は光をも捉えて吸い込むブラックホールのように黒く、鈍く光っている。

同じような目をした人間を何度か見たことがある。

ニュースにもなった連続殺人犯、信念に基づいて上司を殺したサラリーマン、狂気に呑まれ親と隣人を殺して回った少年。全て国選弁護人として私が担当した人物たち。

今の月子ちゃんは彼らと同じ目をしている。狂気と信念に満ちたその目は何度見ても忘れられない。


「警察からの事情聴取で何を聞かれたのか教えてほしい。あと、私に最後に会ってからの数年間で君に何があったのかを。」


「警察官からは事件当時の私の動向を聞かれたのと、ガソリンが使われた可能性が高いこと、庭に侵入した少年少女の目撃情報、付近のガソリンスタンドでポリタンクにガソリンを詰める少年少女がいたこと、ですね。でもどうせ彼らは逮捕されないのでいいんです。」


「逮捕されない?どうしてだい?ガソリンスタンドと月子ちゃんの家付近の防犯カメラの映像解析を行なえば彼らはすぐに身元が分かる。」


月子ちゃんはフロントガラスに目をやり、火葬場の煙突を眺める。


「お姉ちゃんの自殺の時と一緒。何を訴えても証拠があっても消されるから。市長の息子、街の中でも中核病院の院長の息子、警察署副署長の息子、これだけ役者が揃えば市民が四人消えても誰も口出しなんてできないんです。」


煙突からでる煙を眺めているのだろうか。

煙は最初こそ色と形が分かるが上昇するにつれて青空に消えていく。


「あと、私の話でしたよね。私は中学一年の秋からつい先日、家が焼ける日の前日まで彼らに言われて売春をさせられていました。山田が持っていた私と心の痴態のデータは消去するより先に彼らに渡っていたんでしょうね。彼らは心を脅迫の材料に使って私を売春婦に堕としました。平日は多くて三人、休日は七人くらいだったかな。毎日知らない男の人とセックスをさせられて、私は彼らの金稼ぎの道具になっていたんですよ。あ、妊娠や堕胎の経験はありませんよ。お姉ちゃんのことで学んだのか私は毎日ピルを飲まされていましたから。私に好意を持った男性に帰り道で襲われたこともありました。カッターナイフで応戦してその場は何とかなりましたが結局はそれが彼らにとって家を燃やす口実になったんじゃないかと思います。客に手を出した厄介な商品、自分たちの秘密を知る家族、この二つを同時に消せる合理的な方法としてガソリンを撒いて火を点けたのでしょう。彼らの計算ミスは私の趣味が深夜徘徊だと知らなかったことでしたが。それでも住む場所を失った私は今後、この街から遠く離れた祖母の家に身を寄せることになります。そこから私が声を上げようが彼らには雑音にもならない。これで全てです。満足していただけましたか?」


月子ちゃんは再び私に向き直る。

僕は聞くも地獄の内容に唖然としていたが勇気を振り絞って彼女に告げる。


「僕は弁護士だ。こんな理不尽あってはならない、見過ごしてはならない。売春の強要、放火殺人、どちらも厳重に処罰されるべき事案だ。君が望むなら僕は無償で君の弁護人として戦う。闇に隠れている人間と真実を白日の下の晒してやろう。それが君の家族への弔いじゃないのかい?」


僕が言い終えると月子ちゃんはぐっと顔を吐息のかかる距離まで近づけた。

至近距離で黒い瞳が僕の瞳を捉えて離さない。


「川原さん、あなたの正義は私にはいらないの。もし仮に白日の下に晒しても少年法に守られている彼らは矮小な罰のみで許されることになる。そんなこと絶対に許さない。彼らを裁いていいのは私だけ。法律も秩序も正義もいらない。私のこの手で彼らを地獄まで連れていく。」


そう告げ終えると月子ちゃんは助手席のドアを開けた。

夏の暑苦しい空気がエアコンの効いた室内に無遠慮に入ってくる。

ゆっくりと車から降りた彼女はペコリと頭を下げた。


「今日はお忙しい中、参列いただきありがとうございました。どうか、道中お気をつけてお帰りください。」


機械音声のような淡々とした口調と仮面を張り付けたような笑顔。

僕は恐怖を覚えながらも声を振り絞る。


「月子ちゃん、僕に出来ることがあったら教えてほしい!君と君の家族の為ならぼくは」


「私の邪魔をしないこと。これが川原さんに出来る唯一のことです。私の邪魔をするなら恩人でも私は…これ以上は無粋ですね。それではさようなら。」


もう一度頭下げて月子ちゃんは火葬場へ歩いていく。

私の邪魔をするなら恩人でも私は「殺す」、言葉にはしなかったが口は動いていた。

僕はその背中をしばらく見つめたあと、火葬場を後にした。

自分の正義の薄っぺらさと純粋無垢だった少女が復讐に支配された姿は僕を絶望させるに十分すぎるくらいだった。

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