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月子の場合  作者: ヒスイ
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天野月子の場合⑭

両親が家を出た後、私は自分と心の分の朝食を準備し、心を起こし、二人で朝食を済ませた。

心が自分は学校に行かなくてもいいのかと尋ねてきた。

私はしばらくお休みしていいんだよ、と返すと心はほっとした様子で笑い、朝食を食べてすぐにテレビを観ていた。

朝食の片付けを終わらせた私は頑張っている両親の役に立ちたいと思い、家の片付けを始めた。

数か月も貯めていたゴミを種類別に色分けされた半透明なゴミ袋にどんどん分別して押し込んでいく。

一時間も過ぎた頃には腐敗臭を漂わせていた台所のゴミのほとんどを片付け終え、久しぶりに見た床に掃除機で埃や虫の死骸、小さなゴミを吸い上げ、雑巾でくまなく拭き上げた。

飲み物を取りに来た心が綺麗になった台所を見て歓声を上げてくれた。


「お姉ちゃん、魔法使いみたい!臭くないし歩ける!」


心の笑顔と言葉に気分を良くした私は次にリビング、トイレと掃除を進めていった。

リビングの床に広がっていたスーパーのお惣菜のトレイやアルコール飲料の缶も捨て、こちらも同様に掃除機と雑巾がけを行なった。

心も手伝ってくれたので広いスペースの割には早く終わった。

途中でゴキブリや残飯に湧く蛆や集るコバエに心が悲鳴を上げていたが私は取り乱すことなくティッシュを纏った手で潰してゴミ袋に放り込んだ。

違和感を覚えた。以前の私なら害虫を見ただけで全身が鳥肌立ち、叫んで逃げていたが今はティッシュ一枚で殺すことに何の抵抗感も躊躇もなくなっていた。

心の中にある何かが欠けた気がして、それはもう戻らないような少し寂しい気分。それを上書きして埋めるように私は次のトイレ掃除に向かった。

天野家のトイレは一階と二階にそれぞれ一つずつある。

一階のトイレは主に一階で寝起きする両親が、二階のトイレは私と心とお姉ちゃんが使っていた。

二階のトイレは私ができるだけ毎日掃除していたので綺麗だが一階のトイレは悲惨だった。

元々、父は母や私が何度注意しても立って用を足すためあちこちに尿が飛び散り、さらには両親ともに最近酔っぱらっていることが多かったのもあり吐しゃ物の残骸や尿が便器から外れた位置にこびりついている。

便器の中も黒ずみだらけで扉を開けた瞬間から異臭とコバエが舞った。私は吐き気を抑えながらもまるで自分の心の黒い部分を清めるようにトイレ掃除に打ち込んだ。

汚水や汚物がパジャマや顔に飛び散るのもかまわず一心不乱に、まるで何かにとり憑かれたように便器、床、壁を磨いた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


心の呼びかけで我に返る。

振り向くとトイレの前に心が立って床を磨く私を見下ろしていた。

彼女は私を見ると露骨に嫌そう表情を浮かべる。


「お腹空いちゃった…。けど、お姉ちゃんは先にお風呂に入ったほうがいいかも。」


そこまで言うと心はリビングに逃げるようにして去っていく。

私は綺麗になったトイレを確認し、心に促されるまま脱衣所に向かい鏡を見た。

掃除の過程で飛び散った汚物が顔やパジャマに付着している。意識しだすと強烈な臭気が私の鼻をつく。

この臭気が気にならないほど掃除に熱中していた自分に呆れつつも私はシャワーを浴び、着替えてリビングに向かう。

テレビを眺めていた心が綺麗になった私を見て露骨に安堵の表情を作った後、昼食の催促をされたので戸棚にあったカップ麺に沸かした湯を入れて二人で食べた。

綺麗にしたキッチン、整理整頓されたリビングで食べるカップ麺はいつもの何倍もおいしく感じ、心も笑顔になっている。この子は昔から感情表現が素直過ぎる。黙っていても先ほどのように表情にも出るので扱いやすいし何より可愛らしい。私にも姉にもない才能だと思うがもう少し表情に出るのはどうにかしないとなあ、なんてぼんやり考えていた。


「学校休んで、お姉ちゃんと二人でラーメン食べてると悪いことしてるみたいだね。」


いたずらっ子のように笑う心に私も同意してあっという間に平らげた。

片付けをして二人でテレビを観ていると玄関の扉が開いて両親が帰ってきた。

私は心に自室に戻るように促し、心も素直に自室に戻った。

入れ違いでリビングに入ってきた両親の顔はひどく疲れていた。二人が朝と同じように椅子を引いてテーブルに座ったので私は冷蔵庫からお茶を出しコップに注ぎ二人の前に置いてテーブルに座った。


「ありがとう、月子。あら、キッチンもリビングもこんなに…。」


お茶を飲もうとして顔を上げた母が部屋を見渡して驚きの声を漏らす。

父もそれに倣い部屋を見て目を見開く。

そしてそのまま私の頭を撫でた。


「ありがとうな、月子。本当に自慢の娘だよ。」


父は私たちが良いことをするといつもそうやって褒めてくれた。

お姉ちゃんの読書感想文が県のコンクールに入賞した時は滅多に行かない高価な焼肉屋さんに家族で行き、その時もお姉ちゃんの頭を撫でながら「玲子は自慢の娘だよ。」と笑っていた。

私は嬉しさと懐かしさを思い出しながらも浸ることはなく、本題に切り込んだ。

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