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月子の場合  作者: ヒスイ
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天野月子の場合⑫

私がふらふらとした足取りで彼の部屋をノックをした時、廊下には頼りない夕陽が射し込んでいた。

彼はすぐに扉を開けてくれた。

肌寒いのに開け放たれた窓、ベッドの上で乱れた布団とシーツ。

ゴミ箱には血をぬぐった後のティッシュ。

そして生臭いなにかの臭い。私は何度も嗅いだことのある匂いだったが、今日は臭いだった。

確信には触れず、いや触れることが怖く、それでも私は彼に尋ねる。


「心に何をしたの?」


問いかけに彼は机の上を整理しながら私に目を合わさず答える。


「勉強を教えてあげてたよ。」


無機質な声質と単純な回答に私の中の何かが張り裂けそうだ。


「じゃあ、なんでベッドが乱れてるの?ゴミ箱の中のティッシュはなに?なんで滅多に開けない窓が開いてるの?」


「心ちゃんがベッドで遊んでたから注意したんだ。そしたらたまたまベッドから落ちて擦り傷を」


「嘘つかないで!!」


私の叫び声の後、彼は動きを止め室内が静まり返る。

山田君はため息を吐き、ぎらついた目で私を睨んだ後、軽々とベッドに押し倒し迷いなく私の首に両手をかけてきた。

首を絞められながらも彼の言葉が耳に流れ込んでくる。


「最初は問題を間違えたら罰ゲームってルールで遊んでたんだけどさ、心ちゃんってかわいいし気づいたらそういう罰ゲームをしたわけ。でも心ちゃんの頭が悪いのが良くないよね。君に似てればこんなことにならなくてよかったのに。」


首を絞めていた手が緩む。脳に酸素が届けられるのを感じながら私は身動きが取れないことを実感する。

あまり意識はしていなかったが彼と私の体格差、筋力の違いは思春期のこの時期では決定的なものとなっており運動が得意でない私はなおさら同い年の彼にかなうはずなんてなかったのだ。


「最低!!」


私の叫び声と同じくらいの音量が私の頬から鳴った。

痺れる感覚の次に襲ってきたのは焼けた鉄でも押さえつけられているのではないかというくらいの熱感と痛み。


「家にいれないお前ら姉妹の面倒をみてやってる僕にそんな口の利き方するんだ。天野さんも罰ゲームだね。」


いつもの優しい彼の顔は別人のように醜く歪み、そのぎらついた目で私を睨んでいた。

その日、私は快楽など一切感じることもなく殴られたり首を絞められたりされながら交わった。

彼が満足し終えると私は制服を着て彼の家から逃げ、家に転がり込んだ。

自室まで駆け上がり、いまだ放心状態の心を抱きしめて泣いた。心も泣いた。

泣きながら何度も心に謝罪した。全部私のせいだ。心もなぜか私に謝っていた。

私たちは抱き合ったままお互いに泣き止むのを待ち一緒にお風呂に入った。

私の身体にも、心の身体にも腫れや青あざができていた。

また泣きそうになったが堪え、食事も摂らずにその夜は二人で抱き合って眠った。


翌朝、私は心にまっすぐ家に帰って来るように伝えて通学路の途中で別れた。

私は恐る恐る教室に入り、自分の席に座る。数分も経たないうちに山田君が登校してきて隣の席に座る。


「おはよう、天野さん。」


昨日の彼がまるで別人だったかのようにいつもの彼と笑顔がそこにあった。

私はその笑顔がホラー映画に出てくるチープな笑顔の仮面を被ったおぞましい化け物にしか見えず、全身に鳥肌が立った。

殴られた部位が熱い、絞められた首に違和感が走り呼吸が苦しくなる。


「大丈夫?顔色良くないよ?」


それが私の肩に触れようとした時、私は必死に身をよじって回避した。


「あ、朝から体調悪くて、ごめん。」


狭まった気道から必死に酸素を取り込み、決死の思いで声帯を震わせ答えた。


「そっか。しんどかったらいつでも言ってね。」


笑顔の仮面が心にも思っていない言葉を吐き出す。

私は口角だけ上げた最早作り笑いとも呼べない奇妙な表情で相槌を打った。

タイミングよくそこに教師が入ってきて私は一時的にだが難を逃れたのだ。

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