プロローグ
「♪〜♪〜」
地下室に鼻歌とノコギリが硬い物を擦り切る歪なハーモニーが響く。
その部屋はまるでオペ室のような白いタイルで覆われており、中央には大人が1人寝そべっても十分なほどの大きさの机のような台が置かれている。
手術台を連想させるそれは手術台とは少し違う。
腕と足を拘束出来るベルト付きの可変部位が付属している。
壁には様々な薬液が収められている棚、そしてぶら下がっているのは多種多様な刃物と鈍器、工具。
それらはいずれも清潔な状態で保管されており青白い照明に照らされて鈍く光っていた。
今はその手術台にもう息絶えた男性の遺体、それも表情はかなり苦痛に歪んだものが置かれており、既に両腕、右足は切り離されていた。
部屋には遺体の他にもう1人、美しい女性が鼻歌を歌いノコギリで胴体から左足を切断している最中で床と彼女の顔やエプロンには帯ただしい血液が飛び散ってさながら地獄絵図だ。
それでも解体している彼女はとてもにこやかであり、まるで欲しかったおもちゃを買ってもらい遊んでいる子どものような可愛らしさも覗かせでいる。
コンコンッ
不意に部屋の扉がノックされる。
「月子、入っていい?私も手伝おうか?」
まるで友人を遊びに誘いに来たような軽いテンションの女性の声が扉の外から響き渡る。
「入ってもいいよ、でも手伝いはいらないかな。もうすぐで足も切れるし、後は首を切ったらお終いだもん。」
月子と呼ばれたその女性が返事をすると扉がすぐに開かれ、長い茶髪をなびかせた美しい女性が入ってくる。
彼女は遺体に一瞥もすることなく解体している女性、月子に歩み寄る。
「今日のも最高だったよ、月子。あなたにはいつも惚れ惚れしちゃう。まるで素晴らしい名画の完成を生で見ているような気分でいられるもの。」
彼女は月子を後ろから抱きしめる。
血飛沫が付いていようが何の抵抗もなかった。
月子はそんな彼女の言動をあまり気にせずノコギリを動かし続ける。
すぐに骨を切断し終えたようですぐさま、牛刀に持ち替え肉を切り落とした。
「お見事。」
「ありがとう。首は面倒だから一気にやっちゃおうかな。」
月子は静かにノコギリと牛刀を置き、壁に立て掛けられている小型のチェーンソーに持ち替える。
スイッチを入れると轟音と共に起動。
何のためらいもなく月子は遺体の首に当てて一気に引き裂いた。
大方、出し切ったと思っていたが人体とは不思議なものでさらに大量の血飛沫が彼女に降りかかる。
それでも月子は気にも止めず、切り離された遺体の顔を満面の笑みでのぞき込み、静かに呟いた。
「私に殺されるまで生きてくれてありがとう。山田君。」
そう告げると月子はエプロンを脱ぎ、室内の隅に置かれているソファーに座り込んだ。
茶髪の女性は薬品や刃物が収納されている物とは別の棚からワイングラスを取り出し、ワインセラーを物色する。
「月子、赤と白どっちにするー?」
「処刑した後はもちろん赤でしょ。」
くすっと2人で笑い合い、ワインを注ぎ、茶髪の女性が月子の横に腰掛ける。
「お疲れ様、月子。」
「こっちこそいつもお手伝いと準備ありがとう、春。」
カチン
と軽快な音が鳴り響いたあと、2人がワインを飲み干す音が室内に響く。
春と呼ばれた茶髪の女性は月子の髪を愛おしそうに撫でてもたれかかる。
「月子の匂い、私大好き。」
「今は血の匂いしかしないでしょ。」
月子は笑いつつもワインを飲み干し、春に呼びかける。
「後の掃除はいつもとおりにお願いできる?」
「もちろん。隠ぺい工作もあなたのアリバイも全部完璧。お風呂でも入ってくる?」
「ありがとう。そうだね、お風呂に入って今日は休もうかな。」
「わかった。おやすみなさい、月子。」
「おやすみなさい、春。」
月子はゆっくりと地下室を後にした。
背後では春がどこかに電話をしている声が聞こえたがそれも遠くなっていった。
廊下には月子の足音とダクトの排気音が木霊している。
今日も彼女は満たされた。
月子は夢を見る。
まだ彼女が幸せだった頃の夢。
小学校4年生の春休みだっただろうか、一家団欒のテーブルの上には「中学入学おめでとう!」の文字がチョコレートで描かれたプレートが乗るホールケーキ。
テーブルを囲む両親と2つ年上の姉、2つ年下の妹、そして月子が笑い合っていた。
それは確かに存在した幸せな過去、戻れない過去。
夢の中でも家族が笑ってくれていれば月子は幸せだった。