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元科捜研の俺、異世界でも犯人は逃がさない ~鑑定スキルと科学知識で事件解決~  作者: 雪野耳子


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論より証拠は?

 朝の廊下は、やけに長く感じた。

 東側の高窓から差し込む光が、白い石床に細長い帯を作っている。

 夜の名残を押しのけるような、やわらかくて、まだ冷たい光だ。

 朝食の時間だ。

 身体はきちんと目覚めている。昨夜は久しぶりに、夢を見ない眠りだった。

 それでも、足取りは自然と遅くなる。

(さて……どうやって、伝えたものかな)

 廊下を歩きながら、頭の中で同じ言葉を転がす。

 伝える。

 けれど、何を、誰に、どこまで――それが一番の問題だった。

 わかったことは、いくつかある。

 それ自体は、もう曖昧じゃない。

 グリアスの蜜。

 グリアスの花。

 単体なら、どちらも滋養と疲労回復。

 けれど、混ざると過剰に働く。

 甘味と香りで違和感を隠し、焼菓子にすれば安定し、唾液で再活性。

 理屈としては、きれいに繋がっている。

 子どもの体で倒れたこと。

 大人なら、気分不良で済むだろうこと。

 そこまでは、事実だ。

 問題は――その先。

(仮定、だよな)

 廊下の曲がり角で、無意識に歩幅を調整する。

 使用人とすれ違う可能性を考えて、考え事をしている顔にならないようにする。

 五歳児の顔は、案外、見られている。

 仮定。

 まだ確認できていない部分。

 兄に届けられた、あの差し入れ。

 ――本当に、送り主はわからなかったのか。

 そこが、ひっかかっている。

 兄は人気がある。

 それは、屋敷の中にいれば、嫌でもわかる。視線の集まり方、声をかけられる頻度、頼られ方。

 仕事柄、なおさらだ。

 だから、差し入れが届くこと自体は、不自然じゃない。

 同僚から。

 部下から。

 感謝や労いの気持ちを、形にして置いていくことは、きっと何度もあった。

 問題は、その置かれ方。

(机の上、だよな)

 仕事場の机。

 書類が積まれ、出入りも多い場所。

 そこに、宛名を書いた紙と一緒に置かれていた。

 ――誰が置いたのか、見ていない。

 ――受け取ったのは、別の同僚。

 ――「オレファン様へ」と書かれていたから、渡した。

 ここまでは、筋が通る。

 無理はない。

 けれど。

(本当に、何も情報は残ってなかった?)

 渡した人は、何も覚えていないのか。

 時間帯は。

 紙袋の状態は。

 置かれていた位置は、いつもと同じだったのか。

 紙袋。

 薄い布袋。

 薄藤色のリボン。

 細かすぎる?

 ――いや。現場では、細かいことほど残る。

 写真があれば、一発だった。

 机の上の様子。

 置かれていた位置関係。

 周囲の書類。

 本来なら、それで十分だ。

 鑑識が撮った写真。

 位置関係を示す図。

 置かれていた時間帯の記録。

 付着物や、些細なズレ。

 それを受け取って、分析する。

 数値に落とし、反応を確かめ、可能性を削っていく。

 それが、俺のいた場所だった。

(……鑑識さんがいた頃が、なつかしいな)

 朝の光の中で、苦笑が漏れそうになる。

 白い手袋。

 番号札。

 床に並べられた小さな札。

 「一応、撮っときますね」の一言。

 現場に出ることは、そう多くなかった。

 基本は、集められたものを見る側。

 だからこそ、資料が揃っている前提で考える癖が、身体に染みついている。

 けれど、ここには――それがない。

 写真がない。

 記録がない。

 誰が、いつ、どこに置いたのか。

 すべてが、人の記憶頼みだ。

 この世界に、そんな便利なものはない。

 少なくとも、俺の手の届く範囲には。

 だから、見に行くしかない。

(現場を、見たい)

 いつもなら、行かなくても済む。

 行かないほうが、正確なことも多い。

 それでも今回は、例外だ。

 資料がない以上、自分の目で補うしかない。

 兄の仕事場。

 机。

 出入りの導線。

 現場を見ないと、わからないことが多すぎる。

 紙の上の知識だけじゃ、埋まらない隙間がある。

 廊下を進みながら、考えを整理する。

 今の時点で、できること。

 ・父に、結論を言うのは早い

 ・兄に、直接聞くのも危険

 ・使用人に探りを入れるのは、まだ早い

 じゃあ、どうする。

(……兄の仕事についていけないだろうか)

 思いついた瞬間、自分で自分に突っ込む。

 五歳だぞ。

 無理に決まっている。

 ……いや。

(無理、とは限らないか)

 兄は忙しい。

 だからこそ、完全に目が届かない時間もある。

 「見学」

 「勉強」

 「父上に言われた」

 理由はいくつか考えられる。

 問題は、自然さだ。

 子どもが突然、仕事場に行きたがる理由。

 それが不自然だと、すぐに止められる。

 考えながら、食堂へ続く最後の直線に差し掛かる。

 朝食の匂いが、ほんのりと漂ってくる。焼いたパンと、温かいスープ。

(朝食のあとだな)

 今は、考える時間じゃない。

 作戦は、腹が満たされてからでいい。

 扉の前には、すでに数人のメイドが控えていた。

 朝の忙しい時間帯。けれど、動きは静かで、整っている。

「おはようございます、レイン様」

 揃った声。

 柔らかい笑顔。

「おはよう」

 できるだけ、いつも通りに返す。

 考え事をしていたことが、表に出ないように。

 扉が開かれる。

 朝の光と、食堂の気配が一気に流れ込んできた。

(……さて)

 一歩、足を踏み出しながら、心の中で区切りをつける。

(食べてから、考えよう)

 わかったこと。

 わからないこと。

 仮定の部分。

 それを、どうやって確かめるか。

 ――今日は、その作戦を立てる日だ。

 そう思いながら、俺は食堂へ入った。

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