表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

八話 階段を昇る座敷童(美知子の妖怪捕物帳・弐拾壱)

俺は引き続きポテトチップスの新製品のアイデアを披露した。これも平成時代の知識由来で、俺のオリジナルというわけではないが・・・。


「色シリーズの最後に、ポテトチップスの周りにチョコをまぶした『黒いチョコポテチ』もおいしそうですよ」


「よくそんなに次から次へとアイデアを出すな」とあきれ顔になってきた蓬莱さん。


「先見の明があるというのは本当のようだな。もっともそのアイデアを商品として完成させるのは我々の仕事だが」と神妙な顔になる社長。


「そう言えば、ポテトチップスに関してはもうひとつ戦略があるって言ってたね?そっちはどんなのだい?」と蓬莱さんが聞いてきた。


「ポテトチップスの厚さは一ミリくらいですよね?そこで厚さ三ミリ以上の厚切りポテトチップスを出すんです。ジャガイモのうまみを強調した豪華版ですね」


「なるほど。・・・商品名はどうする?」と社長が聞いてきた。


「そうでうね、『厚くてうまいポテチック』とかどうでしょうか?チックは厚いという意味の英語thickです。発音はシックの方が近いのですが」


「なるほど。・・・厚さと揚げ方がポイントになるだろうな」と社長。


「ところで話は変わるけど、君は不可思議な謎の解明も得意だそうだね?」


高田さんはそんなことまで話したのか、とあきれてしまう。


「なんでもわかるわけではありませんが」と牽制しておこう。


「何か解いてほしい不可思議な謎があるのですか、社長?」と蓬莱さんが聞いてきた。


「実は、私は仕事で遅くなったときに、面倒だから家に帰らずよくこの部屋に泊まるんだ」と社長が言った。


「この部屋で?・・・どこで寝ておられるのですか?」と聞き返す蓬莱さん。


「この事務机と応接セットの間の床に寝転んで、そのロッカーに入れてある毛布をかけるんだ」と言って社長は部屋の角にある木製のひとり用ロッカーを指さした。


「小さなそば殻枕も入っているんだ」となぜか自慢げな社長。


「それで何か妙なことが夜中にでも起こるのですか?」と俺は聞いてみた。


「うむ。ここに泊まっていたときなんだが、誰かが階段を上って来るようなぎしっぎしっという音が聞こえたんだ。床に寝ているからよく響くんだな」


「誰かが上がってきたのですか?」


「そう思ったが、まだ薄暗い早朝五時頃で、社員が出勤するには早すぎる時間だ。その物音は階段の途中あたりで止まり、それから音はしなくなった。最初は気にしなかったんだが、何回か続いたんで、あるとき気になってドアを開けてみたんだ」


「それで?」


「もちろん誰もいなかった。階段の電気も点いていなかった」


「たまたま早く出社してきた社員が、社長がいるか確認しに階段を上ってきたんじゃないですか?」と蓬莱さんが言った。


「いや、一度は一階まで降りてみたが、まだ誰も来ていなかったんだ。入口の鍵も閉まっていたし」


「泥棒ではないのですか?・・・社長室はいつも鍵をかけられているのですか?」


「いや、鍵はかけていない。私が寝ている晩も、帰宅した晩も。現金は置いてないし、新商品の企画は工場長に預けていて、盗まれるものがないからだ」


「何もなければ泥棒に入られても困らない、ですか」と蓬莱さんが口をはさんだ。


「足音のことを妻に話したことがあるんだが、『それは座敷童ではないの?会社に幸運をもたらす神様みたいな存在だから、逃げられないよう、変に詮索しない方がいいわよ』と言うんだ。君はどう思う?」


「確かに岩手県には幸運をもたらす座敷童が家屋に住み着き、足音を立てたり、置かれているおもちゃで遊んだりするという伝承があるそうですが、御社の繁栄は社長さんを始めとする社員の奮闘の賜で、座敷童は関係ないと思います」と俺は答えた。


「君はいいことを言うねえ。私も神頼みをすることはあるが、それで商品が売れたり売れなかったりするなら、商品開発をする意味がなくなるからねえ」


「そうですね」と蓬莱さんもうなずいた。


「もし、人が外から侵入していたとしたら、入口の鍵は壊されていないようですから、鍵を持っている人が疑わしいということになりますが」と俺が言うと、


「入口の鍵は普段は私と妻と、蓬萊部長しか持っていない。工場の方は工場長も持っているが、事務所の鍵は持っていないはずだ。・・・となると、犯人は蓬萊くんか?」と社長が蓬莱さんに聞いた。


「じょ、冗談じゃないですよ、社長!確かに私も鍵は預かっていますが、もし早朝に出社したなら、隠れずに下で仕事を始めていますよ。用がなければ社長室にはお伺いしませんし」


「別の社員に鍵を渡したことはありませんか?」


「ない、・・・と思うが」


「気づかないうちに誰かが鍵を手に入れ、合鍵を作ったという可能性がないとは言いきれないでしょう」


「気をつけているつもりだが、絶対ないとは言えないな」


「私か妻の鍵を手に入れた可能性もあるかもしれん」と社長が俺の言いにくいことを自ら言ってくれた。


「だが、盗まれたものがないとしたら、合鍵を手に入れて何をするつもりなんだ?」


「さっきからかすかに匂うのは、アルコールですか?」と俺は社長に聞いてみた。室内にかすかに饐えた匂いが漂っていたからだ。


「・・・君は鼻がいいな。実は戸棚にもらいものの洋酒が置いてあるんだ」


「私はお酒が飲めないので、かえって鼻が利くのかもしれません。社長はこの部屋で時々お酒をたしなまれるのですか?」


俺がそう聞くと、社長が近くの戸棚の戸を開けてくれた。中には高価そうなウイスキーやブランデーらしい瓶が何本も並んでいた。


「私は普段はビールか日本酒しか飲まない。私は洋酒は苦手なので、飾りとして置いているだけだ」


「何本か封が開いているように見えますが」


「君は目もいいな。洋酒好きの取引相手が来たときに飲ませることがある」そう言って社長は一本のブランデーの瓶を手に取った。


「だいぶ減っているな。・・・こんなに飲ませたかな?」


「階段の物音が聞こえるのはいつも朝五時頃ですか?季節は?」


「だいたい五時から六時の間だな。それも春から夏にかけてがほとんどかな?」


「その時間なら冬場は真っ暗でしょうから、ぼんやりと明るい春と夏に足音がするのですね」


「つまり、どういうことなんだい?」と蓬莱さんが聞いた。


「階段の電気を点けると、窓から明かりが漏れて不審がられる可能性があります。電灯がなくても階段を上れるときを見計らって来ていることになります」


「それこそ何をしに来たって言うんだ?」


「金品が盗まれていないのなら、社長秘蔵の高級な洋酒を目当てに来ている可能性があります。・・・この部屋で飲むとは限らず、小瓶に少し移して、持って帰っているのかもしれません。・・・中身を全部移したり、瓶ごと持ち去ってはさすがに気づかれるでしょうから」


「だが、私が寝ているときは階段の上まで来た気配は感じなかったぞ」


「階段を昇ったところで靴を脱ぐようになっていますから、階段を半分も上れば社長がいるかいないかわかります。社長の靴があれば、そっと階段を降りて社屋の外に逃げるのでしょう」


「そこまでしてこの酒が飲みたいもんかなあ?」と首をひねる社長。


「いえ、社長。ここにあるお酒はどれも一万円以上はする代物ですよ」と蓬莱さんが口をはさんだ。


「蓬萊くん、君はこの洋酒の価値がわかるんだな?・・・まさか、君が?」


「とんでもない。酒を盗んだのは私じゃありませんよ。・・・社長が時々泊まられることは知っていますから、そんな危険は犯しません。安酒で満足してますし」と蓬莱さんがあわてて弁解した。


「蓬萊くんでないとしたら、妻がわざわざ酒を盗み飲みに来るわけないし、やはり誰か合鍵を作って・・・?」


「社長さんはこの部屋に泊まられたら、朝食はどこで食べられているのですか?」


「朝食?・・・自宅が一キロほど先にあるから、家へ食べに帰っているぞ」と答える社長。


「自宅が近くなのに、この部屋に泊まられるのですか?」


「一キロでも夜中だと歩くのが面倒だし、かと言って車で行くほどの距離じゃない。それに遅く帰ると先に休んでいる妻を起こす危険があるからな。・・・こんな部屋でも慣れると楽だぞ」と社長は言って笑った。


「朝、帰宅されると奥様が朝食を作って待っておられるのですね?」


「そうだ。妻は朝が早いからな。・・・寝るのも早いし」


「だとしたら、酒泥棒の侵入以外にもうひとつの可能性があります」と俺は言った。


「何だ?」


「奥様が朝、社長さんがこの部屋に泊まっているか確認しに来たという可能性です」


「妻が?なんでわざわざ?」


「社長さんならば夜会食に出られることが多いでしょう。そこで、家に帰っていないなら、会社にきちんと泊まっているか、どこかで酔いつぶれていたり、事故に遭っていないか心配で、確認しに来ているということです」


「ならば私に声をかけてもよさそうなもんだが?」


「社長さんを起こしては気の毒なので、社長さんの靴を確認するだけで、朝食を作りに帰っているとは考えられませんか?」


「そうかなあ?」と半信半疑の社長。


「それで、足音を立てたのが合鍵を持った誰かで、洋酒を盗みに来たのか、それとも経理部長、つまり社長の奥様が様子を見に来たのか、どうしたら判別できるんだ?」と蓬莱さんが聞いてきた。


「洋酒の入っている戸棚に鍵をかけておくか、鍵を付けられないのなら、洋酒の残りの量の目印を瓶につけておくとか。・・・この部屋でも電気を点けず、窓から入って来る薄明かりだけで行動しているなら、印には気づかないでしょう」


「そうだな」と納得する社長。


「奥様の可能性があるのなら、社長さん自ら奥様に聞いてみればいいでしょう」


「『この前は座敷童の仕業と言ったが、本当はお前が忍び込んで来たんじゃないら?』と聞くのか。・・・事実だとしても、はぐらかされそうだが」と社長は肩をすくめた。


「とにかく君の意見を聞けて参考になった。新商品のアイデアもね。・・・蓬萊くん、社員募集の時期になったら藤野くんにも必ず連絡してくれたまえ」と社長が蓬莱さんに言った。


「承知しました」と頭を下げる蓬莱さん。これで俺の会社訪問は終わり、二人にお礼を言って会社を後にした。




数日後、短大に登校すると、掲示板に俺宛の呼び出し状が貼ってあり、就職指導部に来るよう書いてあった。


そこで放課後になって就職指導部に顔を出すと、相良さんが手招きした。


「何かご用でしょうか?」


「この前訪問した亀池かめいけ製菓の蓬莱部長からあなた宛に書留が届いているわよ」と相良さんに言われた。


「書留?手紙ですか?・・・ありがとうございます」俺は相良さんから手紙を受け取った。


何が書いてあるのだろう?俺はいぶかしみながら校舎の外のベンチに腰を下ろすと、さっそく封を切って中の手紙を読んだ。そこには次のように書かれてあった。


「藤野美知子様


 先日は弊社を訪問いただき、新商品のアイデアを披露してくださるとともに、社長の相談事にも乗っていただきまして、誠にありがとうございます。


 例の相談事の後日談を報告いたしますが、この内容は第三者に漏らさず、この手紙も読後焼却していただくようお願いします。」


読んだら焼却?大事だけど、どんな秘密が書かれているのだろう?これで手紙が自動的に発火して燃えたら、まるで『スパイ大作戦』みたいだけど。そう思いながら続きを読んだ。


「藤野さんの提案に従い、社長室の洋酒の管理を改めるとともに、社長は奥様に、『階段の足音はお前だったんじゃないのかい?』と何気なく尋ねたそうです。すると奥様は、『あれは座敷童の仕業だと言ったのに、なぜそんなことを聞くの?』と聞き返したそうです。


 そこで女子短大生から奥様が自分の様子を見に来たんじゃないかと言われたと、社長が正直に言ったら、奥様はその女子短大生、つまり藤野さんあなたが社長の浮気相手ではないかと勘ぐり、怒り出したそうです。


 ここが極秘事項なのですが、社長には浮気の前科があったそうで、そのため社長が会社に泊まると言った日は、ほんとうにひとりで社長室にいるのか、つまり階段の上に社長の靴だけが置かれているのか、早朝にこっそりと確かめに行っていたという話でした。もっとも確認に行ったのは春から晩夏にかけてで、冬場は寒いし暗いしで、確認には行かなかったそうです。


 ここからが本題ですが、この騒動のため藤野さんを我が社に入社させることが難しくなりました。未だに奥様があなたを浮気相手と疑っているからです。」


今回も社長や人事部長には気に入られたのに、女性の嫉妬のせいで就職できなさそうだった。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

蓬莱友則ほうらいともなり 亀池かめいけ製菓の人事部長。

須永為蔵すながためぞう 亀池かめいけ製菓の社長。

相良須美子さがらすみこ 秋花しゅうか女子大学就職指導部の事務員。


スナック菓子情報


ロイズ/ポテトチップチョコレート(2002年発売)


TVドラマ情報


フジテレビ系列/スパイ大作戦(1967年4月8日〜1973年9月27日放映)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ