六十四話 こけしの呪い(美知子の妖怪捕物帳・伍拾肆)
「さて、次は私の疑問に答えてくれないか?」と今度は冬木社長が言った。
「どういうお話でしょうか?」
「藤野さんはこけしを知っているかい?」
「はい、もちろんです。木製の球形の頭と棒状の胴体からなる郷土玩具ですね。主に東北地方で作られています」
「こけしは京都などで売られていた芥子人形にヒントを得て、東北地方の木地師が作り出したものらしい。ちなみに芥子人形というのは小さな人形のことで、豆人形という意味だそうだ」
「そうでしたか」
「なぜその人形をこけしと呼ぶようになったかについては、『木を削る』と書いて『木削子』と呼んだとか、子どもの健康と成長を願う縁起物であったため、『子を授けし』と書いて『子授けし』と呼んだのが語源とか、いくつか説があるようだが、木で作った芥子人形という意味で、『木の芥子』と書いて『木芥子』と呼ぶようになったという説が有力だな」
「そうなんですね。勉強になります」
「貧乏な農家が子を間引きして、その供養のために作ったという説を聞いたことがありますが」と冬木副社長が口をはさんだ。
「だから『子どもを消す』と書いて『子消し』と呼んだそうですが?」
「その説は松永伍一という作家がごく最近随筆の中に書いたもので、文献的な根拠がなく、信憑性はない。なにせこけしは江戸時代から作られているからな」
「そうでしたか。じゃあ、こけしは怖いものではないのですね?」
「もちろんだ」と社長は断言した。
「最近の少女漫画雑誌にも、こけしの通信販売の広告が載っています。かつては旅のおみやげの側面が強かったのですが、最近はコレクションアイテムになっていますね」と俺も言った。
「そのこけしがどうしたのですか?」
「実は知り合いの資産家にこけしを蒐集している男がいた。その男は大理石を敷き詰めた豪邸を造り、壁際に置いた戸棚の上に、各地から集めた大小様々なこけしを並べていたそうだ」と社長が言った。
「大理石の家とは豪華ですが、冬場は寒そうですね」と佐原さんが言った。
「そうなんだ。そこで中世の欧州に倣って壁には極彩色のタペストリーを飾って、防寒の一助にしていたらしい。床もペルシア絨毯を敷くつもりだったそうだが、手配が遅れていたことが悲劇の始まりだった」
「悲劇ですか?」
「そう。その男は大理石の床の上で足を滑らせ、転倒して後頭部を強打し、そのまま帰らぬ人になったそうだ」
「それは確かに悲劇ですね」と俺は言った。
「それは事故ですか?それとも、誰かに突き倒されたとか?」と副社長が聞いた。
「その男は司法解剖されたそうだが、他人に襲われた明らかな痕跡がないため、他殺の可能性は低いそうだ。ただ、妙なことがあって・・・」
「妙なことと言いますと?」
「その男は仰向けで亡くなっていたが、体の上にこけしが五個だったか、載っていたそうだ。そしてこけしを飾っていた戸棚の上からこけしが五個なくなっていた」
「それは、その男が転倒したときの衝撃で、戸棚の上のこけしが落ちただけなんじゃないですか、たまたま体の上に?」と副社長が聞いた。
「いや、男は戸棚から一メートル以上離れており、男と戸棚の間にはこけしは落ちていなかった。落ちていたこけしはすべて男の体の上に載っていたんだ」
「それは妙ですね。振動でこけしが落ちても、そういう落ち方はしないはずですね」と俺も言った。
「実は男が倒れていたのは戸棚のすぐ下で、死亡後誰かが体の上に乗っていたこけしごと体を動かしたんじゃないですか?」と佐原さんが聞いた。
「何でそんなことをするんだ?」と聞き返す社長。
「戸棚の下の引き出しの中に何かお宝が入っていて、それをどこか別の場所に隠すためですよ。金銭的な価値が高い物品なら相続税がかかります。男が死んでいるのを確認した遺族の誰かが、高い相続税を払わないですむように、こっそりその品物を持ち出したんですよ」
「それはおもしろい推理だな。だが、男は後頭部を打ちつけた際に出血していたのだが、床面の出血が付着していた場所は発見時の男の頭の位置と同じで、倒れてから体を動かした痕跡は一切なかったそうだ」
「ということは、発見時と同様にその男性は戸棚から一メートル以上離れたところで転倒して後頭部を強打し、絶命したのに、戸棚の上にあった五個のこけしが一メートル以上飛んで男性の体の上に落ちたということになります。自然現象とは考えられませんね」と俺は言った。
「その通りだよ。そのため家人はこけしの呪いじゃないかと言っておびえていた」
「こけしの呪い?・・・なぜこけしに呪われたと考えたのでしょうか?」
「実はその男はこけしの蒐集家ではあったが、こけしをちっとも大事にしていなかった。旅先でこけしを買い集めるが、しばらく飾った後、気に入らなくなったものはすぐに暖炉で燃やしていたそうだ」
「ということは・・・次に燃やされると思ったこけしたちがその男性を呪って体の上に載り、転倒死させたということでしょうか?」と佐原さんが聞いた。
「さすがにそれは考え過ぎでは?その男を快く思っていなかった誰かが、個人を侮辱する目的で、こけしを置いただけですよ」と副社長。
「しかし副社長、こけしを体の上に置くことがその人を侮辱することになりますかな?」と佐原さんが指摘した。
「・・・確かに、嫌がらせとしては妙すぎますね」と副社長も自分の発言を撤回した。
「こけしの呪いだと思われたもうひとつの理由として、不可解なことに男の胸から腹にかけてこけしの形の痣があったんだ。縦長の痣で、上が頭、下が胴体というこけしの見た目通りの痣で、家人の話では、生前にはそのような痣はなかったそうだ」と社長が言った。
「それを早く言ってくださいよ。・・・誰かがこけしをその男に投げつけ、その衝撃で後に倒れたんじゃないですか?つまり、こけしの痣は誰かによる暴行の痕跡だったのでは?」と副社長が言った。
「こけしを投げつけられただけで転倒するか?・・・解剖によれば、その痣は皮膚が赤味を帯びていただけで、出血を伴う傷ではなかった」
「あの、質問よろしいですか?」と俺は社長に聞いた。
「もちろんだ。何か不明なところがあったらどんどん聞いてくれ。知ってる範囲で答えるよ」
「まず、死亡時のその男性の服装を教えてください」
「ちょうど風呂上がりで、ブリーフの上に浴衣だけを羽織っていた。ちなみに死亡したのは昼前だったが、その男は朝の遅い時間によく朝風呂に入っていたそうだ」
「浴衣姿なら胸元はすぐにはだけそうですね。・・・ご遺体を発見されたのはどなたですか?」
「男の家で雇っている女中だ」
「その女中さんは飾ってあるこけしに触ることができた人でしたか?」
「もちろん。男は購入した後のこけしには無頓着で、ほこりを払ったりするなどの掃除はその女中が担当していた」
「当時その家にいた人は、男性が死亡した部屋には入っていなかったのですね?」
「ああ。その部屋にいたのは男ひとりで、部屋の前にいた女中が小さい悲鳴と倒れる音を聞いて部屋に入り、男性が倒れているのを発見した。発見時、既に虫の息で、女中は家族に知らせてから一一九番通報したが、救急車が到着していたときには既に死亡していたそうだ」
「それから、体にあったこけしの形の痣は、男性の体の上に載っていたこけしのどれかと同じ大きさでしたか?」
「長さや形がほぼ一致するこけしが二個あったそうだ」
「なるほど。ある程度状況が見えてきました」と言ったら、社長たちが目を見開いた。
「さすがだな、もうわかったのか!?」
「あくまで想像で、証拠はありませんが・・・」と前置きする。
「お昼前のことなので、その部屋に発見者の女中さんがいてこけしの掃除をしていました。そこへ風呂上がりの男性がずかずかと入って来て、半裸に近い姿に驚いた女中さんが拭き掃除をするために手に持っていたこけしを落としてしまいました。そのこけしは床の上を転がって、男性の足元で横向きになりました。男性はあわててこけしを避けようとしてバランスを崩し、つま先でこけしを蹴るとともに前方に転倒しました・・・」
「その男性は後に倒れたんだぞ」と指摘する社長。
「まあ、お待ちください。その男性に蹴られたこけしは男性の進行方向に転がり、曲線を描くように曲がって進行方向にこけしの頭が向いたときに、その上に男性が倒れ込んだのです」
「こけしが転がったということは、男がこけしを蹴ったとき、こけしはほぼ横向きになっていたということですか?」と副社長が聞いた。
「そうです。棒状のこけしを蹴ったことによりこけしが回転して、進行方向に転がって行ったのです」
「しかし、その男の体のこけし形の痣は縦向きで、横向きではなかったはずですが?」と佐原さんも聞いてきた。
「こけしが転がると、頭の直径が胴体の直径よりも大きいため、自然に胴体側に曲がっていくのです」
「そうか。ちょうど九十度曲がったときに男の体が倒れ込んで、縦向きのこけしの形の痣を作ったというわけですね?」と副社長。
「そうです。男性は大理石の床の上に倒れ、胸とお腹でこけしの上に乗っかりました。さぞ痛かったことでしょうが、幸いにも傷は負いませんでした」
「それだけなら死ななかったということだな?」と社長。
「そうです。こけしで打撲して痛みを覚えた男性はすぐに起き上がって、こけしを落とした女中さんを怒ろうとしたのかもしれません。しかし、痛みがひどかったせいか、立ち上がった瞬間にその男性はふらつき、今度は後に倒れて、大理石の床で後頭部を強打したのです」
「湯上がりで頭がぼーっとしていたのも一因かもしれませんね」と佐原さん。
「体の前のこけし形の痣と、後頭部を打撲したことの説明はつくな」と社長。
「だが、こけしを男の体の上に置いた、あるいは落ちた理由は不明だが?」
「これもおそらくですが、女中さんは、自分が落としたこけしが原因で主人である男性が死んだとなれば、遺族や警察から責められると思って怖くなったのでしょう。ごまかすための一番いい方法は、男性が蹴ったこけしを戸棚の上に戻しておくことです。こけしと関係なく、男性が自分の過ちで転んで亡くなったとすれば、女中さんが責められることはありません」
「そうですね。でも、なぜかこけしが五個も男の体の上に載っていました。なぜなのですか?」と副社長が聞いてきた。
「女中さんがこけしを片づけようとしたときに、男性のはだけた浴衣の下にこけし形の痣が生じているのに気づいたのです。このままこけしを戸棚の上に戻せば、誰かがこけしを使って男性を殴り、後に転倒させて殺した、しかも凶器であるこけしを戻し、証拠隠滅を図ろうとした、と警察に思われてしまうかもしれません。ここで容疑をかけられるのが、普段こけしを掃除している女中さんです」
「それでこけしを男の体の上に戻したのですね?しかし四個もこけしを追加して載せたのはなぜですか?」
「こけしが一個だけ残っていれば、先ほど申し上げたようにこけしを使って男性を突き倒した後、凶器を隠すことまで考えが及ばなかったと考えられ、同じように女中さんに容疑がかかってしまいます。その点こけしを五個も置いておけば、その意図が分かりません。そこで男性の普段のこけしに対する態度を話し、こけしの呪いでこのような超自然的な現象が起きたのだと言い張るつもりだったのではないでしょうか。家族や警察がそれで納得するかわかりませんが」
「ある程度の説明がつくようですが、女中がこけしを持って男の体を突き、その衝撃で後方に倒れて亡くなった。そして女中は犯行をごまかすために、五個のこけしを男の体の上に載せてごまかそうとしたと考えても矛盾しないように思われますが?」と副社長が疑問を呈した。
「こけしの形の痣が付くほどの力で男性をこけしで突いたとすれば、犯人はこけしを縦に持って、しっかりと握らなくてはなりません。すると男性の体にはこけしの頭と、犯人の握りこぶしの跡が体に付くはずで、きれいなこけしの形にはなりません」
「なるほど。・・・床に落ちたこけしの上に男が倒れ込んだという説明の方が納得できますね」と副社長が言ってくれた。
「見事だ、藤野さん」と言って社長が拍手した。「女中の自供通りの説明だった」
「え?社長は謎の答を知っていたのですか?」と聞く佐原さん。
「ああ。さっきの状況で何が起こったのか警察も最初はわからなかったが、こけしが体の上に置いてあったことから、こけしの掃除をしている女中の仕業ではないかと疑い、厳しく問い詰めたところ、女中がそう自供したそうだ」
「藤野さんを試したのですか?人が悪いですよ」と社長を責める副社長。
「いやいや、試したのではなく、ほかの可能性がないか教えてもらいたかっただけなんだ。女中の自供と寸分違わなかったので、この妙な事件の真相に確信が持てた。ありがとう、藤野さん」
「い、いえ・・・」
今までは想像を述べても真実か嘘か誰にもわからないことが多かった。今回のように、答がわかっている謎を解かされて、答が違っていたら、どう思われたことだろう。別に謎解きを生業としているわけではないが、俺は冷や汗をかいた。
「おわびに謝礼は弾んでおいたよ。商品開発のアイデアもたくさんいただいたし、私と息子の秘書の最有力候補としておくよ。時期が来たら就職の意思を確認するから、そのときはよろしく頼む」
就職の内々定をもらったということかな?と思いつつ、俺は謝礼の入った封筒を受け取った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
冬木健児 フエキ玩具株式会社の社長。
冬木寛治 フエキ玩具株式会社の副社長。
佐原 大 フエキ玩具株式会社の営業開発部門長。
書誌情報
松永伍一/松永伍一著作集第3巻(随筆『こけし幻想行』所収、法政大学出版局、1972年7月10日初版)




