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六十三話 メリーさんからの恐怖電話(美知子の妖怪捕物帳・伍拾参)

「藤野さんはリカちゃん人形を知っていますか?」と冬木副社長が聞いた。


「ええ、数年前に発売された着せ替え人形ですね?私は持っていませんが」と俺は言った。


「そうです。アメリカのバービー人形に倣ったものでしょうが、日本人好みに改良されています」


「で、そのリカちゃん人形がどうしたのですか?」


「リカちゃん人形のサービスでリカちゃん電話というのがあることを知っていますよね?」


「はい。電話をかけるとリカちゃんと話せるというおもしろい取り組みですね。人形の人気がますます高まっていることでしょう」


「そうなのです。で、我が社でも同じような人形を作る企画があり、電話での応答も考えております」


パクリかな?と思ったが、何も言わなかった。


「人形はリカちゃん人形より一回り小さく、その分安く売ろうと考えています。そして最大の特徴は、目が青く、髪が長くて子どもが自分で三つ編みを編めるというものです」


「なるほど」二番煎じだろうが、安い玩具を売れば多少は評判になるだろう。リカちゃん人形の販売元から訴えられなければだが。


「その人形の名前はメリーちゃんとします」


「メリーちゃん・・・?」俺は嫌な予感がした。捨てられたメリーさんという人形が、電話をかけつつ少しずつ電話の相手に近づいていくという都市伝説を聞いた記憶があるからだ。


「なぜメリーちゃんという名前なのですか?」


「これは日米の友好に端を発します。昭和二年三月にアメリカの宣教師、ギューリック氏が日米間の感情悪化を緩和するために、一万二千七百三十九体もの青い目のフランス人形メリーちゃんを日本に贈ってくれたのです。その故事にちなんで、我が社で販売する青い目の人形をメリーちゃんと名づけようと考えたのです」


「なるほど。それはいいお話ですね」


「数年前に公開されたディズニー映画『メリー・ポピンズ』にもあやかってもいます」


「そうですか。・・・で、そのメリーちゃん人形に何か問題でも?」


「実は試作品を五歳の娘に渡しました。前からリカちゃん人形を欲しがっていたので、娘は大喜びでした。そしてひとしきりメリーちゃん人形で遊んでから、私に『メリーちゃんにお電話できる?』と聞いたのです」


「リカちゃん電話を知っていて、そう聞いたのでしょうね」


「そうだと思います。しかしメリーちゃん電話の準備はまだできてなかったので、娘にはいったん待ってもらって、その間に仮設の電話を準備しました」


「仮設の電話?」


「はい。実は事務員の女の子に電話をかけたのです。その事務員には『私はメリーちゃんよ』と受け答えするように頼んでおきました」


「なるほど」


「ところが電話をかけた娘が急に泣き出したのです」


「え?」


「私はあわてて娘をなだめましたが、なかなか泣き止みません。そのときには既に受話器がかけられていて、通話は切れていました」


「電話で何か怖いことを言われたのでしょうか?」


「そのようでしたが、娘は最初は泣きじゃくっていて、何を言われたのか要領を得ませんでした。そこで電話をかけ直したら、メリーちゃん電話の相手をしてくれる事務員が受話器を取りました」


「その事務員は何を言ったのですか?」


「それが、『電話がかかってきたのは今が初めてで、娘さんとは一言も話していない』と言い張るのです」


「・・・娘さんが間違った番号にかけた可能性はありませんか?」


「いいえ、ダイヤルを回したのは私なのです。電話番号を間違えたはずはありません」


「その電話にはさっきの事務員が出たのですか?」


「いえ、ダイヤルを回してから先方が出る前に受話器を娘に渡したので、誰が電話に出たのかはわかりません。・・・その事務員に頼んでおいたのですが、たまたま席を外していて、誰か別の人が電話に出たのかもしれません」


「その電話番号は会社の事務室のものですか?当時その事務室にいた人に電話に出たか聞きましたか?」


「いいえ、休日の昼間なので、その事務員にお願いして事務員の自宅にかけさせてもらったのです。彼女は四人兄弟の長女で、両親と祖父母も同居しています。だから電話に出たのが彼女でなかったとしたら彼女の家族と思われますが、後で彼女に聞いたら誰も電話には出ていないと言っています」


「多人数の家族なんですね。それで娘さんは、落ち着いた後で、何を言われたのか言ってくれたのでしょうか?」


「ただ『怒られた』と言うだけで、どのような人が電話に出たのか、具体的に何と言われたのか、まったくわかりませんでした」


「孫を泣かすとはけしからんやつだな。いったい誰なんだ」と冬木社長も怒り顔で言った。


「副社長さんは、最初に電話をかけてから娘さんが泣き出すまで、ずっとそばにいたのですか?」


「いいえ。実はそのときトイレに行きたかったので、電話のダイヤルを回して受話器を娘に渡すと、すぐにトイレに駆け込んだのです。妻は台所で家事をしていたので、娘のそばには誰もいませんでした。私がトイレから戻って来たら娘が泣いていたのです。いったい誰に何と言われたのでしょうか?」


「それは私も知りたい」と社長も言った。


「そうですね・・・」


俺はしばらく考え込んだ。自宅に置かれている電話機はたいていダイヤル式の黒電話だ。穴の開いたダイヤルに指をかけ、指止めの金具の位置まで回さなければ正確な電話番号を入力できない。市内の電話番号は七桁もあるので(註、昭和四十五年当時)、五歳の女の子がダイヤルを適当に回して、どこかに偶然繋がる可能性は低いだろう。


俺は社長室に置いてある電話機を見つけ、受話器を上げてみた。そのとき、受話器を置くところにあるフックが目に入った。


俺は手に持っていた受話器を戻してから副社長に聞いた。


「・・・副社長さんは電話を切るとき、すぐに受話器をかけるのではなく、電話機のフックを押してから受話器を戻しているのではありませんか?」


「はい。そうです。いきなり受話器を置くとガチャッという音が先方に聞こえる気がするので、そっとフックを押して電話を切っています」


「その電話の切り方はご自宅でもされているのですね?」


「はい。相手が誰であれ同じような切り方をしています」


「なるほど。何となく状況が想像できました」


「え?もうわかったのですか?」と副社長が驚いて聞き返した。社長と佐原さんも俺たちのやり取りを凝視している。


「事務員の女性やその家族が電話に出た場合、五歳の娘さんが突然泣き出すほど怒るという状況は考えにくいと思います。当然その事務員さんは家族にもうすぐ副社長の娘さんから電話がかかってくることを言っていたと思いますし、そういう話を聞いてなかったとしても、電話口で突然怒り出す状況は考えにくいです」


「そうですね。私も事務員の子が変なことを言ったとは思えないのです」


「その事務員さんが最初の電話に出ていないと仰られたのなら、おそらく彼女もたまたまトイレにでも入っていて着信に気づかず、他の家族も遠慮して電話に出なかったのでしょう。事務員さんが、『自分が電話に出るから』と家族に言いくるめていたのかもしれませんし」


「なるほど」


「何度も呼び出し音がなっても誰も出て来なかったら、娘さんはどうされたのでしょう?ひょっとしたら副社長さんがしていたように、受話器を持ったまま電話機のフックを指で押して電話を切ったのかもしれませんね」


「そうかもしれません。娘は幼いながらけっこう賢いようです」


「こうして事務員さんの家にかけた電話は切れました。メリーちゃんへの電話が繋がらなかった娘さんは、受話器を電話機に戻さないまま、手持ち無沙汰でフックを何度か押してみたのではないでしょうか?」


「・・・フックを押したのだとしても、既に電話が切れているのなら何も起きないのでは?」と副社長が聞いた。


「いえ、フックを一回押すと、ダイヤルを一に回したときと同じ信号が流れると聞いたことがあります。もし娘さんがフックを三回押したとすれば、一一一番に繋がります」


「一一一番?一一〇番や一一九番はわかりますが、一一一番など聞いたことがありませんが」


「一一一番は電話回線が繋がっているか確認するための番号です。普通は電話回線の修理を担当する人が使い、電電公社に繋げます。そして電話を切ると今度は電電公社から電話がかかって来て、送受信ともに問題がないかを確認するのです」


ちなみにそのほかの三桁電話番号で一一から始まるものには、一一三番(電話の故障の相談)、一一五番(電報の申し込み)、一一六番(電話の利用の相談)、一一七番(時報)、一一八番(海上の事件・事故の急報)がある。


「そんな番号があるのですね」


「はい。娘さんがフックをいじっていたら突然先方と電話が繋がった。おそらく電電公社の人が電話に出たのでしょう。そして娘さんに話しかけたけど、娘さんは驚いてうまく言葉が喋れなかったのでしょう。電電公社の人は子どもの悪戯と勘違いして、『悪戯しちゃダメだよ』と諭すように言われたとしたら、娘さんは叱られたと思って泣き出したのかもしれません」


「そうだったのですか・・・」と納得する副社長。「そう言う状況なら確かに娘は私にうまく説明できないでしょう」


「しかしけしからんな、電電公社の担当者は」と怒りを露わにする社長。


「別にその人がきつく怒ったと言うわけではないでしょうから」と佐原さんが社長をなだめた。


「その後、娘さんは事務員の方とお話しできたのでしょうか?」と俺は副社長に聞いた。


「いいえ。娘はあれから怖がって電話に出ようとしません。メリーちゃん電話はやめた方がいいのでしょうか?」


「リカちゃん電話でも、電話のかけ間違いが時々起きているようです。子どもがかけるのなら致し方ないことですが」


「間違い電話の苦情が多く来そうですね」と佐原さんもあきらめ顔で言った。


そのとき俺は新たなアイデアを思いついた。


「なら、かけ間違いようがない電話機の玩具を売り出されたらいかがでしょうか?」


「電話機の玩具?」と佐原さんが聞き返した。


「はい。みなさんは糸電話をご存知ですか?」


「それは知っています。二個の筒の底に紙を張り、そこに糸をつけて繋ぐというものですね。筒に向かって話しかけると声による紙の振動が糸を伝わって、離れたところにあるもう一個の筒の紙が震えて声が聞こえるという遊びです」


「そうです。それと原理は同じですが、見た目をもっと本物に似せた玩具を作るのです」


「電話機の玩具なら既にありますが、離れたところにある電話機どうしでほんとうに通話ができるというものを作るのですか?」


「そうです」


「しかし受話器をプラスチック成形で作ると、声の振動が生じないのではありませんか?薄い紙と違いますから」


「受話器に紙を張るんじゃないですか?しかし、糸がたるむと声が通じなくなりますが」と佐原さんが口をはさんだ。


「二台の電話機を結ぶのは糸ではなく細いゴムチューブです。音声が直接チューブの中を通って相手まで届くのです」


「そうか。伝声管と同じ仕組みなのだな?」と社長が叫んだ。伝声管とは金属の管を使って離れたところと通話できる装置で、大型の船舶などに内線電話代わりに取りつけられている。


「そうです。受話器の耳の部分と口の部分にチューブをとりつけ、もう一台の電話機の受話器の口と耳の部分に繋げるのです。チューブを交叉させる必要がありますが、十メートルくらいの長さのチューブを付属させれば、隣室との会話ができるでしょう」


「・・・おもしろいアイデアですね。しかし電話機二台とチューブ二本をセットにするとなると、けっこう高価な商品になりそうですが」


「今、男の子に人気があるのがトランシーバーだそうですが、安いものでも三千円以上します。それよりも安価でこの電話機を売り出すことはできませんか?」


昭和四十年代にはムデンや学研など、多くのメーカーから子ども向けにトランシーバーが発売され、実際に数十メートル離れていても通話できたようである。そんな高価なおもちゃは触ったこともないけれど。


「トランシーバーは男の子に人気があるが、電話機なら女の子に需要がありそうだな」と社長も言った。


「ゴムチューブではなく、本格的なスピーカーとマイクロホンと電線を使った電話機の玩具も作れそうですね。値段がいくらになるか、想像できませんが」


副社長は感銘を受けたようで、俺に頭を下げた。


「ありがとうございます、藤野さん。私の疑問に答えていただいただけでなく、また新たな商品のアイデアまでいただくとは、感謝してもしきれないほどです」


「多少でもお役に立てたのなら何よりです」と俺は答えた。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

冬木寛治ふゆきかんじ フエキ玩具株式会社の副社長。

冬木健児ふゆきけんじ フエキ玩具株式会社の社長。

佐原 大(さはらだい) フエキ玩具株式会社の営業開発部門長。


着せ替え人形情報


マテル社/バービー人形(1959年3月9日発売開始)

タカラ/リカちゃん人形(1967年発売開始)(リカちゃん電話は1968年10月から自動音声のサービスを開始した)


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