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六十二話 女子受験生の匂い(美知子の妖怪捕物帳・伍拾弐)

「魔法少女もののテレビ番組を制作して、その魔法少女が着るドレスや小物を幼い女の子が実際に着れるものとして販売するのですね?」と佐原開発部長が確認してきた。


「そういうことです」


「とりあえず企画を検討してみますか」と冬木副社長が言った。


「最初の番組に登場する魔法少女はひとりにして、それで女児に受けるようなら、次回作は魔法少女を数人に増やします。ドレスの色を別々にして、ピンク、赤、水色、黄色、紫色と各種作り、小物もそれぞれの登場人物の特徴に合わせたものを用意し、玩具の種類を増やしていくのです」


俺の説明に冬木社長も痛く感銘を受けたようだった。


「示唆に富むアイデアをいろいろと頂いた。ほんとうにありがとう、藤野さん」


「ほかに開発を検討すべきな玩具の候補はありますか?」と副社長が聞いた。


「そうですね、ゲーム用の玩具を販売するのはいかがでしょうか?」


「ゲームというと、双六のようなボードゲームですか?」


「そういう類いのものの開発も良いかもしれませんが、私が考えているのはカードゲームです」


「カードゲーム?トランプとか花札とか?・・・あるいはいろはカルタとか百人一首のようなものですか?」


「既存のカードゲームとは異なるものです」


「と言うと?」と佐原さんも聞いてきた。


「軍人将棋というのをご存知ですか?将棋の駒のような木片の表に、大将とかスパイとか、戦車とか地雷とか書いてあるものです」


「ああ、知っているよ。裏返しで駒を進めて、相手の駒と出会ったら裏返して、弱い方が盤上から外されるという将棋のようなゲームだね」と副社長。


「そうです。今考えているのはカードの表にいろいろな戦車や戦闘機の絵が描かれ、強さを表す数字が書かれたカードです。戦車や戦闘機は、世界中の実在する、あるいは実在していたものにします」


「タイガー戦車とか、零戦とかだね?」


「はい。男の子に人気のありそうな兵器類を選びます」


「で、どのようにゲームをするのかな?」


「二人で遊ぶゲームで、それぞれ百点ずつのポイントと五十枚のカードを持った状態で始めます。二人がいっせーのせ!と言ってカードを一枚ずつ同時に出して、二枚のカードの数字の差の分だけ、弱いカードを出した人のポイントから減らしていくというゲームです。出したカードは使用済みとして自分の陣地の特定の場所に置いていき、ゲームが終わるまで二度と使うことはできません。ポイントがゼロになるか、五十枚すべて出した後でポイントが少ない方が負けとなります」


「なるほど、男の子向けのおもしろそうなゲームだな。ただ、ポイントを計算したり、記憶したりするのが面倒に思えるが?」と社長が疑問を呈した。


「カードの入門者用セットにおもちゃのそろばんを入れておけば、計算と記憶の心配はなくなります」


「なるほど」


「そしてここが肝心なのですが、追加のカードセットを少しずつ販売していくのです」


「追加の?どういう意味だね?」


「五枚ずつ袋に詰めた状態でバラ売りします。中にはランダムで強いカードや弱いカードが入っています。ゲームに勝ちたい子どもは少しずつ買い足し、自分の持ち手を強くしていくことができます」


「思惑通り次々と買ってくれればいいが・・・」


「カードの絵柄は新しいものを追加していくので、絵柄のコレクションという一面もあります」


「なるほど。・・・カードなら安価に印刷できるし、試してみる価値があるかも」と佐原さんが言った。


「男の子向けには、今言ったような戦車や戦闘機の絵柄だけでなく、御社で作るテレビ番組に登場するロボットを描いたカードを出すのもいいでしょうね。絵柄の種類を充実させるためにも、番組内で多数のロボットや戦闘車輛を出すのです」


「そうだな」


「女の子向けにはお姫様や王子様、あるいはテレビ番組に登場する魔法少女たちを絵柄にします。そしてこちらも少しずつ種類を増やしていくのです」


「女児向けにも応用可能ですか。さすがはジャンヌ・ダルクと言われるだけのことはありますね」・・・いえ、そう言われたことはありません。


「今、思いつくのはこんなところでしょうか」


「わかりました、商品開発の参考にします」と佐原さんが言った。


「ところで、藤野さんは不可思議な謎を解くのも得意だとお聞きしましたが?」


「いろいろな謎の解釈をしましたが、証明できないものも多いですよ」


「それでもかまいません。疑問に思っていることをお尋ねしてもよろしいですか?」


「はい。答えられるかわかりませんが、努力します」


「実は私自身の経験ではなく、私の息子が大学受験をしたときのお話ですが、息子の前の席に女子生徒が座っていました。その女子生徒は息子が知らない女性で、息子は顔を見ていません。無事に試験は進んで行き、最後の科目の試験になりました」


「はい。それで?」


「試験の途中でその女子生徒が手を挙げ、近寄って来た試験監督に何やら囁きました。そして女子生徒は立ち上がって、試験監督と一緒に試験会場の教室を出て行きました」


「トイレにでも行ったのだろう」と社長が口をはさんだ。「生理現象は止められないからな」


「息子もそう思ったようで、気にはしませんでした。間もなくその女子生徒は戻って来て、元の席に着きました。そのとき・・・」


「そのとき、何か起こったのですか?」と副社長が聞いた。


「その女子生徒から樟脳の香りがしました。トイレに行く前にはまったく匂わなかったのに、試験に集中していても気づくほどの強い匂いだったそうです」


「樟脳というと、タンスなどに入れておく虫除けだな?タンスに長く入れておいた衣服に樟脳の香りが移っていることがある」と社長。


「その衣服を二、三日干しておけば匂いは取れますが・・・」と副社長も言った。


「その女子生徒は着替えでもしたというのですか?」


「トイレに行く前に女子生徒が着ていたのは、背中しか見ていませんが、普通のセーラー服で、トイレから戻って来たときも同じ服装だったそうです」


「顔は見てないんですね?・・・ひょっとしたら、替え玉受験だったんじゃ」と指摘する副社長。


「替え玉受験とは何だね?」と社長が聞いた。


「受験生本人でなく、本人に成り済ました第三者が入学試験を受けて、不正に合格することですよ」


「しかし、試験の最中だぞ。しかも試験中にトイレに行ったのなら、試験監督がトイレの前までついて行くんじゃないのか?トイレから出てきたのが別人だったら、さすがに気づかれるだろう」


「どうですか、藤野さん?」と佐原さんが俺に聞いた。


「そうですね、双子の姉妹が替え玉になれば、気づかれないかもしれません」


「双子?」


「はい。顔も背丈もそっくりな姉妹がいたとすれば、どちらかがトイレの個室に隠れていて、試験中にトイレに来たときに入れ替わるのです。たまたま替えの制服がタンスにしまってあったとしたら、樟脳の匂いが残っていても不思議ではないでしょう。そして、試験が終わったら、何気ない顔をして大学を出ていくのです」


「やっぱり、替え玉受験でしたか!?」と叫ぶ佐原さん。


「いえ、落ち着いてください。その方法には難点があります。姉妹で得意科目が違うのなら、その科目の試験の開始前に入れ替わればいいわけで、試験の途中で入れ替わる理由がありません」


「自力で試験を解くつもりだったけど、どうしてもだめそうな場合に入れ替わるようにしていたとか?」と副社長が聞いた。


「入れ替わった人の試験時間がどうしても短くなりますから、合格するのは難しいのではないでしょうか」


俺の言葉を聞いて社長が、「その女子生徒は受験に合格したのか!?」と佐原さんに聞いた。


「合格発表を見に行った息子の話では、その女子生徒の受験番号は合格者の中になかったようです。・・・息子は合格していましたが」


「不正をしてもダメだということだな」と社長。


「いえ、替え玉受験の可能性は低いでしょう」


「替え玉受験でないとしたら、なぜその女子生徒に樟脳の匂いが移ったんだ?」


「トイレの中で樟脳の匂いをつけたということになるでしょうか」


「なんで樟脳の匂いなどつけるのでしょう?気分転換に持っていた香水をつけるとかならまだわかりますが」と副社長。


「試験中に香水をつける受験生などいないのでは?」と佐原さんが言った。


「そうですね。オードトワレをつけるのならともかく」と副社長。


「オードトワレとは何だ?」と聞き返す社長。


「香りが薄めの香水の一種ですよ」


「樟脳の香りがする香水などないだろう?」


「そうなんですが、オードトワレを直訳すると『トイレの水』になるそうです」


「トイレの水?水洗便所の水のことか?」


「いえ、この場合の『toilette(トイレ)』とは『身繕い』のことだそうで、便所を意味しているわけではありません」


「だから何だと言うんだ?」


「ただの冗談ですよ。トイレで匂いがついたという話だったので、オードトワレを思い出しただけです」


「何だ、つまらん」と言い捨てる社長。


「さっき社長が仰られたように、樟脳の香りがする香水などまずありません。替え玉でないのなら、その女子生徒に樟脳の匂いがついたのはなぜでしょうか?」と佐原さんが改めて聞いてきた。


「ひとつの可能性として考えられるのは、トイレボールです」


「トイレボールとは何ですか?」と聞き返す佐原さん。


「男子トイレの小便器の中にたまに入っている緑色の玉をご存知ですか?・・・私は見たことはありませんが」


「ああ、あの匂い消しですか。便所ボールとか樟脳玉とも言いますね」


「あのボールにはパラジクロロベンゼンと呼ばれる成分が入っていて、この成分は防虫剤や消臭剤として使われています。樟脳のような匂いがします」


「え?トイレボールをその女子生徒が拾って、匂いが移ったということですか?」


「男子トイレに忍び込んで、便所ボールを拾う女子なんて、とんでもないぞ」と社長も言った。


「いえ。あのトイレボールは女子トイレにも置かれていることがあります。ただし、便器の中ではなく、網状の袋に入れて吊り下げているのです」


「そ、そうなのか・・・?」


「だが、トイレを利用しただけで、その匂いが移るものなのでしょうか?」と疑問を呈する佐原さん。


「これは私の想像ですが、その女子生徒がトイレに入ったとき、衣服のどこかを汚してしまったのです」


「漏らしでもしたのか?」と直球で聞く社長。


「そこはわかりませんが、衣服が汚れて排泄物の匂いが付いてしまったとします。当然水道でその箇所を洗いますが、匂いが落ちないような気がしたら、その女子生徒はどうするのでしょうか?」


「臭いを消すために香水を付けようと思うだろうな。それこそ、オードトワレとか」


「はい。しかし、香水を持っていなかったとしたら?」


「その場にある消臭剤を付けるのか!」


「はい。ひょっとしたらですが、その女子生徒は吊り下げてあったトイレボールを取って、汚れた箇所にこすりつけたのかもしれません」


「それで樟脳のような匂いが染み付いたのですか!?」と叫ぶ佐原さん。


「もちろんただの想像ですが、ほかに樟脳の匂いが移りそうなものはありません」


「なるほど!・・・確かめようがないとしても、それなら一応の説明がつくな。息子に会ったら教えておこう!」と興奮気味の佐原さんだった。


「臭いは消したものの、今度は消臭剤の匂いが気になって、その女子生徒は受験に落ちたのかもしれないな」と社長も言った。


「佐原さんの息子さんが樟脳っぽい匂いを気にし過ぎず、受験に合格したのは何よりでしたね」


「噂通り、納得できる謎の解釈を聞くことができました」と副社長もいたく感激していた。


「次は私の話を聞いてもらえますか?」


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

冬木健児ふゆきけんじ フエキ玩具株式会社の社長。

冬木寛治ふゆきかんじ フエキ玩具株式会社の副社長。

佐原 大(さはらだい) フエキ玩具株式会社の営業開発部門長。


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