六十一話 玩具業界の浮き沈み
いつものように会社訪問依頼があって、秋花女子大学の正門前で立って待っていると、一台の白いステーションワゴンが正門近くの道端に停車した。車の側面には『フエキ玩具』という社名が入っている。
車の中から背広姿の中年男性が出て来た。あたりをきょろきょろ見回してから俺と目が合うと、つかつかと歩み寄って来た。
「失礼ですが、あなたは藤野さんですか?」と聞く男性。
「そうです。藤野美知子です」
「このたびは弊社にお越しいただけるそうで、誠にありがとうございます」と丁重に頭を下げる男性。
「こちらこそよろしくお願いします」
「私はフエキ玩具株式会社の副社長をしております冬木寛治と申します。それではどうぞご乗車ください」そう言って冬木さんはステーションワゴンの後部座席のドアを開けてくれた。
「失礼します」と言って俺が乗り込むと、冬木さんは運転席に乗ってエンジンをかけた。
それにしても副社長が自ら運転して迎えに来てくれるとは、口には出せないが、あまり羽振りのいい会社ではなさそうだ。
「弊社は昭和二十五年に創業した玩具会社でして、当初は主に輸出用の金属製の玩具を作っておりました」と冬木さん。
「どのような玩具ですか?」
「ブリキ製の自動車や飛行機が多かったですね。いずれも外国の乗り物を模した玩具でした」
「なるほど」
「その後、昭和三十五年以降から国内販売に注力しまして、順調に売り上げを伸ばして参りましたが、最近はやや業績が悪化しているところです。・・・詳しいことは本社についてから説明します」
「わかりました」
俺がそう応えると、冬木さんは車載の八トラックステレオにカセットを入れて再生した。すぐに女性歌手の歌声が車内に響いてきた。
「これは何という曲ですか?」と冬木さんに聞く。
「伊東きよ子の『花のマドンナ』って曲ですが、知りませんか?」
「あまり歌謡曲には詳しくなくて・・・。でもいい曲ですね。ありがとうございます」俺が緊張しないよう曲をかけてくれた冬木さんに素直に感謝した。
それにしてもカーステレオがあるのか。つい最近まで景気が良かったのかもしれない。
同じ曲を何度も聴きながら車に乗っていると、やがてフエキ玩具株式会社の本社前に到着した。若干古びたビルだった。
車を降りると、冬木さんに促されてビルの中に入った。一階が事務室で、奥に玩具倉庫があるようだ。俺は冬木さんの後について、階段を三階まで上った。
通されたのは社長室だった。社長の机の前に応接セットがあり、そこで初老の男性と中年男性が二人で待ち構えていた。
「おお、あなたが企業を救済する和製ジャンヌ・ダルクと名高い藤野さんですか?」初老の男性が立ち上がってすぐに俺の方に寄って来た。
「い、いえ。ジャンヌ・ダルクなんて呼ばれたことはありません」恐縮している俺の両手を力強く握ってくる初老の男性。
「私がフエキ玩具の社長の冬木です。こちらは営業開発部門長の佐原くんです」
「よろしくおねがいします、藤野さん」と佐原さんも俺に頭を下げてきた。
「秋花女子短大の藤野美知子です。よろしくお願いします」と俺も挨拶し、四人でソファに座った。すぐに女子社員が俺たちの前に煎茶椀を置いた。
「弊社にお越しいただき感謝します。さっそくですが、弊社の窮状についてお話ししましょう」とさっそく本題に入る冬木社長。おそらく副社長の冬木さんのお父さんなのだろう。
「では、私から説明します」と佐原さん。
「藤野さんは『サンダーバード』というテレビ番組をご存知ですか?」
「はい。国際救助隊が活躍するというストーリーの、人形を使ったイギリスの番組ですね?」
「そうです。その番組の中でサンダーバード一号とか二号とか、いろいろな乗り物が登場して、日本中で人気になりました」
「はい、存じております」
「当社ではそれらの飛行機の玩具を販売し、これが大当たりして、たいそう儲けさせていただきました」
「それは商機をつかみましたね」
「そうなのですが、残念ながらその人気番組は終わってしまいました。こういう商品はテレビ番組が終わると急に売れなくなるもので、弊社では次の番組の商品化をいち早く契約し、新しい玩具を盛大に売り出しました」
「それはなんという番組ですか?」
「『サンダーバード』の制作会社が作った人形劇で、『紅戦隊宇宙大冒険』という邦題の番組です。『サンダーバード』と同じようにいろいろな乗り物が登場し、それらの玩具を作ったのですが、期待に外れて番組の人気はそれほど高くならず、弊社は商品の大量の在庫を抱えてしまいました」
「そ、それは大変ですね」
「そうなのです。弊社と同じように『サンダーバード』のプラモデルを作っていた会社は続いて『紅戦隊宇宙大冒険』のプラモデルを売り始めたのですが、やはり大量の在庫を抱えて倒産してしまいました」
「倒産ですか!?」テレビ番組の当たる当たらないの読み違いで、大儲けから倒産まで急降下するものなのか、と俺は驚いてしまった。
「そこが玩具会社の難しいところです。大儲けしても、その儲けを次の商品開発に使ってしまうため、見通しが外れると一気に経営不審に陥ります」
「それで、御社の現在の状況は?」
「弊社はまだ傷が浅い方で、倒産するほどではないのですが、痛手を負ったのは事実で、他の玩具会社からはまもなく倒産するんじゃないかと噂されています」
「噂だけなら気にされなくても・・・」
「いえ、そんな噂が広まると、玩具問屋が弊社との取引を控えるようになるので、このままではほんとうに倒産しかねません」
「そうなのですか?」
「そこで弊社は、倒産したプラモデル会社から業務を引き継ぐ形で工場やプラモデルの金型を引き取り、その会社の元社員を雇い入れて新たに模型部を立ち上げ、経営は盤石だと世間に示しているところです」
「なるほど。今後はプラモデルを製造・販売する予定なのですか?今まではどんな玩具を販売されていたのですか?」
「組み立て済みの玩具を作って販売していました。例えばサンダーバード一号や二号にゼンマイ動力を付けて、そのまま走らせて遊ぶ玩具です」
「従来作っていた自動車や飛行機の玩具のノウハウを生かした商品展開だったのですね?」
「はい。それにプラモデルを加えて、起死回生を図ろうと思っていますが、これからどんな玩具を作っていけばよいのか、ヒントをいただければ助かります」
「ヒットを飛ばしたいとお考えなら、やはりテレビ番組と連動させた商品の開発が必要でしょうね。・・・『鉄人二十八号』というマンガやテレビ番組はご存知ですか?」
「もちろん知っています。『鉄人二十八号』のプラモデルなど、一時期たくさんの種類が発売されていました」
「歩く『鉄人二十八号』のプラモデルの完成見本をおもちゃ屋さんの店頭で見たことがあるのですが、重心を安定させるために足先が前後方向に伸びた電池ケースになっていて、『鉄人二十八号』の体型自体もずんぐりむっくりな形状でした。私の弟が当時欲しそうに見ていたのですが、それでも『マンガの鉄人二十八号と形が違うなあ』と言っていました」
「それはどういうことですか?」
「無理にモーターやゼンマイで動くおもちゃにするのではなく、マンガに出て来るような形状にした方が子どもに受けがいいんじゃないかということです」
「つまり、スケールモデルが望ましいということですか、精密な自動車や飛行機の模型のような?」
「そうです。モーターを付ける代わりに、自動車ならドアやボンネットが開閉したり、ロボットなら手足を自由に動かせるようにするとより実物に近くなり、子どもも喜ぶことでしょう」
「しかし、ロボットの手足を動かせるようにしたら、遊んでいるうちに関節部分がすり減って、適当なところで止めることができなくなりませんか?」
「人間の軟骨のように、ロボットの関節に軟質プラスチックの受皿を付ければ、すり減りが抑えられ、いつまでもポーズをつけられるようになると思いますよ」
「なるほど。・・・現実にある乗り物はそのままの形状で、ロボットのようなマンガに出てくるものは原作を再現できるものにしろということですね?」
「そうです。そのような本格的な模型を売れば、小学生高学年から大人までが興味を示すことでしょう。また、ロボットの金属製玩具を売れば、重量感があるのでプラモデルとは別に人気を博すかもしれませんね。もちろん幼児向けには、今までのようなゼンマイやモーターで駆動するおもちゃを売り続けます」
「テレビ番組に出てくるものをそのままの形で精巧な商品にすれば、確かにファンからは喜ばれるでしょう。しかし、番組が終われば人気は急落するんじゃないですか?」
「例えば例に出した『鉄人二十八号』や、同じ作者の『ジャイアントロボ』などはテレビ番組が終わっても原作マンガの連載は続いていました。そこで作者と相談し、原作マンガに新しいロボットを出してもらってそれを商品化するのです。テレビ番組を見てファンになった人が後追いして、人気を衰えさせないことが可能だと思います。もちろんテレビコマーシャルで、新商品を主役ロボとともにアピールします。敵ロボットのラインナップも揃えて、玩具で作品世界を再現するのです」
「ふむ。・・・一考の余地がありますね」
「そしてただのロボットではなく、変形や合体ができるロボットも、男の子に受けるでしょうね」
「変形?合体?・・・どういうことですか?」
「例えば『マグマ大使』という番組では、ロボットのマグマ大使が飛行機に変形します。『ウルトラセブン』という番組では、戦闘機のウルトラホーク一号が三機に分離し、再び合体します。そのプラモデルも人気のようでした」
「ロボットが戦闘機や戦車に形を変えたり、一台のロボットが三台に分離したりですか。・・・ちょっと想像できないし、うまく玩具が作れるか不安ですが、商品として強くアピールできる要素になるかもしれませんね」
「さらに原作者やテレビ局に交渉して、その番組の続編を作ってもらうこともできるでしょう。その場合は御社が番組のスポンサーになる必要が出てくるかもしれませんが」
「我々がテレビ番組の制作を働きかけるのですか?」
「そうです。『サンダーバード』のような海外作品では難しいかもしれませんが、国内の作品なら交渉しやすいでしょう」
「なるほど。おもちゃを展開しやすいテレビ番組の制作を我々が主導するのですね?」
「プラモデルの愛好家は自分で塗装をすると聞きます。ならば、ロボットのプラモデルで使用する塗料や工作用具をセット売りするのはいかがでしょうか?そして御社のプラモデルの製作方法や作例を模型雑誌の記事にしてもらうのも有りでしょう」
「模型雑誌ですか。・・・『月刊モデルアート』や『月刊ホビージャパン』がありますが、航空機や戦車や戦艦のプラモデルを主に紹介しています。ロボットのプラモデルを扱ってくれるのでしょうか?」
「断られたら、御社で新たに模型雑誌を創刊するのもいいかもしれませんね。協力してくれそうな出版社を知っています」(九話参照)
「そうですか。いといろと指導していただき感謝します。今までの話をまとめると、テレビ番組に登場するロボットなどのスケールモデルの開発・販売に注力し、しかもテレビ番組を商品展開しやすいように企画段階から参加し、かつ、商品の宣伝に努めるということですね」
「そうです」
「ただ、ロボットの模型は男児向けの玩具です。女児向けにはどんな商品を展開すればよろしいでしょうか?」
「マンガやテレビ番組で女の子に人気なのは、やっぱり魔法少女ものでしょうね」
「魔法少女?」
「そうです。例えば『ひみつのアッコちゃん』や『魔法使いサリー』や『コメットさん』が近年人気でした」
「その番組名は聞いたことがあります」
「これらは既に終了した番組ですので、新しい魔法少女ものの番組を御社で企画するのです」
「その魔法少女とやらの人形を売り出すのですか?」
「その魔法少女は、テレビ番組内ではドレスを着ます。魔法で変身するのです。そして魔法の杖や、『ひみつのアッコちゃん』で使われていたようなコンパクトなどの小物を番組内で派手に使ってもらいます。電飾を仕込むともっといいでしょうね。そして、人形を売るのもいいですが、私が考えているのはそれらのドレスや小物を、小さい女の子が実際に着用できるサイズで売り出すのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。魔法少女がドレスを着て小物を身に着ける?・・・いったいどんな番組になるのでしょうか?」
「ドレス姿で魔法を使って人助けをしたり・・・世界征服を企む悪の組織と戦って、人々を守るのです」
「いやいやいや、女の子がドレス姿で敵と戦うって・・・そんなハチャメチャな番組が女の子に好まれるのでしょうか?そして、玩具を買ってもらえるのでしょうか?」
「魔法少女が可愛ければ、大丈夫だと思いますよ」と俺は適当に保証しておいた。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
冬木寛治 フエキ玩具株式会社の副社長。
冬木健児 フエキ玩具株式会社の社長。
佐原 大 フエキ玩具株式会社の営業開発部門長。
音楽情報
伊東きよ子とザ・ハプニングス・フォー/花のマドンナ(1968年8月発売)
テレビ番組情報
NHK総合/サンダーバード(特撮番組:1966年4月10日〜1967年4月2日放映)
フジテレビ系列/鉄人28号(テレビアニメ:1963年10月20日〜1965年5月27日、1965年9月1日〜11月24日放映)
NET系列/ジャイアントロボ(特撮番組:1967年10月11日〜1968年1月24日放映)
フジテレビ系列/マグマ大使(特撮番組:1966年7月4日〜1967年9月25日放映)
TBS系列/ウルトラセブン(特撮番組:1967年10月1日〜1968年9月8日放映)
NET系列/魔法使いサリー(テレビアニメ:1966年12月〜1968年12月放映)
NET系列/ひみつのアッコちゃん (テレビアニメ:1969年1月〜1970年10月放映)
TBS系列/コメットさん(特撮番組:1967年7月3日〜1968年12月30日放映)
マンガ情報
横山光輝/鉄人28号(月刊少年、1956年7月号〜1966年5月号連載)
横山光輝/ジャイアントロボ(週刊少年サンデー、1967年20号〜1968年19号連載)
手塚治虫/マグマ大使(少年画報、1965年5月号〜1967年8月号連載)
赤塚不二夫/ひみつのアッコちゃん(りぼん、1962年6月号〜1965年9月号連載)
横山光輝/魔法使いサリー(りぼん、1966年7月号〜1967年10月号連載)
横山光輝/コメットさん(週刊マーガレット、1967年28号〜50号連載)
雑誌情報
有限会社モデルアート社/月刊モデルアート(1966年11月創刊)
株式会社ホビージャパン/月刊ホビージャパン(1969年12月創刊)




