五十九話 天上界の宝(美知子の妖怪捕物帳・伍拾壱)
「私の相談事は、古文書の解読なんだ」と津川開発部長が言った。
「古文書?なんでそんなものを?津川家に代々伝わるものなのか?」と水原社長が聞き返した。
「そういうことです。古文書と言っても明治時代に私の曾祖父が書いたもののようですが、意味がわからず・・・」
「古文書の解読はしたことがありませんが、意味不明な漢字の羅列からなる暗号を解読したことがあります」と俺は答えた(四十話参照)。
「それは心強い。今、現物は持っていないが、書き写したものがあるんだ。これを読んでほしい」
そう言って津川さんは懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出し、俺の前に広げた。社長や湯原営業部長、開発部員たちは立ち上がると、俺の後に回ってその紙をのぞき込んだ。
その紙には次のような文字が縦書きで書いてあった。
天台山従南西陸行二里到九重
南行到羅城門東行到京極大路
於天上秘匿寶書挂高閣遺嫡嗣
「正確な読み方かわかりませんが、とりあえず読んでみます」と俺はみんなに言って読み始めた。
「『天台山より南西に陸行すること二里、九重に至る』」と俺が読むと、
「まるで魏志倭人伝の記述のようだな」と社長が感想を述べた。魏志倭人伝とはご存知のように日本における邪馬台国の所在や風俗を記した書物だ。
「天台山とは?」と聞く湯原さん。
「確か仏教の天台宗にゆかりの山のことだったはず。中国にも天台山がありますが、日本では京都市の北東にある比叡山のことだと思います」
「京都の話なのか?・・・津川くん、君の実家は京都なのか?」と聞く社長。
「いえ。私の実家は小岩です。ずっとそこに住んでいるはずです」
「不思議だね。君の家に京都にまつわる秘密が隠されているのだろうか?」と湯原さんも言った。
「九重とは?」と聞く社長。
「すぐに思いつくのは、百人一首にある『いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな』という歌ですね」
「どういう意味なんだ?」
「『昔、奈良の都で咲いていた八重桜が、今日は宮中でいっそう美しく咲き誇っている』という意味だったと思います。この短歌は平安時代に詠まれたものですから、宮中とは平安京の御所のことでしょうね」
「なるほど。比叡山の南西へ二里・・・四キロぐらいのところに昔の京都御所があったそうだから、京都のことで間違いなさそうだな」
「二行目の意味は?」と急いで聞きたがる津川さん。
「二行目は、『南行して羅城門に至り、東行して京極大路に至る』と読めます」
「羅城門とは?」
「平安京にあった、いわゆる羅生門のことだと思います。平安京の南の端にあったはずです」
「ああ、芥川龍之介で有名な羅生門だな」
「映画にもなりましたね、黒澤明監督の」と湯原さんも口をはさんだ。
「御所の真南に羅生門があるのは矛盾しないな。そして東に行ってたどり着くのが京極大路か?」
「京極大路は平安京の東西の端にある、南北に延びる大通りです」
「・・・というと、一行目と二行目の意味は?」と聞く津川さん。
「比叡山から南西に進んで京都御所に着き、南に進んで羅生門に着き、東に進んで東京極大路に達する、つまり平安京の南東の角に行くということでしょう」
「最初から平安京の南東の角と言えば済むものを!ややこしい書き方をして!」と不平を言う社長。
「まあ、暗号というのは意味をわかりにくくした文章ですから」と俺は言って社長をなだめた。
「次は三行目だな」と急かす津川さん。
「次の行が意味が繋がらないのですが、普通に読むと、『天上において秘匿宝書を高閣にかけ、嫡嗣に遺す』となります。つまり、『天の上で、秘匿した宝の書物を高い建物にかけておいた。これを跡継ぎの男子に遺す』ということでしょうか?」
「何やらわからんが、家宝になるような値うちのある書物が遺されているってことだな。津川くん、その書物は君か、君の御父君か、おじいさんが手に入れたのかな?」
「そんな話、聞いたことがありません。宝の書物って何でしょうか?」と困惑する津川さん。
「少なくとも明治時代にこっそり入手された宝の本ということですから、江戸時代以前の、とても価値がある書物でしょう」
「例えば?」と追求する社長。
「皆目見当がつきませんが、歴史に名を残しているような有名な書物の原本だとか。・・・例えば百人一首は、鎌倉時代に藤原定家が先人の歌を撰んで色紙に書いたのが始まりとされていて、室町時代には茶室に飾るのがはやったと言われています。あまりの人気のため、写本が多く作られたと思いますが、江戸時代には既にかなりの数が失われていたようです。もし、藤原定家直筆の色紙が残っていれば、少なくとも重要文化財クラスのお宝でしょうね」
「競売にかけたらいくら値がつくかわからないだろうね」と湯原さんが言い、津川さんが夢見心地の表情をしていた。
「しかし天上の高閣とはどこなんだい?」と社長が言って津川さんが我に返った。
「そ、そうですよ、藤野さん。一行目と二行目で京都の・・・平安京の経路が書かれ、南東の端に到達したんじゃないのですか?そこからいきなり天の上だの、高閣にかけただの言われても、どこにお宝書物があるのかわからないじゃないですか」
「そうですね。私もそこが疑問です」と俺は言った。
「天上は天の上・・・雲の上のことでしょうか?平安京の南東の端の上空だとしても、そんなところには行けませんし、高い建物もありませんし、まして宝物の書物など置けませんね」
「京都で高い建物と言えば京都タワーだな。そこの展望台にあるんじゃないのかい?」と湯原さんが言った。
「おいおい、京都タワーは六年前に建ったんだぞ。明治時代の古文書に書いてあるわけないじゃないか」とツッコミを入れる社長。
「そうでした」と言って湯原さんは頭をかいた。
「第一、京都タワーが建っている場所は、京都駅のすぐ北だぞ。平安京の南東の角じゃないだろう」
「そうですね。うっかりしていました」
「平安京の南東の角に、現在何の建物が建っているか知らんが、高い建物はないだろうな。・・・低い建物の天上・・・てんじょう?・・・ひょっとしたら天井の上に隠されているのかもしれないぞ!」と社長が大声で言った。
「ダジャレですか、社長?」とツッコむ湯原さん。
「仮に現存する建物の天井裏に書物が隠されていたとしても、縁もゆかりもない家の天井裏にお宝があるってご先祖はどうやって知ったのでしょう?」と津川さんも疑問を呈した。
「ご先祖が幕末頃に京都にいたって話は聞いてないか?当時は全国から攘夷志士が京都に集まっていただろ?」と湯原さん。
「あるいは新撰組にいたとか?」と茶々を入れる社長。
「先祖が侍だったという話は聞いたことありませんね。・・・何をしていたか知りませんが、ただの町人だったんじゃ」
「確かに、天上高閣は天井裏のことかもしれませんね!」と俺が言ったら、軽口をたたいていた社長たちがいっせいに俺の方を向いた。
「ダジャレじゃないのかい?」と聞く湯原さん。
「京都に縁もゆかりもない津川さんに遺された家宝が、京都に隠してあるわけありません。つまり、ここに書いてある天台山や、九重や、羅城門や、京極大路は、ただの比喩のように思えてきました」
「比喩?・・・じゃあ、天台山もしくは比叡山は、何を意味しているんだね?」と社長。
「比叡山延暦寺は平安京の北東にあります。つまり、鬼門を守っているお寺です」
「たしかに北東の方向から鬼が来るので、北東は縁起が悪いと古来から言われている」
「鬼門が縁起が悪いのは、都だけの話じゃありません。普通の家屋でも鬼門は縁起が悪く、水回りや玄関は家の北東に作らない方がいいと言われています」
「家?・・・そうか、家か!」と叫ぶ津川さん。
「この『天台山従南西陸行二里到九重』は、家の北東の角から南西方向に進み、家の中央に達するという意味ではないでしょうか」と俺は説明した。
「家の北東の角を起点として中央に移動する、か。じゃあ二行目は・・・」
「家の中央から南の端まで歩き、さらに東に曲がって家の南東の角に行く。・・・津川さん、ご実家はまだ存在していますか?」
「あ?・・・ああ、小岩駅近くに明治時代に建てた家がまだ残っていて、両親が住んでいる」と津川さんが興奮しながら答えた。
「その家の南東には何がありますか?」
「え・・・と、玄関だ!玄関がある!」
「玄関の天井裏、つまり屋根裏に宝の書物が隠されているのかも」
「そ、そ、そ、そうか!玄関の天井の板がどこかはずれるかもしれない!」
「明治時代から置かれていたとしたら、そうとう傷んでいるんじゃないか、その書物は。雨漏りで水が染みていたり、ネズミにかじられていたりしたらお宝の価値が下がる。すぐに回収に行った方がいいぞ!」とけしかける湯原さん。
「そ、そ、そ、そうだな。社長、先に帰っていいですか?」
「かまわんぞ。何か見つかったら、後で教えてくれ」社長がそう言うと、津川さんはすぐに立ち上がった。
「そ、それではお先に失礼します!」そう言って津川さんは慌ただしく部屋を出て行った。
「・・・久貝くんの次は津川くんが出て行ったか。何か見つかるといいがな」と社長。
「しかし、百年近く経っていたら、紙でできた本などまともな状態では残ってないでしょうね」と湯原さんが興醒めなことを言った。
「そうだろうな。・・・ともかく、腹が減ったな。今日は藤野さんにいろいろなことを教えていただいた。これから料亭に繰り出すんだが、藤野さんも晩餐につき合ってもらえるかな?」
「は、はい。わかりました」
「みんなも来なさい」と若手の開発部員にも声をかける社長。
「は、はい!喜んで!」と喜びの声が上がった。
「これからの商品開発のために、せいぜい舌を磨いておいてくれ」
社長の言葉を聞いて笑いながら部屋にいる社員たちが立ち上がった。
俺も促され、出かける準備を終えた社長とともに階下に降り、あらかじめ呼んであったタクシーに同乗した。他の社員も別のタクシーに分乗して料亭に向かった。
料亭に着くとさっそく広間に案内されたが、既にお造りの大きな舟盛が座卓の上に並べられていた。
「さっそく酒を出してくれ。刺身には日本酒だ」と社長が仲居に言い、席に着いた社員たちの前に次々と熱燗の入った徳利とお猪口が並べられていった。
「私は飲めませんので」と仲居さんに小声で伝えると、
「それではお酒が飲めない方用の特製徳利をお出ししましょう」と言われた。
俺の前には他の人とは違う柄の徳利が置かれ、仲居さんがお猪口に注いでくれた。透明な液体だがかすかに泡立っている。匂いを嗅ぐとサイダーの匂いがした。
「それでは乾杯だ」と社長。全員がお猪口を手に取ると、
「今日は藤野さんに貴重なご意見をいただいた。ついでにいくつか謎を解いてもらった。これを今後の商品開発に生かそう。それでは乾杯!」
全員でお猪口の中身を口に流し込む。俺のはやっぱりサイダーだった。
すぐに横についている仲居さんがお猪口にお酒を注ぐ。調子に乗ってきた社長は仲居さんから日本酒入りの徳利を奪うと、「さあさ、藤野さんも一献」と俺に徳利を差し出してきた。
「いえ、私は・・・」と断ろうとする前に社長とは反対側から若い男性社員が徳利を差し出してきた。
「藤野さんのお相手は私が」とその男性社員。その人に対しても断ろうと思ったら、手に持っていたのは私のと同じ柄の徳利だった。
「私も下戸なので、大丈夫ですよ」と囁く男性社員。名前は知らないが、こういう男性には好感が持てる。
「それじゃあ刺身をもっとうまくするか」社長はそう言って立ち上がり、ポケットからうま味加減調味料を取り出すと、お造りの上に盛大に振りかけ始めた。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
津川明治 うま味加減株式会社の開発部長。
水原八男 うま味加減株式会社の社長
湯原夏彦 うま味加減株式会社の営業部長。
久貝喜市 うま味加減株式会社の常務。
書誌情報
芥川龍之介/羅生門・鼻・芋粥・偸盗(岩波文庫、1960年11月25日初版)
芥川龍之介/羅生門・鼻・侏儒の言葉(旺文社文庫、1965年12月10日初版)
芥川龍之介/羅生門・鼻(新潮文庫、1968年7月20日初版)
映画情報
三船敏郎主演/羅生門(1950年8月25日公開)




