表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/58

五十八話 ミヤマリンドウの行方(美知子の妖怪捕物帳・伍拾)

「それでは次に私の相談に乗ってもらえるかな?」と湯原営業部長が言った。


「はい、かまいません」


「私は大学生のときにワンダーフォーゲル部に入って活動していた」


「ワンダーフォーゲルとは何だね?」と水原社長が聞いた。


「登山や高山ハイキングをして、山野を巡るのが活動の中心です、社長」


「登山部とは違うのかね?」


「共通する点は多いのですが、ワンダーフォーゲル部は山の登頂を目的とするのではなく、自然の中で自然に触れ合うのが趣旨です」と湯原さん。


「その部活中に何か起こったのですか?」


「そうなんだよ、藤野さん。当時、ワンダーフォーゲル部には私を含めて五人の男子部員とひとりの女子マネージャーがいた。そのマネージャーは美人というほどではないが愛嬌があって、部員たちにとってマドンナ的存在だった」


「男ばかりいるところに女子がひとり混ざると、そういうことになるな」と津川開発部長が言った。


「で、その都市の夏の活動としてとある山に登ることになったんだけど、女子マネージャーだけは参加しなかった。ただ私たちの行き先を聞いてそのマネージャーは、『その山を登る途中にある高原には、ミヤマリンドウというきれいな花が咲いているそうね。見てみたいわ』と私たちにさりげなく言ったんだ。その言葉を聞いて私たちはその花を見つけたら、彼女のために持って帰ろうと心に決めた」


「おいおい、高山植物を勝手に持ち帰ったらいかんだろう?」と社長。


「はい。自然公園法では国立公園や国定公園で見つかる植物の一部が指定植物として保護されていますが、私たちが行った高原は公園ではなかったので、法律上は問題ありませんでした。ミヤマリンドウも天然記念物に指定されているわけではないので・・・。もちろん乱獲するつもりはありませんでしたよ」


「それで、登山してミヤマリンドウは見つけられたのですか?」と俺は聞いた。


「ああ。高原の隅にひっそりと咲いているミヤマリンドウを見つけてね、花が一輪咲いている一本だけを持って帰ることにしたんだ。短い茎の下で折って、駒込こまごめピペットのゴム球に水を入れてそこに差し込んでおいたんだ」


「こまごめピペットとは何ですか?」と俺は聞き返した。


「実験や検査などで液体を吸い上げるのに使う器具のことだよ。駒込病院に勤務していた人が作ったので、駒込ピペットと呼ばれている。そのピペットは真ん中が膨らんだガラスの筒で、上に付けたゴム球をつまむと中の空気が出て、つまんだ指の力を緩めると下端から液体を吸い上げるというものさ。そのゴム球を誰かが大学から持って来ていて、運搬用の花瓶代わりに使ったんだ。水を入れてゴム球の穴にミヤマリンドウの茎を入れて、タコ糸で穴の周りを縛ったかな?」


「そのゴム球はどのくらいの大きさですか?」


「高さが五センチくらい、一番太いところの直径が二センチくらいだったな」


「そんな小さなものを花瓶代わりに使ったということは、ミヤマリンドウは小さな花なんですね?」


「そう。ミヤマリンドウの茎は地面を這うように伸びているんだが、その先端の十センチ以下の長さの茎が上に伸び、その先端に花が咲くんだ。茎一本に花はひとつから四つほどつき、花の直径は二センチ前後。青紫色の花びらは五つに割れ、割れ目の中に小さな花びらが付いている。とてもきれいで可憐な花だよ」


「直径二センチ程度の花ですか。小さいのですね。で、その花がどうしたのですか?」


「その花は私たち五人からのプレゼントとしてマネージャーに渡すつもりだった。その日の夜はテントに泊まることになっていて、適当な場所にテントを建てた後、テント近くの地面に浅い穴を掘って花を活けているゴム球を立てたんだ」


「テントの外に花を置いたのですか?」


「テントの中に入れたら、寝ている間に誰かの下敷きになりかねないから、わざと外に置いたんだよ」


「それでどうしました?」


「少し離れたところで焚き火をして、飯盒でご飯を炊いて、魚肉ソーセージをおかずに夕食を摂った。わいわい騒いだ後でテントに入って、山登りの疲労から朝までぐっすりと寝た。そして朝起きたら、ミヤマリンドウの花がなくなっていたんだ!」


「風で飛ばされたのか?」と聞く社長。


「動物が持って行ったのかも知れないぞ」と津川さんも言った。


「いやいや、ご丁寧にゴム球を縛っておいたタコ糸がほどかれて、地面に落ちていたんだ。なくなったのは花だけなんだ。絶対に人間の仕業だよ!」と主張する湯原さん。


「テントの近くに別の登山者はいなかったのですか?」と俺は聞いた。


「ひとりもいなかった。だから、花を取ったのは一緒に泊まっていた部員の誰かだと思う」


「で、その花はそのまま見つからなかったのかい?」と社長。


「見つからないまま帰ったんだが、後日、例のマネージャーがあの花を押し花にして本のページの間に挟んでいるのを見つけたんだ。茎の長さも花の大きさも、あのとき摘んだ花とそっくりだった!」


「じゃあ、部員の誰かがこっそり持ち帰って彼女にあげたんだな」と津川さん。


「そうだと思う。抜け駆けして彼女といい仲になろうとしたんだ。そこでマネージャーに『その花は誰にもらったんだ?』と聞いたんだが、彼女は『内緒』と言うだけで、そいつの名前を教えてくれなかった」


「マネージャーさんにあげるときに口止めしたのかもしれませんね、その犯人は。で、そのマネージャーさんは、部員の誰かと交際するようになったのですか?」


「知る限り、彼女は誰ともつき合ってなかったな。卒業後は郷里で見合いして、私たちが知らない男と結婚したそうだ」


「花を盗んだやつはくたびれ儲けだったな」と社長。「で、藤野さんに何を聞きたいんだ?」


「もちろん花を盗んだ犯人ですよ!」と湯原さんは言って俺の方を見た。


「あれ以来部員たちの仲がぎくしゃくして、部活を楽しめないまま卒業してしまった。その悔しさが今も残っているんだ。だから藤野さん、誰が犯人か、推理してくれないか?犯人がわかれば少しは気が晴れるだろう」


「今聞いた話だけでは皆目分かりませんが、犯人は荷物か衣服の中にその花、ミヤマリンドウを隠したんだと思われます。部員たちの荷物は調べましたか?」


「もちろんだ。みんなが花の行方を知りたがったんで、全員の荷物をひっくり返して調べたけど、花は見つからなかった」


「服やリュックのポケットに花をそのまま入れると、折れてくしゃくしゃになりますね。花を隠せるような容器を持っている人はいませんでしたか?」


「ちょっと待ってくれ。思い出してみる」湯原さんはそう言ってしばらく考え込んだ。


「あの日の夕食の後、部員のAが荷物からピース缶を出したな。フィルターのない両切りのピースというタバコが五十本入った缶だ。私も一本もらい、焚き火で火を着けて吸った」


「その缶の大きさは?」


「円筒形で直径七センチ程度、高さ八センチくらいだな」


「摘んだミヤマリンドウの、茎付きの花を隠すのには少し短すぎますね。マネージャーさんが持っていた押し花は、花と茎や葉が離れてはなかったのですね?」


「そうだ。花から茎にかけての長さは十センチくらいあった。ピース缶の中に立てたまま蓋を閉めることはできない」


「円筒の缶に沿って丸めていたんじゃないのか?」と聞く津川さん。


「花を探すとき、一度缶の中のピースを敷布の上にぶちまけたんだ。花は缶の中に入っていなかった」


「ほかに容器らしいものはありましたか?」


「部員のBはピースを吸わずに、自分が持って来たチュボスから葉巻を出して吸っていたな。キザなやつだったから」


「チュボスとは何ですか?」


「葉巻を一本だけ入れる筒状の容器だよ。長さ十二、三センチ、直径二センチ程度のアルミ製の筒で、蓋が閉められるようになっている」


「そのチュボスの中にならミヤマリンドウの花を隠せそうですが、もちろん中を確認したのですね?」


「もちろん。空っぽだった」


「ほかには?」


「私はスキットルというステレス製の容器にウヰスキーを入れて持って来ていた。ピースを吸いながら、みんなでウヰスキーを回し飲みしたよ」


「その大きさは?」


「高さは十五センチよりちょっと高く、幅は十センチ未満だったかな。・・・花がなくなったとき、まだウヰスキーが少量残っていたが、それを地面に捨てて中を確認してもらった。もちろん花は入ってなかった」


「ほかには?」


「部員のCは下戸なので、ウヰスキーは飲まずに持参していたドクダミ茶を飲み始めた」


「ドクダミって、日陰のじめじめした地面に生えるあの臭い草だろ?それをお茶にしたのか?」


「そいつは自分で摘んだドクダミの葉を干して、完全に乾燥した状態で茶筒に入れて持って来てたな。干したせいか臭い匂いはほとんどなくなっていた。健康にいいと言って、お湯を注いで煎じて飲んでいた。私も一口飲ませてもらったが、多少の癖があるものの臭くもまずくもなかった」


「その茶筒の中も当然調べられたのですね?」


「もちろんだ。敷布の上に中身をぶちまけて、茶葉の間をくまなくかき分けてみたが、あの花は見つからなかった」


「もうひとり部員がいましたよね?」


「ああ。部員のDは、酒もタバコも茶葉も持って来てなかった。あいつは酒もタバコもやらないんだ。それでCのお茶を分けてもらおうとしていたんだが、ちょっと問題が生じて・・・」


「問題?」


「Cは茶葉を持って来ていたが、急須も茶漉しも持って来なかった。だからコップに直接茶葉を入れて、その上から熱湯を注いでお茶を作ったんだ。そしたらどうなると思う?」


「飲もうとすると口に濡れた茶葉が貼り付いて、お茶を素直に楽しめませんね。茶葉を飲んでしまう危険もありますし」


「そうなんだよ。私も一杯お茶をもらったが、飲みにくいことこの上ない。お茶を地面に捨てようと思ったくらいだ」


「それでどうしましたか?」


「Dがたまたまストローを持って来ていて、それを使ってお茶を飲むようにと分けてくれたんだ。なんでも南米で飲まれているマテ茶というお茶は、茶漉し付きのストローを使って飲むんだそうだ。しかしDのストローには茶漉しは付いていなかったから、どうしても細かいドクダミの葉の欠片を一緒に飲んでしまって閉口したよ。不潔なところで摘んで来た葉じゃないかと思ってね」


「それは災難でしたね。ところでそのストローはプラスチック製の半透明の白いストローでしたか?」


「プラスチック製じゃなかった。・・・藤野さんはストローの本来の意味を知っているかい?」


「ストローとは麦わらのことですね。中空になっている麦わらはストローそのものです」


「そう!実はDが持って来たストローは麦わらストローだったんだ!」


「麦わらストロー?何でまたそんなものを?」


「プラスチックのストローを自然の中で捨てたら分解されないから、自然に悪影響を及ぼしかねない。その点麦わらなら、捨てても自然に朽ちるから、自然を破壊しないですむんだ」


「どっちにしても山野にゴミを捨てるのは良くないと思いますけどね。・・・そのストローも調べられたんですよね?」


「もちろん、ストローが入っていた袋をひっくり返して、中に花が入っていないか確認したよ。でも、なかった」


「ストローの中は覗かれましたか?」


「ストローの中?・・・あのストローは直径五ミリ程度で、長さは十五センチぐらいだった。とても直径二センチの花なんかしまえないし、無理矢理中に入れたら花が取れてしまう・・・」


「いえ、多くの花は夜になると閉じて花の中の温度や湿度を一定に保とうとします。特に寒いところに咲く高山植物はその傾向が強いです。直径二センチの花が閉じると直径五ミリぐらいの蕾になりますから、花を痛めないように気をつけながら差し込めば、直径五ミリのストローに入れることができます。しかも麦わらだと透明度が高くないので、光にかざさない限り、中に花が入っているかわからないでしょう」


「・・・つまり、Dが花を取った犯人だということか?」


「教えていただいた情報からはそう考えるのが妥当でしょうね。今さら証明はできませんが」


「・・・あの一件があって部員たちとは疎遠状態になっていた。D以外の部員に今の推理を話せば、学生時代のように飲んで語り合うことができるかもしれない」と湯原さんは感慨深げに言った。


「ほかの部員の方たちが別のことを思い出したのなら、また聞かせてくださいね。別の推理ができるかもしれませんから」


「とりあえず解決したね、湯原部長」と津川さんが言った。


「では、次は私の相談に乗ってもらえるかな?今度はもっと難問かも」


「お手柔らかにお願いします」と俺は言って津川さんの話を待った。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

湯原夏彦ゆばらなつひこ うま味加減株式会社あじかげんかぶしきがいしゃの営業部長。

水原八男みずはらやつお うま味加減株式会社の社長

津川明治つがわあきはる うま味加減株式会社の開発部長。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ