五十七話 コビト・ア・ラ・カルト(美知子の妖怪捕物帳・肆拾玖)
「恐ろしげな話だが、警視庁からはいつ返事が来るんだ?」と水原社長が聞いた。
「調べるのに時間がかかるかもしれません。表立った事件になっていなければ、何もわからないかも」と俺は答えた。
「じゃあ、ただ待っていても仕方がないな。その間に私の話を聞いてもらえるかな?」
「わかりました。どうぞ」
「藤野さんはコロポックルをご存知かな?」
「はい。北海道はアイヌの伝説にあるコビトのことですね?・・・確か佐藤 暁という作家が、発音は少し違いますが、コロボックルというコビト族を題材にした子ども向けの本を書いています」
「アイヌの伝説のコロポックルは、アイヌ語の『蕗の下の人』が語源とされ、蕗の葉を傘代わりに使うほど小さな人間・・・あるいは妖精だそうだ」
「蕗の葉の高さはどのくらいですか?」と湯原さんが聞いた。
「高くて七、八十センチくらいだな」
「身長が七、八十センチもないコビトが、どうしたのですか?」
「実は子どもの頃、そのコロポックルが写った白黒写真を見たことがあるんだ」
「写真ですか?」と津川さんが聞き返した。
「そうだ。昔の白黒写真だからそれほど鮮明ではないが、蕗の葉を傘のように持った中年男性が写っていた。その男性は髪はぼさぼさ、髭も生え放題で、薄汚れた布だか皮だかわからないものを身にまとっていた。だから私は本物のコロポックルだと当時信じ込んだものだが、藤野さん、コロポックルは本当にこの世に実在するのか?・・・あるいは実在していたのか?」
「社長、それは偽物の写真じゃないですか?ボロをまとった男が作りものの大きな蕗の葉を持っているところを写真に撮っただけですよ」と津川さんが指摘した。
「そうかもしれないが、私の目には蕗が本物に見えたんだ」
「二重露光で作った合成写真かもしれませんよ」と湯原さんも言った。
「その写真は手元にあるのですか?」と聞く。
「いや、同じ村に住んでいた金持ちの家の子どもに見せてもらっただけで、所有していたわけではないんだ。その子どもは、どこから入手したかわからないその写真を自慢げに見せてくれ、私はうらやましく思ったものだ」
「じゃあ、真偽のほどはわかりませんね」と津川さん。
「実物がないので確認できませんが、その写真は偽物でも合成写真でもなく、写真に写った通りだったのかもしれませんよ」と俺が言ったら社長たちは驚いた顔をした。
「じゃあ、コロポックルは本当にいたのかね!?」
「いえ、その写真に写っていたのはコロポックルでなく、ボロをまとった、身長は普通の中年男性だったのかも」
「じゃあ、人の背丈よりも高い蕗があるって言うのかい?」
「そうですよ」と俺が言ったら全員がまた驚いた。
「秋田県には秋田蕗という高さ二メートルぐらいの蕗が昔から生えていたそうです。江戸時代に秋田藩主が自慢したら信じてもらえず、急遽地元から秋田蕗を取り寄せて証明したという話がありますし、『富嶽三十六景』で有名な江戸時代の画家、葛飾北斎が『北斎漫画』という画集で、秋田蕗を傘代わりに使っている人の絵を描いています」
「よく知ってるね」感心する社長。
「秋田蕗の近種は北海道にも自生していて、それがコロポックルの伝説の元になったという説もあるようです」
なぜ俺がこんなことを知っているかと言えば、「妖怪ハンター」と呼ばれたことがあったため、妖怪に関する本を何冊か読んで勉強していたからである。
「じゃあ、あの写真は作り物ではなかった可能性があるんだね?」と社長が聞いた。
「はい。秋田蕗の下に立っていた浮浪者風の男をたまたま撮影した写真か、そういう扮装をさせた男を立たせて撮った写真が、コロポックルの写真として出回っていたのかもしれませんね」
「ありがとう、藤野さん。長年心に引っかかっていたことが判明してすっきりしたよ」と社長がお礼を言ってくれた。
「君たちも聞きたいことがあると言っていただろ?この際だ、藤野さんに聞いてみたらいい」
「あの・・・私からでもよろしいでしょうか?」と若い男性が手を挙げた。
「かまわんが、君は開発部の者か?」
「はい、開発部に勤めて三年目の清水信也と申します」
「どういうお話でしょうか?」と清水さんに聞く。
「藤野さんは『ガリヴァー旅行記』という本をご存知ですか?」
「もちろんです。アイルランドの作家スウィフトが十八世紀に書いた冒険物語です」
「そうです。その話の中でガリヴァーは難破してコビトの国リリパットに漂着するのですが、ガリヴァーが目を覚ましたら、コビトたちに体を地面に縛り付けられていたって描写があります」
「はい。『ガリヴァー旅行記』の中で最も有名なシーンですね」
ガリヴァーは物語の中でコビトの国だけでなく、巨人の国や天空を飛ぶ巨大な宮廷ラピュタや日本など、不思議な国をいくつも訪問している。ただし『ガリヴァー旅行記』は単なるファンタジー小説ではなく、当時の世相を痛烈に批判した社会風刺が盛り込まれている。
「子どもの頃、『ガリヴァー旅行記』を読んで興奮したのですが、その夜、夢の中で私はガリヴァーと同じようにコビトたちに体を縛り付けられていたのです」
「子どもの頃見た夢が何か?」
「目を覚ましたとき、もちろんコビトなんていませんでしたが、私の体は縛り付けられたガリヴァーのようにまったく身動きできなかったのです。しばらくして普通に起き上がれるようになりましたが、あれは何だったのでしょうか?」
「何だ、つまらん。それはただの金縛りじゃないか」と社長が口をはさんだ。
「金縛りというものですか?」と社長に聞き返す清水さん。
「夜中に目が覚めるが体が動かない。しかもそばに知らないおばあさんが立っていることがあるという、昔からよく聞く心霊現象だ」と社長が答えた。
「お、おばあさんの姿は見ませんでしたが」と困惑する清水さん。
「金縛りは医学的にある程度の説明がついています」と俺は清水さんに言った。
「人の眠りは大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠の二つがあります。レム睡眠は、体は休んでいるけど脳は活動している浅い眠りで、夢を見るのはレム睡眠時の脳の働きなのです」
「ほほう」と感心する社長。
「一方のノンレム睡眠はもっと深い眠りで、体だけでなく脳も休んでいる状態です」
「それが金縛りと関係があるのかい?」と津川さんが聞いた。
「はい、レム睡眠中に脳が半覚醒状態になることがあります。意識がはっきりしてきたにもかかわらず体はまだ休んでいるので、目が覚めたのに体が動かないと錯覚するのです。実際は夢うつつの状態で、完全には目覚めていないのです」
「おばあさんが立っているというのは?」
「それは半分夢を見ているのでしょう。金縛りになると、誰もが必ずおばあさんの姿を見るわけではありません」
「なんだ、そういうことか」と社長が言った。
「もちろん『ガリヴァー旅行記』に出てくるコビトの仕業ではありません。ただ、前の晩にその本を読んで刺激を受けたので、夢の中でコビトを見ていたのでしょう」
「次は私もよろしいでしょうか?」と別の若い男性が手を挙げた。
「藤野さんに聞いて見なさい」と仕切る社長。
「私は近藤と言います。開発部に所属しています。コビトつながりで聞きたいのですが、つい最近、甥から子ども向けの本にホビットやゴブリンと呼ばれるコビト族のことが書かれているけど、日本にもいるの?と聞かれました。私はよくわからず答えられませんでしたが、藤野さんはご存知ですか?」
「そんなことは図書館にでも行って自分で調べたらどうだ?」と社長が口をはさんだ。
「仕事が忙しくて、なかなか調べに行く暇がなくて」と言って近藤さんは頭をかいた。
「ホビットというのはトールキンというイギリスの作家が書いた『ホビットの冒険』という本に出てくる架空のコビト族です。日本にはいませんし、外国でも古くから知られているものではありません」と説明する。
「そうなんですね」
「一方のゴブリンは醜悪で邪悪な小さい鬼のような怪物です。ゴブリンはヨーロッパの古い伝承に出てくるようですが、はっきりしたイメージを植え付けたのはやはりトールキンが書いた『ホビットの冒険』という小説のせいですね。日本には鬼の伝説がたくさんありますが、小さな鬼というのはあまり聞きません。日本のコビトに関しても、社長がさっきお尋ねになられたコロポックル以外は知りません。私が知らないだけかもしれませんが」
「ありがとうございます。今度甥にあったら話します」と近藤さんは喜んでくれた。
そのとき、大会議室の電話が鳴った。近くにいた開発部員がすぐに近寄って受話器を取った。
「はい、うま味加減株式会社の大会議室です。・・・はい、ここにおられますので、すぐに替わります」とその開発部員は言って、俺の方を向いた。
「藤野さん、警視庁の島本さんからお電話です」
俺はみんなが注目する中、急いで電話に寄って受話器を受け取った。
「藤野です」
「藤野さんか、いつもお世話になっているね。さて、お尋ねの件だけど、御手洗課長とともに調べたことを報告するよ」
「お願いします」
「数日前に多摩川の河川敷で男性の死体が発見された。全身打撲痕だらけで、死因は内臓破裂。顔にもひどい傷があったけど、死亡直前のものではないようだ。ニュースで報道されていたけど、知らなかったのかい?」
「すみません。下宿には新聞もテレビもないもので」
久貝常務はニュースを知らなかったのだろうか?全身打撲としか報道されていなかったとしたら、歌舞伎座で会った包帯男のことだと思わなかったのかもしれない。
「指紋で身元はすぐにわかったけど、この男は約五年前に起きた窃盗事件の見張り役だった。有罪となったが執行猶予がついた。主犯の男二人は逮捕され、実刑を喰らったが、盗まれた大金は見つかっていない。この二人は先日刑期を終えて出所しているが、見張り役の男の死に関わった可能性があるとして行方を追っている」
「そうなんですね」
「そして柴田権蔵のことだけど、見張り役の男を主犯たちに斡旋した人物だが、直接会ったことはないと主犯たちは逮捕されたときに供述していたようだ」
「盗まれたお金はその後も発見されなかったのですね?」
「そうなんだ。主犯たちは犯行直後に通報されたので、金を見張り役の男に預けて逃亡したが、結局捕まってしまった。見張り役の男は柴田権蔵に金を預けた後に自分も捕まったので、金の行方はわからないと供述した。柴田権蔵は結局見つからなかった。この事件がどうかしたのかい?」
そこで俺はうま味加減株式会社の久貝常務が歌舞伎座で顔に包帯を巻いた男と会ったこと、帰宅時に誰かに自宅まで跡をつけられたこと、そして久貝常務の家に柴田権蔵宛の封筒が届いたことを島本刑事に説明した。
「おそらく常務さんは主犯たちから柴田権蔵本人と思われています。現在は監視されているようですが、業を煮やして常務さん宅に押しかける危険がありそうなので、すぐに自宅に戻って、警察に届けるようにと先ほど進言しました」
「下手したら時間的余裕がないかも。その常務さんの自宅に担当の刑事を行かせよう。住所を教えてくれないか?」
そう島本刑事に言われたので、俺は振り返って、「常務さんのご自宅の住所を教えてもらえませんか。念のため警察官を派遣するそうです」と言った。
すぐに湯原さんが大会議室を出て、人事部に住所を確認しに行った。教えてもらった住所を島本刑事に伝えて俺は電話を切った。
「君の言葉は聞こえていたが、結局どういうことだったんだ?」と社長が聞いてきたので、俺は島本刑事から聞いた事件の概要を説明した。
「・・・ということで、五年前に起こった窃盗事件で、盗まれたお金はどうやら柴田権蔵が持ち逃げしたようです。柴田権蔵を知っているのが見張り役だった男で、暴行を受けながら、柴田権蔵を捜すよう脅されたようです」
「その見張り役が歌舞伎座の怪人だったわけか。・・・探した場所が歌舞伎座だった理由は?」
「そこまでは聞いていませんが、おそらく柴田権蔵が歌舞伎ファンで、特に初日の公演に行くことが多いと見張り役の男は知っていたのでしょう。そして歌舞伎座の安い切符を買って中に入り、柴田権蔵を捜していたら、似た顔だちの常務さんを発見したということではないでしょうか」
「柴田権蔵の自宅を突き止めたと思ったら、表札の名字が違うので主犯たちは驚いただろうな。それで手紙を入れて反応を確かめていたというわけか。久貝くんが今日、何事もなければいいが」と社長が心配そうに言った。
その後の経過は後日聞いたことだが、ここに簡単に記しておこう。
自宅に戻った常務さんは柴田権蔵宛の封筒を開封し、中の手紙を読んだ。そして柴田権蔵が盗まれた大金を着服した男だということ、そして自分の家に柴田権蔵がいると思われていることを知り、あわてて警察に行こうと家を出た。
そのとき、監視をしていた主犯二人が常務さんの前に現れた。あわやというところにパトカーが到着して、恐喝の現行犯と死体遺棄容疑等で再逮捕された。
後日、常務さんから深く感謝されたことは言うまでもない。
註 コビトを小人と書くと、子ども(小人)、背の低い人、小人物(小人)、身分の卑しい人などと紛らわしいので、本稿ではカナでコビトと記載した。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
水原八男 うま味加減株式会社の社長
湯原夏彦 うま味加減株式会社の営業部長。
津川明治 うま味加減株式会社の開発部長。
清水信也 うま味加減株式会社の開発部員。
近藤 肇 うま味加減株式会社の開発部員。
島本長治 警視庁の刑事。
久貝喜市 うま味加減株式会社の常務。
書誌情報
佐藤 暁/だれも知らない小さな国(講談社、1959年8月28日初版)
葛飾北斎/冨嶽三十六景(永寿堂、1831〜34年初版)
葛飾北斎/北斎漫画七編(角丸屋、1817年初版)
スウィフト/ガリヴァ旅行記(新潮文庫、1951年8月1日初版)
スウィフト/ガリヴァー旅行記(小人国の巻)(学生社、1957年5月1日初版)
スウィフト/ガリヴァー旅行記(大人国の巻)(学生社、1962年7月1日初版)
スウィフト/ガリヴァー旅行記 1:小人国大人国(岩波少年文庫、1968年4月25日初版)
J.R.R.トールキン/ホビットの冒険(岩波書店、1965年11月13日初版)




