五十五話 食品(調味料)会社を訪問する
例によってとある食品会社から訪問依頼を受けた。迎えに来てくれるというので大学の正門前で待つ。
俺の前を何台かの車が通り過ぎて行く。先日訪問した姫石運送のトラックも通り過ぎた。あの運送会社を訪問してから、街中を走る姫石運送のトラックがよく目につくようになった。
そのトラックの後から来たのが黒塗りの高級車だった。俺の前で停車すると、後部座席から会社員らしい中年男性が降りてきた。
「あなたが藤野美知子さんですか?」と尋ねる男性。
「はい、私が藤野です」
「本日は我が社に来訪していただけるということで、社長始め皆首を長くして待っております。どうぞ、車にお乗りください」と男性が言った。
就職活動の一環としての会社訪問が、いつのまにか送迎される身分になった。ありがたいことではあるが、就職に役に立つかわからないところがまだるっこしい。
言われるままに高級車の後部座席に乗り込むと、迎えに来た男性は助手席に乗った。そして運転手に会社に向かうように言った。
走り出す高級車。「本日はお招きいただきありがとうございました」と俺が述べると、
「とんでもない。藤野さんをお迎えできて光栄です」と言い返された。俺はどんな存在になっているのか、かえって不安になる。
車内ではあまり会話がないまま、うま味加減株式会社のビルに到着した。ここは『うま味加減』といううま味調味料を販売している会社だ。食卓によく置かれている。
迎えに来た男性(名前は聞かなかった)に案内されて会社内のエレベーターに乗ると、最上階の七階まで昇った。そして大会議室と書かれた部屋をノックして、男性が中に声をかけた。
「藤野様をお連れしました」
「入ってもらいなさい」と室内から返事が聞こえた。迎えの男性はドアを大きく開くと、俺に中に入るよう手振りで示した。
「失礼します」といいながら俺が大会議室の中に入ると、長い円形に並べられたテーブルの向こう側に男性が八人座っていた。俺の姿を見ると、全員が一斉に立ち上がった。
少しだけ気後れしながら、「秋花女子短大から参りました藤野美知子です」と言って頭を下げた。
「ようこそ、藤野さん。どうぞ席にお着きください」と中央の初老の男性が俺に声おかけた。
テーブルの手前側には社長が座るような立派な革張りの椅子がひとつだけ置かれていた。俺は「失礼します」と言ってその椅子に腰を下ろしたら、テーブルの向こう側にいた男性がテーブルを回ってきて俺のところにやって来た。あわてて立ち上がる。
「私がうま味加減株式会社の社長の水原です」と、先ほど俺に声をかけた初老の男性が自己紹介しながら名刺を渡してきた。
俺は名刺を恭しく受け取りながら、「藤野です。よろしくお願いします」と再度頭を下げた。
社長に続いてほかの男性たちも名刺を渡してくる。常務の久貝さん、営業部長の湯原さん、開発部長の津川さん、そして残りの四人は開発部の研究員たちだった。
俺がそれぞれの名刺を受け取って挨拶し終わると、面々はもとの席に戻った。俺も改めて腰かける。
女子社員が入って来て、俺たちの前に紅茶を置いていく。全員に配り終わると、女子社員は会釈をして部屋から出て行った。
それを待っていたかのように水原社長が話し出した。
「企業救済の女神と名高い藤野さんに来てもらえて光栄です」
俺の虚名はどこまで誇張されるのか・・・。
「普通のお嬢さんのように見受けられるが、だからといって侮ってはいけないと知人から釘を刺されておりますので、どうぞよろしくお願いします」
「いえ、女神だなんてとんでもない。お役に立てるかどうかわかりませんのに」
「さすがに慎み深くていらっしゃる。しかしご謙遜は無用です。どうか我らの相談に乗ってください」
「わ、わかりました。できる限りお手伝いさせていただきます」
「失礼ですが我が社のことはご存知ですかな?」
「もちろんです。世界で初めて発見されたうまみ成分であるグルタミン酸をすぐに商品開発され、今ではどこの家庭や料理店にも置かれている調味料『うま味加減』を販売されている一流企業です」
「そう言っていただけるとはありがたいことです」と、まるで今にも拝みそうな様子の社長で、こっちが恐縮してしまう。
「しかし調味料だけでは企業の拡大も頭打ちになってきていて、最近では食品部門も作って、粉スープの素などを販売しています。今後、我が社はどのように展開していけばよいのか、是非ともご意見を承りたい」
また大きな依頼内容だ。
「まずお聞きしますが、うま味加減の小瓶の外蓋を取ると、小さな穴がいくつか開いた内蓋がありますよね?昔、うま味加減の消費量を増やす方法はないかと会議をしていたときに、女子社員が内蓋の穴を大きくすればいいんじゃないですか?と言ったという噂を聞いたことがありますが、あれは本当のことですか?」
「あれは根も葉もない嘘っぱちだよ」と湯原営業部長がすぐに言い返した。
「穴が小さくて目詰まりしやすかったのを改良しただけなのに、変な噂が飛び交ったんだ。いちいち否定するのも大人げないから、放置しているだけだ」
いわゆる都市伝説だったのか、あの話は。
「わかりました。御社を発展させるアイデアをいくつか述べさせていただきます。うまくいくかどうか保証はできませんが」
「おおっ、さすがは救済の女神!さっそく教えていただこう」と社長が言った。
「うま味加減はうま味を凝縮したものですが、すべての料理に使うと味が似通ってきます。そこで料理に合わせたうま味調味料をいくつか作るのです」
「ほう、例えば?」と津川開発部長が身を乗り出してきた。
「まずひとつは、うま味加減に食卓塩を混ぜたうま塩加減です。料理に塩味を加えたいときに使います」
「ふむふむ」
「次は鰹節粉末を加えたうま節加減です。鰹節のうま味のイノシン酸との味の相乗効果が期待できます」
「なるほど、続けてくれ」
「次は青海苔を加えたうま磯加減です。海苔の風味が食欲を増すことでしょう。そしてニンニク粉末を加えたうま蒜加減、そして最後はトウガラシ粉末を加えたうま辛加減です。ほかにも味のバリエーションが考えられるでしょう」
「なかなかおもしろい」と津川開発部長。
「それぞれの調味料は見分けがつきやすいように蓋の色を変えます。うま味加減は白い蓋ですが、うま塩加減はオレンジ色、うま節加減は青色、うま磯加減は緑色、うま蒜加減は黄色、うま辛加減は赤というように。そして現在のうま味加減の小瓶は断面が丸いですが、これらの調味料の小瓶をすべて角張った形に変えて、専用のケースに並べて入れるようにするのです」
「セットにすることで全種揃えてもらえそうだ。いいアイデアだ」と湯原営業部長が言った。
「料理と自分の好みに合わせて使う調味料を選べるか。おもしろい」と津川開発部長も言った。
「おかずがないときは、白ご飯にかけてもうまそうだね」と社長も好印象だった。
「それから食品部門でスープの素を売っておられるようですが、この際もっと規模を大きくして、保存ができるお惣菜を売り出すのもいいかもしれません」
「お惣菜?・・・どうやって保存するんだ?塩を多く入れるのか?」と聞き返す湯原営業部長。
「缶詰じゃないか?」と津川開発部長も言った。
「缶詰は缶を開けるのが面倒だし、食べた後の缶を捨てるのも面倒ですよね?・・・みなさんは数年前から売り出されたポンカレーを知っていますか?」
「ああ。レトルト袋に入ったカレー汁だな?お湯に浸けて温めて、ライスにかけるだけで食べられる画期的な商品だ」
「そのレトルト袋に、例えば味の濃い中華料理の惣菜を入れて販売するのです」
「中華料理?」
「はい。中華料理は和食に比べて味が濃いので、うま味加減の開発で舌が肥えた開発部の人たちが、調味料の味を生かした料理を作るのです。最近は両親が共働きで、子どもが誰もいない家に帰る『カギっ子』が増えていると聞きます。そのような家庭で、専門の料理屋のような味のお惣菜をすぐに食べられる商品は注目を集めると思います」
「おもしろいアイデアだが、食事は自宅で母親が作るものと思い込んでいる人が多いんじゃないかな?いくら味が良くても、家族からは手抜きだと思われかねない」と社長が言った。
「そうですね。売り出してもすぐには売り上げが伸びないでしょう。そこで、もう少し簡単な食材で、出来合いの食事を買う習慣を作らせるのです」
「習慣?どんな?」
「最初のうちは手の込んだ料理ではなく、例えば温めただけですぐに食べられる白米とか、お粥とか、お赤飯などです。白米なら冷凍食品でもいいですね。これなら料理が手抜きだとは思われにくい上に、ご飯がちょっと足りなかったときなどに重宝されるでしょう」
「なるほど。・・・どういう商品名にしたらいいかな?」
「商品名は開発部で熟考していただきたいのですが、私が思いついたのは、例えば『ちょい足しご飯』とか『ちょい足し赤飯』とかです」
「それなら米を炊くのを手抜きしたとは思われにくいかな・・・」
「さっき言った中華料理のレトルト食品はどんな商品名にするんだ?」と湯原営業部長が聞いた。
「できればいろいろな料理を取り揃えたいので、『満漢全席』という言葉になぞらえた『中華全席』なんていうのはいかがでしょうか?」
「おもしろいですよ、部長!」と開発部の研究員のひとりが叫んだ。
「レトルト食品にする料理のラインナップを調べるために、そして本格中華の味と比較するために、有名店に味を確かめに行きましょう!」
「高い料理を食べたいだけなんじゃないか?」と社長がからかって全員が笑った。
「中華シリーズを出すなら、和食や洋食も欲しいところだけど、そっちはどういうシリーズ名にするんだ?」と津川開発部長が聞いた。
「和食なら、そうですね、『会席和膳』とか。洋食なら、『洋食浪漫』なんていかがでしょうか?」
「なかなかいいな。どうせなら我が社の商品とすぐわかるように、それぞれに『うま味』をつけたらどうだ?」と湯原営業部長。
「『うま味中華全席』、『うま味会席和膳』、『うま味洋食浪漫』か。いいじゃないか」と社長もご機嫌だった。
「ご飯、料理の次は甘いデザートですね。それも汁物の。例えば善哉とかみつ豆とか杏仁豆腐とか」
「それもお湯で温めるのか?」
「善哉は温めますが、みつ豆などは冷蔵庫で冷やして、そのまま器に盛って食べるのです」
「なるほど。それもいいな!」と津川開発部長。
「甘味だけでなく、ところてんなんかも行けそうだ」
「どういうシリーズ名にするんだ?」と聞く社長。
「そうですね、『甘美味処』とかいかがでしょうか?」
「『うま味』は調味料だから、デザートにはつけられないか」と社長。
「現在、人工甘味料の契約をしつつあるところなので、甘味料の名称を小さい字で付記するといいかもしれませんね」と津川開発部長。
「人工甘味料ですか?」
「ああ、最近開発されたアスパルテートという人工甘味料を売り出そうとしているんだ。甘みが強くてカロリーは低く、甘いものをたくさん食べても太らないという製品なんだ」
「発癌性が疑われて使用禁止となったチクロやサッカリンと違って安全な甘味料だ」と湯原営業部長が付け加えた。
「その甘味料の商品名を『甘味加減』としてさっきの調味料のセットに加えてもいいだろうな」と久貝常務が言った。
「みなさん、商品のアイデアを聞くのはこの辺でよろしいかな?」
「おや、久貝君、藤野さんに例の相談をしたいのか?」と社長が聞いた。
「はい。・・・藤野さん、あなたは不可思議な謎を解くのも得意だそうだが、私の話を聞いてもらえないだろうか?」
「は、はい。期待に応えられるかどうかわかりませんが、ご相談には乗ります」
「君に相談したいのは久貝君だけじゃないんだ。我々の相談もよろしく頼むよ」と社長に言われる。
「わかりました。順にお話しください」と俺は腹をくくって言った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
水原八男 うま味加減株式会社の社長
久貝喜市 うま味加減株式会社の常務。
湯原夏彦 うま味加減株式会社の営業部長。
津川明治 うま味加減株式会社の開発部長。




