五十一話 運送業の新ビジネス
また、いつものように就職指導部の相良さんに呼ばれ、
「姫石運送株式会社から来てほしいという依頼が入っているわよ」と言われた。
「姫石運送ですか?」と俺は聞き返した。
「深刻そうな口調で頼まれたんだけど行ってみる?相談事がメインみたいだけど」
またかと思ったが、就職先になるかもしれないと思い、「いつでもいいですよ」と答えた。
すぐに電話をかける相良さん。
「大学の正門前に今から車で迎えに来るそうよ。用意して待っててもらえる?」
「わかりました。お待ちしていますとお答えください」
もともとこのまま下宿に帰るつもりだったので、俺は就職指導部を出て大学の正門前に行った。他の女子学生が帰っていく中、俺は正門のすぐ横に立って待った。
やがて一台のトラックが走って来て、正門近くの道端に停まった。トラックのドアに『姫石運送』と社名が書いてあったので、俺はそのトラックに近づいた。
「姫石運送さんですね?私が藤野です」と運転手に声をかける。
「ああ、あなたですか。社長に頼まれて迎えに来ました」と三十前後の運転手は答え、トラックから降りると助手席側に回ってドアを開けた。
「会社に向かうから、ここに乗ってください」
トラックの助手席に乗るのは初めてだ。普通の車よりドアの位置が高いので、よじ登るようにして助手席に座った。
「発車します」運転手がエンジンをかけ、トラックが進み出す。
しばらく都内を走った後、広めの駐車場がある敷地に到着した。駐車場には数台のトラックが止まっている。手前の木造の建物が社屋のようで、その奥に倉庫があった。・・・最近は大きな倉庫を有する会社と縁があるな。
社屋の前にトラックが停まると、すぐに車内から中年男性と若い男性が出てきた。
「あの人が社長で、もうひとりが社長の息子の専務です」と運転手が教えてくれた。
俺はお礼を言ってトラックから降りた。すると社長と専務がすぐに寄って来た。
「あなたが藤野さんですか?」と聞く中年男性(社長)。
「はい。秋花女子短大の藤野美知子です」と俺が答えると、社長は両手で俺の両手を握ってきた。
「企業の救世主と名高い藤野さんに来ていただいて感謝に堪えません。さあ、どうぞ、社内にお入りください」
企業の救世主?・・・聞いたことはなかったが、妙な呼称がついたものだ。俺はそう思いながら社長たちについて社屋に入った。
軋む階段を上がって二階の応接室に招かれる。促されてソファに座ると、すぐに女性事務員がお茶を出してくれた。・・・専任の秘書ではなさそうだ。
女性事務員が退席する間に社長と専務は俺の向かい側のソファに座った。すぐに名刺を出す二人。順番にうやうやしく受け取る。
「私が姫石運送の社長の姫島岩男です」
「同じく、姫石運送の専務の姫島鉄男です」
二人は自己紹介をすると、突然テーブルに両手をついて深々と頭を下げた。
「どうか我が社を救ってください!」「お願いします!」
俺は慌ててしまった。
「ど、ど、どうか、頭を上げてください!私は今までいろいろな会社の方とお話ししてきましたが、必ずしもお役に立てるとは保証できませんよ」
「それでもかまいません」姫島社長は頭を上げると、懐から封筒を取り出した。
「相談料の相場は五万円と聞いておりますが、とりあえず十万包みました」
「いえいえ、お役に立てるかまだわかりませんので、まだ受け取るわけにはいきません」と俺は言って封筒を押し返した。切羽詰まっていそうな会社を立て直す自信は俺にはない。
第一、いつの間に相談料の相場が決まったんだ?俺から請求したことはないぞ。
「まず、御社の業務内容と、何に困っておられるのか、順に説明してください」
「はい。姫石運送は大正時代にトラックを用いた運送会社として発足しました。創業者は私の祖父の姫島石男でして、その名前から社名を付けました」
「なるほど」
「我が社は創業間もなく毛武百貨店の商品発送を請け負うことになりまして、順風満帆な滑り出しでした」
「その後は引越の荷物や婚礼の荷物の運送も始め、幸いなことにお客さまの評判がよく、少しずつ事業を拡大していきました」と専務が続けた。
「さらに戦後になると、一般客向けに小荷物の配送も請け負うようになりました。それまでは個人で荷物を送る場合、郵便小包として郵便局に持って行くか、駅の小荷物窓口に持ち込んで、鉄道で運ぶのが一般的でした。それぞれ小荷物の梱包方法に細かい決まりがあり、送り先の荷札をつけるなど、けっこう煩雑な手続きが必要でした。特に鉄道小荷物の場合、駅から個人宅への配送は別会社が請け負っており、配達料が余計に徴集されました」
「そこで私はイギリスへ行った際に見た小荷物配達方法を参考にして、関東地方に定期便路線網を作りました」と社長が続けた。
「定期便ですか?」
「はい。街中のタバコ屋や雑貨店に荷物の取次店になってもらい、個人のお客さまは最寄りの取次店に荷物を預かってもらいます。我が社のトラックが毎日取次店を回る路線を走り、荷物を受け取って送り先近くの運送拠点に運びます。そこで別のトラックに荷物を積み替え、送り先のお宅まで届けるようにしたのです」
「郵便局や駅より近いところに取次店があるととても便利ですね」
「はい。この姫石定期便は好評で、我が社の事業は順調に拡大していきました。十年前には大阪にも運送拠点を設け、東海道を主軸とした運送にも力を入れ始めましたが・・・」
「何か問題が生じたのですか?」
「はい。この十年で同業他社が躍進し、特に大動脈である東海道の輸送で我が社を追い越しました。集客のために配送の単価を下げざるを得ず、そのため収益が悪化してとうとう赤字に転落したのです」と専務が嘆くように言った。
「関東一円に名を知られた姫石定期便ですが、このままでは倒産する危険が出てきました。ここで何か新事業を立ち上げ、黒字回復をしたいのです!」
「それでしたら、いいアイデアがあります」
「ほんとうですか!?」と姫島親子が立ち上がって叫んだ。
「はい。従来の営業は継続するとして、姫石定期便をさらに便利にしたドア・ツー・ドア輸送を行うのです」
「ドア・ツー・ドア?」
「はい。送り主のお宅に荷物を取りにいき、送り先のお宅に届ける輸送方法です。関東地方の中なら、翌日には送り先にお届けすることができるでしょう。取次店まで行く手間がなく、しかも早く配送されるとなると、さらにお客に喜ばれます」
「ど、どうやって送り主の配送依頼を知るのですか?」
「電話です。電話で『我が家まで荷物を取りに来てください』と頼まれたら、トラックのドライバーがそのお宅まで荷物を取りに伺うのです。狭い道路も通れるよう、小型のトラックを使うといいでしょうね」
「送り主に呼ばれたら、わざわざそのお宅まで行くのですか?お客さまには便利だと喜ばれるのでしょうが、我が社のドライバーの手間とコストがかかりすぎて、収益は見込めないのではないでしょうか?」
「最寄りの運送拠点から、さらにトラックごとに配送区域を分けて配達していると思いますが、その途中でお客の荷物と運送料を受け取るのです。荷物は簡単に梱包できるダンボールや頑丈な紙袋を用意しておくといいでしょうね」
「・・・料金表の作成や梱包剤の手配など、徹底的な準備が必要になるな」と社長。
「会社には何人も電話を受ける社員が必要になりますし、急なお客さまに対応できるように、車載電話を積んだ方がいいとなると、かなり費用が嵩みますが・・・」と専務も言った。
「確かに、従来の運送網を利用するだけでなく、かなりの初期費用が必要になるでしょうね。社内の組織と意識の改革も必要になります」
「だが、大口の契約だとトラック一杯分を格安で請け負わなければならなかった。そうしないと他社に契約を取られるからな。しかし、小口の荷物を規定の単価でトラック一杯分扱えば、かえって単価の合計は上がるんじゃないか?」と社長が言った。
「そこまで繁盛するでしょうか?」半信半疑の専務。
「一躍人気になりますよ。認知度が上がるに連れて依頼もどんどん増えていって、収益が上がると思いますよ。・・・保証はできませんが」
「そうかな?」「そうだ!」と若い専務よりも社長の方が乗り気になっていた。
「ただ、今も毛武百貨店と契約しているが、百貨店はお中元やお歳暮の時期に一気に商品の発送が増えるんだ。普段の十倍以上の荷物を運ばなくてはならない。そのため我が社でも一時的に人員を増やして対応している。そんなときにお客さまのお宅から商品を受け取って発送するという業務が好調になったら、百貨店の配送業務と重なって忙しくなり過ぎないだろうか?翌日配達も困難になりかねない」
「おそらくですが、お客さまから直接受け取る荷物の数は、年間そんなに大きく変動しないと思います。現在と同じやり方でなんとかなるのではないでしょうか?それどころか、年間通じて客が増えれば増収となり、繁忙期への対応もしやすくなると思います」
「・・・試算してみよう」
「そして新しい運送形態になりますから、『姫石定期便』に匹敵するような新しいサービス名を考えた方がいいでしょうね」
「例えば?」
「そうですね。・・・姫石の響きから、『ミラクル直宅便』とか。お宅からお宅へ直に運ぶという意味で、『直宅便』という言葉を考えてみました。さらに、ミラクル直宅便の親しみやすそうな図案も作るといいと思いますよ」
「どんな図案がいいかな?」
「いいアイデアがあるわけではありませんが、姫という感じから女性が思い浮かびますし、速く届けるという意味から風や翼がイメージされます。例えば、女性の横顔で、髪が翼のように見える図案とか・・・?」
「出光興産のアポロマークのようなものかな?」
「そ、そうですね。・・・あまり似せない方向で」
ここまでの話で満足そうな顔になった社長が専務に聞いた。
「どうかな、鉄男、藤野さんの一連のアイデアは?」
「検討する価値はありますね。もっとも実現するまでに一年や二年はかかるでしょうが」
「それまでは今の体制で何とか踏ん張ってみよう」と社長が言って微笑んだ。
「ところで、先日仕入れ会社のユノンさんとお会いする機会がありまして」と俺は口をはさんだ。
「確かスーパーマーケットの仕入れをしている会社だね?」
「はい、そうです。その会社が小型の店舗の食料雑貨店を、街中を中心に展開しようとお考えです。何店も作られるみたいですから、そこにも取次店になってもらうといいかもしれません」
「取次店が増えるとお客さまも増えそうだ」と専務が言った。
「去年、ユノンさんの倉庫内の荷物の運送を手伝ったことがある。今度社長にお会いしたら、それとなく打診してみよう」
「それがよろしいでしょう」
「今日は相談に乗ってくれて助かった。新しいビジネスを展開できそうだ」そう言って社長はまたあの封筒を俺に押し出してきた。
「あの、少し多すぎませんか?」
「いや、その程度の助言はいただいたと思う」社長の言葉に専務もうなずいた。
「ところで藤野さんは社長秘書を志望していると、女子大の就職指導部の人から聞いたが・・・」
「はい、そうです」
「新しいビジネスを始めることになったら、藤野さんに私と鉄男の秘書になってもらうのもいいかもな。またいいアイデアをもらえるだろうから」
「社長秘書兼専務秘書ですか?それはいいですね」と専務が言った。
「ただ、今の我が社は経営が苦しいから、ミラクル直宅便の構想を確固たるものにして、ほかの重役や社員の賛同を得てからの方がいいでしょうね」
「というわけで、藤野さんのいい就職先が決まらなければうちで引き取るから、そのつもりでいてくれ」と社長が言った。
「は、はい。ありがとうございます」
「ところで、別の相談事があるんだが・・・」
「別の、ですか?」
「そう。藤野さんは不可思議な謎を解いてくれる人としても有名らしいね。さっきの謝礼はそっちの相談の分も入っているんだ」
「そ、そうですか・・・」
「とりあえず私が聞いた不思議な出来事について聞いてもらえるかな?」
「はい・・・」お金をもらった以上、断ることはできない雰囲気だった。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
相良須美子 秋花女子大学就職指導部の事務員。
姫島岩男 姫石運送の社長。
姫島鉄男 姫石運送の専務。社長の息子。
姫島石男 姫石運送の創業者。岩男の祖父。




