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五十話 一反もめんとツチノコ(美知子の妖怪捕物帳・肆拾伍)

「それでは次は僕の話を聞いてもらおうか」と恵比寿屋マーケットの都築さんが言った。


「君の不可解な謎とは何だい?」と聞く仕入れ会社ユノンの森社長。


「みなさんは『ゲゲゲの鬼太郎』というマンガを読んだことがありますか?」


俺が「はい」と答える前に森社長が「それは何だね?」と聞き返した。


「少年マンガ雑誌に連載されていた妖怪マンガですよ。鬼太郎という妖怪の少年が仲間の妖怪とともに悪い妖怪をやっつけるという話です」


「そのマンガが何か?」と聞く大黒堂スーパーの冨山さん。


「鬼太郎の仲間の妖怪の中に一反もめんという妖怪がいるんですよ。細長い布の妖怪で、両手と両目が付いていて、空を飛べるのです」


「よく知ってるな。君はマンガを読むのか?」と森社長。


「子どもが読んでいるのにちょっと目を通しただけですよ」


「その木綿の妖怪が何なんだい?」と聞く冨山さん。


「実はその妖怪をこの目で見たことがあるのですよ」と都築さんが言ったので、俺たちは驚いた。


「伸ばした反物のような妖怪を見たというのかい?」


「そうなんです。・・・実は野菜の仕入れ先を開拓するために四国の農村に行ったことがあるのですが、夕方、車で帰る途中に畑のはるか上空に長い布のようなものが浮かんでいるのに気がついたのです」


「それが一反なんとかという妖怪だというのか?ばかばかしい!」と一蹴する森社長。


「しかしあんなものが空を飛んでいるわけありませんからね、たまたま読んだマンガの一反もめんにそっくりだと思ったのですよ」


「どのくらいの長さでしたか?」と俺は聞いた。


「遠くを飛んでいたからはっきりした長さはわからない。しかし一メートルやそこらではなく、もっと長かったと思う」


「いつ頃見られましたか?」


「初冬だったかな?十一月あたりで、雪は降ってなかった」


「どんな飛び方でしたか?」


「しばらく見ていたんだが、波打ったり、螺旋を描いたりしていて、マンガの一反もめんにそっくりだと思ったんだ」


「車で追いかけられなかったのですか?」


「道路がまっすぐそちらに延びているわけではなかったからね、追いかけようがなかったんだ」


「ところでその日は風が強い日でしたか?」


「車に乗っていたのではっきりとわからないが、風は多少吹いていたと思う。しかし台風のときに吹くような強風ではなかった」


「干していた洗濯物が風で舞い上がったんじゃないのかい?」と冨山さん。


「あんな細長い洗濯物はないだろう?」言い返す都築さん。


「いや、あるぞ!」と森社長が言った。


「六尺ふんどしだよ。細長い一本の布で、長さは六尺と言われているが、二、三メートルはあるんじゃないか?」


「もっと長かった気がするし、ふんどしだと布製だから、多少の風が吹いても、あんなに高く飛ぶことはないと思う」と都築さんが否定した。


「ひょっとしたらアドバルーンが飛んで来たんじゃないのかい?デパートの屋上から上げているようなやつだよ。近くのデパートで係留しているロープが切れて、漂って来たんだよ」と冨田さん。


「アドバルーンというのは丸い気球の下に宣伝文句を書いた長い布を吊るしておくやつだろう?僕が見た一反もめんの先端に気球なんかついてなかったぞ」


「浮いている途中で気球が外れて、遥か上空に消えていったんだよ」


「僕が見た一反もめんは全体が白く、宣伝文句なんか書いてなかった」


「なら、連凧れんだこじゃないか?」


連凧れんだこはたくさんの小さな凧を凧糸で結んだ状態で飛ばすじゃないですか。僕が見たのは一本の布状のものでした」と都築さんは否定した。


「都築さんはその日農家を回られていたのですね?」と俺は聞いた。


「そうだ」


「農家の畑にビニールハウスがありませんでしたか?」


「大きなビニールハウスはあったかな?・・・いや、畑の表面が背の低い白いもので覆われていたような気がする」


「私が実際に目で見ていないので断言はできませんが、おそらく都築さんが見た一反もめんの正体は、そのビニールトンネルですよ」


「ビニールトンネル?」「何だい、それは?」


「ビニールハウスと言うと普通は畑全体を覆い、中に人が入れる大きなものを想像しますよね。温室のような」


「そうだな」


「ビニールトンネルというのはビニールハウスの一種ですが、畑全体ではなく、うねだけを覆う小さなものです。針金を曲げた支柱を畝の両端に刺していき、その上に細長いビニールをかぶせて固定するのです。高さは一メートルあるかないかですが、ひとつのうねを覆うので、長さは数メートルから十数メートルになります。固定が甘くてビニールトンネルのビニールが風で剥がれると、布よりも軽いので上昇気流に乗ってあっというまに高く飛び上がるでしょう」


「なるほど。・・・あの畑の上にかぶせてあったビニールトンネルが舞い上がったものなのか。僕が見た一反もめんと色も形も長さも合致するな」と一応納得する都築さん。


「だが、後日一反もめんについて調べたら、最初に書物に一反もめんのことが書かれたのは昭和十七年、太平洋戦争中だったぞ。ビニールハウスが普及したのは戦後だろうから、一反もめんの正体はビニールトンネルに限らないのじゃないか?」


「戦前は、ビニールではなく紙でうねを覆って促成栽培をしていたようです。だから昔の一反もめんは、ビニールトンネルではなく、長い紙だったのかもしれません」


「なんだ、そんなことか」と森社長が言った。「幽霊見たり枯れ尾花ってやつだな」


「何の野菜を仕入れに四国まで行ったんだい?」と聞く冨田さん。


「春ニンジンの仕入れだよ。秋に植えて、三月頃から収穫できるんだ」


「その仕入れ先は継承させてもらっているよ」と森社長。


「じゃあ、うちのスーパーにも並べられるな」と冨田さん。


「そう言う君は、藤野さんに何の相談があるんだ?」と冨田さんに都築さんが聞いた。


「僕が見たのはそんないい加減なものじゃなく、生きている化け物だよ」


「化け物?」


「そう。みなさんは野槌のづちって聞いたことがあるかな?」


野槌のづち?何だい、それは?」と聞く都築さん。


野槌のづち野槌蛇のづちへびとか槌の子(ツチノコ)とも呼ばれることがある大きな蛇のことなんだ」


「大きな蛇?大蛇なのか?」と聞く森社長。


「いや、太い蛇のような生き物なんだが、太さの割にはあまり長くはない」


「どんな蛇でしたか?」


「長さは一メートルあるかないかぐらいだけど、頭と体は横幅が十五センチ以上あるように見えた」


「それは確かに蛇にしては太いな」と森社長。


「頭と胴体の間にはくびれ、つまり首があって、体全体は褐色で、黒い斑点があった。頭には目がなかった。手足もなかった」


「どこで見たのですか?」


「西日本の山村近くの渓流沿いだった。渓流の岸辺に横たわっていたんだ」


「それはほんとに生き物だったのか?木片か岩を見間違えたんじゃないのかい?」と都築さん。


「いや、かすかに頭を動かして僕の方を向いた・・・気がした。しばらく見つめていたから、見間違えたはずがない!」


「突ついてみたのかい?」


「まさか。・・・野槌のづちはごろごろと横に転がってきて、当たると死ぬと言われている。それどころか、野槌のづちに気づかれただけでも病気を患って死んでしまうそうだ」


「じゃあ、冨山くんはその後病気になったのかい?」と聞く森社長。


「幸いなことに病気にはならなかった。僕はそのとき怖くて動けなかったので、野槌のづちは僕に気づかなかったと思う」


「蛇が大きな獲物、たとえば野鼠などを飲み込んだら腹が大きく膨れるけど、頭も横幅があったというのが事実なら、そういう状態ではなさそうだな」


「蛇には鱗があるはずだけど、その野槌のづちの皮膚はでこぼこしていて、湿っていたが、鱗らしいものは見えなかったな」


「それで冨山さんはどうしましたか?」


野槌のづちがあまり動かなかったので、しばらくしてからきびすを返して村まで逃げ帰ったよ。追っては来なかったみたいだ」


「それは良かったな。・・・で、藤野さん、野槌のづちの正体は何だと思う?」


「こちらもこの目で実際に見たわけではないので憶測ですが、聞いた話の通りだとすると、オオサンショウウオのように思われます」


「オオサンショウウオ?」と三人が驚きの声を上げた。


「オオサンショウウオは西日本の渓流に棲んでいる両生類で、ほとんど水の中で暮らしますが、たまに陸に上がってくることもあるようです。見た目は冨山さんが言った通りで、短い手足があります」


「手足らしいものは見えなかったが・・・?」


「短いので体の下に隠れていたのかもしれません。目はありますが、小さいので見落としたのでしょうね」


「そのオオサンショウウオは人を襲うのかね?」と聞く森社長。


「オオサンショウウオは魚や沢蟹が主食で、人間を襲うなんて聞いたことがありません」


「ごろごろ横に転がって追いかけてくることもないんだね?」と冨山さん。


「動作は緩慢なようですから、転がったり、飛びかかったりすることはなさそうです」


「それは何よりだ。あんな化け物に追いかけられたら肝を冷やすよ」


「多分オオサンショウウオのことだと思うけど、食通として名高い北大路魯山人がサンショウウオはうまいと本に書いていたな」と都築さんが言った。


「食べられるのかい、あんな化け物が!?」と驚く冨山さん。


「スッポンよりうまいらしいよ。今は天然記念物に指定されて捕獲はできないようだけど」


「仕入れはできなさそうだな」と森社長が言った。あんなのがスーパーの鮮魚コーナーに並んでいるところなんて、想像したくない。


「ご相談は以上でしょうか?」と俺は三人に聞いた。


「ああ、これで全部だ。ありがとう、藤野さん」と森社長が言った。


「冨山さんと都築さんが帰られるのであれば、お茶碗を洗っておきますが」


「そうだね。ところで話を最初に戻すが、藤野さんにはグロサリーストアのチェーン展開に今後も相談に乗ってもらった方が良さそうだ」


森社長の言葉に冨山さんと都築さんがうなずいた。


「ただ、我が社への来客は冨山さんと都築さんのような、親会社からの訪問がほとんどだ。私が自分で地方に仕入れに行くことも滅多にない。要するに秘書としての仕事はあまりない」


そうだろうなと自分でも思っていた。


「それでも今後展開する予定のグロサリーストア『ラッキーセブンス』が軌道に乗れば、いくらでも仕事が増えると思うから、藤野さんには我が社の秘書兼企画部長代理として内定を出すよ。来年までによその会社への就職が決まらなければ、是非我が社に来てほしい」


「そのお言葉には感謝しますが、企画部長代理とは?」


「ストア展開を企画する企画部を設け、企画部長は私が兼任。君は代理として辣腕を振るってもらいたい」


「企画部ができたら、恵比寿屋マーケットや大黒堂スーパーからも社員が出向してくると思うが、君のことはよく言い聞かせておくよ。意見を尊重しろとね」と都築さんが言った。


「『ラッキーセブンス』が大きな事業になれば、別会社として発足するかもしれないね。そのときは移籍することになるのかな?」と冨山さんが言った。


「そうかもしれない。そのときは社長代理にでもなりそうだな」と都築さん。


「そしてやがて取締役社長になるかもね。女社長の伝説の始まりだ」と森社長が言って冨山さんと都築さんが笑った。


俺はこの冗談をどこまで本気にしていいかわからず、苦笑し続けていた。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

都築市三つづきいちぞう 恵比寿屋マーケットの営業部長。

森 泰三(もりたいぞう) 仕入れ会社ユノンの社長。

冨山 晃(とみやまあきら) 大黒堂スーパーの営業部長。


書誌情報


水木しげる/ゲゲゲの鬼太郎(週刊少年マガジン、1967年19号〜1969年13日号連載、1967年41号まで『墓場の鬼太郎』、同年46号より『ゲゲゲの鬼太郎』に改題)

水木しげる/ゲゲゲの鬼太郎(講談社コミックス、2巻:1968年2月10日初版〜9巻:1969年2月10日号初版、1巻は『墓場の鬼太郎』、1967年5月10日初版)

柳田国男編、野村傳四著/大隅肝属郡方言集(中央公論社、1942年初版)

北大路魯山人/春夏秋冬料理王国(「山椒魚」所収、淡交新社、1960年2月25日初版)


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初めて感想を書きます。一週間間隔でこれだけの内容のお話を続けて書かれていることに感心しています。ワクワクさせてくれるような内容ですし、続きも早く読みたいと思いました。 今回は将来の女社長と持ち上げられ…
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