四十八話 黎明期のコンビニ設立計画
いつものように就職指導部を訪れると、相良さんが、
「株式会社ユノンから藤野さんに会社訪問しないかという問い合わせが来ているわよ」と俺に言った。
就職活動としての会社訪問は、就活生から申し込むのが普通だが、俺の場合はしばしば企業から依頼が来る。どうせいつもの助言と謎解きを求めてのことだと思うが。
「ユノン、ですか?どういう会社なんですか?」
「関東でスーパーマーケットを何軒も展開している二つの会社が共同して設立した仕入れ会社らしいの。つまりユノンで大量に仕入れて、双方のスーパーマーケットに安く卸すのが生業の会社ね。ちなみに会社名の『ユノン』って、共同という意味の『ユニオン』って英語をもじってつけたそうよ」
「そうですか。・・・私が秘書志望だってことを先方はご存知ですか?」
「それは毎回言ってあるから大丈夫よ」
「じゃあ、訪問してみます」と俺が答えると、相良さんがさっそく訪問予約を取り付けてくれた。
指定された日時に郊外にある株式会社ユノンの本社を訪れた。社屋の横に大きな倉庫が併設してある。俺は社屋の正門に入ると、受付のおばちゃんに訪問目的を告げた。
「話は聞いてるわ。三階の社長室に行って」と無愛想に言われた。普通会社の受付は愛想のいい若い女性が多いのに、と思いつつ、指さされた階段を上って三階に向かった。エレベーターはないらしい。
無機質な三階の廊下の奥に社長室があった。俺がドアをノックすると、
「入りたまえ」と中から男性の声がした。
「失礼します」と言ってドアを開けると、ソファに三人の初老の男性が座っていた。
「秋花女子短大の藤野美知子です」とあいさつすると、
「堅苦しい挨拶はいいから、ここに座りなさい」とひとりが言って、隣の空いているソファを指さされた。
「失礼します」と言って着席する。
「よく来てくれたね、藤野さん」と最初に声をかけた男性が言った。
「私が株式会社ユノンの社長の森だ。向かいの二人はうちの親会社の、『大黒堂スーパー』の営業部長の冨山氏と『恵比寿屋マーケット』の営業部長の都築氏だ」
「よろしくお願いします」と言うと、二人は名刺を出して俺に挨拶した。
「君のことはよく聞いているよ」と冨山さん。
「日本経済の未来が見えているとの専らの噂だよ」と都築さんも言った。
「多分、噂には尾ひれがついていると思います」と俺は事実を述べた。
「僕は変な占い師じゃないかと疑っていたけどね、君を見る限り、まともそうでよかったよ」と森社長が言って笑い出した。
「君も知っていると思うけど、我が社は関東広域にスーパーマーケットを展開している『大黒堂スーパー』と『恵比寿屋マーケット』が共同で設立した仕入れ会社なんだ。双方の会社に安くていい商品を卸してどんどん発展させているんだ」
「存じております」
「君は秘書志望だってね。うちにはまだ社長秘書がいないんだ。悪いけどそこのサイドテーブルでお茶を四人分淹れてもらえないかな?お湯はポットに入ってるから、よろしく頼むよ」
いきなりお茶を淹れろと言われて驚いたが、これも秘書の採用試験のようなものかもしれない。俺は置いてあった急須に茶筒からお茶っ葉を適当量入れると、ポットのお湯を注いだ。茶葉が広がる間に四つの煎茶椀にお湯を注いで温め、茶碗のお湯を傍らの流しに捨てると、急須からお茶を四つの茶碗に少しずつ注いでいった。お茶の濃度を均一にするためだ。
入れ終わるとお盆の上に茶托を並べ、その上に煎茶椀を置いた。そしてお盆を持ってソファーセットに近づき、三人と自分の前にお茶を置いていった。どういう順番に置けばいいのかわからなかったので、時計回りに置いていって最後に自分の席に置いた。
「お茶を淹れました」
「ありがとう。お茶を淹れる様も堂にいってるね。味も濃すぎず薄すぎず、いい塩梅だ」と森社長がお茶をすすりながら褒めてくれた。
俺がソファに座ると、「さっそくだけど君の意見を聞きたいことがあるんだ」と森社長が言ってきた。
「何でしょうか?」
「アメリカにグロサリーストアと呼ばれる小店舗が多く存在することは知ってるかい?」
「グロサリーストアですか?いいえ、知りません」
「食料品と日用雑貨品を売っている小さな店のことだよ。日本でも田舎に行くとスーパーマーケットというほどの規模でない何でも屋があるけど、そういうお店のことさ」
「はい、イメージできました」つまり、コンビニのようなお店を出したいんだな。
「そういう小店舗を我が社で主に都市部に展開していこうと考えているんだが、日本ではやると思うかい?それにこの二人は、スーパーマーケットと競合するんじゃないかと心配しているんだ」
「心配しているわけではないんだ。豊富な食料品を扱い、店によっては日用雑貨や衣料品も置いているスーパーマーケットの方が集客力があるに決まっている」と冨山さん。
「中途半端な店をたくさん出して大赤字になったら、親会社としては困るんだ」と都築さんも言った。
「食料品や雑貨を売るとなると、スーパーマーケットと競合する部分が多少はあると思いますが、売り方で差別化を図れば共存は可能ですし、一部の客層には喜ばれると思います」と俺は答えた。
「どう差別化するんだい?」と聞く森社長。
「スーパーマーケットでは料理の材料となる野菜や肉、魚などを取り扱っています。調理しないと食べられないものが多いですよね?ですから客層は自ずから家庭の主婦が中心となります。一方のグロサリーストアでは、調理済みのすぐに食べられるものを置くのです。ターゲットは独身の若者や学生、そして仕事中に手軽に食事をしたい会社員などです」
「ふむ。調理済みの食べ物とはどんなものかな?」
「おにぎりや弁当、小分けしたお惣菜、菓子パン、惣菜パン、瓶詰めの牛乳やジュース、そしてキャラメル、ガム、チョコレートなどのお菓子類です。雑誌類や、勉強や仕事で使う文房具なども揃えればターゲットとする客層に喜ばれるでしょう」
「それらの商品はスーパーマーケットでも売っているんだが?」と都築さんが不満げに言った。
「もうひとつの差別化は、営業時間を早朝から深夜まで伸ばすことです」
「早朝?」「深夜?」と冨山さんと都築さんが驚きの声を上げた。
「独身の会社員が残業で帰るのが遅くなった。あるいは宴会に出席したり、パチンコや麻雀をしていて、気づいたら雑誌や軽食類を売っている書店やスーパーが閉店していた。そんな時間に開いているお店があれば、喜んで利用してくれるでしょう」
「小規模店舗だと店主が開店から閉店まで店番しているが、そんなに長時間も開店していられないんじゃないか?」と森社長が聞いた。
「そうですね。ですから早朝や深夜はアルバイトを雇うことになります。パートタイマーの店員が確保できれば、一晩中店を開けておくことも可能になるでしょうね」
「パートタイマーの店員はスーパーマーケットでも広く採用している。人材の確保は可能だろう」と都築さんが言った。
「そして店舗を少しずつ、ビジネス街や住宅街に増やしていくのです。ちょっとした買い物をしたいときに会社や自宅のすぐ近くにお店があると、とても便利でしょう。店舗前に車を数台駐車できる駐車場を作っておくと、多少離れたところでも買い物に行けます」と俺は矢継ぎ早に言った。
「つまり、いくつかの便利さを表に出して、集客するのです。近場にあるという立地、いつでも開いているという時間、車も停められますし、小型店舗であれば売り物をすぐに一覧できて、買い物がしやすいという便利さもあります」
「そんなに便利だったら、やがてスーパーマーケットに来る客が減るのではないか?」と冨山さん。
「先ほども言いましたように、家庭の主婦にとっては、生鮮食料品を売っているスーパーマーケットの方が日々の買い物には便利です。さらにスーパーマーケットでは大量に仕入れた商品を安売りしていますが、グロサリーストアでは立地や時間の便利さと引き換えに、商品を定価販売するのです」
「それで客が集まるのかな?」
「最初は実験的な店舗を適当な場所に作って、様子を見るしかないでしょうが、いずれ生活に欠かせないお店になると思いますよ」
「すぐに食べられる食料品、文房具などの雑貨、そして雑誌類か。ほかにどのような商品を置くといいのかな?」と森社長が聞いた。
「そうですね。まず検討すべきなのはお酒類でしょうね。夜中にちょっと飲みたい、けれど、わざわざ居酒屋に行くほどではないというお客には喜ばれるでしょう。・・・アル中を増やすことになるかもしれませんが」
「おいおい待ってくれよ。酒類を売るには酒類小売業免許が必要なんだが、免許付与の条件が厳しくて、なかなか新規参入できないんだぞ」と森社長が言った(註、昭和四十五年の話)。
「それでしたら、酒屋さんに傘下に入ってもらって、免許を持ったままグロサリーストアに改装すれば、お酒も売ることができます」
「なるほど」と森社長がうなずいた。
「同じく日本専売公社が扱っている塩やタバコも売れるようにしたらいいですし、切手類の販売も郵便局から委託されると便利でしょう」
「確かに、それらのものが手近で購入できる店ははやりそうだな」と都築さんが言った。
「ところで、グロサリーストアがアメリカに多いということを先ほど聞きましたが、日本ではそのようなお店はまだないのですか?」と俺は逆に聞いた。
「小規模店舗は全国にあるのでグロサリーストアなのか判別し難いところはあるが、我々と同じ構想で出された店舗が既にあるんだ。例えば、去年大阪府豊中市にマミイという店が開店し、二号店、三号店と展開していくようだ。また、今年の四月に大阪市にKマートという小規模店が開店した。ほかにも追随する企業が出ると思う」
「でしたら早めにグロサリーストアを出した方がいいでしょうね。特に関東地方で」
「そうだな。店名は何にするかな?」と森社長。
「大黒堂スーパーと恵比寿屋マーケットが親会社になるから、『大黒恵比寿便利店』というのはどうだい?」と冨山さんが提案した。
「なんか、堅苦しい店名だな。どんな店かわかりにくいし。もう少し洋風の店名がいいんじゃないか?」と都築さんが反論した。
「どんな店名がいいと思う?」と森社長が俺に聞いてきた。
俺に気の利いた名付けの才能はない。しばらく考えた後、
「大黒天も恵比寿も七福神の一員ですから、福が来るという意味で、『FOODS&GOODS ラッキーセブンス』なんてのはいかがでしょうか?・・・ベストな店名だとは思ってないので、変えてもかまいません」と俺は言った。
「ラッキーセブンという言葉は聞いたことがあるが、なぜ『セブンス』なんだね?」と森社長が聞いた。
「日本ではラッキーセブンと言いますが、英語では『Lucky Seventh』と書きます。野球の七回の攻撃で幸運な出来事が起こったことが語源と聞いています」
「なるほど。・・・店名の前に付いている『FOODS&GOODS』のFOODSはわかるが、なんでGOODなんだね?これも七福神由来なのかな?」
「いえ、GOODSとは英語で商品一般を指す言葉なので。あえて訳すなら『良品』になるでしょう」
「ふむ。店名については親会社と相談の上決定することになると思うが、冨山部長と都築部長はどう思う?」と森社長が二人に聞いた。
「さすがにこの場で、我々だけで決めることはできませんので、藤野さんの意見を参考にして後日決定しましょう」と冨山さんが言い、都築さんもうなずいていた。
「藤野さん、貴重なご意見ありがとう」と森社長。
「日本でもグロサリーストアがいけそうな気がしたよ」
「参考になったのなら良かったです」
「さて、これまでの話とは別に謎解きをしてほしいことがあるんだが」と森社長が言った。
「藤野さんが不思議な現象の謎解きをしてくれると聞いているので、私の話も聞いてもらえるかな?」
「はい。謎が解けないこともあると思いますが、それでもよければ」
「実は私にもあるんだ」と冨山さんが言った。
「実は私にも」と都築さん。
「順番に相談に乗りますよ」と俺は半ばやけくそで返した。
「さすがは藤野さんだ。頼りになりそうだな」と森社長。「いっそのこと、『藤野さんへの謎解き依頼』という応募ハガキを、新たに作るグロサリーストアに置いたらどうかな?そのハガキは有料で売るんだ」
「ハガキ代を安価にしすぎると、藤野さんへの謝礼も、店への利益も見込めなくなるぞ」と冨山さんが釘を刺した。
「謎解きとは関係ない悩み事相談がたくさん来たらどうするんだ。金を取る以上、無視することはできないぞ」と都築さんも言った。
「それもそうだな。なら、別会社を作って企業相手に謎解きを受け付けるのはどうかな?もちろんそれなりの料金を取る」と森社長。
いろいろなコンサルタント業というのが将来たくさんできると思うが、不思議現象の謎解き依頼ってどれだけ需要があるんだろう?
「とりあえず森社長から、お話をお聞きします」と俺は言った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
相良須美子 秋花女子大学就職指導部の事務員。
森 泰三 仕入れ会社ユノンの社長。
冨山 晃 大黒堂スーパーの営業部長。
都築市三 恵比寿屋マーケットの営業部長。




