四十七話 推理小説作家の卵(2)(美知子の妖怪捕物帳・肆拾参)
「それが次の作品の概要ですか?」と俺は推理小説作家の卵である金村さんに聞いた。
「そうなの。こっちは完全なオリジナルだけどね、今言ったように、山奥の別荘に男女七人が集まるの。ある秘密クラブで知り合った面々ね。各自が自家用車で集まったんだけど、その後別荘に通じる道路に崖崩れが起こって車が通れなくなるの。救助要請の電話をした後、その電話も崖崩れの影響か繋がらなくなってしまったわ。山林の中を通って近くの集落まで歩くにはけっこう距離があるので、別荘で救助を待つことにしたんだけど、結局救助隊が来るまでに日にちがかかったのね」
「その間に殺人事件が起こったのですか?なぜ別荘に集まったのですか?別荘の持ち主ですか?そしてその秘密クラブでは何が行われていたのですか?」と俺は矢継ぎ早に聞いた。
「一度に聞かないでよ。その秘密クラブは違法カジノで、七人はそこで出会って知り合った金持ち連中なの。賭け事に熱中していた彼らは、あるとき別荘の持ち主であるEから、多額の賞金を賭けたゲームをするから、自分の別荘に集まらないかと六人が誘われたの」
「なら、全員を呼び寄せたEが怪しいですね?」
「と思うでしょ?でもEはゲームを企画した覚えはなく、六人の中のFからゲームをするから別荘を貸してくれと頼まれただけなの。つまりEの名を騙って参加者を呼び寄せたのね」
「この流れだと、Fもそんなことを頼んだ覚えはないと言い張るのでしょうか?」
「その通り!誰かがFの名を騙ってEから別荘を借り、今度はEの名を騙って彼らを呼び集めたのよ」
「集まった面々はEが呼んだんじゃないと知って混乱したでしょうね」
「そういうこと。とりあえず一泊して帰るつもりだったんだけど、その夜、さっき言った崖崩れが起こって、彼らは帰られなくなったのよ。崖に時限爆弾が仕掛けられていて起こった人為的な崖崩れね」
「なるほど」
「で、お話はまず参加者Gの目線で進むのだけど、救助要請の電話をした日にまずEが殺されるの。・・・殺害方法はまだ考えていないけど」と金村さんは言った。
「それで残りの六人は誰が犯人かとお互いを疑い始めるわけね。で、殺されないよう全員が一緒にいようとか、いや俺はひとりで部屋に篭って自分の身を守るとか、定番の言い合いになるんだけど、その夜、今度はFがひとりで寝ていた寝室で殺されるわけよ」
「なるほど。そういう風にしてさらに四人が殺され、Gだけが生き残るということですか?」
「そうなの。そのとき道路が開通して救助隊が押し寄せ、事件が発覚するの。その地方にたまたま出向していた刑事BとCが捜査に協力するのよ。最初の小説に出ていた二人ね。ここからは刑事Bが主人公になって話が進むのよ」
「警察は当然Gが怪しいと睨んで拘束し、尋問するのですね?」
「そう。しかし刑事Bは納得いかなくて、刑事Cとともに捜査を継続するの」
「Gが犯人でないとして、質問です。参加者のうちG以外の六人は確実に死んでいるのですね?」
「そう。Gが供述した通りの順番で死亡したと考えて矛盾はないと司法解剖で判断されたわ」
「参加者以外に使用人はいなかったのですか?食事の用意など、参加者たちでできたのですか?それから参加者以外の人物が別荘に隠れていたという設定はありえますか?」
「使用人はいなかったけど、食材やタオルなどの生活必需品は揃っていたから、キャンプやバーベキューなどの経験がある参加者が料理をするなどしてしのいでいたわ。その他の人物の存在は、一応疑われたけど、警察が調べた限りでは居間、台所などの共用スペースと七人の部屋以外に人がいた痕跡はなかったとするわ」
「G以外の参加者が殺されたときに、他の参加者のアリバイはどうでしたか?」
「全員がひとりきりになったとき、たいていは眠っている夜間に殺されたので、明らかなアリバイが成立した人はいないわ。ちなみにマスターキーがなくなっていたの」
「疑心暗鬼になってお互いが殺しあうという状況にはならなかったのですか?」
「Gが見た限りではそういう展開にはならなかったみたい。つまり同一犯による犯行と考えて良さそうなの」
「Gは警察に拘束されてどうなりましたか?」
「殺人犯だという明らかな証拠がなく、自白もしなかったけど、ほかに犯人になりうる人物がいなかったことから起訴されたわ」
「しかし刑事Bは、G以外に犯人がいると考えて捜査を続けたわけですね?」
「そういうこと。Gが供述した秘密クラブを警察が調べたところ、そこで働いていたバニーガールが何か問題を起こして、ボディーガードに折檻され、そのときの傷がもとで自宅で死亡していたという事件があったの。そのバニーガールが秘密クラブで働いていたことは死亡当時わからなかったので、事件は迷宮入りになりかけたけど、Gの供述のおかげで秘密クラブのオーナーとボディーガードが賭博場開帳と傷害致死容疑で逮捕されたの」
「そのバニーガールの死が事件に関係しているのでしょうか?」
「そうだとしたら、どう考える?」
「客のひとり、つまり別荘に行った七人のうちのひとりがそのバニーガールと仲良くなっていて、バニーガールが起こした問題の原因になった他の六人を復讐するために別荘に呼び込んで殺害したのです」
「六人が関与した問題って、どんなことがいいかしら?」
「それは自分で考えてくださいよ」
「犯人は、実際に死に追いやったボディーガードを殺そうと思わなかったの?」
「別荘の中でバニーガールの復讐でみなを集めたと匂わせる何かが起こったのですよ。そのことをGが警察に話し、秘密クラブでの傷害事件が明るみになって、警察に逮捕させることで復讐としたのでしょう。でも、それだけでは六人は罪を問われることがない。そこで自ら手をかけて六人を殺したのですよ」
「なるほどねえ。別荘で何を起こしてバニーガールの復讐を匂わせたの?」
「それも自分で考えてください」
「で、誰が犯人なの?」
「普通に考えると、六人のうち最後に死んだ人物Hが犯人でしょうね。Hが五人を殺し、最後に他殺に見せかけて自殺し、Gが殺人犯だと警察に思わせたのです。でも、推理小説としては、もう少しひねりが欲しいんじゃないですか?」
「そうね。できれば」
「実は六人のうちのひとり、Iは金持ちの御曹司だけど、実は養子だった。生まれてまもなく養子になったので、戸籍上は実子として届け出られていたのです。刑事Bがどうやってその事実にたどり着いたかは、自分で考えてくださいね」
「ふむふむ、それで?」
「Iはあるとき自分と血が繋がった弟と妹の存在を知ったのです。二人は貧乏だったので、妹は秘密クラブでバニーガールとして働いていました」
「ほうほう」
「それを知ったIは友人の伝手でその秘密クラブに出入りするようになり、妹とも接触しました。Iは金銭の援助をするからその仕事をやめるよう妹を説得するのですが、金持ちの家でぬくぬくと生活をしてきたIに反発して妹はその申し出を断ります。そのうちに例の問題が起きて、Iがかばう間もなく妹は折檻され、死んでしまうのです」
「なるほど。いいわね」
「そこでIは弟と一緒に復讐しようと誓い、六人を別荘に呼び寄せるのです」
「弟も別荘にいたことにするの?」
「はい、Iの車のトランクに弟が隠れていて、Iが泊まった部屋にかくまうのです。使用人がいないから、Iの部屋をのぞきにくる人はいなかったのでしょう」
「それで?」
「Iと弟はいろいろな手口を使ってE、Fと順番に殺していきます。しかし全員を殺してしまえばIが犯人ということがわかってしまう。I本人はそれで良くても、弟を逮捕させたくはないと考えたのでしょう」
「そう言えば、Iも死んでいたわよね?」
「そうです。六人連続殺人の途中で、Iは弟に自らを殺させていたのです」
「なぜなの?せっかく巡り合った血を分けた兄弟なのに?」
「Iは健康そうに見えて実は末期がんで、余命が長くなかったので、弟に嫌疑をかけさせないために自分を被害者にしたのです」
「それで、G以外を殺した後で弟はどうしたの?」
「弟は貧しいながらも唯一の趣味があって、それが山登りだったのです。事前に装備を整えておき、G以外を殺した後で山林に入り、近くの集落まで徒歩で逃げていたのです」
「なるほど。こうして弟は警察の目から逃れたのね。でも、Gには殺人犯の容疑をかけただけで復讐は終わったの?」
「実はGは勾留中に持病の糖尿病が悪化し、昏睡状態になって病院に緊急入院したのです。取調べによる心労が誘因だったのかもしれないですね。そしてそのまま病院で死亡したので、それ以上の復讐はできなかったのです」
「それでIと弟の復讐は終わったのね?そして刑事Bがそれを見破った・・・」
「そうです」
「弟はそのまま逃げ切ったの?」
「いいえ。弟は、刑事Bが自宅を訪れる直前に近くの川で水死しているのが発見されました。自宅には、犯行のすべてを綴ったノートが残されていました。そこで警察は、弟が犯行を完遂したことに満足するとともに、兄を殺した自責の念に駆られ、兄と妹の後を追って自殺したのだろうと結論づけました」
「刑事Bはそれで納得したの?」
「Gが死亡する前、つまりGへの復讐を見届ける前に弟が自殺したので、刑事Bは腑に落ちませんでした。しかし弟には誰かに殺される理由がなかったので、その結論を受け入れざるを得ませんでした」
「でも、実は自殺ではなかったのね?」
「そうです。刑事Bの捜査内容を一番よく把握していたのは相棒の刑事Cでした。刑事CはIの弟を逮捕しても、有罪にする証拠が足りないのではないかと考え、自ら手を下したのです」
「これでシリーズを通した刑事Cの秘密が継承されるのね?いいわ!・・・でも、その弟が書いた犯行ノートはどうしたの?刑事Cが弟を脅して書かせたの?」
「いいえ。弟は自ら犯行の記録をノートに綴ったのです。それを公表するつもりだったのかはわかりません。自らの命を賭した兄の思い出として書いただけだったのかもしれません」
「刑事Bの活躍で犯行はすべて暴かれた。ただし、刑事Cの所業はまだ闇の中か。・・・いいわねえ」
「トリックよりも、次々と殺人が起こっていく様子や、刑事Bが真相を突き止める経過の方が、作家の腕の見せ所だと思いますので、いい作品を書いてくださいね」と俺は締めくくった。
「ありがとう、藤野さん。後は任せてね。それからこれはわずかばかりのお礼」
そう言って金村さんは五百円分の図書券を差し出した。
「ありがとうございます。活躍を期待しています」と俺は言って、ありがたく図書券を頂戴した。
「このシリーズはまだまだ続く予定だから、また知恵を貸してね」
「はあ・・・」と俺は嘆息を吐いた。
とりあえず今日の相談は終わったので、俺は冷めてきたホットコーヒーの残りをすすった。
「ところで金村さんは弘前の出身なんですか?言葉に訛りを感じませんでしたが」
「私は東京の大学に通って、必死で東京弁をマスターしたからね。なんせ津軽弁を本気で話すと、誰にも通じないんだから」
「そうですか。・・・弘前はいいところですか?」
「春、夏、秋はいいところよ。自然豊かで、食べるものは何でもおいしいわ」
「冬は良くないんですか?」
「毎日大雪が降るからね。朝になったら家族総出で雪かきしなくちゃならないの。うちは姉妹でね、男手は父しかいないから手伝わなきゃならないんだけど、必死で雪かきして、玄関前がきれいになったと思ったら、翌朝また大雪が積もっているのよ」
「それは大変ですね」
「賽の河原で小石を積む子どものような気持ちになるわ」
「そういえば青森県の下北半島には恐山がありますね」
「そうそう。恐山にも賽の河原があったような。」
「そうなんですね?」
「恐山には三大不思議というのがあってね、そのひとつが、『夕方賽の河原に小石を積み上げると、翌朝には必ず崩れている』なの。冬場の雪かきと一緒ね」
「残りの二つの不思議は何ですか?」
「何だったかな?・・・確か、『深夜に錫杖の音がする』とか、『夜中に雨が降ると堂内の地蔵尊の衣も濡れている』とか、だったかな?最後のはお堂の雨漏りか、霧が入って来て結露したんじゃないかと疑われるわね」
「恐山殺人行脚シリーズなんてのも書けそうですね?」
「それはいいわね。デビューできたら考えてみるわ。ありがとう」
「ところで妹さんの友だちの結城寛子さんってよくご存知ですか?」
「藤野さんに相談するきっかけになった子ね?あいにく彼女が引っ越してきたのは私が大学に進学した後だから、二、三回しか会ってないの」と金村さんは言った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
金村沙苗 推理小説作家の卵。
結城寛子 美知子の友人の丹下佳奈の中学時代の親友。
書誌情報
井上円了/真怪(「奥州恐山の三大不思議」所収、丙午出版社、1919年3月16日初版)




