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四十話 金庫の暗号〜魑魅魍魎〜(美知子の妖怪捕物帳・参拾捌)

「どのような謎ですか?」と俺は私立探偵の藍原さんに聞いた。


「実はある旧家のじいさんが死んで、遺産相続について遺族が話し合ったとき、じいさんの部屋に古い大きな金庫があることが話題になったんだ」


「古い金庫ですか?」


「そう。何でも明治時代に外国から輸入した金庫で、ダイヤルを回して開けるようになっているんだが、その開け方をじいさんしか知らなかったらしいんだ」


「それで?」


「金目のものが入ってるかもしれないだろ?そこで遺族がじいさんの日記やら手帳やらをさんざん調べ回った結果、これがダイヤルを開ける鍵なんじゃないかと思われるメモが見つかったんだが、これがまたちんぷんかんぷんなんだ」


「金庫だったら、開け方がわからなくても鍵の専門家に頼めば開けてもらえるんじゃないのですか?」


「それが二、三軒の鍵屋に来てもらったんだが、どの鍵屋も手に負えないってすぐに匙を投げられたんだ」


「そうですか。・・・金庫に聴診器を当てながらダイヤルを回して、音がしたら記録していくって方法で、ダイヤル番号を解析できると思っていました」


「映画なんかじゃそんな金庫泥棒が出てくるが、実際は難しいらしい。ダイヤルを右か左に回して、決まった数字のところで音がするらしいんだが、その後また右か左に回してどれかの数字に合わせてっということを延々とやらなければならないので、お手上げらしいんだ。第一、音がすると言ってもかすかな音の違いで、聞き分けるのも容易じゃないらしい」


「そうなんですか。じゃあ、重機を使って破壊するのはどうですか?」


「かなり分厚い鉄板でできていて、その方法も難しいらしい。バーナーで溶かすという手も、中に入っているかもしれない物が燃えてしまう危険がある」


「なるほど。・・・それで金庫を開けるよう、藍原さんに依頼が来たわけですか?」


「そうなんだが、俺も鍵をこじ開ける技術は持っていない。俺に依頼されたのは金庫の開け方がわかる人を見つけてほしいということだ」


「専門の鍵屋さんが無理なら、開けられる人はいないじゃないですか。・・・まさか私に金庫を開けろと?」


「そういうこと。物理的に金庫を開けてほしいと頼んでいるわけじゃあない。ダイヤルの回し方と思われる暗号を解いてもらいたいんだ」


「なんで私に?私も金庫や暗号の専門家じゃありませんよ」


「でも、いろいろな企業の依頼で、いくつもの謎を解いてきたんだろ?短い暗号を解くなんて簡単だろう」


「そう買いかぶりされても」一色に頼めば解いてくれるんじゃないだろうか、とふと思った。


「とりあえずその暗号めいた言葉を見せてもらえますか?私に解けなかったら、私よりも優秀な人を紹介しますよ」


「それはありがたい!とりあえずこの写真を見てくれ」と言って藍原さんは懐から二枚の写真を取り出した。


その写真を受け取って見る。白黒写真で、金庫のダイヤル部分を写したものだった。そのダイヤルには数字ではなく、カタカナのイロハが左回り、つまり反時計方向にイからウまで刻まれていた。


「外国製と聞きましたが?」


「特注でイロハに変えてもらったんじゃないかな?詳しくはわからないが」


もう一枚の白黒写真も見る。こっちは手帳の一ページを写したもので、筆で縦書きされた文字が写っていた。


紐已已忤已已忤已已振滅緧緧滅緧滅昧昧呻昧昧呻昧昧忤紐螾


「なんですか、これ?」と俺は思わず聞いてしまった。


「それを聞きたいんだ。この言葉を眺めていると、『魑魅魍魎ちみもうりょう』に見えてきて混乱する。・・・君には何かわかるかい?」


ところどころに同じ漢字が並んでいる。数えたら二十七文字あった。


「金庫のダイヤルって、右か左に回すんでしたよね?」


「そう。だが、最初にどっちに回すか、次にどっちに回すか、まったくわからない」


おそらく最初の「ひも」は回す方向を指しているのだろう。しかし左右のどちらか見当がつかない。


二十七文字あるということは、おそらく三文字ずつ区切るのだろう。「紐已已」、「忤已已」、「忤已已」、「振滅緧」・・・というように。だとしたら四文字目の「忤」や十文字目の「振」も左右のどちらかを著すのだろうが、皆目見当がつかない。せめて二種類の漢字を使い回してくれていたら、一方が右で、もう一方が左か、あるいはその逆と推測できるのだけど。


「二文字目は何と読むんだ?おのれとも、巳年みどしとも違うようだが」と藍原さんが聞いた。


「これは『イ』とか『すで』と読みます。この三文字は見分けがつかなくてよく誤用されるのですが、『みはうえに、すべはなかばに、おのれはしたに』という言葉で書き分けることができます」と俺は説明している途中ではっと思い当たった。


「已」は巳年の「巳」に似ている。そして一文字目の「紐」には「丑」、四文字目の「忤」には「午」、十文字目の「振」には「辰」の部首が入っている。他の文字も同様だ。


「わかりました。この言葉に使われている漢字は十二支を表しているんです!」


「十二支だって!?」と驚く藍原さん。


「はい。わかりやすく書き直すとこうなります」


俺は鞄からノートを取り出すと、「丑巳巳/午巳巳/午巳巳/辰戌酉/酉戌酉/戌未未/申未未/申未未/午丑寅」と書いた。


「ほお?・・・しかしこれを見ても意味がわからないが」


「十二支は方角や時刻の表記にも使われます。つまり、『子』を北、もしくは十二時に見立てて、時計回りに並べます」


俺はノートに十二支「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」を時計回りに円を描くように並べて書いた。


「これが金庫のダイヤルのカタカナに当てはめるわけです!」


今度はノートにイロハを反時計回りにイからウまで書いた。全部で二十四文字だ。


★ダイヤルの文字と十二支の配置

挿絵(By みてみん)


「つまり『子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥』は『イムナツレヨワルリトホハ』に該当します。文字の並び順が逆ですから」


「なるほど。・・・となると、このメモの文字は『ムヨヨ、ワヨヨ、ワヨヨ、レホト、トホト、ホルル、リルル、リルル、ワムナ』となるか。・・・相変わらずさっぱり意味がわからない」


「おそらくこれらの三文字の組は、一文字目がダイヤルを回す方向、二文字目と三文字目がダイヤルのカタカナを示すのです」


「なんで二文字目と三文字目の二文字がカタカナを表すんだ?」


「十二支は十二個、一方ダイヤルのカナは二十四個あります。十二支の一文字をダイヤルのカナ一文字に当てはめると、表現できないカナが十二個残ります。そうならないよう二文字でカナ一文字を表すのです」


藍原さんはまだぴんときていないようだったので、俺はメモの言葉の最後の二文字を指さした。


「この最後の二文字は『丑寅うしとら』です。『丑寅うしとら』はどの方角を指しますか?」


「これは俺にもわかる。鬼門に当たる北東だな?」


「そうです。北東はうしとらの間の方角です。これをダイヤルに当てはめるとムとナの間のラになります」


「なるほど。じゃあ、最初の二文字目と三文字目の『巳巳』は?」


「これはの間、つまり二文字での位置、ダイヤルのルを示します」


「なるほど。同じ干支えとの字が続くときはその干支えとの位置のカナを読めばいいのか」


「この変換方法をこの文字列に当てはめると、『ムヨ、ワヨ、ワヨ、レヘ、トヘ、ホル、リル、リル、ワラ』に変換されます」


「それぞれの最初の文字がダイヤルを回す方向を指すと言っていたな?どの文字が左右のどっちを指すんだい?」


「最後の三文字を見ると、『ル、ワラ』ですね?ダイヤルをルに合わせてからワの方向、つまり左回りに回してラに合わせるんです」


「・・・ルの隣はヲだが?」と疑問を呈する藍原さん。


「ヲに該当する十二支の文字がありませんから、ワの位置の午で方向を示したのでしょう」


「ヲなら午未うまひつじで表現できるが?」


「これは想像ですが、回す方向はざっくりとわかれば良いので、干支えとの一文字を使うだけにしたのではないでしょうか?文字数が多いと、解読する際に混乱しやすいですから」


「そうだな。ダイヤルの回し方が複雑だとすぐに忘れるから、思い出すためにメモを残したのだろうが、解読するのに時間をかけたくなかったのだろう。・・・で、結局ダイヤルはどう回せばいいんだ?」


「最初にダイヤルを子、つまりイの字に合わせます。そこを起点としてまずムの方向、つまり右回りにダイヤルを回してヨに合わせます。次にワの方向、同じく右回りに一周してもう一度ヨに合わせます・・・」


俺は口で言いながら、ノートに次のように書いていった。


右ヨ、右ヨ、右ヨ、左ヘ、左ヘ、右ル、右ル、右ル、左ラ


「この右は時計回り、左は反時計回りと思いますが、逆かもしれませんね」


「二通りなら試してみても苦にならないな。よし、すぐに金庫を開けに行こう!藤野さんもつき合ってくれ!」


「え?私も行くんですか?」


「もしこの開け方で金庫が開かないようだったら、別の開け方を考えてもらうからな」


藍原さんはそう言って立ち上がると、俺の手を引いて立ち上がらせた。


俺が立ち上がると藍原さんは伝票を手に取って、レジに歩いて行った。しかたなくついて行く。なお、俺が頼んだコーヒーの代金は払ってくれたが、ほとんど口を付けてなかった。


藍原さんと一緒に喫茶店の外に出る。そして藍原さんは、藍原探偵事務所がある建物の前に停めてあったスバル360のドアの鍵を開けた。


「これに乗って行く。藤野さんは助手席に座ってくれ」


俺は正直もう帰りたかったが、暗号解きを手伝った手前、無視して帰るわけにもいかなかった。スバルの狭い助手席に座ると、すぐに藍原さんが車を出した。


郊外に向かって走るスバル。やがてごちゃごちゃした街中を抜けると、大きな家が建ち並ぶ住宅街に入った。


そして一軒の歴史がありそうな和風住宅の前に車を停めると、藍原さんは門の中に入り、玄関の引き戸を開いて声をかけた。


柳ケ瀬(やながせ)さん、藍原です!」


俺は藍原さんの後ろに立っていたが、しばらくすると家の奥から上品そうな老女が現れた。


「あら、スケキヨさん。金庫の開け方がわかったの?」とその老女は聞いた。


「はい、おそらくわかったと思います」


その老女は俺の姿に気づいた。


「後のお嬢さんは?」


「この人が金庫の開け方を思いついたのです。念のため、同席してもらいますが、よろしいですな?」


「はい、もちろん。お若い方なのに賢いのですね。お入りなさいな」と老女は言って、俺たちを招いた。


靴を脱いで玄関に上がる。そして老女の後をついて家の奥について行った。老女は別の部屋にいた数人の中年男女に声をかけ、俺たちと一緒に老女の後をついて来た。藍原さんは俺のことを助手だと紹介した。


「ところで、スケキヨさんって誰のことですか?」と俺は藍原さんにそっと聞いた。


「さっきの名刺に書いてあるが、俺の名前は清佐きよすけなんだ。名刺を見たこの婆さんが、『スケキヨと同じ漢字ですね。順序は逆ですが』と言ったんだ。なんでも有名な小説の登場人物らしい。それで俺のことを『スケキヨさん』と呼ぶようになったんだ」


清佐きよすけ・・・佐清すけきよ・・・スケキヨ。・・・俺に思い当たるのは、「犬神家の一族」に出てくるスケキヨだけだ。金田一耕助が主人公の推理小説で、ゴムの仮面をつけたスケキヨは湖からに足を突き出した状態で死んでいるのを発見される。


藍原さんは探偵なのにスケキヨのことは知らないようで、有名な小説の登場人物と聞いただけで満足していた。・・・真相を教える必要はないか。


そんなことを考えているうちに奥の座敷に案内された。ここがこの家の当主だったおじいさんの部屋なのだろう。壁際に高さ一メートルぐらいのがっしりした金庫が置いてある。


古いだけあってとても頑丈そうだ。藍原さんは金庫の前に座ると、俺に向かって手を差し出した。俺はすぐに鞄から開け方をメモしたノートを渡した。


藍原さんはノートを開くと、そのメモを頼りに金庫のダイヤルを回していく。その様子を俺とおばあさんと数人の中年男女が固唾を飲んで見守った。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

藍原清佐あいはらきよすけ 藍原探偵事務所を経営する探偵。あだ名はスケキヨ。

一色千代子いっしきちよこ 明応大学文学部二年生。藤野美知子の女子高時代の同級生。

柳ケ瀬家(やながせけ) 藍原に金庫の開け方を依頼した旧家。


軽自動車情報


スバル360/富士重工業(後のSUBARU)(1958年3月〜1970年5月販売)


書誌情報


横溝正史/傑作長篇小説全集第5巻、八つ墓村・犬神家の一族(大日本雄弁会講談社、1951年5月初版)

横溝正史/金田一耕助探偵小説選第1巻 犬神家の一族(東京文芸社、1954年初版)

横溝正史/金田一耕助推理全集第8巻 犬神家の一族(東京文芸社 、1959年初版)


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