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三十三話 八畳島火葬場人骨事件〜屍食鬼〜(美知子の妖怪捕物帳・参拾参)

今回のお話は平成六年に八丈島で起こった事件に想を得ていますが、事件とは無関係のフィクションであることを明記しておきます。

俺が八畳島やたたみじまから帰ってから一週間も経たないうちに、八畳やたたみ町役場観光振興課係長の奈良井さんから手紙が届いた。さっそく封を開けて中を読んでみると、次のように書かれていた。




「藤野美知子様


前略 先日はお世話になりました。観光振興に関するいくつかのご提言はさっそく実現に向けて検討を始めたところです。峰延みねのぶ町長も乗り気になっています。


また、二畳島ふたたたみじまで死亡していた坂東氏の件も、有力なご助言をありがとうございました。


実はもう一件、相談したい不可思議な事件がございます。来島の際に相談できなかったので、今一度お知恵を拝借したいと考えてこの手紙をしたためました。


勝手乍かってながらさっそく事件のあらましを説明いたします。


町営の火葬場は昨年の五月に完成して、町民の火葬に供されております。それまでは島内では土葬の風習が残っておりましたが、衛生面などの課題があったことから火葬場を建設し、亡くなられた方は火葬するように規定を設けました。


それ以前に土葬されていたご遺体も、遺骨を掘り出して改めて荼毘だびに付し、改葬することを奨励しております。もちろん所定の手続きが必要となります。


約一年間、この火葬場は問題なく運営されていましたが、一か月前の某日、火葬場の職員がその日予定されていた火葬を行うために炉を開けたところ、炉内にたくさんの人骨が発見されました。もちろん生の人骨ではなく、焼かれて白くなった人骨です。


その人骨は熱で一部は粉々になっていましたが、一部は元の形状を残しており、警察が調べたところ少なくとも数人の骨が混ざっているとのことでした。子どもの骨も混ざっていたと聞いております。


どこかの一家が全員殺害されて、証拠隠滅のために焼かれたのではないかと当初は疑われましたが、複数の人がいなくなった家は島内にはなく、行方不明の観光客もいません。人骨の数が多いので、島外から骨が運び込まれたとも考えにくい状況です。


警察が精力的に捜査して、まもなく鑑識の人が、これらの骨は新しいものではない、少なくとも数年以上地中に埋められていたものだ、と鑑定しました。


その根拠については詳しくは知りませんが、骨の表面に付着していた土砂の痕跡が、骨の内部にまで及んでいること、草木の根のようなものの痕跡が骨の中に認められたことなどから、上記の結論に及んだものと聞き及んでおります。


となれば、土葬されていた遺体を火葬し直したのではないか、つまり改葬しようとしたのではないかと考えられました。


そこで警察は島内の墓地を調べましたが、墓が掘り返された痕跡はどこにもなかったそうです。


先日お越しになられた際に、去年住人が全員離島した二畳島ふたたたみじまのことをお話ししましたが、警察が二畳島ふたたたみじまに行って墓地を調べても、新しく掘り返された形跡はなかったということです。他の島も同様でした。


結局警察は何もわからず、おそらく迷宮入りになるだろうともっぱらの噂です。島民の中には妖怪の屍食鬼グールの仕業だと言い触らす者まで出てきました。


この件に関して町長が、島内で不気味な未解決事件があったことが広く知られれば観光に影響が出かねない、納得できる説明をすることが不可欠だと主張され、今までは警察の捜査結果が出るのを待っていました。


ところが、藤野さんがお帰りになられた直後に、警察署長が匙を投げたことが町長に伝わりました。もう二、三日早くそのことを知っていれば藤野さんに相談できたのにと町長は悔しがっていました。


そして本日、藤野さんにもう一度来てもらえ、あるいは手紙を書いて相談しろと町長が私に申しつけて参りました。


ご迷惑をおかけすることと存じますが、この事件について藤野さんのご見解をお聞かせ願えないでしょうか。もし、島に直接来て調べたいと思われるならば、私が再度お迎えに参上します。


どうぞよろしくお願い申し上げます。


草々


八畳町役場観光振興課 奈良井 孝拝」




俺はこの手紙を読んで困惑してしまった。こういう死体が出た事件は、本来は一色と立花先生のところに話を持ちかけるべきだろう。そうすれば詳細な捜査情報を入手できるだろうに。


しかし明応大学に聞いてくれと最初からつっぱねるのも気が引ける。俺の拙い感想をとりあえず返送して、その上で明応大学法医学教室を紹介しよう。俺はそう思って、しばし考えてから返信を書き始めた。




「八畳町役場観光振興課 奈良井 孝係長様


前略 お手紙拝見いたしました。


警察がわからないことを私がわかるわけはありませんが、感想という形で述べさせていただきます。


まず、火葬された人骨が数年以上土葬されていたものであったということ、そして複数人の骨が混ざっていたということから次のことが考えられます。


それは近年まで土葬の習慣が残っていた土地から持ち出されていたということです。私の知る限り本土では土葬の習慣は残っていないと思います。そして骨は何十年も土中に埋まっていれば、風化して土に戻っていきます。ですから、本土から持ち運ばれてきた過去の土葬骨の可能性はないと考えられます。


八畳島やたたみじま周辺の島々に土葬の習慣が残っていたのか知りませんが、もしそういう島があれば、そこから運び込まれてきた可能性を考えるべきでしょう。


次に、土葬した遺骨を火葬し直して改葬する目的があったのではないかということですが、普通、改葬するのであれば、ひとりずつ個別に火葬されたはずです。それなのに数人が同時に火葬されていたのであれば、土葬されていた数人の遺骨がごっちゃまぜになって、個別に火葬できなかったことを示しています。つまり、改葬したくても手続きができない状態だったということです。


おそらくは墓地から勝手に遺骨を掘り出し、どれが誰の遺骨かわからない状態でまとめて持って来てしまい、改葬ができない状態だと知ったため、持て余してやむを得ず遺灰にして、つまり、言い方が悪いのですが、かさを減らして回収しようと考えていたのではないでしょうか。


回収した遺灰は適当な土地に埋めたり、あるいは海に散骨するつもりだったのかもしれません。


人骨が殺人事件の被害者ではないかという考えはあてはまらないと思います。なぜなら、遺体を隠すために土に埋めていたのなら、普通はそのままにして自然に朽ちるのを待つはずです。遺体の隠し場所が開発などのために掘り起こされて、遺体が発見される可能性は皆無ではないでしょうが、わざわざ自分で遺体を掘り起こし、八畳島やたたみじままで運んで、火葬場でこっそり火葬する方がよっぽど見つかる危険が高いと思います。


島内で複数の人が行方不明になったという事件があったなら、警察もすぐに発見された人骨と照合するでしょう。しかし、そのような事件はなかったようですね。


では、どのような状況が一番真相に近いのでしょうか。


私はこれから記す内容が真実であると証明することはできません。しかし土葬されていた子どもを含む複数の人がごっちゃまぜになって火葬場に運ばれたとなると、考えられるのは二畳島ふたたたみじまの離島関係だけです。


二畳島ふたたたみじまに住んでいたすべての島民が移住することになれば、当然運べる家財はすべて移住先の八畳島やたたみじまに運ぼうとするでしょう。


二畳島ふたたたみじまの島民の中に比較的最近子どもを亡くされ、土葬した人がいれば、子どもの遺骨を一緒に持って行きたいと思っても無理ありません。


そして他の島民には内緒で自分の家の墓を掘り返した。・・・おそらく人目を避けるために夜間に行ったのでしょう。そして目当ての場所を掘って、人骨らしいものが出てきたらそれを背負い籠のようなものに次々と入れていきます。そして家に帰って明かりの下で確認したら、子どもの遺骨以外に数人の大人の遺骨も混じっていた・・・。


その人、もしくはその人の家族は、移住先に運ぶ家財と一緒に遺骨を梱包した荷物も運んだことでしょう。そしてとりあえず新居の片隅に安置しておいた。


埋め直すような庭などない家だったのかもしれません。自分と関係のない空き地に埋めることも、人目を畏れて断念したのでしょう。


しかし人骨をそのままにしてはおけません。かといって、上に記したように正式な火葬の届け出を出すこともできない。勝手に掘り出した遺骨である上に、誰の遺骨かわからなくなっていましたから。


やむを得ず、火葬の予定がない日にこっそり火葬場に潜り込み、炉を無断で使用したのです。無事火葬は終わり、炉が冷えるのを待っていたところ、火葬場の職員に発見されたのでしょう。


では、誰が勝手に火葬したのでしょう。最も疑わしいのは炉の扱いを知っている火葬場の職員とその関係者です。あるいは町役場の職員とその関係者でしょうか。火葬場が昨年竣工したということであれば、建築に携わった人なのかもしれません。


それらの人たちの中で、二畳島ふたたたみじまから移住してきた人、あるいはその親戚に該当する方がいれば、調べてみる必要があるでしょう。


二畳島ふたたたみじまの墓地には新しく掘り返した跡がなかったとのことですが、離島から一年経っていますから、草が生えてわからなくなったと思われます。


以上が私の拙い考えです。真実である保証はありません。


お骨の鑑定など、より詳しい調査をしたいのであれば、私の知り合いである明応大学医学部法医学教室の立花先生に相談してみることをお勧めします。


それではお体をお大事に。町長さんにもよろしくお伝えください。


かしこ 藤野美知子」




俺は手紙を書き終えると、すぐに投函しに行った。


それから一週間も経たないうちに奈良井さんから大きな荷物が下宿に届いた。開封してみると先日もらったのと同じ名産の反物が二反も入っていた。同封されていた手紙を読んでみる。




「藤野美知子様


前略 不躾な手紙にかかわらずすぐにお返事をいただきありがとうございました。そして書かれていた内容に感銘を受けました。


すぐに町長に見せ、町長は警察署長を呼んで藤野さんのご高配に沿って捜査をするよう厳命しました。


今現在捜査中で、私たちも捜査対象になっていますが、犯人ではありませんので何も気にしていません。


町長は、該当者が見つからなかったとしても、『犯人は八畳島やたたみじまから去ってしまって行方不明だ』と説明して噂が広がるのを防ぐつもりです。


警察署長は捜査に余計な口出しをしたと怒るどころか、藤野さんの名推理に感激し、『この際だから、過去の迷宮入りの事件も相談してみようか』とおっしゃられていました。


今後また相談の手紙を送るかもしれませんが、そのときは何卒よろしくお願いします。


草々


八畳町役場観光振興課 奈良井 孝拝」




あの、それほど大きくない島に、迷宮入りの事件が起こったことがあるのか?と、俺は失礼ながら思ってしまった。


しかし、さすがに警察から相談をもちかけられることはないだろう。推理小説の中に出て来る名探偵じゃないんだから。


もらった反物は祥子さんと杏子さんにあげることにした。俺は先日一反もらっていたからだ。


翌日の放課後、どこかいい就職先はないか、大学の就職指導部に顔を出した。


俺に気づいた相良さんは、


「また相談事を解決したようね。八畳やたたみ町役場からこっちにも礼状が届いていたわよ」と言ってきた。


「いっそ『企業・役所関係不思議案件相談所』でも開いて、有料で相談に乗ったら?」


「そんなの商売になりますか?」と聞き返す。


「相談料次第かもね。でも、国中の相談を引き受けていたら、いずれ案件がなくなるかもね」


「仮にの話ですが、相談料って、いくらぐらい取れるものでしょうか?」


「そうねえ、企業なら相談料一件十万円、解決したら報奨金十万円の計二十万円なんてどうかしら?官公庁なら半額にしてもいいわね。もちろん複数の相談事があれば、十万円の数倍取るといいわ」


一件二十万円か。年間十件も相談があって、いずれも解決できれば年収二百万円だ。


「去年のサラリーマンの平均年収が七十万円ぐらいだから、いい商売になるかもね。もちろん物価が上がれば相談料も値上げしていくのよ」


そういう賃金交渉はしづらいな。今までは謝金を請求しなかったから、気安く相談してきたのだろう。十万円いただきます、と最初に言ったら、敬遠されるに違いない。


そう思いながら下宿に帰ったら、一通の封書が届いていた。差出人は、八畳島やたたみじま警察署長 鹿島長五郎となっていた。


嫌な予感がしつつも封筒を開けてみると、中に次のような手紙が入っていた。




「藤野美知子嬢


謹啓 時下益々ご健勝のこととお喜び申す。


小生は八畳島やたたみじま警察署長をしておる鹿島長五郎と申す。先日峰延(みねのぶ)町長より貴女の手紙を拝借し、一読後いたく感じ入った次第。


まだ若い娘御乍むすめごながら適格な状況判断と推理、弊署の捜査の曙光となること甚だしく、就きましては別の未解決事件についても御意見を賜りたい。・・・」


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

奈良井 孝(ならいたかし) 八畳やたたみ町役場観光振興課係長。

峰延喜代志みねのぶきよし 八畳やたたみ町町長。

坂東 悟(ばんどうさとる) 二畳島ふたたたみじまで死亡していた男性。

一色千代子いっしきちよこ 明応大学文学部二年生。藤野美知子の女子高時代の同級生。

立花一樹たちばなかずき 明応大学医学部法医学教室の医師、法医学者。

黒田祥子くろだしょうこ 美知子の同居人。秋花しゅうか女子大学三年生。

水上杏子みなかみきょうこ 美知子の同居人。秋花しゅうか女子大学三年生。

相良須美子さがらすみこ 秋花しゅうか女子大学就職指導部の事務員。

鹿島長五郎かじまちょうごろう 八畳島やたたみじま警察署長。


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