表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

十九話 さきたま動物園を訪問

午後、短大の講義が終わり、教室で佳奈さんや芽以さんと一緒に談笑していると、入口のドアから就職指導部の相良さんが入って来た。


「藤野さん、ちょっといいかしら?」と俺を手招きする相良さん。


俺は佳奈さんと芽以さんに断って相良さんのところに行った。


「何でしょうか、相良さん?」


「あなたに訪問してほしいという会社の人が車で来てるんだけど、今すぐ行くことはできるかしら?」


「え、今すぐですか?・・・かまいませんが」


「じゃあ、校門前に来てくれる?」


「はい、直ちに」俺は佳奈さんと芽以さんに断り、自分のカバンを持って相良さんと一緒に教室を出た。そのまま校門に行くと、一台の軽トラックが停まっていた。そしてその荷台には、「さきたま動物園」という字が書かれていることに気づいた。「さきたま動物園」なんて動物園は聞いたことがなかったけど。


「動物園ですか?」と俺は相良さんに聞いた。


「そうなの。あまり大きくない動物園だけど、一応有限会社になっているみたい」


相良さんはそのまま軽トラの運転席に座っている中年男性に話しかけた。


「藤野さんをお連れしました。これから同行できるそうです」


「そうか、それは助かる」と、太り気味の鈍重そうな男性が嬉しそうに言った。


その男性は軽トラから降りると、助手席側のドアを開けて俺を手招きした。


「さあ、藤野さん、こちらからどうぞ」


「は、はい。・・・お邪魔します」と言って助手席に乗り込む。初対面の人だけど、大丈夫だよね?相良さんにつれて来られたから、一応信頼はするけど。


その中年男性は相良さんにお礼を言うと、運転席に乗り込んでエンジンをかけた。


「急にすまないね、藤野さん。僕の名は中林大作。見ての通り埼玉県にあるさきたま動物園の園長なんだ」軽トラを発車させながら中林園長が言った。


「そうですか。私は藤野美知子です。秋花しゅうか女子短大の二年生です。・・・その、私のことはどうして知られたのですか?」


「東京の知り合いの会社経営者から聞いたんだ。先見の明があって、しかも謎解きをしてくれる稀代の女性だと」


例によってどこまで噂が広まっているんだと思いつつ、「お役に立てるか自信はありませんが、これから動物園に向かわれるのですか?どこにあるのですか?」と聞いた。


「埼玉県中部の郊外にあるんだ。二十年前に父が作った施設なんだけど、市の支援を受けている半官半民の動物園なんだ。この車で片道二時間かかるけど、帰りも送って行くのでご心配なく」


「はあ・・・」帰宅するのが何時になるのか、心配だらけだ。


「私をわざわざ迎えに来られたのは、何かご相談があるからなんですか?」


「実はそうなんだ。うちの動物園は十年前までは年間五十万人以上が訪れる人気の施設だった。近くにほかの動物園がないからね。しかしその後は徐々に来園者が減り、市の支援がなければ赤字になるほどなんだ。このまま来園者が減り続ければ、市の支援も打ち切られるかもしれない。だから、そうなる前に何か打つ手がないか、相談したいんだ」


地方の零細動物園の経営か。打つ手があるのかな?俺がそう思っていると、中林園長があわてて話し出した。


「もちろん、いいアイデアにはお礼を出すし、うちに就職してくれるのなら副園長待遇で迎えるよ」


「職員さんは何人おられるのですか?」


「事務員がひとり、動物の飼育員が五人いるよ。獣医さんは近所からときどき来てもらっているんだ」


「みなさんの年齢は?」


「二十代の飼育員がひとり、これは息子だ。事務員は五十歳で、僕の女房だ。他の飼育員は四十代から五十代だな」


「みなさん私より年上ですね。その中に副園長待遇で入るわけには・・・」


「その点は大丈夫。息子の嫁候補とでもごまかしておけば、誰も文句は言わないよ」


「そ、そういうわけには・・・。それより、園長さんの動物園にはどのような動物が飼育されているのですか?」と俺は話題を変えた。


「一番の目玉はサル山のニホンザルだな。二十五頭ほど飼育していて、来園者に最も人気がある動物だ」


ニホンザルか。国内のほとんどの動物園で飼育してそうだな。


「ほかには?」


「イノシシが二頭。つがいで、最近うり坊が四頭生まれたんだ。かわいいぞ。ちなみにうり坊とはイノシシの子どものことだ」


「確かに可愛いでしょうね。ほかには?」


「こどもふれあい動物園というコーナーがあり、そこでハムスターに直に触れるようになっている。ここも親子連れには人気だぞ」


「なるほど。ほかには?」


「ヤギが二頭。展示用というよりは、園内の雑草を食べさせるために飼っている」


「・・・ほかには?」


「園内にはハトやスズメがたくさんいる。飼育しているわけではないが・・・」


「ゾウやキリンはいないのですか?」


「そんな大きな動物は高くて輸入できない」と中林園長。


「ライオンとかトラとかは?」


「右に同じ」


思ったより地味な動物園だった。パンダやコアラでも飼えれば日本中に知れ渡るだろうが、どちらもまだ日本には入っていない。


「生きた動物以外にもうひとつ目玉があるんだ」と中林園長が思い出したように言った。


「なんでしょうか?」


「動物妖怪展示館という小屋があって、中に妖怪として知られる動物たちが展示されているんだ。・・・展示されているのは絵と解説文だけだけど」


「それはちょっと興味ありますね。何が展示してありますか?」自称はしていないけど、妖怪ハンターと呼ばれているからね。


「まず、河童かっぱ。カワウソを見間違えたんじゃないかとの説があるな」


「ほかには?」


「キツネ、タヌキ、ムジナ。人を化かすことで有名だ」


「ほかには?」


ぬえ麒麟きりん四不像しふぞう。これで全部だ。ぬえとは、顔が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇の妖怪で、麒麟きりんはアフリカのキリンではなく、中国の伝説上の動物だよ。四不像しふぞうは角がシカ、首がラクダ、蹄がウシ、尾がロバに似ているという実在する動物で、妖怪ではないけどそれっぽい説明文を付けている」


「けっこう注目されそうな施設ですね」


「こんな動物園なんだが、どうすれば来園者を増やせると思う?」


「いくつかアイデアがあります」と俺は考えてから言った。


「ほんとうかい!?」と運転しながら俺を見る中林園長。安全運転を心がけてほしい。


「日本の動物園の多くは、檻の中に飼っている動物を檻の外から眺めるだけです。それだと夜行性の動物は昼間は寝ていますから、見てあまり面白くありません。もっと動きがあって、動物を身近に感じられる動物園にするべきです」


「なるほど。・・・具体的には?」


「まずニホンザルですが、日本の動物園ではニホンザルをたいていサル山に放していて、来園者が上から見下ろす形になっていますね。なぜでしょうか?」


「・・・それは、昭和の初め頃に上野動物園で初めてサルを飼ったときにサル山を作り、それが日本の動物園のスタンダードになったと聞いたことがある。そのサル山はサルが棲息している千葉の高宕山たかごやまの岩山を元にしたとか・・・」


「でも、野生のニホンザルは基本的に森の中に棲んでいますよね?不自然ですよ」


「・・・それもそうだな」


「ですからサル山の代わりに金網で囲まれた巨大な展示空間を作り、中央に葉の生い茂る大樹を置き、金網に沿ってニホンザルが自由に伝って移動できる木材を取り付けるのです。自由に動き回るサルは本来の姿に近いものですし、人間より高いところにいるので、サル自身のストレスも減ります」


「それは今までの動物園にない展示方法だな」と感銘を受けたような中林園長。


「金網に覆われていますから、インコや文鳥などの小鳥を中に放しておいてもいいかもしれません」


「なるほど」


「イノシシについては、園内にうり坊が一周できるコースを作っておいて、来園者のすぐそばを駆け抜けるのを見せるのはいかがでしょうか?もちろんそのコースは、両側に柵を付けて、うり坊が逃げてしまわないような工夫が必要です」


「うり坊が親離れしたら実現可能なアイデアだね」


「こどもふれあい動物園はそのままで、ヤギをつれた飼育員が園内を歩くとき、子どもたちにヤギの餌になる草を渡して食べさせるようにしても喜ばれるかも」


「それはすぐにもできそうだな」


「動物妖怪展示館はおもしろい施設だと思います。絵だけじゃなくて、等身大の模型をおけばより興味を持たれるでしょう。河童やキツネ、タヌキなどの展示に合わせて、園内で本物のカワウソやキツネやタヌキを飼育すると、展示と見比べることができるので、よりおもしろくなると思います」


「なるほど。・・・だがほとんどのアイデアを実現するには金がかかるな。特にニホンザルを飼育する空間を作るにはけっこう費用がかかるだろう。今のこの動物園ではそんな余裕はないんだが」


「そこは市にかけ合って、特別予算を出してもらうのです」


「いつ支援を打ち切られるかわからない状況なのに、そうおいそれと余分な予算など出してはくれないだろう・・・」


「確かにアイデアだけで予算を付けてくれるのかは微妙なところでしょう。しかし来園者が増えているというデータを示せば、理解を得られやすくなります」


「いや、何を言ってるんだ?来園者が減ってきているから、どうしたらいいか、アイデアを聞いてるんだ。しかし、ヤギを除けば金がかかるアイデアばかりだ。ヤギだけで来園者はそんなに増えないだろう?」


「そこで、もうひとつ、お金がかからない工夫をするのです」


「金がかからない工夫?それを最初に言ってくれ。・・・で、どうするんだい?」


「飼育員の方たちが自分が担当している動物の近くで、メガホンを持ってその動物の生態などを詳しく、同時におもしろおかしく解説するのです」


「例えば、どんな風に?」と聞き返す中林園長。


「私は専門家でないので、正確かどうかわからない聞きかじった話をしますが、ニホンザルの群れは中心にボスザルがいて、その周囲にメスザルと子どもザルがいて、一番外側にオスザルがいるという分布で、ボスザルの前では順位が低いサルが餌を食べることができず、もちろんメスザルと若いオスザルが交尾をすることも許されないと聞きます」


「それで?」


「この社会構造だとオスのボスザルがハーレムを作っていて、メスザルを独占しているように思えますが、実際は子どもザルのすべてがボスザルの子どもではなく、若いオスザルの子どももけっこう混じっているそうです」


「それはおもしろいね。ボスザルの目の届かないところで、メスザルと若いオスザルが交尾しているってわけか。・・・ちょっと子どもの来園者の前では話しにくい内容だけど」


「そ、そうですね」


「ちなみにボスザルと言われているけど、実際は群れを率いるリーダーではあるものの、人間社会のボスのように下の者に命令することはなさそうだね。餌やメスは力づくで奪うんだけどね」


「そうなんですね」


「ほかにも何かあるのかい?」


「イノシシは漢字でけものへんに者とかきますが、この猪という漢字は中国ではイノシシではなくブタを指すそうです。三蔵法師が天竺へお経を取りにいく西遊記、近年では手塚治虫原作のテレビマンガ『悟空の大冒険』に出てくる猪八戒ちょはっかいの『ちょ』という漢字は、日本ではイノシシを指しますが、中国ではブタなので、猪八戒ちょはっかいはブタの妖怪なのです」


「なるほど!動物妖怪展示館に猪八戒も加えようか!」


「ちなみに三蔵法師の従者はほかに孫悟空と沙悟浄さごじょうがいますが、孫悟空はアカゲザルがモデルで、ニホンザルによく似ているサルです。沙悟浄さごじょうは川に棲む妖怪のようで、河童の親戚かもしれません。ちなみに三蔵法師が乗る馬は龍の化身です」


「三蔵法師は何の妖怪なんだい?」


「三蔵法師は実在した玄奘げんじょう法師のことです。唐の時代にインドからたくさんのお経を持って帰った偉人で、唐の太宗皇帝から『三蔵法師』の称号をもらったのです。玄奘法師の偉業を元に西遊記という物語が作られたのですよ」


「なかなかためになる話だったね。解説の参考になるよ」と中林園長は言った。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

丹下佳奈たんげかな 秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。美知子の友人。

嶋田芽以しまだめい 秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。美知子の友人。

相良須美子さがらすみこ 秋花しゅうか女子大学就職指導部の事務員。

中林大作なかばやしだいさく さきたま動物園の園長。


テレビマンガ情報


フジテレビ系列/悟空の大冒険(1967年1月7日〜9月30日放映)


書誌情報


手塚治虫/ぼくの孫悟空(秋田書店、全3巻、1953年〜1957年初版)

呉承恩/西遊記(岩波少年文庫、1955年2月20日〜6月25日初版)

呉承恩/邱永漢 西遊記(中央公論社、1959〜1963年初版)

呉承恩/西遊記(平凡社中国古典文学全集13・14、1960年初版)

呉承恩/西遊記(平凡社版完訳四大奇書、1963年1月25日初版)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ