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十二話 毛武電鉄本社を訪問

その後も生活指導部に時々寄って就職情報誌を調べていたら、ある日相良さんに声をかけられた。


「藤野さん、ちょうど良かったわ。毛武電鉄という鉄道会社から会社訪問をしないかというお誘いの電話があったの」


「え?わざわざ私をご指名ですか?」と驚いて聞き返した。


「ええ。どうやらあなたは一部の企業で有名になっているみたいね。いろいろ話を聞きたいそうよ」


「それって、就職活動のための会社訪問なんでしょうか?」


今までの経緯を考えると、企業の経営の助言を求められたり、不可思議な謎の解明を求められたりするだけで、俺自身の就職には結びつかない気がしてならない。


「そうねえ。・・・でも、会ってみた方がいいと思うわよ。いい方向に動くかもしれないからね」


「わかりました。それでは先方への訪問日時を聞いてもらえますか?」と俺は相良さんに頼んだ。


相良さんはなぜかおもしろがっているようで、喜々として先方に電話をかけてくれた。その結果、明日の午後三時に訪問することになった。


ちなみに毛武電鉄とは北関東から神奈川県までを網羅する大手私鉄で、渋沢栄一氏が明治32年(1899年)に興した鉄道会社らしい。


・・・渋沢栄一って誰だろう?あまり聞いたことがない名前だった。


都内にある会社の場所を調べ、電車に乗り、ターミナル駅で毛武電車に乗り換えて本社前にたどり着く。築年数はかなりあるようだが、鉄筋コンクリート製のなかなか大きなビルだった。


会社の正門から入り、受付嬢に面会の約束があると告げると、すぐに初老の男性がエレベーターで降りて来た。


「あなたが藤野さん?」と聞かれる。


「はい、秋花しゅうか女子短大二年生の藤野美知子です」


「わざわざ来てもらってありがとう。僕は人事部長の梅田です。これから面談をするから、ついて来てもらえるかな?」


「わかりました」


俺はそう答えて梅田さんと一緒にエレベーターに乗った。


エレベーターは最上階で停まり、絨毯が敷かれた廊下を歩いて会議室に案内された。会議室の中には既に初老の男性が三人、長テーブルの向こうに置かれた椅子に座っていた。


「社長、藤野さんをお連れしました」と言う梅田さん。


「ごくろう。・・・さあ、藤野さん、椅子にかけたまえ」と社長に着席を勧められた。


秋花しゅうか女子短大二年生の藤野美知子です。本日はよろしくお願いします」と立ったまま頭を下げ、持参して来た履歴書を梅田さんに渡すと、指示されたように着席した。


梅田さんも三人の男性の横に座った。


「藤野さん、こちらの三人を紹介するよ。まず中央に座っておられるのが社長の桜田です」


「よろしくお願いします」と俺は座ったまま頭を下げた。


「そして君から向かって左側に座っているのが営業部長の松木です」


「よろしくお願いします」


「右側が財務部長の桐田です」


「よろしくお願いします」社長が同席するのも例外的だが、これまでの経緯からそれはありと考えよう。しかし営業部長や財務部長までが同席しているのはなぜなんだろう?・・・俺は頭が混乱してきた。


「まず、藤野さんに自己紹介と職種の希望を話してもらおうかな?」と俺に聞く梅田さん。


「はい、私は秋花しゅうか女子短大の英文学科に在籍している短大生で、課外活動として英語研究会に所属しており、通訳のようには英会話はできませんが、英語の手紙を書いたり翻訳することができます。もちろん日本語の書状も一通り書くことができます。私は秘書を志望しておりまして、社長さんや部長さんのいろいろなお仕事のお手伝いができると自負しています」


「英語研究会ではどんな活動をしているの?」とさらに聞く梅田さん。ほかの三人は一言も発さずに俺の方を凝視していた。


「大きな活動としては、まずひとつは夏休みに横浜に行って外国人に話しかけることをしました。本場の英語を聞き、応答することで英会話の修練になります。もうひとつは大学祭で英語劇を行うことです。去年は一年生でしたので端役でしたが舞台度胸がつきました。この二つの活動以外は学生どうしで普通に交流しているだけです」


「君には座右の銘があるのかな?あるのなら英語で言ってもらえるかい?」


「はい。・・・ホエアゼアイズアウィル,ゼアイズアウェイです」


「どういう意味かな?」


「直訳すると意志のあるところに道は開ける、つまり為せば成るという意味です」座右の銘など考えたこともなかったが、昭和的な根性論に近い言葉を覚えていたのでそれを答えた。


「なかなかいいね。・・・ところで君には先見の明があると聞いたけど」


「ど、どなたに聞かれたのですか?」


「取引のある会社の人事部の人だよ。それに出版関係の知人からも聞いたかな?」


「そうですか。・・・でも、何でもわかるというわけではありませんが」


「とにかく君の意見を聞かせてくれないか?」と、突然社長が口を開いたのでびっくりした。


「はい。・・・どういうことをお聞きでしょうか?」


「我が毛武電鉄の路線はとても長く、人口密集地を通る路線は毎年黒字が続いている」


「そうでしょうね」


「だが、あまりにも路線を張り巡り過ぎて、一部の支線では赤字になりつつある。これをどうしたらいいと思う?」


「具体的には、どのような地域を走っている路線なのでしょうか?」


「北関東の田畑の真ん中を通っている電車だ。戦前戦中は終着駅近くに大きな軍需工場があって、工員や貨物の輸送のために作られた路線だ。しかし戦後工場はなくなり、沿線の周辺住民が利用するだけの路線になった。今はまだぎりぎり赤字にならないでいるが、自動車の普及と人口流出でいずれ赤字路線になるのではないかと危惧している。どうしたらいいと思う?」


いきなり大きな問題を質問してきた。


「沿線に温泉や観光地はありませんか?」


「まったくない。田んぼと畑と森林しかない」


「対策としてはいくつか考えられます」と俺が言うと、テーブルの向こう側に座っている四人が身を乗り出してきた。


「ひとつは御社が率先して観光地にすることです。終着駅の近くに遊園地や劇場を建設して観光客を集める方策です。温泉がないのが難しいところですが」


「宝塚ファミリーランドや常磐ハワイアンセンターのようなものをか?」と桐田財務部長が聞いてきた。


「はい、そうです」


「集客の見込みがないと高い建設費は出せないな」と渋る桐田財務部長。


「大きな施設でなくても、広い花畑とか桜並木などを作っても観光客が集まるでしょう」


「なるほど」


「二つ目は観光電車を走らせることです。観光地がなければ、電車自体を観光の目的にするのです」


「観光電車?何だそりゃ?」と聞き返す松木営業部長。


「例えば座席を取り外して畳を敷いたお座敷列車とか。料理とお酒をふるまうのです。あるいはお酒以外にはおつまみ程度のものしか出さない居酒屋電車というのも考えられます」


「電車に乗りながら飲み食いするわけか。お座敷なら芸者も乗り込ませるか」と社長が言ったが、俺は聞こえないふりをした。


「和式客車は聞いたことがあるが、乗り心地が悪いそうだ。しかし振動が気にならない速度で運行し、さらに飲食させれば、屋形船のように人気が出るかも」と梅田人事部長が言った。


「支線を往復するのに二時間くらいかければちょうどいいな。電車が出発すれば逃げられないから、その間にじゃんじゃん飲ませられる」と松木営業部長。


「電車の改造にはそんなに金はかからなそうだ」と桐田財務部長。「保健所と運輸省の許可がいるかな?」


「飲食が主目的だし、おそらく夜間に開催するので、観光施設は必要ありませんが、先に沿線に花畑や桜並木を作っておいて、かがり火で照らすようにすれば、酔客の目の保養にもなるでしょう」


「花見列車か、おもしろい!」と、宴会が好きそうな社長が言った。


「ほかには何かアイデアがあるか?」


「そうですね。沿線に宅地を開発して、つまりニュータウンを作って、人口を増やすという手もあります。そして支線だけでなく本線に電車を乗り入れさせて、都心まで直通運転させると、住民は喜んで転居してくるでしょう」


人が移住して来なければ廃村みたいになる危険もあるが、俺は口には出さなかった。


「町がなければ町を作れか。それもひとつのアイデアだな。ほかには何かあるか?」


「いえ、観光地化や宅地化をしても乗客が伸びないようでしたら、最終手段として『この支線を廃止し、代わりに路線バスを走らせる』と、地元住民および自治体に宣言するんです」


「そんなことを言ったら、当然地元住民から反発を喰らうだろう。従事している職員も反対し、労働組合とも折衝しなければならなくなる」


「そうですね。そこで地元自治体にこの路線を共同で運営しないかと持ちかけるのです」


「共同で?どういうことだ?」


「御社は収益が得られないため廃線にせざるを得ない。しかし地元住民にとっては大事な足でしょう。ならば自治体が地元住民のために税金を使うべきだと主張するのです。現在日本にある鉄道会社は国鉄や公営鉄道などの官営会社と、私鉄の民営会社の二つに分けられますが、第三の選択肢として支線を御社の直営から外し、新たに半官半民の鉄道会社を作るのです」


「共同で運営すると言ってもどうするんだ?地方自治体に電車は動かせないだろう」


「そうです。当然電車を走らせるのは御社からの出向職員です。電車の運営は御社で行い、路線の保全は地方自治体に任せるのです。これで赤字は補填できますし、地元住民の足は確保できます」


「自治体に税金を使わせるのか?」と桐田財務部長が聞いた。


「そうです。自治体は地元住民のために税金を使うのですから、どこからも文句は出ません。観光電車かも平行して行えば、少なくとも数十年は路線を継続できるでしょう。・・・その後はわかりませんが」


「なるほど。・・・いろいろな根回しや運輸省への確認など、することは多々あるが、赤字路線化する前からこの計画を進めていけば、我が社の損失は最低限に抑えられるかも」と桐田財務部長が言ってうなずいた。


「地元への説明は営業部の仕事かな?」と社長が言ってにやりと笑った。


「もうひとつ問題がある」と松木営業部長が言った。


「都市部の電車は朝晩ラッシュ状態で大変なんだが、最近痴漢の被害を訴える女性が多くて、頭を抱えているんだ。あまりにも被害が多いと、『痴漢電車』などと不名誉なレッテルを貼られかねない。ぎゅうぎゅう詰めだから警備員を同乗させても身動きとれない。女性の立場としてどうしたらいいと思う」


「朝のラッシュ時には、運行する列車の一車両を女性専用車両にすればいいと思います。女性と子どもしか乗れないことにするのです」


「それは今でもあるぞ。国鉄の中央線では上り列車に婦人子供専用車を設けている。・・・下りではとうに廃止されたが」と松木営業部長が言った。


「それを復活させるのです。これからは働く女性が今まで以上に増えますから、こういう車両の導入が必須になるでしょう」


「追いやられた男の乗客からクレームが出そうだな」と心配顔の社長。


「そうですね。『男性専用車両も作れ』とか『女性専用車両以外に乗る女性には痴漢し放題か?』などという困った意見も出るでしょうが、女性を守る鉄道会社としてアピールできるいい機会になると思います」


腕を組んで考え込む社長と営業部長と財務部長。


「いかがでしたかな、社長?貴重な意見を聞けたと思いますが」と梅田人事部長が三人に聞いた。


「ああ、おもしろい娘だ。秘書じゃなく相談役として雇うのもいいかもな」と社長が言った。


「そんなに次から次へとアイデアは出せませんから、普段は秘書として働かせていただくのがいいと思いますが」と俺は牽制した。


「ところで君は不可思議な謎を解いてもくれるそうだな?」と社長が聞いてきた。


「それこそ、何でもわかるというわけではありませんが、怪奇現象っぽく思われたのが実は何でもなかったと説明したことはあります」


「過去の手柄の中から一例を聞かせてくれないか?」と梅田さんに聞かれたので、俺は酒を飲んで帰る途中でのっぺらぼうに出会った男性がいたという話を紹介した(「五十年前のJKアフターストーリーズ」四十七話参照)。


飲んで帰ることが多いのか、四人は神妙な面持ちで聞いていた。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科二年生。

相良須美子さがらすみこ 秋花しゅうか女子大学就職指導部の事務員。

梅田三郎うめださぶろう 毛武電鉄の人事部長。

桜田敏郎さくらだとしお 毛武電鉄の取締役社長。

松木 仁(まつきひとし) 毛武電鉄の営業部長。

桐田昭夫きりたあきお 毛武電鉄の財務部長。


大型レジャー施設情報


箕面有馬電気軌道(阪急電鉄)/宝塚新温泉(1960年より宝塚ファミリーランド)(1911年5月1日開園)

常磐炭礦(常磐興産)/常磐ハワイアンセンター(1990年よりスパリゾートハワイアンズ)(1966年1月15日開園)


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