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喉の詰まり

 図書室には佐藤と俺だけが取り残されていた。初めの2回は泣いてしまって直ぐに消えてしまっていたが、呼び出されるのも3回目となると、慣れてきたようだ。最も、2回目の時はただのあくびだったが……。


 少し気まずい空気が図書室に流れる。元々俺は会話が得意ではない。いつもは明るい渡辺がいるから成り立っていたものの、今回のようなケースはどうにもならない。


 なにか話題はないかと考えていると、彼女に聞いてみたかったことを思い出した。それは純太にとってとても大切な質問だった。


「あの!佐藤さん。」


 佐藤さんはいきなり話しかけられたことにビクッと驚いたあと、


「はい、なんでしょう?」


 と、こちらを振り向き、いつもの丁寧な言葉使いで聞き返した。


「あの、あなたにとってその、清さんはとても大切だったんですよね?」


「はい。私にとって何よりも大切な人です。」


 大切だった、ではなく、大切な人...か。確かに、その言い方が1番いいのかもしれない。


「清さんに...自分が死んだあとも、ずっと自分のこと思っていて欲しいって、思っていますか?」


 佐藤は少し考えた素振りを見せたあと笑いながら言った。


「私は...私はあの人には出来れば私のことは忘れて欲しいです。時々、本当に時々少し思い出してくれればそれで...それに、付き合っていたとかそういう訳では無いので、」


 ありふれた、誰でもいいそうな答えだ。皆心の底ではそんなことは思っていない。こういうセリフはその人の偽善から来る、いい子ぶった模範解答だ。しかし、佐藤の言葉からは偽善なんて感じられず、本心でそれを言ったのだということがわかった。

 それを聞いた時、なにか詰まっていたものが取れた気がした。それは俺がずっと望んでいた答えだった。彼女からの言葉ではなく、佐藤さんの言葉だ。だが、それでもよかった。ただ前を向く口実が欲しかっただけだったのだから。

 その解答に、救いを感じた。


「あの...どうして泣いているんですか?」


「え?」


「大丈夫ですか?」


 涙を流したのなんていつぶりだろうか、


「ああ、うん。大丈夫...ありがとう。本当に、ありがとう。」


 佐藤はいきなり泣き出した純太に困惑しているはずなのに、何も言わずただそこにいてくれた。

 それからは一言も発することなく純太は仕事を終わらせた。


「俺はこれで帰るよ。佐藤さんは...時間まで一人?」


「いえ、あくびをすると涙が出ますが、口を大きく開けるだけでも涙って出るんですよ。」


 俺は大きく口を開けてみた。


「ほんとだ。」


 少し目が潤んだ。


「それじゃあ、俺はこれで。」


「はい。また今度。」


 心境の変化があった。とても大きな変化が...過去を忘れることはしないが、過去には生きない。そうしてほしいと、言ってくれたから...それを言ったのが、自分を縛っていた過去じゃなくても、それでも良かった。


「なあ純太、今日みんなでカラオケに行くんだけど、お前も来るか?」


 次の日の昼休み、いつものように晃大がさそって来た。

 だがいつもどうりでは無いことがひとつ、それは純太の返事だった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


「ということで俺は今日行けないから……」


 渡辺さんに今日の放課後は遊びに行く旨を伝えた。


「そう、まあいいよ、じゃあ今日はおやすみね。」


 なんとなく、渡辺さんの表情が悲しげだったきがした。


 その日の放課後、久しぶりに遊ぶのは楽しかった。失ったものを取り戻した気がして、失ったものを忘れただけな気がして、それでも、何も考えずにいられた。いつも誘いを断っていたから、晃大以外のメンバーからは煙たがられると思っていたが、そうでもなかった。みんな普通に純太を受け入れた。

 今までの自分の態度が悪かったのは確かだ。それを全部帳消しにされたようで少し気持ち悪かったが、そのおかげで悪くない時間を過ごすことが出来た。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 気がついたことがある。渡辺はよく見たら、あまり友達がいないということだ。前までは関わりが全くなかったから何となく人に囲まれているな。くらいにしか思っていなかったが、あらためて見てみると渡辺の周りにいるのは何やら下心が隠しきれていない男子だけである。

 今日も、


「渡辺さん。良かったら映画でも見に行かない?」など「渡辺さん!良かったらこの後遊ばない?」などなど、渡辺の周りにいる男子はそんなことしか言わない。

 それに対し渡辺はと言うと、


「興味無い。」


 の一点張りである。あんな氷のような目を向けられるのが自分だったら泣いてしまう。それでも男子たちは粘りずよくまとわりついているようだ。

 女子たちはと言うと、そんな渡辺が気に入らないのか、誰も渡辺に話しかけようとはしていなかった。

 クラスの人気者、というのはある意味ではそうだが、間違いだったのかもしれない。

 自分は渡辺さんに友達と思って貰えてるだろうか?純太はほんの少しだけモヤモヤしたものを感じた


 図書室に向かう途中で渡辺がこちらに気づき、笑顔で駆け寄ってきた。


「よっす!今日は来れるよね?」


 しかしまあ、その嬉しそうな笑顔にモヤモヤしたものはすぐに取り除かれてしまった。本当に、単純なものだ。自分に呆れて、純太は1人ため息をついた。





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