勘違い
先輩がどこかえへ行ったあと、渡辺もきょうは用事があるらしく、先に帰った。
図書館には俺とまなが残された。
「いい人たちだね。」
「そうだな、」
「なんだか、安心したよ。」
「なんでさ。」
「……私が居なくてもちゃんとやって行けてるんだなって思って。」
「…………」
そんな事ない。まながいないのは、嫌だ。俺には耐えられない。ずっと傍にいて欲しい。まななしではやっていけるわけがない。
そんな事を思ったが、声には出なかった。
「俺さ、まなが居なくなってさ、どうしようもないくらい辛かった。」
「……………うん、」
「大袈裟じゃなく、この世の全てがどうでも良くなったんだ。」
「うん、」
お前のことが本当に好きだったから。
「あと、申し訳ないとも、思ってた。俺を庇ったせいでこんなことになって、、、それなのに俺は今ものうのうと普通に生きてる。それが許せなかったんだよ。」
いつもは明るいまなだが、真面目な話をする時は、いつだって真剣に話を聞いてくれた。
「あのさ、私がなんでじゅんたを命懸けで庇ったと思う?」
「……わからない」
「私ね、じゅんたに死んで欲しくなかったんだよ。ただそれだけ。簡単でしょ?じゅんたに生きていて欲しかったんだよ。だからさ、のうのうと普通に生きてるっていうのは、私の望み通りってわけ。それに、いつまでもウジウジしてる所、じゅんたの悪いところだがらね。ちゃんと直してね。」
最初は強気だったまなの声が、だんだんと震えてきた。俺は黙ってまなの言葉を聞く、忘れないように、一つ一つ丁寧に。一言も聴き逃しがないように、この声を一生忘れないように。
まなが出てきてくれるのは残り何回なのだろうか。俺がこれから生きるであろう時間と比べると、相当少ないだろうということだけがはっきりとわかる。
「あとさ、もっと笑うようにしなよ。せっかくカッコイイんだから。」
「それとさ、じゅんたって凄く鈍感だと思うの。鈍感すぎてほんと、何度殴ってやろうかと思ったことか、」
「それと、それとね、じゅんた優しいから、悪い人に騙されないように気をつけてね。」
「あとさ、ずっと一人だった私に話しかけてくれて、ありがとうね。」
「世界を明るくしてくれてありがとうね。」
「私を、幼なじみにしてくれて、ありがとう。」
「それと、えっと……えっと」
俺は人生でほんの数回しか、まなが泣いているところを見た事が無かった。こんなにずっと一緒にいたのに、先生に怒られても、上級生にいじめられても、どんな時だって、泣いたりせず、最後は問題を全てどうにかしてしまって、いつもの太陽のような笑顔で俺に笑いかけてくれた。
……だから俺は、まなが我慢強いなんて、馬鹿な勘違いをしていたんだ。
目を見開き、まなの目から流れ出る涙を見た。
「わ、わたし、ずっと……ずっとじゅんたといっしょがよかったよぉ、」
「しにたく、なかったなぁ」
久しぶりに見る彼女の涙は一滴一滴が、俺の心を締め付けるようだった。
こんな時、彼女に何をしてあげられるだろうか?何か言えば良いのか、思考を巡らせても、気の利いた言葉なんて出てこない。こんな自分でも、目の前で泣いている好きな子に、できることを考えた。
「はは、泣かないようにしようって、思ってたんだけどなぁ、」
だってじゅんたは明るくて元気な子が好きだから。泣いている女の子はタイプじゃないだろう。
視界が潤む。止めようといくら思っても、涙は出てきてしまった。
そんな時、いきなり私の視界からじゅんたが消えた。そして、気づけばじゅんたに抱きしめられていた。
「…………じゅんた?」
自分の涙が止まっていることに気づいた。
本当に、ズルいな、じゅんたはズルすぎるよ。こんなことされて、好きにならない人なんているわけない。ましてや、私はずっとずっとじゅんたが好きだったのだから。
私もじゅんたのことを強く抱き締めた。離れないように、自分が出来る限り、強く。
「…あのさ、俺、」
「なに?」
「実はずっと、ずっとまなのこと━━━━「待って」」
まなは俺の言葉を遮って言った。
「それは、まだ言わないで、今日は言わないで欲しい。でも、また今度、絶対にもう一度言って。絶対だよ?」
「わかったよ。」
「絶対ね、」
しばらくそうしていると、リミットである3時間が過ぎ、まなはその場から消えた。
時計の針は5時を指していた。




