記憶
「だ、だれ?」
初めに口を開いたのは純太ではなかった。さすがクラスの人気者である。こういう時物怖じせずしゃべることが出来ることに素直に感心した。まだ状況が掴めていない様子の彼女は、少し時間を置いて、落ち着いたのか答えてくれた。
「わ、私は……千代、佐藤千代です。」
彼女は何が何だかわからないといったような様子で、あたりをきょろきょろと見渡している。しかし、うちの高校の制服を着ているということはここの生徒なのだろうか?
そもそもいきなり光って目の前に現れたのはどういうことだろうか?
佐藤と名乗った彼女はおさげで静かな感じだが、とても整ったこと立ちをしていた。
まず、単純な疑問を投げかける。
「え、えっとあなたはいったい……どこから、」
そう言うと佐藤はどこかはっとしたような表情になった。
「どこからって、、あれ?ついさっきまで私…………私!私行かなくちゃ!」
急に大きな声を出したのと同時に出口のほうに向かって走り出した。タッタッタッタ、軽い足音が図書室に響く。
「ま、まって!」
こちらの制止も聞かず一目散に出口へ向かう。そうして扉へ手を伸ばす。もう少しで手が届く、その時。ピタッ、、動きがいきなり止まった。動かない、というより、うごけない。といった感じだった。
「なんで?なんで動かないのよ!私は、会わないと!」
そう言って振り返った佐藤の目には涙が浮かんでいた。その涙に吸い寄せられるように彼女の顔を見た。だが、瞬きをして目を開いたら、もう佐藤はその場所から消えていた。本当に、一瞬の出来事だった。
(何が何だか……という会うって誰にだ?)
純太がその場で呆然としていると、隣から声がする。
「え?え?、どういうこと?めっちゃ置いてけぼりなんですけど!」
すっかり彼女の存在を忘れていた。確か彼女が本を取ったと同時に光が出てきた。
落とした本の行方を探すために下を見渡す。すると彼女の足元に【月夜の君へ】という題名の本が落ちていた。
あれは一体なんだっんだろうか。まさに非日常といった感じで実感が湧かない。
だが、とてもワクワクしていた。なにか大きなきっかけを探していた。過去のことを一瞬でも忘れられるような大きな出来事を、これはそれになってくれるかもしれない。
非日常、それは今の自分にとっていい薬になるかもしれない。そんなことを直感で感じたからか、純太は勇気をだして声をかけた。
「ね、ねえ、あなたは。えっと…」
次の言葉を探していると、彼女の方から喋りだした。
「えっとたしか君は、同じクラスの…園田くん、だったかな?」
自分と違って向こうは名前を覚えていたらしい。名前を覚えていないなんて言い出しずらくなった。
「あれは、一体……なんなんだ?」
「私もわかんない。こう、パッといきなり光って、気づいたら目の前に女の子がいて……。」
彼女は手で考えているという動作をする。いちいち身振り手振りが多い人だ。
少し考えると、1つの可能性が挙げられた。朝見たニュースを思い出したのだ。そこには確か、最近増える霊事件。と書いてあったはずだ。
(となると、やっぱりあれは、、、)
ひとりで考えていると、いきなり耳元で「ねえ!」と声をかけられた。驚いてうわっ!と声を出す。そんな様子の純太が面白かったのか、
「ははははは!」
と、笑いだした。さすがに少しイラついて注意する。
「あのな!いきなり耳元で……」
そこまで言いかけて口を止める。楽しそうに笑っている彼女の顔を見た。それは、頭から離れない1人の女の子と重なる。そんな昔のことではないが、とても懐かしい気持ちになった。
(似てるな……)
そんなことを思った。
2人でテーブルを挟んで向かい側に座った。
「ねえ園田くん。あれってなんなんだと思う?」
「そうだな、俺の予想は…」
彼女は俺の次の言葉を待つように「うんうん!」といった。ハキハキとしていて、まさにコミュ力の塊といった感じだ。
「霊、なんじゃないかって思うんだ。」
「霊!?それって最近多いって言う?嘘!私霊なんて見たの初めて!」
「ま、まだ確証はないんだ!ただかもしれないってだけで、、、」
何故か彼女を前にするといつも以上に緊張する。それに、人と話していて苦じゃないのは久方ぶりだ。
調子が狂う。彼女と話しているとどうも昔に戻ったような感覚に陥る。人とちゃんと会話をしたのは久しぶりだ。でも、悪い気はしなかった。
それは、彼女がとても似ているからなんだろう。
そんなことを考えながらも俺は話の続きをする。
「な、なあ。ニュースで言ってたんだけど、霊の未練に関する条件が揃えばその霊が見えるようになるらしい。てことは、さ。あの子と君に何か関係があったんじゃないか?」
「うーん、そんな事言われてもな…あの子のこと私知らないし。」
「そうか……」
ここで会話は終わるかと思ったが、彼女は次の話題を出してくる。さすがクラスの人気者のトークスキルは伊達じゃない。
「って言うかさ、園田くんってこんな喋るんだ。もっと静かなのかと思ってたよ。」
それは自分でも自覚していた。やはりこの目の前の女子を前にするとどうも緊張する。
「なんかいつもはさ、1人教室の隅の方でぼけっとしてるよね。あんまり喋るところ見たこと無かったんだけど。」
「まあ、そうだな。」
そう、いつもならこんなに話が続かない。2年にあがり、話しかけたりしてきた奴らもいたが、適当にあいずちを打つことしかしなかった。決してコミュ障だからという訳では無い。どうせすぐいなくなるのなら、友達なんて作らない方がいい。そう思ったからだ。そうしているうちに純太によってくる人間は居なくなった。
「園田くんさ、実はこんなに喋れるんだね!本当はもっと友達が欲しかったりするのかな?ん?」
「い、いやそういう訳では…」
「強がんなよー、ほんとはクラスに馴染みたいのだろう?まずはその長すぎる前髪何とかしないとね。」
するといきなりこっちに手を伸ばしてきたと思うと、前髪を勝手にあげてきた。
「うわっ」
情けない声が口から出る。しかし純太の予想と違って、素顔を見た彼女は目を丸くしていた。
「園田くんってさ、思ったよりかっこいいじゃん!」
彼女の想像の中で俺の素顔はどれほどブサイクだったのだろうか?
「あ!でも褒めてもらったからって、勘違いしちゃダメだぞ?もしかして脈があるんじゃないかなんて思って告白とかしないように!」
「言われなくても、そんな事しないよ。」
こんなことを注意するということは、自意識過剰でない限り、彼女はよく告白されるのだろうか。
彼女には、こう思うのも納得できるほどの整った容姿があった。
「それはそれでなんだかなー。」
そこで2人同時に笑いだした。笑ったのなんていつぶりだろう?
「そんなことより、今は霊のことだろ。」
「ああそうだったね。」
一息置くと彼女は興奮気味に言った。
「ねえ!私たちで色々と調べてみない?」
「調べるって何をだ?」
「霊について!」
「なんで?」
「面白そうだから!」
なんて考え無しなのだろう。こういうことは先生に報告するべきなのだろう。しかし、彼女にどこか懐かしさを感じていた純太はこれを断りはしなかった。いや、断ることが出来なかった。
家で霊について調べて明日またここに集合し、色々試す。ということになった。
別れ際、ひとつ頼み事をした。
「あの、霊が出たなんて言ったら学校中大騒ぎになると思うんだ。そうして質問攻めになるのは嫌だから……その。」
「あー、わかった。このことは2人だけの秘密だね!」
「ああ、助かるよ。」
そう約束して校門を出ると、お互い反対の方向に歩き出した。しかし、彼女も帰宅部なのは意外だった。純太は色々と濃すぎた今日の一日を思い返しながら電車に揺られた。