プロローグ
時が戻れば、なんて何度考えたかわからない。そんなことを考えても時間は進み続けていった。だが、俺はまだあの時間、あの日々にとらわれているのだろう……。
夢を見た。懐かしい昔の思い出の。そこには俺がいて、そして君がいた。たぶん、一番の幸せがあった。僕は笑っていて、君も笑っていて、この幸せが永遠に続くのだと思った。
ピピピピ、ピピピピ 目覚ましの音はいつも現実へと引き戻してくる。春休みが終わり、学校が再開してから一週間がたっているが、休みボケした体は朝早く起きるのを拒んでくる。
大きく伸びをして重い体を無理やり起こすと、自分の部屋から出て階段を降り、リビングへ向かった。
キッチンでは母さんが朝食の準備をしていた。朝はあまり食欲が湧かない。食パンの匂いは純太の気分を少し憂鬱にした。
「あら、じゅんた。今日はいつもより早いのね。」
「今日は二度寝しなかったからね。」
そう言うと慣れた手つきでテレビをつけた。うちの朝は毎日ニュースをつけると決まっている。
テレビの画面には、【増加する霊現象】と出ていた。
「最近このニュース多いわよね。」
母さんは朝食をテーブルへと持ってきながらそう言った。
ニュースによると、霊とは未練を残して死んだ人の魂が稀にこの世にに残ってしまうと発生する。普通霊は見えたり、会話したりはできないが、霊の未練に関係する条件がそろえばそれができるようになる……らしい。
霊が発生するのは本当にごく稀なことだ。だから実物を見たことは無いしあまり知識もない。
「ごちそうさまでした。」
朝食を済ませると支度をし、家を出た。春も終盤にかかり、少し暑さを感じながらもいつもの道を歩く。
高校までは電車を一本乗り継いでいける距離だ。いつも通り遅刻ギリギリで校門をくぐり、自分の教室である2-1教室へ入る。するといきなり背後から声をかけられる。
「よお純太!」
話しかけてきたのは一年生の時に仲良くなった三島晃大。唯一の友達といえる人物である。スポーツが得意で、去年は1年生ながらバスケ部のスタメンに選ばれていた。彼だけは、なぜか俺にずっと話しかけてくる。
もう俺は前の俺とは違うというのに………。
「なあ、今度の休みどっか遊び行かないか?」
「いや…いい。」
「そ、そうか…」
多分気を使ってくれたのだろう。無理もない、あんなことがあったのだから。いつまでも変わることが出来ない自分に嫌気がさす。
でも、忘れることなんて、できないのだ。過去を忘れて前を向いて歩く。そんなことが出来れば苦労なんてしない。それが簡単にできてしまったこいつのことが少し苦手になっていた。
「まあ、気が向いたら言えよ、」
「ああ。」
今日も今日とていつもと変わらず授業を受け、図書委員の仕事をこなすために図書室へ向かう。
うちの学校では一年に一度は委員会に入らなくてはならない。そんなこんなで余った委員会である図書委員に入ったのだ。だが、とんだハズレくじを引いたらしい。委員会の人間みんなに雑務を押付けられ、放課後は、時々ひとりで本の整理をしている。
早速本の整理を始めが、すぐに面倒くさくなる。相変わらずこの図書室はかなり本の量が多い。黙々と仕事をしていると、図書室に誰かが入ってきた。目の前の本棚から目を逸らし、入口の方を見る。
あれは、確か同じクラスの…
明るい性格でクラスの人気者の女子、教室では目立っている存在だ。名前は、、、何だったか。
だが、だからといって親しい訳ではなく、純太が整理している本棚の前にやって来ると、一言も発さずに本の方へ手を伸ばす。
彼女の手がひとつの本へ触れた瞬間、パッと、いきなり強い光が2人を照らした。
「うわっ!」
2人ともほぼ同時に後ろに後ずさって、細めた目を開くと、そこにはさっきまでいなかったはずの知らない女の人が立っていた。
【月夜の君へ】床に落ちた本の表紙には、そう書いてあった。