第九章 伝説の掃討士組織
「…見つからないな。」
赤いローブ姿、片手には先端に五つの大きな宝石が付いた身の丈とほぼ同じ位の長い杖を持ち、革のブーツを履いている“ストレートロング”の金髪が美しい若い女は、歩きながら呟いた。すると隣を歩く男が、
「俺達では判らない様な仕掛けが有るのかもなぁ…。」
男は“片側刈り上げモヒカン”の黒髪で、細身では有るが筋肉質である。年も比較的若いはずだが、目の下の隈が目立つ。手には両手持ちの大剣、更にそれとは別に背中にもう一本大剣を背負い、金属製の胸当てと金属製の籠手を装備している。
「あり得るな…“異界の妖魔導師”と結託して得体の知れない術で隠しているってところか。アポレナ王妃!全く面倒な事ばかりしてくれるな。」
鎖の鎧と革製の兜、金属製の丸盾と金属棒の先端に無数の突起が有る殴打棍を手にしている中年男がドスの効いた声で吐き捨てる。
「その“アポレナ王妃陛下サマ”の邪魔をしているのが、アタイ等だけどね。」
“内巻きミディアム”の黒髪、女性用の体のラインがはっきり判る薄手革鎧、腰周りと足に工具入れとナイフを装備、頭には特徴的な民族模様の刺繍が施された幅広で厚い鉢巻をしている女が楽しそうに言った。
「それにしても流石はティボル卿、アポレナの配下の動向を常に探っているだけの事は有りますね。」
無数の矢を収めた矢筒を背負い、大弓を手にした男が通る声で感心した様に話した。背中まである長い茶髪は、“ワンレングスのストレート”である。
「化物共とさえ戦えればそれでいい。俺様が全部ぶっ殺してやるよ!」
金髪“ドレッド”が目立つその男は、如何にも調子に乗っていた。金属製の胸当てと右腕のみ籠手を身に付け、手の込んだ作りのレイピアを手にしている。この男女六人の一団もまた、この巨大な地下迷宮を探索していた。 字矢が管頭ドラゴンを倒す数十分前の事である。たが、字矢とは違い、初めてでは無い様だ。彼らが辿って来たルートは、字矢が辿って来たルートとは別である。大人が余裕で四人は並行して歩ける幅の所々に分岐の有る通路は、明らかに人工的に造られていた。壁、天井、床、全て同じ大きさに切り出された石で構成されている。更に左右の壁の上の方には一定間隔で此れもまた、形と大きさが全く同じ光る石が設置されていた。大弓の男は歩きながら人の顔位の大きさの布とも紙とも見える物の束を取り出した。それには今まで一団が迷宮内を探索した場所や通路の地図が手書きで書き込まれていた。その束を見ながら
「最下層に有るのでしょうか?最もこの迷宮、何処までが最下層か定かでは有りませんが…」
「いや、この迷宮に挑む賞金稼ぎや冒険者を喰うのが目的なら、あまりに下層過ぎても誰も来ないからそれは無いだろう。だからと言って地表近くの階層では流石に正規の騎士団や司法局の役人に気付かれるだろうし、難しい所だなぁ。」
赤いローブの女が答えた。
「最下層か…、やはり今の俺達ではまだ無理だな…。」
大剣の男が残念そうに呟く。
「もう少し探してから後でまたユルザに聞けばいい。此処じゃ“鏡“も使えねぇしなぁ。」
中年の男が焦る事は無いと言わんばかりに又、安心させるかの様に皆を諭した。中年の男の話しが終わるか終わらないか位の時に、薄手革鎧の女が通路の左側に鉄扉が有るのを見つけていた。女は既にその扉を調べている。扉に罠が仕掛けられては無い様だが、鍵が掛かっている上に、開く為の取手の類は取り外されていた。たが、そんな事は気にする様子も無く、薄手革鎧の女は赤いローブの女に向かって、
「怪しい扉の御出ましだよ!どうする?開けて見る?まあ、こんな簡単な所に“あれ”が有るとは思えないけどね。」
その問いに赤いローブの女が、
「勿論!探せる所は探しておこう。それにまだ今晩の酒代分すら稼いで無いし、何か金になる物でも手に入れないとなぁ。」
と、楽しそうに答えた。
「何が出るか…お楽しみだね。」
そう言いながら薄手革鎧の女は、工具入れから工具とジャンクパーツを取り出して、鉄扉を開ける為の工作を始めていた。程無くして、本来で有れば扉の取手が有るべき個所に可動式の取手が取り付けられた。鍵穴に細い専用の工具を入れて数回その工具を回すと、難無く解錠した。鉄扉の淵は錆び付いていたが、それも専用の工具で手際良く削り取られた。鉄扉は通路側に開く造りになっている。薄手革鎧の女が取手に手を掛けて鉄扉を引く形で開く体制をすると、他の五人もまた、周囲を警戒すると同時に鉄扉に向かって身構えた。
「いい、開けるよ!」
薄手革鎧の女は取手を回すと、腰を落して後ろに引きながら鉄扉を開けた。何かが飛び出て来る事は無かったが、部屋自体は暗く、中からは腐臭が漂って来た。一団が部屋に足を踏み入ると同時に、中年の男が懐から一冊の分厚い本を取り出した。その本は鈍く一瞬だけ光った。すると、一団全員の眼が瞬時に暗闇に慣れて周囲の状況が詳細に把握出来た。部屋はかなり広い。規則的に並んだ八本の太い柱で天井を支えている。そして、鉄扉の正面の壁が無い。その奥に岩肌の様な凸凹な壁が見える。この部屋自宅が高台になっているのか岩肌の下には空間が有る様だ。 一団は鉄扉に足を踏み入れる前から部屋の左側に何かの気配を感じていた。床には我楽多や布片、腐った肉片が散乱していた。一団の歩みが止まった。自らの意志で止まったのでは無い。部屋の床に張り巡らされた粘着物に足を取られて足が上がらなくなったのだ。
「やれやれ、此処も蜘蛛さん達のお家だった見たいだなぁ…。」
赤いローブの女──アイテム依存による地水火風雷などの攻撃魔法術、探索・転送・敵身体能力低下などの魔法術を体得した者=人間界の正魔導師、イルヴィニ・ポー・ジュベルは、焦る様子も無く呟いた。手にした『五元の杖』を目の前で翳すと、軽く目を閉じて頭の中で複雑な思考を瞬時に念じた。杖が強い光を一瞬だけ放つと同時に床に張り巡らされた粘着物=巨大な蜘蛛の巣にのみ引火して瞬時に焼き消した。勿論、一団は無傷である。象ぐらいの大きさは有る二体の巨大毒蜘蛛が一団に襲いかかる!部屋の左側に感じた気配の正体だ。
「右の奴を殺る!」
大剣の男──呪われた武具・装備品の、その悪影響を受けずに所持・使用する事が可能な技“抗怨術”を体得し、魔物退治や呪解を生業とする者=掃討士、ゲルキアン・ディケンズは、蜘蛛の巣の束縛から開放さると巨大毒蜘蛛に向かって突進していた。二体の内、向かって右側の毒蜘蛛である。手にした刃渡り約一メートル二十センチも有るその諸刃の大剣は『怨殺の大剣』と呼ばれる呪われた代物だ。この大剣の刃に切り付けられては勿論の事、それどころか得物越しに鍔迫り合いをしただけで相手の命を削る。更には、装備した者自身の生命力も徐々に削り取るのだ。たが、掃討士であるゲルキアンは敵に対する効果は変わらず、自分は悪影響を受けずに使い熟す事が可能である。まさしく掃討士の真骨頂、“呪いの力”=“負の力“を以て“邪”を討つ戦い方である。巨大毒蜘蛛は一番前の二本の足を振り翳して来たが、ゲルキアンは大剣でその二本の足を切断した。蜘蛛は毒の牙から毒液を放出する。だが、その先にゲルキアンの姿は無い。その直後、床からの衝撃が響く。巨大毒蜘蛛は薄汚い体液を垂らしながら床に腹を落して、進撃を止めたのだ。ゲルキアンの大剣が巨大毒蜘蛛の右側三本の足を切断すると同時に腹の辺りから尻までの右側を深く割いていた。この巨大毒蜘蛛、本来で有ればまだ暴れるはずで有るが既に絶命している。その上、干乾びかけていたのだ。大剣の呪いは確実に巨大毒蜘蛛の命を削り取っていた。一方、左側の巨大毒蜘蛛は、一団に襲いかかる途中で、何かにぶつかったかの如く強い衝撃と共に足を止めた。怒り狂っているのかその場で、身体と起こして前の四本の足を激しく動かしながら毒液を放出している。
「汚ねぇ毒吐きやがって…」
中年の男──アイテム依存よる回復・防御・鑑定・呪解・味方身体能力向上などの魔法術を体得し、魔物退治と人助けを修行とする者=修行僧、ドヌヴォ・マーコフが忌々しそうに呟く。ドヌヴォもまた、頭の中で複雑な何かを瞬時に念じる。すると、装備している『守護神の丸盾』が強く光っていた。先程、巨大毒蜘蛛がぶつかったのは、ドヌヴォの防御魔法によって現れた“障壁”であった。今もその“障壁”で放出されている毒液を防いでいる。イルヴィニが懐から取り出した分厚い本=『正魔導書・第三巻』を目の前に翳し、念じる。念じると言っても頭の中で相当複雑な事を瞬時に考え、かつ、術者として修業を積んだ者しか自覚する事が出来ない“魔力”を消費して初めて魔法は完成する。魔法の完成と同時にその本が強い光を放つ。すると、ドヌヴォが相手をしている左側の巨大毒蜘蛛の動きが鈍くなり、毒液を放出も止まった。
「よーし、麻痺させた。今だ!」
イルヴィニが叫ぶ!
「いいぞ、イルヴィニ!」
そう叫びながらドヌヴォが『僧兵の殴打棍』を振り翳し、巨大毒蜘蛛に殴りかかる。丸盾の光は消えている。既に防御魔法は解除されていて“障壁”は消えていた。毒蜘蛛は麻痺したとは言え、未だ身体を起こしていた。ドヌヴォの殴打棍は後ろ足の二本をそれぞれ一撃で砕き折った。
「反対側の足はアタイが潰したよ!」
薄手革鎧の女──戦場において各種罠の設置、敵が設置した罠の解除、偽装などの工作活動、各種鍵類の解錠の技能を体得した者=工作師、エホリマ・アンチカラは、両手に構えた二本の大型ナイフ=『イメル・シキテヘ』でドヌヴォが砕き折った足とは反対側の二本の足を続けざまに斬りつけて切断していた。後ろの四本の足を失った巨大毒蜘蛛は崩れる様に床に腹を叩き着けた。と同時に埃が舞う。その舞っていた埃が落ち着いた時には毒蜘蛛の六つの目にそれぞれ一本ずつ矢が突き刺さっていた。
「イルヴィニとドヌヴォには、ここぞと言う時の為に魔力を温存しておいて頂きませんと…。」
大弓の男──あらゆる種類の弓矢を使い熟す技を体得し、戦場においては弓矢を用いた策を実行する者=弓使い、シャル・フリューアーは、一度に三本の矢を同時に放っていた。それを瞬時に二度行ったのだ。神技である。後ろの羽根以外は全て鋼鉄で出来ているその六本の矢も魔力を帯びている為か、突き刺さった後に高温の熱を発していた。元々黒い巨大毒蜘蛛の眼玉が白く煮上がっている。シャルが手にする『風の大弓』もその魔力に依って矢の飛距離と速さが普通の大弓より優れている。それだけでは無く、手にする者の素早さも向上させる効果が有る。シャルが更に矢筒の中の三本の矢に手を掛けようとした時、
「おいおい、とどめを刺すのはこの俺様だぜ!」
レイピアの男──比較的軽量の刀剣を用いる剣術を体得した者=剣士、エズ・パーは今まで一番後ろにいたにも関わらず、半ば強引にエホリマとシャルを押し退けて巨大毒蜘蛛の真正面に躍り出た。
「エズ!! あんたね!!」
エホリマが怒りの声を発する。 エズはその声を聞く事無く構える。手にするレイピアの切っ先が巨大毒蜘蛛の顔面を十字に走った。すると、眼に突き刺さった六本の矢ごと頭が四つに分断され、薄汚い体液と共に床に崩れ落ちた。
「全く…矢まで切り刻まれては困りますよ。回収すれば使える物を。相変わらず気付かいと言う物を知らない人ですね。あなたは!」
呆れた様子のシャルが睨みながら言う。
「へっへっ、悪いい、悪いい、この『大天使のレイピア』が切れ味良過ぎてよぉ…、ついつい勢い付いちまうぜ…。」
そのレイピアは、かつて大天使が天界の戦で使用していたと言われる伝説の代物で、お宝としてもかなり高価な物である。フィストガード付で、刀身を含め精巧な造りの上に強力な魔力が込められている。その効果は、手にする者の生命力と筋力を高める。硬い身体や鋼鉄の鎧を身に着けた魔物でも簡単に貫き、切り刻む。中でも悪魔族に対して多大なダメージを与えるのである。
「大して金にはならないが無いよりはましか。」
そう言いながらゲルキアンは巨大毒蜘蛛の死骸から足の爪を切り落としては、回収していた。
「よーし、片付いたな。見渡す限り他に化物の類は居ねぇ様だ。」
一辺だけ壁の無い部屋ではあるが、それでもドヌヴォの声は大きく響いて皆に届いた。 その無い壁の向こうの様子を見ようとイルヴィニが歩き出した。
「この部屋が高台で、下に道が有る感じだな。多分けっこう広いだろうなぁ…。」
イルヴィニ達は迷宮内で以前にも似たような場所を何度も探索していたので、だいたい想像が付いていた。イルヴィニは無い壁の向こうを覗いた。一瞬、目を見開いて体を硬直させたが、直ぐに振り向いて、大声で叫んだ。
「ゲルキアン!こっちこい!早く!」
いきなり呼ばれて、怪訝な表情でイルヴィニの方に歩き出したゲルキアンが、
「全く、少しは女らしい喋り方できないのかアイツは…どうした、金塊でも見つけたか?」
ゲルキアンが傍まで来たのを確認したイルヴィニが興奮気味に、
「あっ、あれ見ろ!下で吸血八目竜と闘っている奴の武器、ユルザが見せてくれたのに似ているよな?」
下から怒り狂ったランプレイ・ドラゴンの鳴声と共に雷鳴の様な音が幾度と無く響いていた。イルヴィニが指差す方を見た時、ゲルキアンは自らの眼を疑った。
「!?有り得ねぇ…。」
この世界に生きる人間から見れば、ランプレイ・ドラゴンと闘っている人物の武器と身に着けている物は明らかに異質であった。たが、ラグザスタンの掃討士達と元々付き合いの有るゲルキアンにはその装備品が何を意味するかの知識は有った。ゲルキアンだけでは無い。そもそもイルヴィニが率いるこの一団は、今も尚、人知れず存在し続ける伝説の掃討士組織“ラグザスタン”と手を組んでいるのだ。
「元々、ラグザスタン所属の人間の掃討士はあの手の装備を使っていた。たがそれは、一万七千年以上も前の話だ。戦死や老衰でいなくなった。後を次ぐ者も無く、以後のラグザスタンは、人間の側に付く残された一部の上級吸血鬼と上級女吸血鬼、そして一部の超古代人だけになった訳だが…。」
「何とか人間の仲間を増やそうとしてアイツ等、お前が体得している”抗怨術”を編み出したんだよな。」
「あぁ、そうだ、あの手の装備は今から数万年前に人間界に存在した高度古代文明の物だ。俺達も含めて今の人間界の人々は複雑過ぎる高度文明を嫌い、自分たちの意志で捨てた者達の子孫だ。大半の人間は、大昔にそんな文明が有った事自体知らないからなぁ。あんな武器見せて、素性もわからない奴にラグザスタンの存在を知られる訳にはいかない。だからラグザスタンの連中は、あの”火を吹く黒い武器”の代わりに、人間が呪いの力を使い熟せる“抗怨術”を編み出した。この術を武術や剣術の道場・訓練施設にラグザスタンと悟られない様に“吸血鬼独自の魔法術”を用いて伝授した。そこで、素質の有る者が次々と体得して、今では呪いの力を使い熟して魔物退治を生業とする“掃討士”と言う職業が出来上がった訳だ。」
「ユルザの居るアジトに、人間の掃討士なんか居なかったよな。」
「掃討士の中でも、口の硬い、本当に信用出来ると目星を付けた奴にだけ、手を組む様にラグザスタンから接触する。俺も幸か不幸か、ティボルとシュイファが接触して来た。それで仲間になった。」
「そのお前が紹介してくれたお陰で、私等もラグザスタンと手を組む事が出来た訳だよなぁ。セグジファ魔導学院から“学院の恥であるアポレナの野望を何としても阻止せよ”とか言われて、特命を仰せつかった私にしたら渡りに船だよ〜。ゲルキアン恩に着るよ〜。」
先程まで興奮気味に話していたイルヴィニが、半泣き顔でゲルキアンの手を握りながら情け無い声で話した。その半泣き顔を再び、ランプレイ・ドラゴンと闘う例の男の方に向けたイルヴィニの表情が、元に戻った。
「あいつ、ランプレイ・ドラゴンを倒したぞ…。」
ゲルキアンが呟いた。高台より約三十メートル下の土岩の地面に自らの体液溜まりの中で、体中ボロボロのドラゴンが倒れていた。対する”火を吹く黒い武器”の男は、その武器を杖替わりにしたまま片膝を地面に着けて、肩で荒い呼吸をしていた。
「それじゃ、ラグザスタンの話の”おさらい”が終わった所で、あいつが何者か、本当に一万七千年前の亡霊か直接確かめに行こうじゃないか。自力じゃ無理だけど、“転送”の魔法を使えば下に降りられるからなぁ。」
懐から分厚い本を取り出しながら話すイルヴィニを、いつの間にか横に来ていたドヌヴォが慌てて止めた。
「バカ!何考えていやがる!止めとけイルヴィニ!そいつは得策じゃねぇ!あいつが本当にラグザスタンの生き残りだとしても、俺達の事を仲間だとは思わねぇよ。いきなり殺し合いになるのは目に見えている。此処はユルザや他のラグザスタンの連中に伝えるのが先だ!」
「確かに、ドヌヴォの言う通りですね。」
ゲルキアンの横に来ていたシャルが賛同した。
「…わかったわよ〜、イイ歳こいて熱くならないでよ〜。」
気まずそうな表情のイルヴィニが、本を懐に収めながらドヌヴォに向かって言った。
その時、イルヴィニ達の背後で扉が激しく開く音がした。更に爆音が鳴り響いた。その爆音はエホリマの”炎爆筒”の音だ。部屋の扉を警戒していたエホリマが叫ぶ。
「敵だぁー!」
イルヴィニ達が入って来た扉から見て右奥に有る二枚の両開きの大きな扉から化物の一団は現れた。 皆、既に得物を抜いて対峙している。
「食屍鬼、盗賊猿、闇騎士、ガーゴイル、…そして異界の妖魔導師!」
シャルが後方から敵の内訳を確認した。その先頭にいた二匹の身長二メートル前後、体は青銅色で筋肉隆々、腰周りに汚い布を身に着け、口の上下には牙、真赤な目をした人型=”食屍鬼”の内、一体はエホリマが投げつけた炎爆筒の直撃で既に絶命している。もう一体の食屍鬼の腹をエズのレイピアが割いた。腹綿の様な物が床に垂れ落ちる。それでも食屍鬼は倒れる事無く、先端が大きく不規則な球状の木の棍棒をエズの頭目掛けて振り下ろして来た。だが、エズの頭に到達する事は無かった。爆音と共に棍棒は砕けた。更にその破片は爆風と共に食屍鬼の顔面に全て突き刺さる!食屍鬼は断末魔の叫びを発しながらその場に倒れた。木の棍棒を粉砕したのは、シャルが放った先端に爆薬が仕込まれた矢であった。一瞬、何が起こったか理解出来ずに呆然としていたエズであったが、後方で再び爆薬付きの矢を手にしているシャルを見て事の顛末を理解したエズが、
「シャル!てめぇ!俺ごと吹っ飛ばす気か!」
「助けてやったと言うのに全く…。全て計算の上ですよ、あなたと違ってね。現に無傷でしょうが!」
と言い返しながらも、シャルは迫り来る二体の犬の様な頭に尖った耳、両足も犬の様であるが若干長い、両手は人の手同様であるが指には鋭い爪が有り、背中には蝙蝠の羽の様な物が生えている全身灰色の悪魔=”ガーゴイル”に対し、複数本の爆薬付きの矢を同時に放っていた。直撃を食らって怯むも、軽傷の二体のガーゴイル。怒り狂って再度、襲い来る!だが、次の瞬間、轟音と共に稲光に包まれた。不気味な叫び声を上げながらその場に膝を付く。ガーゴイルはこの二体を含めて全部で六体。その全てが。『五元の杖』を構えたイルヴィニの“雷撃”の魔法を食らっていた。
「おぉ!ガーゴイル、下端の悪魔!丁度いい、エズ、気遣い無用だ!自慢のレイピア、存分に振り回せ!」
イルヴィニの言葉に、
「言われなくてもそのつもりだぜ!」
エズは調子付いて答えながら、弱っている六体のガーゴイルの間を駆け抜ける。と同時に『大天使のレイピア』の切っ先が縦横無尽に舞う。エズが駆け抜けた後には小間切れとなったガーゴイル共の死体が異臭漂う体液と共に床に広がっていた。
全身真黒い甲冑と誰の目にも判る程ハッキリとした黒いオーラに身を包んだ殺戮のみが生き甲斐となってしまった騎士=”闇騎士”の剣とゲルキアンの大剣が、何度も激しくぶつかり合っていた。闇騎士は盾も持っていたが、既に『怨殺の大剣』に依って破壊されていた。とは言え闇騎士もかなりの手練の上に、手にする黒い剣も相当な業物、そう簡単には隙を見せない。ゲルキアンは決まり手の一撃を打ち込めずにいた。
「相変わらず手癖の悪いサルだね!」
エホリマは一体目の食屍鬼を始末した直後から人間より若干、小さく、目は血走り、上下に牙の生えた口からは涎が常に垂れ、言葉を話せる程では無いが道具を使う知能があり、木製の胸当ての様な物と腰のベルトに盗んだ物を入れる袋を括り付けている、置き引きのみならず、スリの能力も持つ猿=”盗賊猿”に目を付けていた。盗賊猿も二体いた。その内の一体は既にイルヴィニの“凍殺”の魔法で凍死していた。戦闘中の一団の持ち物を、今にもスリ盗ろうとしていたもう一体の盗賊猿は大型ナイフの気配を感じ一瞬で飛び退いた。身が軽く素早いこの猿にエホリマの大型ナイフ『イメル・シキテヘ』が掠りはするが当たらない。このエホリマが手にするナイフは、雷の魔力を帯びている為、掠っただけでも間違い無く雷撃が走る。だが、この猿には効かないようだ。エホリマは構わず盗賊猿を斬りつけ続けて、部屋の隅にまで追い詰めた。その時、盗賊猿が床面に張られたロープに足を引っ掛けた。途端、左右に積まれた我楽多の山の中から網の様な物が飛び出して来た。二つの網は盗賊猿の身体を完全に包み込んだ。イルヴィニ達がラグザスタンの話しをしていた時、エホリマは念の為、部屋の隅に罠を仕掛けて置いたのだ。
「今までアンタ等にかなり盗まれたからね…。恨みは深いよ!」
エホリマは身動きが取れずに藻掻いている盗賊猿に近付くと二本のナイフを交差させる形で網ごと盗賊猿の首を跳ねた。
不気味な赤い刺繍が施された黒いローブ、額には赤く光る宝石が嵌められたリング、片手には指揮者のタクトの様な杖を持ち、青い肌はまるで絵具の原液の様な濃さ、真っ赤な瞳・唇・髪の毛が一際目立つ、明らかに人間では無い人型=”異界の妖魔導師”も二体いる。イルヴィニの一団を倒す為の呪文を執拗に唱えていた。だが、その都度、ドヌヴォの術に依って阻止されていた。ドヌヴォが手にする分厚い本『修道全集・第十巻』が常に強い光を放っていた。
「クソっ、限がねぇ。奴らの魔法は俺達と違って“声に出した呪文“に依って起こるからなぁ…。周囲の音を完全に消しちまう“無音”の魔法を使いたい所だが、そうなると俺達の声も聞こえなくなっちまうかぁ…。にしても、この妖魔導師ども、まさか…。」
思わず口から独り言が出てしまったドヌヴォであったが、“障壁”や“相殺”、或いは一団全員の体調を瞬時に回復させる“全回復”の魔法を以て応戦、魔法を念じ続けていた。イルヴィニの一団は今までも何体もの”異界の妖魔導師”を倒してきた。たが、目の前にいる奴は今までの奴らとは違っていた。そもそも人間界とは別の異空間の住人である“異界の妖魔導師”達は人間界にいるだけでも徐々に体力が減退する。更に呪文を数回唱えただけで、生命力が激減してしまう。故に長時間、人間界には滞在不可能な生き物なので有る。それにも関わらず、先程から何度呪文を唱えても弱る気配を見せない。シャルの放った二本の魔力を帯びた矢がそれぞれの妖魔導師に向かって飛来する。突き刺さるかの様に思われたが、寸前で弾かれた。妖魔導師もまた物理防御の呪文を唱えて防いでいた。その直後に二体の妖魔導師は炎に包まれた。いや、一瞬、炎に包まれたかの様に見えたが、妖魔導師どもは魔法防御の呪文を唱えて炎から身を守っていた。炎はイルヴィニの術に依るものであった。いつの間にか横に来て『五元の杖』を構えているイルヴィニにドヌヴォが、
「奴ら、妙に肌艶がいい。何度も呪文唱えてやがるのにフラついてすらいねぇ。万全の体調だなぁ…。」
一体の妖魔導師が“窒息”の呪文を一団に唱えた。だが、ドヌヴォが“相殺”の魔法で瞬時に阻止する。
「おい、ちょっと待てよ…と言う事は、何処かの誰かが奴らの密儀の生け贄にされたって事だよな!」
イルヴィニが“風刃”の魔法でもう一体の妖魔導師を攻撃。だが、またしても魔法防御の呪文で阻止され、ダメージを与える事は出来ない。
「あぁ…考えたくもねぇが、そう言う事だ!ティボルの話じゃ、儀式の効果が出るのは数日経ってからだそうだ。何にせよ、あれだけ元気って事はだ、何人殺されているか分かりゃしねぇ…。」
イルヴィニの顔が次第に怒りの形相に変わっていった。
「…ふざけやがって!!」
異界の妖魔導師どもが生け贄にするとすれば、自分達の様な殺し合いに慣れた戦屋では無く、抵抗する術を持たない堅気の民衆である事は用意に想像出来た。いきなり拉致された挙句、命を奪われ、或いは大事な家族がある日突然、行方不明になり二度会えなくなる等、贄にされた人々やその家族の無念と悲しみを考えただけで、イルヴィニの怒りは頂点に達していた。
「クタバレ!ド外道ども!」
イルヴィニの叫びと共に、右腕に装備した『神使いの腕輪』が強く光る。すると、イルヴィニの赤いローブの裾から刃渡り十五センチメートル程度の諸刃の短剣が七本、勢い良く飛び出して来た!この七本の短剣は赤いローブの内側に有る複数のポケットの様な物の中、或いは、腰のベルトに付けた物入れなどに入っている“手”では直ぐに取り出す事の出来ない“所持品”である。五本が左側の妖魔導師、二本が右側の妖魔導師、それぞれの背後に何かに操られるかの如く、神速を以て空中を飛翔し周り込む。存在を知られる事無く、一本が左側の妖魔導師の首の後から口を貫く!三本が顔面と頭に深々と突き刺さる!残りの一本が首を跳ねた!青い血を噴き出しながらその場に倒れたかと思うと終には干乾びて塵と化した。右側の妖魔導師も同じく一本が首の後ろから口を貫く!残りの一本がタクトの様な杖を持つ右手首を切り落とす!その直後、飛来した三本の爆薬付きの矢が右側の妖魔導師の胸に直撃!当然の事ながら今度は物理防御の呪文など唱える間も無かった為、妖魔導師の身体は原形を留める事無く腹綿と青い血飛沫を撒き散らしながら粉々に飛散した。三本の爆薬付きの矢は、イルヴィニの術に合わせてシャルが放った物で有る事は言うまでも無い。
闇騎士の動きが鈍くなっていた。互いの剣が打つかり、鍔迫り合いをする度に、ゲルキアンの『怨殺の大剣』は剣越しに闇騎士に生命力を徐々に削っていたのだ。闇騎士の剣が横薙でゲルキアンの頭を狙う!だが、『怨殺の大剣』が下から上に薙いで剣を弾いた!と同時に、闇騎士はよろめき足が縺れてその場に仰向けに倒れた。もはや起き上がる体力も残って無い様だ。ゲルキアンは闇騎士の股間の辺りに有る甲冑の僅かな隙間目掛けて大剣を突き刺す。闇の強力な魔力を帯びた甲冑は『怨殺の大剣』を持ってしても簡単には破壊出来ない事に気付いていたからだ。
「ウッ、ウッ、ウグッ、グッ。グウォーッ!!」
闇騎士は断末魔の苦痛の叫びを上げると終には動かなくなった。ゲルキアンは突き刺した大剣を抜いて、闇騎士の兜のバイザーを大剣の切っ先で跳ね上げる様にして開いた。そこには完全にミイラ化した人間の顔が有った。闇騎士が再び立ち上がる事の無い様に念の為、その顔面に大剣を突き刺す!闇騎士の肉体は完全に塵と化した。