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第六章 暗い通路と”光る石”

 地盤沈下により地面に深く大きな穴が空いた為か、風の流れが変わっていた。穴の向こう側の暗闇と字矢が此れから進もうとする暗い通路、その両方から地面の穴に向って風が流れていた。微風ではあるが、先程より流れは早い。

 字矢は装備を整え始めた。バックパックから単眼ナイトビジョンを取り出すと改造ヘルメットに取り付けた。だが、まだ目には当てはいない。バックパックにはまだ空きが有る。二つの“光る石”が入っている麻の巾着袋と携帯用電工工具キットをバックパックに収納した。ニ種類の自動拳銃と二本の大型軍用ナイフは元々身に付けていて直ぐに使える状態だ。バックパックを背負い、固定ベルトをしっかり締めた。最後にバックパックのホルスターから九ミリサブマシンガンを取り出し、セーフティを解除して準備完了。残念ながら電動ハンマードリルとクーラーボックスとは此処でお別れとなる。

  字矢はサブマシンガンを両腕で構えた状態のまま暗い通路に一歩足を踏み入れた。そこで、改造ヘルメットのバイザーを上げて、単眼ナイトビジョンの電源を入れると目に当てた。 通路全体に岩と土に混じって異なる質感の物が見える。鍾乳石だろうか。奥の天井を見ると、氷柱状の物も見えた。其れ等の物も全てが、暗視ゴーグルの類独特の緑と黒で鮮明に表現されている。片眼では有るが問題無く認識出来る。其まま足元と周囲に注意しながら歩みを進める。高さも幅も不規則な曲がりくねった一本道が暫く続いた。途中から岩と土は段々少なくなり、やがて鍾乳石だけの通路となっていた。更に歩みを進めると、通路が直進・斜め左・右の三方に分かれていた。字矢は軍用迷彩服の数有るポケットの一つからポケットティッシュを取り出し、一枚を指で摘むと各分岐の所でティッシュペーパーを翳した。三方の内、唯一靡いたのが、右の通路であった。字矢は風の流れの有る、右の通路を進む事にした。サブマシンガンを構え直すと歩みを進めた。程無く、通路は次第に右に大きく曲がり始める。曲がり終えた所で広い空間に出た。天井には今迄にも増して無数の氷柱状の鍾乳石が突き出でいる。しかもその空間には下に続く階段、と言うより、一段の奥行きが一メートル前後、高さが十五センチ前後の鍾乳石で出来た棚田の様な形状の物が有った。

「蝙蝠が居なくて良かった。蝙蝠のフンで滑って転んでフン塗れになるのは御免だからな。」

如何にも蝙蝠が巣くっていそうな場所であるが、蝙蝠どころか今の所、生物らしき物は見当たらない。字矢は猶も周囲を警戒しつつ足元に注意しながら棚田を降りて行った。最後の段を降りると、そこはホール状の空間が有り、その先に二手に分かれる通路が見える。字矢は振り返ると棚田の上の方を見た。装備の双眼鏡には暗視機能が無い為、正確な距離は計測不可だが、目視の感覚で二階層位は下に降りた気がした。二手に分かれる通路は正面と斜め右。ティッシュペーパーで各通路の風の流れを確認する。だが、両方とも同じ様に靡く。感で進むしか無い様だ。字矢は、斜め右の通路を選んだ。暫く歩みを進めると通路全体の鍾乳石に段々と岩と土が混じり始めた。更に進むと遂には岩と土だけの通路となっていた。

「滑らなくなった。よし、此れで足に力が入り易くなったぞ。」

通路の地面は凸凹していて決して平らでは無いが、滑りやすい鍾乳石に比べれば遥かに動き易い。残念なのは、岩壁に“光る石”が生えて無い事だ。銃弾同様に電池の電力も極力温存しておきたいが仕方が無い。暗闇はまだ続く様だ。程無く広い空間に出た。そして一歩踏み出した時、周囲の空気が一変した。正面と左右に見える通路から背中を丸めた人型の様な物が合わせて五体現れ、字矢の行く手を塞いだ。その人型は呻き声を上げながら一斉に顔を上げた。

「?!」

その顔は狂犬病の犬そのもので有った。だが、全身に毛は生えている物も明らかに犬では無い。二本足で歩いている上に、片手に短い刃物らしき物を握り、もう片方の手には材質不明の盾らしき物を持ち、鎧のつもりなのか同じく材質不明の何かを胴体に巻いていた。凝視する“犬頭”の目がナイトビジョン越しに異常に光って見える。到底、話の判る相手では無いのは明らかだ。字矢は内二体に向って引金を引いた。セミオートモードのサブマシンガンが火を吹く。一体はその場に倒れて動かない。もう一体も倒れたが急所を外れたのか情け無い呻き声を上げながら藻掻いていた。今の銃声に他の三体は驚いたのか、一瞬怯んだ。その隙に、字矢は横に周り込みながら、サブマシンガンをホルスターに戻すと同時に、反対の手で大型軍用ナイフを抜いた。向き直った三体の犬頭は、激しく吠えながら字矢に襲いかかる。だが、本当の犬に比べたら動きは遅い。襲うと言っても噛み付く事は無く、近付きながら刃物らしき物を振り回すだけだ。その腕の動きも単調で簡単に見切る事が出来た。字矢は振り下ろされた刃物をナイフで払うと瞬時に後ろに周り込んで、既に手にしていたもう一本のナイフを犬頭の後頭部に突き刺した。そして抜くと同時に離れた。鮮血らしき物を後頭部から垂らしながらその場に倒れる犬頭。次の犬頭の刃物もナイフで振り払うと、その犬頭の横を駆け抜けた。犬頭の首が地に落ちると当時に、首を無くした身体も鮮血を吹き出しながら膝から崩れてその場に倒れた。言う迄も無く得体の知れない生物の体液は勿論、表皮ですら危険な細菌・ウイルス・寄生虫が潜んでいるか判らない。その体液自体が毒と言う事も考えられる。字矢の一連の動きは淡々としている様に見えるが、実は相手の返り血を避けていたのだ。実質片眼で、しかも視野も狭い中で此の様な動きが出来るのは、幼い頃から師である木道から忍法体術だけで無く、雲正流の武器を用いた暗殺術を伝授されていたからである。武器にせよ、暗殺目的の忍法体術にせよ、暗殺術は門外不出故、伝授されたのは字矢・氷刀・吹雪だけで、道場に護身術を習いに通う一般の会員には間違っても教える事は無い。続けて最後の犬頭を葬ろうとした。だが、姿を見失う。その場で周囲を見渡すと、字矢が入って来た通路の入口の辺りに最後の犬頭は立っていた。その犬頭は天を仰ぐ様な体勢になったかと思うと、口から大きく息を吸い込む。次の瞬間、地下空間が大音響に包まれた。遠吠えである。字矢は堪らず九ミリ自動拳銃で頭狙い撃つ。遠吠えは止み、頭に三発の九ミリ弾を食らった最後の犬頭はその場に倒れた。字矢は死体を確認する事無く、九ミリ自動拳銃を構えたまま正面の通路を急ぎ進んだ。何故ならあの遠吠え、仲間を呼ぶ為の遠吠えの様な気がしたからである。岩と土の通路は続く。幸いにも犬頭と出会う気配も追って来る気配も無い。考え過ぎだった様だ。字矢は進みながら犬頭の事を考えた。未来に来て始めて遭遇した生物。

「フッ、ハッ、ハッ、予想通り、見た事も無い奴が問答無用で襲って来たなぁ。しかも手には凶器を持っている、知能があるのか無いのかも判らねぇ危険生物。大袈裟な装備で正解だったぜ。」

独り言を呟きながら進む字矢の先の視界が段々と明るくなっていた。単眼ナイトビジョンを眼から離すと、胸のL型ハンドライトの電源を入れた。見ると通路の所々からあの“光る石”が生えていたのだ。

 更に進むに連れ、気温と湿度が上がっているのを感じる。程無く通路を抜けるとそこはまた、壁と天井が岩・土に“光る石”が不規則に混じっている広い空間となっていた。だが、今迄と違うのは、所々、地面の隙間と小さい液体溜まりが有り、各々水蒸気の様な物が上がっていた。液体の方はどれも薄い緑色をしていた。明らかに触れてはいけない代物である。空間の先には、正面に通路の入口が二箇所見える。その前を何やら動く物体が塞いでいた。ドラム缶程の大きさの赤黒半透明のゲル状の物体が四体、グネグネと形を変えながら動いていた。其内の一体が、速度は遅いものの激しく形を変えながら字矢の方に向って来た。九ミリ自動拳銃から立て続けに三発の九ミリ弾が発射された。其の三発の九ミリ弾は命中すると、一瞬、動くゲル状物体に形を変える衝撃を与えるも、煙を上げて蒸発した。溶かされた様にも見える。

「おいおい、何だ、コイツ!近付かれたらマズイぞ!」

字矢は動く“ゲル状物体”から離れる為、地面の液体溜まりを避けつつ動いた。動きながら再び九ミリ自動拳銃を三発撃った。一発目と二発目は先程と同じ。三発目だけは着弾後、蒸発したようには見えなかった。だが、動くゲル状物体は変わらず字矢に向って来る。字矢はベストから九ミリ自動拳銃の弾丸装填済みの予備マガジンを左手の人差し指と親指で取り出す。既にスライドが開きっぱなしの自動拳銃のグリップ下にその左手を添えると同時に自動拳銃を握っている右手の親指でマガジンリリースボタンを押す。外れて下に落ちてきたマガジンを左手の中指と薬指の間で受け取り、隙かさず予備マガジンを挿入。右手の親指でスライドリリースレバーを動かす。同時に最初のマガジンの最初の弾丸が薬室に装填された。直ぐに打てる状態である。空のマガジンはベストのマガジンホルダーに収めた。字矢は猶も動きながら一発撃った。当たると動くゲル状物体は一瞬止まるが、弾丸は煙を上げて蒸発した。

「クソッ、どうすれば…。」

止む無く引金を引こうとした瞬間、動くゲル状物体はその場に崩れて液体となった。傍らの窪みに流れて溜まると赤黒い色が見る見るうちに薄緑色になっていった。

「どう言う事だ…倒せたのか?」

判らない儘の字矢であったが、残りの三体も迫っていた。液体溜まりを避けながら距離を取る。

「明るい場所で良かったぜ。で無きゃ、今頃この硫酸溜まり見たいなのに足突っ込んでいるぜ。」

字矢は動きながら動くゲル状物体を良く見た。すると、赤黒半透明の体内の中に球体の様な物が浮いているのが見えた。

「あ~っ、アレか?」

早速、三体の動くゲル状物体それぞれの体内で浮いている球体を狙い撃ちした。全て命中。やはり煙が出ない。三体共に暫く動いたが程無く崩れて液体と化した。

「当たりだな…。助かったぜ。奴等、遅いから避けて先に進む事も出来たが、万が一戻る事になった時に、あんなのが居たら面倒だからなぁ。」

 字矢は足元に注意しながら、正面右側の通路に向って歩いた。良く見ると、通路の入口周りの“光る石”が光って無い。更に近づくと其れが光る石では無い事が判った。硫黄の塊である。無臭の為、気が付くのに多少の時間を要した。

「“PBM”のレクチャーの時に、可燃物なら何でも良いが、出来れば火薬や火薬の原料の方が間違い無いって、外屋敷が言っていたからなぁ。持って行くかぁ…それにしても臭くなくて助かった。硫化水素なんか充満していたら、ガスマスク装備でもどうなっていたか…。」

字矢は周囲を見渡し、危険が無い事を確認すると、ナイフで硫黄の塊を割り砕いた。次にバックパックを背中から降ろし、空いているポケットを開けた。すると中に、今二つの“光る石”を入れている物と同じ麻の巾着袋が二枚折り畳んで入っていた。字矢は真逆と思い、他の二箇所の空きポケットも確認した。各一枚ずつ計四枚の麻の巾着袋が入っていた。

「石島さん、いつの間に…まぁいいや。此れに入れて、此れごと空きポケットに入れておけば上手く収まるか。」

字矢は割り砕いた適当量の硫黄の塊を、一枚の麻の巾着袋に入れた。袋の口を閉めるとバックパックの空きポケットに収める。序で九ミリ自動拳銃と九ミリサブマシンガンの各々のマガジンに予備の弾丸を装填した。終えるとバックパックを背負い、今度は九ミリサブマシンガンを構えると、先の道を急いだ。

 “光る石”混じりの其の通路は下に向って軽い傾斜になっていた。暫く進んで傾斜が無くなり水平になった辺で通路の様相が一変していた。同じ大きさの石材を規則正しく積み重ねて作られたと思われる其の先の通路は、大人二人が余裕で横に並んで歩ける幅が有り、高さは約三メートル程である。更には、左右の石壁の上の方に全て同じ大きさの半球状の“光る石”が等間隔で通路に沿って配置された為、幅も高さも変わる事無く奥まで真っ直ぐ続いているのが確認出来た。

「完全に人工物だな。罠とか無しにしてくれよ。」

十分明るいが、字矢は敢えてL型ハンドライトのスイッチを入れた。不自然な石材が無いか確認しながら進むにためである。用心しながら進む。石の通路は突き当りまで行くと九十度右に続いていた。更に進む。すると、恐らく通路の先は九十度左に続いていると思われるが、其の先からだろうか、カツカツと複数の硬い足音とジャラジャラと複数の鎖の音の様な物が聞こえて来た。音は段々と大きくなって来る。字矢は通路の半ばで足を止め、念の為、周囲を確認した後、改めて正面の音の聞こえて来る突き当りに銃口を向けて警戒した。背中と額に冷や汗を感じた。突き当りの壁に人影が映ったかと思うと、

「?!」

現れたのは、“骸骨”。三体いる。顔半分に黒い革製と思われるマスクを付け、又から腰に掛けての同じく革製と思われる幅広のベルトが巻かれ、両手首・両足首には金属製の枷が嵌められており其々の枷には鎖が付いているが何れも途中で切れている。首にも枷が嵌められおり、首の枷から延びている鎖は胴体に巻き付いている。此処までは三体とも共通しているが、手にしている凶器が異なる。先頭から鉈・斧・短い槍である。更に三体とも全身に薄い紫色の霧の様な物が取り巻いていた。字矢は骸骨の一団に向って九ミリサブマシンガンをセミオートで放った。通路内に銃声が響く。三体の骸骨は何れも上半身の一部が欠損したが、怯むどころか歩みを速めて凶器を振り翳し字矢に向って来る。

「違うな。こっちか。」

手応えに違和感。字矢は、背後に注意しつつ後ろ走りで後退しながら、九ミリサブマシンガンをバックパックのホルスターに戻すと同時に十二ゲージ軍用ショットガンを抜いた。そして、ショットガンのフォアグリップを引いて戻すと、先頭骸骨の骨盤目掛けてぶっ放した。腰回りに巻き付いている黒い革ベルト諸共、先頭骸骨腰回りは粉々に吹っ飛び、上半身が石床に崩れ落ちる。衝撃を受けた二体目と三体目も一瞬よろけたが、床に転がる一体目を踏み付けながら、迫って来る。ショットガンを続けて二発ぶっ放した。二体の腰回りと上半身が砕け散り、二体の頭部と凶器を持っている腕だけが石床に落ちた。だが、其の頭も腕もまだ動いている。地に落ちた骸骨共からは紫色の霧がまだ立ち上がっていた。

「何でまだ動いている?其れに何だ、この霧?」

字矢は粉々になった骨と共に床に転がる三個の頭蓋骨に向けて立て続けにショットガンをぶっ放した。三個の頭蓋骨は跡形無く粉々となった。すると凶器を握っている腕の動きが止まり、紫色の霧は薄くなると遂には消えた。字矢は改めて粉々になった骸骨共を見ると、

「本当に骨だけなのか?筋肉が無いのに何故動ける?眼も脳も無いよなぁ?…待てよ、まさか現実じゃ無いのか?眠らされて夢でも見させられているのか?」

字矢は左手の軍用手袋を外すと、右手で左手の甲を思いっきり抓った。

「イテテテッ!…夢じゃ無さそうだな。何だ?コイツ等…まぁいいや、気にしても仕方がねぇ。」

字矢は左手に軍用手袋を装着すると、粉々の骸骨に混じって散乱している細かくなった鎖に目を向けた。ナイフで突っ突いて見る。特に異常は無い様だ。薄気味悪い気もするが、この先、纏った量の金属片が手に入るか分からない。バックパックから空いている麻の巾着袋を取り出すと、入られるだけの鎖片を入れて、再びバックパックの空きポケットに収めた。バックパックを背負い十二ゲージ軍用ショットガンを構えた。通路の床一面に粉々になった骨が散乱している為、踏み付けながら先に進むしか無い。

 通路は九十度左に続いている。左に曲がり更に先に進むとT字路になっていた。通路は左右に続いている。字矢は左の方に行く事にした。暫く進むと通路自体は行き止まりだが、其の手前約三メートルの所が高さ一メートル程の金属製の柵で仕切られていた。行き止まりの石壁と金属柵の間は石床では無く、透き通った水が張られていた。覗いて見るとかなり深く、水の奥に正面と左右の三方に続く通路が有る。“光る石”の光のお陰でよく見える。流石に水の中に潜って進む気になど到底なれない。字矢はT字路まで戻り、反対の右に続く通路を進んだ。暫く直進すると、此方の通路も行き止まりだ。しかし、行き止まりの直ぐ手前の左の石壁が崩れた状態で欠損している。二メートル四方の大きな穴が開いていた。穴の先は暗い。ライトで照らして中を覗く。すると、岩と土で出来た地面と奥に壁が見える。左右にもまだ続いている様だ。どうやら今居る石の通路と並行している岩土の通路の様だ。石の通路より岩土の通路の方が広い、更に石の通路の床より岩土の通路の床は約五十センチメートル下に有る。字矢はライトを消し、単眼ナイトビジョンを眼に当て、電源を入れた。足元に注意しながら岩土の通路に降りた。通路の左側はかなり先まで暗い通路が続いている様だ。其れに対して、右側は先の方に光が見えていた。字矢は右の方へ進む事にした。 地面はゴツゴツしてはいるが、固く滑る事も無いので歩き易い。周囲を警戒しつつ光が見える方を目指して進んだ。通路の終わりが近付くに連れ、明るく広い空間が見えて来た。単眼ナイトビジョンの視界にバッテリー残量が残り少ない事を示す表示が現れた。字矢は単眼ナイトビジョンの電源を切り、眼から離した。警戒を怠る事無く其の広い空間に足を踏み入れる。全体は岩と土で出来ている様だが、地面は一面砂利に覆われている。岩壁からは無数の“光る石”が生えている。此処でも明るさの正体は“光る石”の様だ。横に広い空間で、どうやら右の方に長く続いている様だ。ただ、背の高い大きな岩が幾つか有り、右の方が良く見えて無い。字矢は極力音を立てない様に砂利の上を歩くと一番近くの大きな岩の傍らに膝を付いた。電池交換の為、単眼ナイトビジョンをマウントアームごと改造ヘルメットから外し、背中からバックパックを降ろした。と、その時、

「グッ、ガァーーーー!!」

「ギャーーーーッ!!」

岩の向こう側、遠くからだが、それでも耳を劈く様な凄まじい悲鳴が複数聞こえた。字矢は直様、バックパックのメインの蓋を開けて双眼鏡を取り出すと、悲鳴が有った方を確認する。

「?!」

字矢は酷い光景に息を呑んだ。距離にして約七十ニメートル先、先に続くと思われる通路の入口の前に四体の“巨大蟷螂”。巨大と言っても人と同じ位の大きさと思われる。全身の色は緑では無く青紫色。人間の身体引き裂いて喰い漁っている。被害者の人数はニ名と思われ、辺り一面血の海である。被害者の物で有るのは言うまでも無い。被害者の一人は蟷螂に背骨ごと首をもぎ取られ、自らの生首を振り回されながら背骨ごと脊髄を喰いちぎられていた。字矢は直ぐに倒しに行こうとしたが、腰の粒子膜迷彩システムに目が行った。今まで装着したまま行動していたが、正直、邪魔で仕方がない。今思えば、暗闇でも目が効く“犬頭”、全身硫酸で出来ている“動くゲル状物体”、抑々“眼”が存在しないSMクラブの客みたいな恰好の“骸骨”、そして今度は人と同じ大きさの複数の“蟷螂”。どれも人間と同じ構造の眼、もっと言えば同じ感覚器を持っているとは思えない。効果が無いのが明らかなのに、水浸しになるのもバカバカしい。

「要らねぇ!」

字矢は単眼ナイトビジョンをバックパックに収納した後、バックパックに取り付けられていた水ボトルを外した。更に腰の粒子膜迷彩システムを外すと水ボトルと一緒に傍らの岩陰に置いた。双眼鏡で再度、蟷螂共を確認する。被害者ニ名の死体は更に原型を留め無い殆ど八つ裂きなっていた。蟷螂共の口と腹周り、それと両腕の鎌は、被害者の血と肉片と腹綿片まみれである。その中、被害者ニ名の血まみれの頭が地面に転がっており偶然にも字矢の方を向いていた。目を見開き明らかに無念の相をしていた。双眼鏡越しに其れを見た字矢には沸々と怒りが込み上げて来た。そして、その怒りが頂点に達し、スイッチが入った。此処からの字矢の行動は一切頭では考えていない。身体が勝手に動いたと言える。而も、かなり素早い。紐で首に掛けたままの双眼鏡を、更にベストに付いているフックで固定した。バックパックからスナイパーライフルの全てのパーツを取り出し組み立て、マガジン挿入、最初の弾を薬室装填、バックパックのメインの蓋を半開き状態にして背負う。四体いる蟷螂の内、三体の頭を連続で確実に撃ち抜いた。半開きのバックパックにスナイパーライフルを突き刺すと同時に岩陰から出て残りの一体に向って走り出す。既に左手には四十五口径自動拳銃、右手には大型軍用ナイフを逆手に構えている。地面は砂利だらけで決して走り易くは無いが、それでも字矢の安定した素早い走りは変わらない。字矢に向って低空から来る蟷螂の両羽根の付け根を四五ACP弾が破壊、地に落ちて体制が崩れた蟷螂だが、怒り狂った奇声を上げながら鎌を振り下ろす。だがそこに字矢の姿は無い。既に蟷螂の横を通り過ぎていた。蟷螂の鎌が空を切り砂利の地面に突き刺さると同時に蟷螂の首も薄汚い体液と共に地面に落ちていた。字矢はそのまま頭を撃ち抜いた三体の首も立て続けにナイフで切断した。四体全ての蟷螂が薄汚い体液を垂らして地に伏したのを確認すると、深呼吸をして一旦落ち着いた。

 周囲を見渡し危険が無いのを確認すると、被害者ニ名の骸を改めて調べ始めた。二人とも胴体の原型は無くなっているが、頭と手足は血みどろでは有るが何とか確認出来そうだ。一人は男。青い眼と革のヘルメットの脇から金髪が見える。脚には革のブーツ、腕には傷だらけの金属製ガントレット。其の傍らに一本の諸刃の剣が落ちている。刃こぼれが非道い。もう一人は女。同じく青い眼に長い金髪と脚には革製ブーツ。腕には布の手袋。其の傍らには先端が螺旋状にねじ曲がった長い木の杖が落ちている。此方も傷だらけである。

「う〜ん…中世ヨーロッパって感じだなぁ。西洋系の人は居るって事か…、何処かに地上からの入口も有るのかぁ…。」

装備品の損傷は蟷螂に殺られた時の物では無さそうに見える。何処からか命からがら逃げて来た挙げ句、疲弊しているところを蟷螂共に不意を突かれた様だ。

「すまねぇ。葬ってやりたいのは山々だが、衛生上、あんた等の血や蟷螂共の体液が付着している物を触る訳に行かねぇ。其れに穴を掘る道具も無いしなぁ…。」

字矢は数秒の間、黙祷した後、大きな岩の所に小走りで戻る。蟷螂と遣り合っていた時は気が付かなかったが、途中、木の棒が二本、砂利の上に落ちていた。長さ約五十センチメートルで、二本とも半分位まで黒く炭化していた。使い終えた松明にも見えるが、先程の二人の物だろうか?

「何で離れた所に落ちている?」

其の理由は判らないままでは有るが、字矢は取り敢えずナイフで突っ突いて異常が無いか確認した。

「まぁ、何にせよ木炭が手に入るのは助かる。」

字矢は周囲を見回し危険が無いのを確認すると、バックパックを降ろし、空いている麻の巾着袋を取り出すと、ナイフで砕いた黒く炭化した物を入れられるだけ入れて、バックパックの空きポケットに収納した。更に半開き のメインの収納口に突き刺さっているスナイパーライフルを見て思い出したかの様にパーツをバラして、バックパックに収納した。バックパックを背負うと、九ミリサブマシンガンを構えて元いた大きな岩まで急いだ。他でもない置いたままの粒子膜迷彩システムを回収する為である。大きな岩までたどり着くと明らかな異変に気付いた。

「あれ?…無い!」

粒子膜迷彩システムが見当たらない。字矢は警戒しつつ他の岩の周りや入って来た通路を確認、更には蟷螂共の死骸が有る方とは逆方向にも行って見た。五メートル程で突き当りの岩壁にたどり着いたが何も無い。自然消滅するなど有り得無い。やはり何者かに盗まれたと考えるのが自然だ。

「俺が蟷螂退治や気の毒な西洋人を調べている時、他に誰か居たって事か!クソッ!全然気が付かなかったぜ。」

何れにせよバックパックを背中から降ろさずにいて正解だった様だ。改めて油断ならないと思い知らされた。紛失した粒子膜迷彩システムについては、

「生きて帰れても、外屋敷に殺される。帰還の目処が立ったら言い訳考えておくかぁ。」

 字矢は気を取り直して先に進む事にした。気の毒な二人の西洋人の亡骸と蟷螂共の死骸を越え、先に続く通路の入口にたどり着いた。其の通路もまた、同じ大きさの石材を規則正しく積み重ねて作られ、同じ大きさの半球状の“光る石”が等間隔で通路に沿って配置されている。骸骨共と遭遇した時に歩いていた通路と同じ種類の様だ。

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