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第五章 ミッション開始

 一夜明け、研究棟の屋外には石島と字矢の姿が有った。だが、その服装は二人とも、ヘルメットに手袋、安全靴に作業服、正に土木建築作業員の出で立ちである。元々、研究棟に用意されていた様だ。朝、二人で来て早々、字矢は、石島から着替える様に指示され、

「やるからには本格的な服装も必要だ。それに、屋外で行う以上、敷地内の通行者や他の研究棟からも少なからず見える。土方の格好なら此方のプロジェクト内容を悟られずに済む筈だ。」

との石島の考えからであった。字矢は研究棟建物の裏に用意されていた軽自動車一台分ほどの岩とコンクリート片を相手に石島から電動ハンマードリルの使用方法の極意を伝授されていた。

「完璧だな!柿崎。此れでお前もハツリのプロだ!」

「有難う御座います。石島さんの教え方、凄く分かり易かったので、無理無く覚えられましたよ。」

「よーし、中に戻ろう。出撃準備だ。」

「了解です。いよいよですね。」

字矢は石島と研究棟の最上階に上がると、着替えて装備を整えた。二人で忘れ物が無いか再度チェックした。電動ハンマードリルセットの入ったプロテクトツールケースは石島が持ち、途中でトイレに寄って用を済ませてから、外屋敷始めプロジェクトスタッフが待つ地下へ向かった。コントロールルームに着くと二人に気付いた外屋敷が、

「おはようございます。システムの準備は既に完了しております。いつでも起動可能です。」

「有難う。主任。」

外屋敷に応えた石島は、改めてその場に居るスタッフ全員に話しかけた。

「みんな、おはよう。日々本当にお疲れ様。有難う。今日は、いよいよ本番だ。宜しく頼む!」

「はいっ!」

その場のスタッフ全員が同時に元気良く返事をした。石島の方を見ていた皆の顔は、明るく、やる気に満ちていた。外屋敷を先頭に三人はコントロールルームから地下へと向かった。地下に着くと検疫ルームを通り時空転送装着の有る部屋に入った。時空転送装着の中央には搭乗ハッチが開放状態のカプセルポッドが既に設置済みである。外屋敷は石島から電動ハンマードリルのプロテクトツールケースを受け取るとカプセルポッドの中に入った。字矢も後を追う様に続いて入った。収納場所を確認する為だ。外屋敷は各種工具セットが収納されている予備座席下のコンテナに収納した。 そのコンテナにはボトルに給水済みの粒子膜迷彩システムも収納さられている。 更に外屋敷の指示で、字矢のバックパックを予備座席にシートベルトで固定した。 外屋敷は窓の無い壁側の収納箱に手を掛けると、

「それと、柿崎さん、此方に小型の消火器と小型の空気ボンベが収納されて居ます。空気ボンベは付属のベルトで腰または胸に装着可能です。ボンベのパイプをガスマスクのフィルターカートリッジを装着する部分に繋げて使用します。恐らく使う事は無いと思いますが念の為。」

二人はカプセルポッドから出て来た。タラップを降りながら字矢が、

「外屋敷さん、もう一つ確認ですが…。」

「はいっ!遠慮なく何でも聞いてください!」

「転送される時、どんな感じですか?身体に何か負荷の様な物を感じますか?」

「カプセルポッドごと身体が下から上に勢いよく押し上げられる感覚を受けます。例えるなら、超高速エレベーターで最上階まで一気に上がる様な感覚です。ただそれも一瞬だけです。誤解しないでいただきたいのは、カプセルポッド等の転送される物が実際に上に上がる訳では有りません。転送時はその場で消えるだけです。何れにせよ身体に影響は無い筈です。」

「判りました。どうやら乗り物酔いの心配は無さそうですね。」

タラップを降りきった字矢に石島が、

「柿崎、再度確認だが…。」

真剣な表情の石島が静かな口調で話し続ける。

「ミッションの目的は“光る石”を最低二つ回収する事と昨日、俺と外屋敷主任が頼んだ事だけだ。正体不明の破壊者は無理に探さなくていい。出食わさない事に越した事はない。それと此れは最も重要な事だが、他に何か発見や遭遇したとしても報告はするな。忘れろ。いいな。」

字矢は石島が何でそんな勿体無い事を言うのかと思った。だが、昨日のミーティングで、“会社として時空転送装置を売り物にする気は無い”との石島の話しを思い出し、何と無くだがその真意を理解出来る様な気がした。

「解っていますよ。石島さん。任せてください。」

「よし!頼んだぞ。」

石島は字矢の肩を軽く叩いた後、天井端に有る監視カメラを通してコントロールルームのオペレーターに向かって合図を出した。字矢はカプセルポッドに乗り込み、メインシートに座るとシートベルトをした。シート袖に有るパネルを操作すると、カプセルポッドのハッチが閉じて、正面の窓より上に有るモニターに、コントロールルームのオペレーターの姿が映し出された。暫くするとコントロールルームに戻って来た石島と外屋敷の姿も映し出された。そのモニター横に有る集音マイク付きのカメラによりカプセルポッド内の字矢の姿がコントロールルームで確認出来る。カプセルポッドの天井に有るスピーカーから石島の声が響いた。

「柿崎、行けるか?」

「何時でもОKです。」

字矢は返事をしながらカメラに向かって右手で合図した。

「よし、主任、始めてくれ。」

石島の指示を受け、外屋敷が電力供給切り替えの号令を出す。

「此れより起動シーケンスを開始する。零号ジェネレーター及びアルファ電源維持、 一号ジェネレーター停止、通常主幹開放。 続けて、秘匿主幹投入、二号・三号・四号ジェネレーター起動。」

号令を受け、複数のオペレーターが互いに専門用語の呼称を素早く繰り返しながらシステムの操作を行った。すると、この研究棟の全ての部屋の照明が消えた。だが、間もなく停電時の非常照明が点灯した後、その非常照明は消え、再び普通の照明が点灯した。其れは、時空転送ルームも例外では無い。字矢にもカプセルポッドの窓越しに確認が出来た。電力モニターを注視ているオペレーターが、

「充填率九十三パーセント、カウントダウン開始、五、四、三、二、一、TDVS起動」

「TDVS起動確認!」

他のオペレーター、外屋敷も続けて確認の呼称を行った。安定感の有るある意味心地良い駆動音と共に三機の時空転送装置の各点灯部が光り出した。更に床のトラ縞の警告帯に沿って装置の側面溝から放たれた四本の光線が三機繋いだ。その光線は徐々に太くなる。カプセルポッドの全ての窓のシャッターが閉まるとポッド内の赤色灯が点灯した。当然、字矢には外の様子は判らない。既にコントロールルームとの通信は断たれ、モニターの電源は切れていた。字矢の耳にはまだ駆動音が聞こえていたが、急に聞こえなくなったかと思うと、カプセルポッドが急激に押し上がる感覚が来た。シートに座った状態の字矢だが、それでも強い力で身体を下の方へ押し付けられる様な負荷を感じた。外屋敷から聞いたヤツが来たと思ったが、話しの印象より遥かに強烈な負荷だ。しかも一瞬などでは無い。既に十秒以上は続いている。

「ウッ…グッ…クッ…」

歯を食いしばり、耐え続ける字矢。まだ続くのかと嫌気が差し始めたその時、身体が急に軽くなった。 負荷が消えたのかと思った次の瞬間、ドスンと下からの衝撃が一度だけ有った。これも外屋敷からは聞いていない。 正面のモニターの電源が入った。すると、黒い画面に白い文字で、“転送完了。システム正常。帰還タイマー起動。エリアスキャン開始、待機願います。”と表示された。カプセルポッドの制御用簡易AIからである。数分後、今度は、“エリアスキャン完了。異常無し。シャッター開放。通常警戒に切り替わります。作戦行動を開始して下さい。”と表示された。間もなく窓のシャッターが全て開き、赤色灯が消えて、白色灯に切り替わった。字矢は全ての窓を見渡しながら、その窓越しに外の様子を見た。どの窓からも赤茶けた岩壁の様な物が見える。妙に明るい。シートベルトを外して、立ち上がると、一つの窓から更に外を確認した。そこには土と岩が混じった凸凹の地面が広がり、無傷の時空発信機と探査作業ロボット、そして、無惨にも破壊された方の時空発信機と思われる残骸が見えて取れる。今度は反対側の窓から外を見ると、少し離れた岩壁の一面に複数個の“光る石”が確認出来る。どれもミーティング時の映像で見た通りである。

「どうやら本当に未来に来た様だな。」

字矢は改造ヘルメットと共に装着しているガスマスクを再度確認した。フィルターカートリッジも取り付け済みである。外屋敷が自ら最初の実験台となり、結果、問題が無かったとは言え、自分の身体にどんな影響が有るか判らない。字矢は意を決し、シートのパネルを操作した。カプセルポッドのハッチが開き、そのまま地面に降りる為のタラップとなった。風圧の関係だろうか、一瞬、ポッド内に勢い良く風が入り込むのを感じた。タラップの一番下の段で足を止めて、片脚だけ地面を踏んで問題無いか確かめると、両足で降り立った。振り向いてカプセルポッドの外観を確認した。アウトリガーの様な足はそれぞれ凸凹地面に絶妙に対応して、ポッドを水平に保っていた。ポッドのAIによる操作であろう。ガスマスク越しにも普通に呼吸が出来る。それどころか、この洞窟らしきこの場には緩い風すら流れている。

「風の通り道が有るのか?それともそれ程長いトンネルじゃないのか?やっぱり妙だよなぁ。自然に出来た洞窟の類だとしたら都合が良すぎる。」

ミーティングの時から字矢は疑問に思っていた。だが、石島達に敢えて言わなかったのは、この事の為にミッションが中止になる事が有れば、其れは其れで面白く無いと思ったからである。

「まぁいいや。六時間以内にやることやって、ポッドに戻ればいい。」

字矢は自分の腕輪時計を確認した。どうやら正常に機能している。表示されている時間を確認すると、カプセルポッドの中に戻った。

「行き来するのも面倒だ。全部持って行くか。」

腰に粒子膜迷彩システムを装着、バックパックには水入りボトルを装着させてから背負い、クーラーボックスのベルトを肩に掛け、電動ハンマードリルの入ったプロテクトツールケースを手に持った。其れと携帯用電工工具キットも手にした。電動ハンマードリルやPBMに万が一不具合が生じた時に、駄目元で弄る為である。一式を持ってタラップを降りると、そのまま一面“光る石”が埋まっている岩壁の方に足元に注意しながら歩いて行った。岩壁の前に着くと、プロテクトツールケースとクーラーボックスを地面に降ろした。 字矢はプロテクトツールケースを開けながら、

「此処まで来て気にしても仕方ねぇ。探査ロボットのガイガーカウンターを信用するまでだ。」

岩壁から手頃な大きさの“光る石”を見つけると電動ハンマードリルでの掘削を開始した。慎重に作業を進める。幸い岩壁の質が掘削しやすい物では有ったが、野球ボール大の“光る石”二つを無傷で掘り出すのに約一時間半かかった。“光る石”を収納する為、クーラーボックスを開けた。すると、中に麻布製の分厚い巾着袋が入っていた。特に聞いてはいなかったが、

「此れに入れてからクーラーボックスに収納しろと言う事か。」

字矢は麻の巾着袋に二つの“光る石”入れて袋の口を閉じると、そのままクーラーボックスに収納した。と、その時、突然地面が揺れ、轟音が聞こえた。字矢は身体を屈めて揺れに 耐えながら轟音が鳴る方へ目を向けた。その方向とは、カプセルポッドが着地している方向である。

「?!」

字矢は信じられない光景に息を呑んだ。カプセルポッドが一瞬で地面に引きずり込まれると共に、地面に大きな穴が空いた。続けて無傷の時空発信機と探査作業ロボットも崩れた地面と共に穴の中へ落ちて行った。皮肉にも破壊された方の時空発信機だけを残し、揺れと轟音は収まった。

「…地盤沈下だと!マズイ、アレが無いと帰れねぇ!」

字矢は今になってロープの類を装備に入れてない事に気が付いた。石島と外屋敷はどうか知る由も無いが、少なくとも字矢自身は今の今まで全く頭に無かった。いや、寧ろ無くて良かったのか?もしハーネスとワイヤーロープがこの場に有ったら、恐怖と焦りで我を忘れて地盤沈下した穴から下に降りようとしたかもしれない。言う迄も無く地盤沈下した穴の淵はいつ崩落するか判らない。災害マニュアルの類を確認する迄も無く、近付く事すらやってはいけない行為である。況してや、ロープで下に降りよう物なら更に崩落を誘発した挙げ句、その崩落した土砂の下敷きに成りかねない。

「…焦るな、落ち着け、落ち着け…。」

字矢は自分に言い聞かせていた。だが、カプセルポッドと時空発信機の状態を確認するには、やはりあの地盤沈下の穴から覗く以外に方法は無い。

「そうか、あの双眼鏡だ!」

字矢はバックパックから軍用双眼鏡を取り出した。距離計測機能だけでなく、デジタルビデオカメラ機能も搭載している機種だ。操作方法を再度確認し、録画モードと距離計測機能を入れると、なるべく地面に負荷を掛けない様に静かにゆっくりと近づいた。

「んっ?!」

録画モードの双眼鏡で穴の中を覗く、同時に見ている物の此処からの距離も記録される。穴の中の光景に再度驚いたが、押し殺した。 淵がいつ崩落するか判らない。字矢は撮るだけ撮って、直ぐに淵から離れた。離れる時に少し崩れたが、幸い落ちずに済んだ。“光る石”の埋まっている岩壁の前に戻ると、双眼鏡上部に折り畳んで有る映像再生用の液晶パネルを開いた。改めて録画した映像を検証する。字矢がまず驚いたのが、

「約二十七メートルも下か。しかも明るい空間、光りの色からして、“光る石”か。土砂被って無い部分の窓が割れている様にも見えるが、この映像だけじゃ破損の程度が掴めねぇ。」

カプセルポッドと時空発信機は、十階建てビル相当の高さから落下していた。更にその場には“光る石”が有る岩場の様な空間が広がっている。だが字矢が穴を覗いて見つけたのは其れだけでは無い。この十階建てビル相当の穴には途中、損壊した木片や石柱、金属の梁の様な物が無数突き出ていた。更には、人が立って歩ける程の高さの複数の横穴、つまり、他にも階層が有る事が見て取れた。岩や土の階層だけでは無い、形状・大きさ共に同じ石が規則正しく配列された壁や床の横穴も有れば、壁も床も正方形の黒い鋼板らしき物が連なって出来でいる横穴も有った。今、字矢が居る階層の“光る石”の光を受けて角度によっては黒光りして見えた。其れ等の鋼板には全て斜めに三本の溝が入っている。

「やっぱり只の洞窟じゃねぇ。人工物じゃねぇか!それにしても中々の規模だ。穴からは降りれねぇ。下に続く道を探すしか無いのか…。」

字矢は双眼鏡の録画再生を停止し、液晶パネルを閉じると、バックパックに収納した。その後、岩壁沿いに続く暗い空間の方に顔を向けた。その暗闇の先を見据えると、落ち着きを取り戻したのか、力が抜けた様に、

「…フッ、ヘヘッ…ハッ、ハハッ、…面白くなって来た…。」

 柿崎字矢、二十四歳。果たして、今まで生きてきた経験を活かし切ることが出来るか?此処から現代に生きて帰還する為の“本当のミッション”の開始である。

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