第四章 装備確認
最上階の一室の前に着くと石島は自らのセキュリティーカードを取り出し、ドア横に有るパネルを操作した。程無く、スライドドアが開き照明が点灯されると、その先の光景に字矢は圧倒された。窓の無い部屋の奥の壁一面に沢山の銃器が掛けられていた。その壁の向い、字矢達が入って来たドア側の壁沿いに作業机らしき机が並び、その上に軍用のバックパックを始め、銃器以外の装備品が隙間無く置かれていた。
「柿崎、此処に有る物は全てお前のために用意した。銃は好きな物を持って行っていいぞ!」
字矢は、ぱっ、と見ただけで気付いていた。
「石島さん、壁の銃、殆ど正規品じゃ無いですよね?」
明らかに日本の企業が取り扱える筈の無い銃種が多数、目に付いたからだ。
「はい、国から正式にライセンスを得て製造・販売しているのは約二割ぐらいです。他の銃種は研究目的の為、国の許可無しに製造して保管していた物です。」
字矢の問に、石島よりも先に外屋敷が答えた。
「よく気付いたな、柿崎、流石だ。主任の言う通りだ。非正規品はアメリカ支社のスタッフが調達した銃を現地で分解。構造は勿論、部品一つ一つの形状・重さ・材質等の調査データとその写真や画像データを元に此処の部署で製造した言わばコピー品だ。まぁ、普通にメールでと言う訳には行かないからなぁ。データの遣り取りには毎回苦労しているよ。」
「全ての非正規銃は何度もテストを行い、調整・メンテナンスも万全です。コピー品では有りますが、正規のメーカー品と遜色有りません。」
外屋敷が自身を持って言い切った。字矢は驚か無かった。寧ろ選べる銃種が多いのは都合が良かった。ただ、銃よりも他の装備の方が気になっていた。
「銃の事は分かりました。先に身に着ける装備品を確認させてもらえますか。」
外屋敷は部屋の片隅に有るハンガーラックまで案内した。そこには色違いの軍用迷彩服が数着掛けられていた。よく見ると、どれもベストと防具が付属されており、布地の部分と同じ迷彩が施されている。防具に関しては通常の軍用迷彩服よりも身体に装着する箇所が多い様だ。勿論、ベストと防具は完全な防弾・防刀仕様で、布地の部分もそれに準ずる防御性能が有る。
「着て見ていいですか?」
「勿論だ。試着室は無いので、すまないがこの場で着替えてもらえるか。」
「えぇ、構いませんよ。大丈夫です。」
字矢は、脱いだ衣服を空いているハンガーにかけた。下着姿の字矢は一着の軍用迷彩服を手にすると、外屋敷の助けを借りながら身に着けた。更に防具の部分は全て脱着可能であり、位置の調整もした。
「いいですね。サイズも丁度ですし、着心地も申し分無いです。」
字矢が腕や足を軽く動かしながら感想を言うと石島が、
「そうだろう。こんな事も有るかと思って、念の為、陸自に居た時にお前の迷彩服の詳細なサイズを確認しておいたのが役に立った。柿崎、どうやらその頃と体型は変って無い様だな。助かったよ。」
「えぇ、退官してからも色々と体は動かしていましたから…それと、アレだ、アレが無いと話しにならない。」
言いながら、数本の軍用ナイフが置いて有るテーブルの前に来た。どれもフィックスドブレードタイプのナイフである。素人がキャンプ等で使いたがるグリップ内に医療キットの類が内蔵している、ナイフとして非実用的な物は一つとして無い。刀身がくの字に曲った、コンバットククリと呼ばれる物も用意されていたが、字矢は最も使い慣れている刃長二十三センチ前後のコンバットナイフを二本選んだ。
「柿崎、ヘルメットはどうする?無い方が視界は利くだろうが…。」
「いえ、有った方がいいです。」
字矢が答えると、石島は外屋敷に向かって、
「ならアレがいいな。主任。」
外屋敷は一つのヘルメットを手にしていた。 見るとそのヘルメットはガスマスクと一体となっている。
「このヘルメットは私が改造して作りました。対戦ヘリのパイロットが使用するヘルメットに、鼻と口に当る部分にガスマスクを取り付けました。ガスマスクは脱着可能です。更にヘルメット後部には、うなじを保護する為の防具を追加で取り付けています。縅状になっていますので、首の動きに合わせて可動します。邪魔にはならない筈です。」
「フィルターカートリッジは一つのタイプか…。」
「気に入らないか?」
字矢は外屋敷の持っているそのヘルメットを手に取りながら、
「いえ、面白いですね、使わせてもらいます。これに合う暗視ゴーグルは有りますか?」
外屋敷は数機ほど置いてある暗視ゴーグルの中から一つ手にすると字矢に渡した。
「勿論そこも改造済みです。但し、単眼のナイトビジョンですが…。専用のマウントアームを使用する事でヘルメットと脱着可能になります。ナイトビジョンを上げて目から離していれば、取り外す事無くヘルメットのバイザーは開閉可能です。」
通常、暗視ゴーグルやナイトビジョンの類のマウントアームは、軍用ヘッドギヤの額の辺りに取り付けるが、このヘルメットは、右耳の辺りに取り付ける様に改造されていた。字矢は既にガスマスク付のヘルメットを装着済みである。更に外屋敷の指導で単眼ナイトビジョンをヘルメットに取り付けた。 石島が部屋の照明を消した。
「あぁ、特にこだわりは無いので大丈夫ですよ。…うん、これ、いいですね。全く問題無しです。」
再度、部屋の照明のスイッチを操作しながら石島が、
「気に入ってくれて何よりだ。」
石島は次に軍用ブーツを選ぶように字矢を促した。軍用ブーツもやはり石島が確認しておいたサイズの前後ニセンチ迄の物、五種類のサイズが用意されていた。しかも、その全てのサイズがメーカー六社分、つまり三十足の軍用ブーツが用意されていたのだ。
「サイズが同じと言ってもメーカーによって足が収まる部分の幅や高さが若干異なる。靴自体の硬さも重要だ。履いただけで痛くなる靴では論外だからなぁ。」
「有り難いですが、それにしてもこの数は…石島さん、過去に合わない靴で散々な目にでも?」
字矢は大袈裟だなぁ…と思いながら、石島に尋ねた。
「まぁ、そんな所だ。あっ、思い出しただけで両足の甲が痛くなって来た!」
「えっ、そこまでですか。」
字矢はそう言いながら、ブーツを選び出した。元々好みのメーカーの物の中からサイズ違い三足を選び履き比べた。其々その場で素早く足を動かして履き心地を確認して、その中の一足に決めた。三十足全て履き比べる気など毛頭無かった。字矢は次に手袋を探した。軍用の防刃手袋が数点用意されていた。刃物から手を保護するだけでなく、軍用の物は着用したままでも指先で細かい作業が可能な優れ物だ。これも手に一番馴染む物を選んだ。次に軍用のハンドライト、これも数点用意されている中からL型の物を選んだ。バッテリーを確認した後、タクティカルベストの胸に取り付けた。これで手に持たなくても使用可能だからである。字矢は改めて壁に目を向けた。いよいよ銃選びを始めようとしたからである。それに気づいた石島が、
「そうだ、序にアレも試して来てもらおうか。柿崎、ちょっと待ってくれ。」
そう言うと、石島は工作台の上に置いてあった、取手付のプロテクトツールケースを字矢の元に持って来た。幅三三〇ミリ・奥行ニ八〇ミリ・高さ一ニ〇ミリの物である。膝を付きながら床に置くと二つ有る止め金を外してケースの蓋を開けた。中には、本体側左の中心に穴の空いた円形状の機材が二つ並び、右の四角い部分が一体の機材、蓋側には小さいキーボード付の液晶パネルと薬品らしき物が入った数本のボトルと硝子製の尖端がスポイトで後部が注射器の様な奇妙な器具が一つ収まっている。薬品ボトルと注射器以外はプロテクトツールケースに固定されている。ケース奥では複数本の柔らかくて短い配線ケーブルが蓋側と本体側を繋いでいる。
「石島さん、これは?」
「我楽多、ゴミ同然の金属クズや可燃物から銃弾を作り出す事が出来る装置だ。何よりプロテクトツールケースと一体なので、持ち運びも可能なのが最大の特徴だ。」
「はい、私達は此れを“PBM“と呼んでいます。」
「製造出来る銃弾は三種類、七・六二ミリNATO弾、九ミリパラベラム弾、四五ACP弾のみ。あくまで間に合わせの弾丸だ。当然だが、手に入れた金属片・金属クズによって質が変わる。フルメタルジャケット弾やホローポイント弾の様な物は作れない。単純な剥き出しの弾丸だけだ。正規品よりも破壊力は落ちるし、場合によっては銃その物も傷む。」
「実用化させるには、かなりの時間を要しました。現時点ではこれが限界です。因みに“PBM“には全種類の薬莢に使用する共通の雷管パーツが千個内蔵されています。つまり種類に関係なく作成可能な数は千発までです。」
「柿崎、何れにせよ、現場で使用して見てくれないか。使用データを集めたくてなぁ。可能な限りでいい。データは自動で内蔵のハードディスクに蓄積される。」
「判りました。」
字矢は“PBM“の使用方法を覚える為、外屋敷に指導されながら使って見た。テスト用に用意されていた、金属クズや可燃物、火薬の原料になる素材等から銃弾を製造した。更には正規品の銃弾をわざわざ分解した物を元に別種の銃弾も製造して見た。
「そうなると、“PBM“で作れるカートリッジを意識して選ぶか…。」
字矢は改めて銃を選び始めた。先ずは、スナイパーライフル、大型の猛獣退治には無くてはならない。壁に掛けられている中からドイツのメーカーの超有名なセミオートスナイパーライフルの廉価版を選んだ。安価だが、世界中の軍・警察で使用されている確かな銃種だ。次に九ミリサブマシンガン、此れも世界中で採用されている有名なドイツのメーカーの物を選んだ。次に手にしたのは、イタリアのメーカーの四十五口径自動拳銃だ。石島の目が光る。
「柿崎、いいのを選ぶじゃないか。アメリカでこそ人気は無かったが、中々の高性能銃だからなぁ。」
「えぇ、以前にネットで見た時から気になっていました。実際に握ってみると手に馴染んでいい感じです。」
以上の三丁は、この会社で製造された違法のコピー品である。字矢は更にもう一丁選び手にした。十二ゲージショットガンである。
「接近戦では最大の威力が有りますからねぇ。荷物にはなりますが…。」
「確かに頼りになるな。大丈夫だ。バックパックに細工を施せば十分持てる筈だ。」
アメリカのメーカーの物だ。ポンプアクション式のショットガンでは、此れも世界的に有名な銃である。それのストック無しモデルを選んだ。 此処で石島が、
「全部で四丁か、此れだけ有れば十分だろう。」
「いえ、九ミリは自動拳銃も必要です。」
本気で実銃をぶっ放せるまたと無い機会。壁に掛けられた沢山の銃を前にして、字矢は気に入った銃を持てるだけ持って行くと決めていた。その九ミリの自動拳銃は、国産でシングルカラムの物を選んだ。
「柿崎、それでいいのか?ダブルカラムのもっと高性能なヤツも有るんだぞ。」
「陸自にいた時に支給されていた自動拳銃もコイツでしたから使い慣れていますしね。それに俺、手が小さくて指も短いからダブルカラムの銃は片手で扱いにくいので、かえって丁度いいですよ。それに、石島さん、コイツは二割の正規品の銃種のうちの一種じゃないですか?」
「その通りだ。お前が選んだこの銃も含め、正規の銃種は、国内の銃器メーカーから設計データを渡されて、製造の手伝いをしている。つまり我が社は銃器に関しては下請けだ。各銃器メーカーの相手は自衛隊や警察他、猟銃やクレー射撃等の競技用の物は国内の銃砲店、更には海外の販売業者などだ。何れにせよメーカーからオーダーが来た時だけ製造するので、納品数は極めて少ない。」
石島の話しが終わるか終わらない頃に、外屋敷がPBMとは別のプロテクトツールケースを持って来た。外屋敷はケースの蓋を開けると、
「課長、掘削に使う電動ハンマードリルはこのモデルでよろしいですね?」
中には、コードレスでトリガースイッチタイプの電動ハンマードリルの機械、型の異なるハンマードリル数本、バッテリーパック三個が収まっていた。
「おっ、最新のモデルだね。うん、此れでいいよ。」
石島は応えると、その中に目をやっていた字矢に向かって話し始めた。
「柿崎、我が社で設計開発した打撃モード付の電動ハンマードリルだ。此れが無ければ掘削出来ないからな。他社の物と大きさはほぼ変わらない。他社の製品は、おまけ程度の打撃モードしか無い物が多いが、我が社の物は打撃のみに特化した電動ハンマーの機能と変らない。段階的に強さも変えられる。勿論、此れは合法な商品だぞ。」
「石島さん、この電動ハンマードリル、行く前に実際に試す事は出来ませんか?」
「うん、そう来ると思ってなぁ。この研究棟の裏、屋外にそれなりの大きさの岩とコンクリート片を置いて有る。練習の為に用意した。ただ、今日はもう遅いから明日、ミッション開始前にやる事にしよう。この俺が直々に上手い使い方のコツを指導してやるからな。」
「楽しみにしていますよ。」
石島が電動ハンマードリルの説明をしていた時に、外屋敷が更に何かの装置を持って来ていた。今度はケース等には入って無い。見ると、その装置自体が腰に巻くベルト状の物で、正面に当る制御部と思われる部分のみが若干大きい。更にそのベルト状の装置と、液体らしき物が入っている縦三十センチ・横十八センチ・奥行五センチの平型の樹脂製ボトルとが、太さ約十五ミリ・長さ約一メートル程のゴムパイプで繋がっていた。先程までの外屋敷とは目の色が違う。
「あっ、いやっ、主任、其れは要らないだろう…。」
「課長!何を言われるのですかっ!必ず役に立ちます!」
石島の言葉に外屋敷は興奮気味に反論した。
「柿崎さん!この“粒子膜迷彩システム”は、水の粒子を全身に纏い、光の屈折を利用して装着者の身体を透明に見せる装置です。使用している水も普通に飲める水です。是非とも装備に加えて下さい!」
外屋敷の迫力に字矢は圧倒された。
「完全に透明になれる訳では無いし、システム停止後、水はボトルに戻らないから、全身水浸しになる。不完全だ。主任、まだまだ改良を重ねてからでないと実用化は…。」
「いえ、使わせて貰います。帰還したら使用時の報告もしますよ。」
字矢は困惑気味に話す石島を気遣い、装備に加える事を了承した。
「柿崎さん!有難う御座います!宜しくお願いします!」
外屋敷の興奮は続いていた。 石島は字矢の肩を軽く叩くと、
「そっ、それじゃ、柿崎、バックパックを選ぼうか。」
二人はバックパックが置いている方へ歩いた。石島が字矢の耳元に顔を近づけ、小声で話す。
「柿崎、すまんなぁ。外屋敷主任、粒子膜迷彩の事になると、思い入れが強すぎて人が変わるんだ…。」
「そうみたいですね。」
応える字矢は既に一つのバックパックに手を掛けていた。中を開けて確認した後、背中に担いだ。バックパックは全部で三種類用意されていた。他の二点も同様に試して見た。字矢は二つ目のバックパックに決めた。一番しっくり来たからだ。
「よし、細工するか。」
いつの間にか工具を手にした石島が、バックパック相手に作業を始めた。字矢が選んだ、サブマシンガンとショットガンのそれぞれに合うホルスターまで用意されていた。石島は元々有るポケット等の開閉に支障が無い様、バックパックのサイドにサブマシンガンのホルスター、反対側サイドにショットガンのホルスターを取り付けた。取り付け作業は、数十分で完了した。
「柿崎、これで持ち運び楽な上に、銃も直ぐに取り出せる。まぁ、スナイパーライフルだけは、そうは行かないがなぁ。」
「いえ、十分です。石島さん、流石ですねぇ。いい感じですよ。」
石島の身体が一瞬、“ビクッ”となった。視界に外屋敷の姿が入ったからだ。
「課長、あと水筒、携行医療キット、携行食料、予備バッテリー類は此処に有る物だけです。携帯用電工工具キットと回収した“光る石”を収納保管するクーラーボックスはカプセルポッド内に収納済みです。」
石島は内心ホッとした。話す外屋敷の顔も声も普段の外屋敷に戻っていたからだ。
「了解だよ、主任。有難う。」
字矢は改めて完全装備をして見た。ナイフと二丁の自動拳銃は装着した各々のホルスターに収納。各種銃の装填済予備マガジンと予備のショットシェルもベルト等に装着。バックパックにはサブマシンガンとショットガン、スナイパーライフルは取り敢えず収納状態になる様にパーツを外してバックパックの中へ、その他、外屋敷が先程用意してくれた物品と予備の銃弾を収めた。字矢はそのバックパックを再度背負い感覚を確認しながら、
「石島さん、ミッションの稼働時間ですが、掘削が順調に行くとは限らないですし、現場で試さなければならない事も増えましたからねぇ。二時間以内と言う訳には…。リスクを承知で時間伸ばしてもらえませんか?」
「確かになぁ…どのくらい欲しい?」
「六時間。」
この“六時間“と言う時間に特に計算などは無い。字矢の全くの“感”である。
「分かった!それで調整しよう。主任、いいかな?」
「はい、了解です。」
前日の準備はこれで完了した。字矢は装着していた装備を外して、私服に着替えた。外屋敷を始めスタッフに挨拶を済ませると、明日のミッションに備え、しっかり休息を取る為、石島と共に社員寮に戻って行った。