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第二十三章 滞在期間延長

 「システムから離れろ!退避!退避ーっ!」

時空転送装着を含むシステムが設置されている、システムルームのスピーカーから、外屋敷の叫び声が響いた。今まで完全にダウンしていたシステムのランプ類が点灯し、チャージ音が鳴り出したからである。転送システムを調べていた数名のスタッフは、直ぐに検疫ルームまで退避する。約二週間前に字矢が未来に転送された後、数時間後にエラー警告と共にシステムが緊急停止。帰還予定時間を過ぎても復旧せず。以来、スタッフは交代で、石島と外屋敷はラボに缶詰で、不具合の原因究明とシステム復旧の為の対応に追われていた。外屋敷の叫び声で、机に突っ伏して寝ていた石島が跳ね起きる。直ぐにシステムルームを見渡せる窓まで駆け寄ると、緊迫した様子で外屋敷に、

「動き出したのか?!状況は?」

「アンマッチエラー状態にも関わらず、スタンバイモードでチャージ中です。緊急バッチプログラムは生きていますので、あと数分で起動します。」

「柿崎、柿崎は戻って来られるのか?」

「分かりません。ですが、これは明らかに、カプセルポッドからの信号を受信したからだと考えられます…。」

外屋敷が答え終わるか終わらない位に、先程までシステムを調べていた数名のスタッフが、コントロールルームに戻って来た。すると、外屋敷は救助チームのスタッフに、

「準備は?」

「完了しています。いつでも!」

続けて、コンソールパネルのオペレーターが、

「チャージ率、九十五パーセント。九十七、九十八、転送開始します。」

「帰って来い!柿崎!」

願いの籠もった石島の叫びが、コントロールルーム内に響いた。やがて、出発時同様、三方に設置された転送システムの三つの装置を光の線が繋いだ。数分ほどその状態が続いた後、その三角エリアの中央で、一瞬強い光が発生した。光が収まったその場には、多角形状の物体が確認された。紛れもなくカプセルポッドである。三つの装置を繋いでいた光の線は消え、システムは未だエラー状態のまま停止した。

「コイツ、柿崎を置き去りにしていないだろうな…。」

怪訝な表情を浮かべながら呟く石島。 スタッフと共にコンソールパネルを操作していた外屋敷が、

「課長、間もなく入室可能です!」

石島は防護服に着替えると、コントロールルームを出て、既に検疫ルームの前で待機している、防護服の救助チームスタッフと合流した。検疫ルーム及びシステムルームの扉のパネル表示が、赤から緑に変わる。扉のセキュリティーロックが解除された。

「よしっ!主任、今から中に入る。」

石島とスタッフ三名が検疫ルームを通り、システムルームに入った。改めて外屋敷から、システム停止を確認した合図を貰うと、三人はカプセルポッドに近付いた。スタッフの一人が、出入口ハッチの右下のアウトリガー付け根付近に有る、ビス止めされた約十五センチ四方のフタを工具で開けた。中に有る手動レバーを動かすと、出入口ハッチがゆっくりと開き出した。そして、ハッチが完全に開き切るや否や、石島が駆け上がる。

「柿崎!」

字矢の姿を見て叫ぶと、直ぐに駆け寄った。

「気を失っているのか…。」

石島は、字矢の両肩に手を掛けると、字矢の名を何度も呼んだ。すると、

「うっ…うっ…。」

「柿崎!柿崎、判るか?俺だ、石島だ!」

「い、石島さん?!」

「そうだ、俺だ、良かった。意識が戻った様だな。」

未だ朦朧とした中、字矢は周りを見渡した。

(…帰って…帰って来きたのか…。)

出入口の左横斜め上に設置されているモニターの表示が、砂嵐状態である。勿論、正常な表示ではない。実際には、ドヌヴォの“形だけ治す”修復魔法は成り行きで、一部の回線も修復していたのだ。しかし、今の字矢にそこまで気が付く余裕はある筈も無い。それでも、帰還出来た実感が湧いて来ると、

「…イっ…。」

字矢は、思わずイルヴィニに対して感謝の言葉を口にしそうになった。たが、再度、石島の顔を見て寸前で飲み込んだ。一度、深呼吸をして気を落ち着かせると、

「…い、石島さん、間違い無く現代ですよね?」

「安心しろ、間違い無く現代だ。柿崎、無理はするな、先ずはカプセルポッドから出よう。」

字矢は途中脱力するも、石島とスタッフに支えられながら検疫ルームへ。残りのスタッフ二名が、カプセルポッドから字矢が持ち帰った装備を検疫ルームへ運んだ。

「あっ…中の物は俺が出します…。」

字矢はバックパックを開けると、中にある物を全て、検査台の上に並べた。その中には二つの“光る石”も有った。字矢を含む四名と、検疫ルームに持ち込まれた全ての物のスキャンは数分で完了。検疫ルームの警戒表示ランプが赤から緑に変わると、

「課長、問題有りません。」

スピーカーから外屋敷の声が響いた。 字矢は、ガスマスクとヘルメットを外す。石島も防護服のマスク・ゴーグル・フードを全て外した。

「…石島さん、“光る石”のサンプルは回収しましたが…。」

字矢は脱力しながらも、早速話し出した。

「…回収直後にカプセルポッドや他の機材も全て、地盤沈下で下の階層に落ちて…。」

「地盤沈下?!」

「はい、それで…巻き込まれない様に奥の方へ逃げました。…“終わった“と思いましたが、直ぐ近くに棚田の様になっている場所が有って…、そこを降りたら…落ちた機材類を見つける事が出来て…。」

「そう言う事だったのか。柿崎、実は、お前を送り出した後、暫くしてからシステムがエラーを起こした。帰還予定時間を過ぎても、お前が戻って来なかった為、今の今まで対応していた。しかし、本当に危なかった様だな、無事帰還してくれて安心した。」

「はい…、落ちた機材類は、殆ど見るからに破損していました。その中で、カプセルポッドだけは、ほぼ無傷でした。パワーダウンしていましたので、電源が入らないか色々な箇所を弄くり廻しているうちに、起動しだしたので、慌てて乗り込みました…。」

字矢は、地盤沈下の事以外はウソの報告をした。その理由は他でも無い、ミッション開始時に石島から指示された事を守ったからである。“破壊者”である“管頭ドラゴン”に関しても現存の猛獣と同じ、或いは類似しているので有れば、退治した事も含めて報告する積りであった。だが、現代に“管頭ドラゴン”と類似する生物がいる筈も無い。その為、遭遇した事自体、報告しない事にしたのだ。

「そうか、分かった。それでいい…。先ずはゆっくり休んでくれ。」

石島も、気が付いていた。字矢の身に付けている装備の破損は、中々の物である。穴が空いている箇所も複数有る。出発時には有った他の物資・装置類も無い。字矢の報告以上の苦労が有った事は、容易に想像出来た。

先程よりは、体に力が入る様になった字矢が、

「石島さん、身体が完治するまでは、会社の社員寮に居てもいいですか?」

「勿論だ!柿崎。完治するどころか、完治した後も、帰りたくなるまで滞在してくれて構わないぞ!」

「ありがとうございます。」

これを期に、字矢はこの後も長年に渡り、幾度となく石島たちと関わる事になる。


 翌日、八王子の道場に電話が、

「お電話有難う御座います。雲正流忍法体術道場です。」

事務室の固定電話の受話器を取ったのは、吹雪である。

「もしもし、吹雪姉ぇ、俺だよ。」

「あぁ、字矢、仕事は終わったの?」

「最初の仕事はね。でもまだ他にも有るみたいだから、もう少し石島さんの手伝いをする事にしたよ。」

「ちょっと、字矢!まさか、そのまま帰って来ない気じゃないでしょうね?!」

「まさか、ちゃんと帰るよ。一ヶ月くらい後になるかな。」

「分かったわ。その時は、必ず北海道のお土産買ってから帰って来るのよ!」

「勿論だよ。任せてくれ。」

その時、

「吹雪師範、女の子達が来られましたよ。お願いしま〜す。」

若い男の声が、道場本館の方から事務室に響いた。声の主は、小学生の頃から道場で修練を積んでいる、“七三アップバング”の黒髪が目立つ二十代の医大生=与杉有吾よすぎ ゆうごであった。有吾は、今の会員の中では最も古株で、吹雪たちとも極めて馴染みである。その為か、生徒でありながら、初心者には師範の代わりに指導する事も度々有った。今も入会したての中年男性数名に、体術の基本中の基本を指導していた。そこに、吹雪が担当する、ジュニアコースに通う小・中学生の女子会員が、複数名来館したのだ。

「は〜い、今、行きま〜す。有吾さん、いつもスミマセ〜ン。それじゃ字矢、またね。」

そう言って受話器を置いた吹雪は、机の上で充電されていた、タブレット端末を手にすると、会員たちが待つ道場本館へと歩いて行った。


 字矢の乗ったカプセルポッドが転送を終えた直後、イルヴィニは両膝を地面に着けた状態で、肩で息をするほど荒い呼吸をしていた。程なく、呼吸が少し落ち着くと、ローブの袖で顔の汗を拭った。背後で見守ってくれていた一団の方を見て、

「アザヤ、元の時代に帰れたかな?」

「イルヴィニ、あんた、自分でやっておいて何言っているのさ!」

”しっかりしなさい”と言わんばかりに叱咤するエホリマ。

「少なくとも、あの乗り物の、見た目で分かる部分はしっかり治したぞ。」

エホリマに続けて話したドヌヴォの言葉は、イルヴィニに対してと言うよりは、自らに言い聞かせるかの様であった。

魔法陣が描かれていた地面を見つめながら、一人黙って思案しているフォイウー。

(今まで居た柿崎殿は、フォンシィンが過去に於いて出会う前の柿崎殿。されどフォンシィンには柿崎殿との記憶がある。即ち、その記憶こそ、柿崎殿が無事過去に帰還された証に相違無い。)

改めて確信すると、どこか落ち着かない一団に対して、皆を安心させるかの様に、

「心配はいらぬ。空間の揺れ、時の流れ、あの道具類の持つ”記憶”と相違無い。間違い無く、無事に帰還されている。」

「そうだよな。フォイウー、ありがとう!」

『五元の杖』を補助に立ち上がりながら、明るく礼を言うイルヴィニ。他の者達にも笑顔が戻った。温かい眼差しで一団を見ていたフォイウーが、不意に奥に有る通路入口に眼をやる。

(遠距離盗聴の類か。無駄な事を。生命力から察するに長くは有るまい。況してや戦闘など不可能。この場と真上の空間も、我等が去ると同時に全ての痕跡を消す。害は無い。)

「フォイウー、どうされました?」

シャルが声を掛けると、

「いや、済まない。大丈夫だ。気にしないでくれ。それにしても、銃を使えれば、高等な魔物や妖魔道師共とも戦い易くなるな。」

「あぁ、コイツはいい。今から腕が鳴るぜ!」

字矢に返してもらったアサルトライフルを手に、その感触を確かめながら応えるゲルキアン。

「うん、うん、他にも色んな種類が有るって言っていたから、アジトに戻ったらユルザに見せてもらおう!」

イルヴィニもまた、九ミリ自動拳銃を手に興奮気味に話していた。

フォイウーとイルヴィニ達一団が、楽しそうにガヤガヤと話をする中、奥の通路の遥か先、広間に比べると“光る石”の数も激減している、暗い通路の曲がり角の陰に、一体の年老いた“異界の妖魔道師“が立ち尽くしていた。何をするでも無く、ただ口元に不敵な笑みを浮かべながら…。


Dark Metals Texture  ━ END ━

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