第二十一章 女魔導士とその一団VS超能力怨霊
イルヴィニは、見えない敵を”可視化”する魔法と、”物理攻撃を可能にする”魔法を、頭の中で同時に完成させていた。『正魔導書』と『五元の杖』が光り終えた時、広間全体が凄まじい威圧感に包まれた。サイキック・ゴーストによるものだ。五人は一瞬、目眩を感じたが、それでも直ぐに持ち直した。肉体のみならず精神をも防御するドヌヴォの高等魔法に守られたからである。
イルヴィニとドヌヴォは既に次の魔法、而も各々複数の魔法を同時に念じ始めていた。威圧感が弱まると、目の前の視界が一瞬歪んで見えた。視界が正常に戻ると同時に、薄っすらと人型の様な物が見えて来た。その人型は次第に濃くなり、ハッキリとした姿を現した。体型からして若い成人女性の様だ。だが、地面に付く程の長い金髪、その髪で顔は見えず、腕と足は真っ白、恰も赤黒い血で染まり、血が滴っているかの様な衣服を身に着け、足は地に着いておらず、十数センチほど宙を浮いている。
イルヴィニの杖が光る。姿を現したその怨霊に雷が落ちた。
「みんな、この広間全部が奴だ!気付いたら背後にいると思え!」
イルヴィニは、叫ぶ同時に敵の能力を下げる“減退”の魔法を完成させた。
「”浄化”と”防御”の魔法は立て続けにブチかます。駄目元でもやるしかねぇ!」
叫ぶとドヌヴォの『修道全集』は、光り続けていた。
「シャル!後だ!」
イルヴィニの叫びに答応し、振り向き様に矢を放つシャル。そこにはサイキック・ゴーストの姿が。だが、直ぐに消えた。イルヴィニの雷を浴びて一瞬怯んだが、いつの間にかシャルの背後に現れていた。だが、再び元の場所に現れ、両肩と頭を意味不明な動きをさせながら、浮いている。
「ここはもういい。お前も行け!」
ゲルキアンの指示で、エホリマも二本の大型ナイフ『イメル・シキテヘ』を構えると、シャルの横に付いた。その直後、
「エホリマ!」
ドヌヴォの叫びを聞くまでもなく、自ら察したエホリマは、振り向き様に切り付けた。手応えは有ったが、血みどろの怨霊は直ぐに消えた。その後もドヌヴォ、イルヴィニ、そして、ゲルキアンの背後にも現れたが、各々油断無く武器を振るうと消えた。その“現れては消える”をサイキック・ゴーストは繰り返していた。
「お前ら!防御魔法を掛けられているとは言え…絶対に奴に触られるな!」
ドヌヴォが、苦しい表情を浮かべながら叫んだ。
(マズイなぁ、今は、私とドヌヴォの魔法が効いているからこの程度で済んではいるが、奴は到底倒せない。攻撃魔法や武器による攻撃、それどころか神聖魔法ですら、奴にとっては掠り傷以下のダメージだ。だからと言って、最初から奴の支配下である、この広間から逃げる事も不可能だ。私とドヌヴォの魔力が尽きれば、全員エズの二の前…。)
限界を悟ったイルヴィニは、『正魔導書』を開き、その開いたページを下に向けた状態で構え、再び念じ始めた。
「イルヴィニ、あんた、まさか…。」
エホリマだけは、その行動の意味を知っていた。相変わらず広間の奥で、両肩と頭を意味不明な動きをさせながら浮いているサイキック・ゴーストで有ったが、また消える。皆、自らの背後を警戒したが、予想外の事が起きた。サイキック・ゴーストは移動する事無く、元いた場所に現れた。而も、一体の“異形の魔物”と共に。その異形の魔物の片足が、サイキック・ゴーストの腹部にめり込んでいたかと思うと、サイキック・ゴーストは、広間の壁までぶっ飛ばされた。
広間の宙空で浮いているその魔物は、首から下が、まるで青光りする鎧と灰色の肉体が同化しているかの様である。両手の十本の指先は鋭い刃物状であり、顔の左半分が白い金属のマスク状、右半分は白目の無い真っ黒な鋭い目と、真っ赤な鋭い牙が剥き出しの口が見える。そして最も特徴的なのは、魔物の身体に突き刺さっている”九本の鉄杭”だ。左肩から左二の腕にかけて三本・首の右側面に一本・右腕に一本・左太腿と左脹脛の各々左側面に一本ずつ・右太腿と右脹脛の各々右側面に一本ずつである。全ての鉄杭は、頭の部分が少し太くなっており、見えている部分の長さだけで、二十センチ位はある。
「?!ディメンジョナル・バーサーカー、では…。」
「おっ、おい、イルヴィニ…。」
この時、シャルとドヌヴォは気付いた。この”異形の魔物”=ディメンジョナル・バーサーカーは、イルヴィニが魔法で召喚する事が可能な唯一の“個体”だと。そして、この“個体”がイルヴィニとエホリマにとって、辛い過去の汚点だと言う事も承知していた。
「いいんだ!恥じている場合じゃ無い!」
「…そうだね。今となっては、何処かの誰かに倒されて無くて良かったよ。」
壁の前で浮いていたサイキック・ゴーストが姿を消していたと思うと、ディメンジョナル・バーサーカーも姿を消していた。ドヌヴォの背後に二体とも現れたと思うと、ディメンジョナル・バーサーカーの両手の刃物状の爪が、幾度もサイキック・ゴーストを引き裂く。堪らず姿を消すサイキック・ゴースト。だが、それでも大したダメージは与えてはいなかった。
「これで私とドヌヴォの魔力消費を少しは抑えられる。ただ、元々ロゲールの仇討ちの相手は、サイキック・ゴーストじゃ無い。だから、神具や呪いの武具等は同化させてない。奴の妨害は出来ても、倒す事は不可能だ。ゲルキアン!まだか!」
「もう少し…、もう少しだ!」
「ロゲール・ジェファーソン…。」
シャルの口から出たこの名。
このロゲール・ジェファーソンとは、今、イルヴィニ達の目の前でサイキック・ゴーストと戦っているディメンジョナル・バーサーカーが、かつて人間だった頃の男の名で有る。イルヴィニとエホリマが、まだゲルキアンやラグザスタンと知り合う前に組んでいた冒険者仲間で、シャルの旧知の知人でも有る。ロゲールは、自分の家族を殺したある上級悪魔を倒す為、自ら望んでディメンジョナル・バーサーカーにしてもらう様、イルヴィニに懇願して来たのだ。
ディメンジョナル・バーサーカーを造り出す魔法は、セグジファの正魔法に於いて、禁忌の魔法儀式とされている。だが、イルヴィニは止む無く、ロゲールの願いを聞く事にした。
その禁忌の魔法儀式には、儀式を行う正魔導師オリジナルのエンブレムが彫られた”九本の鋼鉄製の杭”が必要である。その九本の鉄杭を作成したのが、他でも無いエホリマである。そして、何より当の本人が、己の人生を捨ててでも、必ずやディメンジョナル・バーサーカーになると言う強い意志が必要なのである。
ディメンジョナル・バーサーカーとなったロゲールは、仇である上級悪魔を倒す事が出来た。だがそれは、当時のイルヴィニ達の仲間であるもう一人の“戦士の男”の策略であった。”戦士の男”は錬金術に於いて、途方も無い価値のある上級悪魔の”骨”を手に入れるのが目的だった。だが、攻撃魔法を使用して倒した場合、骨の価値は失われる。その為、イルヴィニに戦わせない様に仕向けたのだ。
大抵のディメンジョナル・バーサーカーは、目的の敵討ちを完了すると自我を失い、永遠に歪曲空間をさまよう。その後、イルヴィニとエホリマは、自分達を騙して利用したその”戦士の男”とは完全に決別している。
正魔導師は、自らが儀式で作り出したディメンジョナル・バーサーカーのみ、召喚して従わせる事が可能なのである。
皆の武器とロゲールに依る妨害、そして、イルヴィニとドヌヴォの魔法で何とか時間を稼いでいた矢先、サイキック・ゴーストが突如、複数現れた。
「クソッ、魔力が…。」
「分身だと?!」
目の前の光景に、思わず魔力の限界を告げるドヌヴォ。サイキック・ゴーストの個体数が増えたのでは無く、最初から相手している個体の”分身”だと気付くイルヴィニ。最早どれが本体か不明だが、それでもロゲールは歪曲空間から四肢と頭を、別々な宙空から出現させて攻撃。両腕は鋭い爪、両足は蹴り、頭は鋭い牙で噛み付き等の攻撃で、五体までは妨害し続けていた。だが、六体目と七体目が同時にイルヴィニに迫る。前後で挟まれ、一体は『五元の杖』で妨害したが、一瞬の隙を突かれ、もう一体にその杖を掴まれてしまう。
「?!」
サイキック・ゴーストの顔がイルヴィニの顔に迫る。その時、
「おい!見て欲しいんだろう!この“眼”がお前を見ているぞ!」
広間にゲルキアンの声が響いた。すると、イルヴィニの顔に迫っていたサイキック・ゴーストは姿を消した。それだけは無い。分身は全て消え、広間の中央に浮いている一体、則ち本体に集約されていた。ゲルキアンの手には、先程まで字矢の手に取り憑いていた『邪眼のナイフ』が有る。更には、ナイフの球体の部分が、瞼を大きく開いた人の“眼球”その物と化していた。その生々しい“眼球”がサイキック・ゴーストを凝視していた。広間を支配する威圧感とはまた別の威圧感が『邪眼のナイフ』の”眼球”から放たれている。
「ウッ…ウウッ…アッ…ウッ…ウッ…。」
今まで声を発する事が無かったサイキック・ゴーストが、初めて不気味な呻き声を発しながら、今までにも増して、首や両肩、両腕を激しく小刻みに意味不明な動きをさせていた。
「クッ…。」
『邪眼のナイフ』が激しく振動した。堪らず両手で抑えるゲルキアン。“眼球”の瞼は更に開き、サイキック・ゴーストに向かって紫色の光の様な物が放出された。すると、サイキック・ゴーストの動きが止まり、宙空で停止した。不気味な呻き声が止まったかと思うと、サイキック・ゴーストの血みどろの衣服、更には、長い金髪から全身の皮膚・筋肉・内蔵の順で蒸気の様な物を発しながら徐々に溶けて行った。恰もエズの肉体が滅ぶ時の様である。だが、エズの時と異なり、地面に骸が落ちる事も無く、蒸発しながら身体の骨も崩れ消えて行く。そして、最後に残った頭蓋骨も、蒸発しながら完全に消えた。それと同時に広間を支配していた威圧感も無くなっていた。それを見届けたゲルキアンは、急ぎ懐から取り出した二枚の金属札で“眼球”の視界を遮った。すると、“眼球”は瞼を閉じて、『邪眼のナイフ』の振動も収まった。
「ハァ、ハァ…。」
肩で息をしながら、片膝を地面に着けるゲルキアン。その疲労状態の中、ゲルキアンは複数枚の金属札で『邪眼のナイフ』の刀身を覆うと腰袋から取り出した革紐でグルグル巻にして縛り付けた。言わば応急の封印である。
「殺ったか…。」
ドヌヴォもその場に片膝を着いていた。
「…助かったのかい?」
エホリマが恐る恐る口を開くと、
「アッ!」
イルヴィニが慌てて『正魔導書』を下に向けて開き、念じ始めた。程無く、ディメンジョナル・バーサーカーであるロゲールの全身が、宙空に現れたかと思うと、直ぐに消えた。攻撃の的を失った事により暴走の恐れがある為、召喚を解除して歪曲空間へ追いやったのだ。
肉体的にも精神的にもほぼ限界の五人は、暫くその場から動けないでいた。漸くサイキック・ゴーストを倒す事が出来た実感が沸いたその時、広間の奥の通路から、複数の足音と鎧の音が聞こえてきた。程無く、その音の主共が姿を現した。
「クソッ、魔力はもう…。」
「私も…ついて無い…。」
ドヌヴォとイルヴィニが顔を引き攣らせながら呟いた。
「エホリマ、シャル、動けるか?」
ゲルキアンの声に、歯を食いしばりながら立ち上がる二人。エホリマは正面を凝視しながら、
「首無し騎士が一、”異界の妖魔導師”が二、それに、確か彼奴は!」
「レグレ・アルガス。アポレナ配下の聖騎士です!」
シャルの言葉にイルヴィニが思わず、
「まさか、アポレナ王妃が…。」
「いや、他に気配は無い。」
イルヴィニの疑念をゲルキアンが払った。
レグレは、騎士の鎧を身に着けているが、相変わらず頭には何も着けてはいない。盾も無く、刀身が紫色で光沢の無い諸刃の剣を手に通路の入口付近に立ち止まっている。レグレとは異なる形状の鎧を身に着け、諸刃の剣と盾を手にした首無しの魔物=“デュラハン”が一体、レグレの隣の位置から、こちらにゆっくりと歩いて来る。その背後に肌艶の良い“異界の妖魔導師”が二体、杖を手に今にも呪文を唱えようとしていた。シャルの手にする弓から、三本の矢が同時に放たれる。だが、無情にもデュラハンの剣と盾に三本とも防がれた。その時、
「?!」
広間に轟音が響いた。連続して三回。何事かと呆気にとられる一団とレグレ。
「あの若作り騎士野郎…。何で生きてやがる?!」
叫び声の主は、スナイパーライフルを構えた字矢であった。二体の”異界の妖魔導師”は、七・六二ミリNATО弾に口から後頭部を貫かれて絶命。既にチリと化していた。右膝を貫かれたデュラハンは、バランスを崩して片膝を着いていたが、直ぐに立ち上がった。そのデュラハンに字矢は、既に持ち換えていたアサルトライフルを掃射。盾で防ぎながらも堪らず、後ろに飛び退くデュラハン。その動きは、宙を浮きながら、何かに引っ張られるかの様な不自然で異様な物で有った。字矢はアサルトライフルのリリースボタンを押すと、弾の尽きたマガジンが地面に落ちるより先に予備マガジンを装着、コッキングレバーを引くと、レグレに向けて引き金を引いた。だが、地面から湧き出で来た何かに遮られた。
「粘土傀儡!」
イルヴィニが叫んだ。
「ウウッ…ググッ…。」
何かの“術”を講じてクレイゴーレムを召喚したレグレ。抑々、デュラハン程の魔物をも従わせているレグレではあったが、泣き声を堪えつつも、両眼から涙をポロポロ流しながら悔しそうに字矢を睨み付けると、デュラハンと共に回れ右をして、そそくさと逃げ出した。二メートル超えの土塊の人型は、アサルトライフルの連射を受けながらも、怯むこと無く近づいてくる。だが、ダメージの蓄積の為か、それともレグレが立ち去り“術”が解けたせいか、マガジンの弾が尽きたと同時に途中で土煙を上げながら砕け散った。広間は暫く静寂に包まれた。
「おおう、スッゲー!あの時に見たのと同じだ!」
イルヴィニの感嘆の声がその静寂を破った。
「やっと目が覚めた様だな。助かったぜ…。」
ゲルキアンの声は、安心したせいか、力の抜けた物になっていた。
ドヌヴォ、エホリマ、シャルの三人は、直ぐに広間内と全ての通路の確認をしていた。脅威が無い事が分かると、エホリマが改めて皆に知らせた。字矢はアサルトライフルを降ろして、一団の方を向くと、左腕の『神使いの腕輪』を見せながら、
「その腕輪…あんたがイルヴィニだな。俺はアザヤ、アザヤ・カキザキだ。宜しく頼む。」
「アザヤ、やっと会えたな!そうだ、私がイルヴィニ、イルヴィニ・ポー・ジュベルだ。任せろ!」
イルヴィニもまた、右腕の『神使いの腕輪』を見せながら応えた。イルヴィニは続けて、
「何を隠そう、“呪いのナイフ“を握り締めたまま倒れているアザヤを真っ先に見つけたのは、この私だからな!」
何故かまた自慢気に話すイルヴィニに、
「“呪いのナイフ”?あのナイフ、呪われていたのか?!」
「そうだ。『神使いの腕輪』を身に付けていなければ、お前はナイフの呪いでとっくに死んでいたぜ。この迷宮内では、何か見つけても無闇に触る物じゃねぇ。と、言いたい所だが、この『邪眼のナイフ』のお陰で俺たちも全滅を免れた。助かったよ。申し遅れたな、俺はゲルキアン、ゲルキアン・ディケンズだ。」
字矢は、名乗りながら右手を差し出すゲルキアンと握手を交わす。続けてドヌヴォ、エホリマ、シャルとも握手を交わした。
「全滅を免れたって…さっきの騎士野郎と“異界の妖魔師”とか言う奴等にか?」
字矢が尋ねると、未だに荒い息をしているエホリマが、
「いえ、アタイ等、直前まで奴等なんかとは比べ物にならない強敵の相手をしていてね…。」
続けてイルヴィニが顔を強張らせながら、
「サイキック・ゴースト。遭遇したら最後、普通なら何も出来ずに一方的に殺されるのが必至の最悪の魔物だ。本来は、ハイエンシェント達が影で人知れず始末してはいるが、それでも…。」
「ハイエンシェント、三つ目の生き神様達か?」
ハイエンシェントと聞いて字矢が聞き返した。
「うんうん、そうだ。稀にだが、その生き神様達の目を掻い潜って、人を襲って来る個体がいるから洒落にならない。」
「…ユルザからは何も聞いて無いぞ…。」
青ざめた顔の字矢にドヌヴォが、
「お前さんを不安にさせない為だろうなぁ。」
「ところで、そのユルザは?姿が見えませんが…。」
若干、焦り気味のシャルが字矢に尋ねた。
「“トゥリー・イン・リーフ”とか言う魔物に、何処かへ飛ばされた。」
「まさか?!」
驚くシャル。エホリマが気の毒そうに、
「あの百年に一度、会うか会わないかの希少な化物に出くわすとはねぇ…。」
続けてイルヴィニが何故か楽しそうに、
「アザヤ、お前、よく助かったな?」
「寸前でユルザに蹴り飛ばされた。お陰で魔物の”術”の範囲外に逃れて助かった。」
「けっ、蹴り飛ばされたのですか…。」
再び驚くシャル。続けてエホリマが、
「流石、ラグザスタンの頭!身を挺してアンタを助けたってトコロだね。誉れだねぇ。と、まぁ…そうは言っても、何処に飛ばされたのやら…。」
「ユルザの事だ、心配ねぇだろう。今までも“道具”を使っての“転送“で、失敗した挙句、何処だか分からねぇ所に飛ばされたのも、一度や二度じゃねぇしなぁ。」
一同は、ドヌヴォの自信満々の言葉に納得した。
字矢は、何気なく目をやった先の地面に、横たわる死体らしき物に気付いた。思わずゲルキアンの方を向くと、
「あれは?!」
「俺たちの仲間だ。サイキック・ゴーストに真っ先に殺られた。」
「俺がこんな所で倒れていたせいか。すまない…。」
すると、イルヴィニが、
「お前のせいじゃ無い。恐らく本来の合流地点に居たとしても遭遇しただろう。それに『邪眼のナイフ』が無ければ、私等の魔力が完全に尽きた時には、アザヤ、お前も含めて全員あーなっていた。それ程の魔物だ。」
「長居は無用です。フォイウーの所へ急ぎましょう。」
「仲間の亡骸は?いいのか?」
「サイキック・ゴーストに殺された者の死体に触れるのは危険だ。それどころか、離れた所から祈りを捧げるだけでも何が起こるか分からねぇ。それに、復活や蘇生の類の魔法も無効化されちまう。残念だが、エズの野郎とはここで本当にお別れだ。」
字矢の問に、顔を顰めながらドヌヴォが答えた。 意を決したゲルキアンが、入って来た通路の入口を見ながら、
「さて、改めて先を急ぐか。と言いたいところだが…。」
「アタイ等、正直、体力の限界だよ…。」
「あぁ、魔力も殆ど残っていない。これでは転送魔法で、フォイウーの所へ行くのは無理だな…。」
先程の明るい声とは裏腹に、現実を思い出したのか、エホリマとイルヴィニは暗く力の無い声で呟いた。すると、字矢は、急いでバッグパックのポケットを開けながら、
「ちょっと待ってくれ、コレ、使えるか?」
字矢は、色違いの小さな革袋を二つ取り出すと、
「回復薬だそうだ。ユルザから持って行けと渡された。」
早速、ゲルキアンが中を確認する。見ると、双方とも複数の丸薬が入っていた。
「片方は体力、もう片方は魔力の回復薬だな。助かるぜ。手持ちは全部使い果たしたからなぁ。」
一団は、体力回復の丸薬を手にすると、直ぐに飲み込んだ。イルヴィニとドヌヴォは、更に魔力回復の丸薬も飲み込んだ。皆、全回復では無いが、問題は無さそうである。
「イルヴィニ、行けるか?」
ドヌヴォが尋ねた。
「うん、十分だ。みんな、私の傍に、アザヤも。」
皆、囲む様にイルヴィニの傍に集まった。イルヴィニの手にする『正魔導書』が光る。すると、皆が一瞬、強い光に包まれる。その直後に強風が渦巻いた。その強風が段々と弱まり、収まった時には、字矢と一団の姿はその場から消えていた。