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第十九章 影の守護者たち

「あっ!目が覚めたようね?」

「?!」

字矢は驚きの余り、寝ていたベッドから飛び起きた。

「あっ、あぁ、御免なさい!驚いたわよね。安心して、ヘンリエットの仲間よ。私はユルザ、ユルザ・ソホヴァー。ここの責任者よ。アザヤ、無理しないで、まだ休んでいて…。」

ユルザは慌てながらも、敵意の無い態度で字矢を落ち着かせる。

極薄軍用宇宙服は着用しているが、ヘルメットと両手のグローブは外して、素顔を見せていた。左手の中指には“翻訳の指輪”を嵌めている。字矢から見れば、ヘンリエットと同様に言葉は判るが、口の動きは合っていない。急に起き上がったせいか、字矢は目眩がして再びベッドに身体を預けた。

「身体と内臓は完治しているけど、出血量が多かったから、まだ体力が戻っていないわ。」

「…ここは何処だ?ヘンリエットは無事なのか?」

「ここは地下迷宮内に有る私達のアジト。ヘンリエットも無事よ。回復の為に今は眠っているわ。動ける様になるまでには、時間が掛かるけど…、でも大丈夫。安心して。」

目眩が治まった字矢は、改めてゆっくりと起き上がる。軍用迷彩服とブーツだけは身に着けたまま寝かされていた様だ。

字矢はそのままベッドの縁に腰掛ける形で座った。辺りを見回す。石材で造られた部屋の様だ。壁には同じ大きさの“光る石”が等間隔で配置されている。テーブルと複数の椅子、床には絨毯、それと隣の部屋に続くと思われる扉が二つ確認出来た。そして、字矢が今座っているベッドは部屋の片隅の壁際に有る。

字矢は改めてユルザの顔を見た。真っ白い肌に紫色の唇と瞳、髪も紫色をしていた。ヘンリエットから聞いたラグザスタンを束ねるクィーン・ヴァンプだと気付いた。

ユルザは字矢の目の前に有る椅子に腰掛けると、

「御免なさい。もっと早く駆け付ける事が出来れば…。」

「いや、ヘンリエットからラグザスタンの事は聞いていたよ。助かった。ありがとう。」

「こちらこそ、私達が探していた“異界の化物”を見つけてくれた上に一緒に倒してくれたって、ヘンリエットがまだ意識が有る時に教えてくれたわ。貴方の名前と一緒にね。お陰でこの国の人々がどれだけ救われた事か…。」

ユルザの話の途中で、部屋の扉の一つが開いた。一人の人物が入って来るや否や、

「柿崎さん!意識が戻ったのね!あぁ、良かったわ!」

それは、叫びにも近い女性の声で有った。

「?!」

驚いてその声の主の方を見た瞬間、字矢は息を飲んだ。その美女の顔には、両眼とは別に眉間と額の間にもう一つ、紛れも無く“眼”が有った。両眼とは異なるのは瞼が左右に開く“眼”だ!

「…あんたが、ヘンリエットが言っていた”ハイエンシェント”とか言う”三つ目の神様”なのか…?」

「いやん、もう、何言ってるのよ、柿崎さんたら!よそよそし過ぎるわよ。」

「ちょっと、フォンシィン!」

興奮気味に話しながら、今にも字矢に抱き付こうとする三つ目の美女を、ユルザが制する。更にユルザは三つ目の美女の眼を見つめながら、小刻みに首を振った。すると、三つ目の美女は字矢とユルザを何度か交互に見返した後、最後に字矢に顔を向けると、何かに気付いたかの様に、

「えっ…、あっ!例の化物を倒してくれたって言う話しを聞いて、つい舞い上がっちゃって…御免なさいね。私の名はフォンシィン。貴方の言う通りハイエンシェントよ。神様だなんて、もう、ヘンリエットったら、褒め過ぎなんだから♡」

“レイヤーストレートのロングヘアー”は銀色に輝いていた。人間と変わらない色白の肌と黒く澄んだ瞳の三つ目、足にはハイヒールのブーツ、前を開けた淡いピンクの“コートドレス”。その下は、首からブーツの中まで濃紺のボディースーツに身を包んでいるラグザスタン所属のハイエンシェントの美女=フォンシィンは、極めて明るく人懐っこい性格の様だ。そのボディースーツは、ユルザの極薄軍用宇宙服よりも更に薄く、腰のくびれを始め、身体の線がハッキリ判る。いや、ハッキリ判るどころではない。ボディースーツ自体、フォンシィンの身体の凹凸と同形・同サイズの為、コートの下は着てはいるが裸同然である。少し身体を動かすだけでも、形の良すぎる巨乳が揺れていた。

話し終えたフォンシィンは、一瞬ユルザの方を見てから直ぐに字矢を見ると、

「アザヤさん、このアジトは私が造った“結界”で守られているから安心して、元気になるまでゆっくり休んでね。あっ…ユルザ、私、ティボルとヘンリエットの様子を見てから、いつも通り中心の部屋に戻るから…。」

そうユルザに告げると、フォンシィンは足早に先ほど入って来た扉まで歩いた。扉の前で立ち止まると、振り向いて字矢に向かって笑顔で明るく手を数回振った。その後、再び扉に向き直ると、隣の部屋へと消えて行った。

フォンシィンの寂しそうな姿を心配そうに見つめていたユルザ。ハッと気付いて字矢の顔を見ると、

「アザヤ、びっくりさせて御免なさいね。でも彼女の言う通り、体力が回復するまでは休むのよ。勿論、食事も用意するし、トイレと身体を洗う部屋も有るから安心して。それと、時計も有るから昼と夜の感覚が判らなくなる事も無いわ。」

「ありがとう。ただ、差し当たり気になった事が…。」

字矢は今し方、フォンシィンが話しているのを見て気が付いていた。フォンシィンの両手の指には、指輪の類いは一切無かった。つまり、ヘンリエットやユルザの様に“翻訳の指輪”は嵌めて無い。而も字矢に話し掛けている時の口の動きが完全に合っていた。フォンシィンは字矢が理解出来る“日本語”を話していたと言う事だ。その事をユルザに告げると、

「えっ、あぁ…あのね、フォンシィン達ハイエンシェントは、私たち上級の吸血鬼から見ても遥に超越した存在なの。話し声を二言三言聞いただけで、どの種族のどこの国の言語か見抜いて、而も記憶の奥底から引き出して普通に会話するくらい訳無いのよ。正しく神様の“神通力”ね。そうそう、言うのを忘れていたけど、貴方の身体を瞬時に回復させたのはフォンシィンの“神通力”なのよ。但し、陽光の下では生きられない私たち吸血鬼には、ハイエンシェントの“神通力”での回復は不可能なの。だからヘンリエットには吸血鬼独自の治療を施している所よ。」

「そうか…そうだよな…。三十万年以上も寿命が有る神の様な存在って、ヘンリエットが言っていたからな。そのくらい余裕だよなぁ…。」

字矢は疑う事なく納得した。

「命の恩人に礼を言わせてくれ。」

そう言うと字矢は、ベッドから立ち上がろうとするが、力が抜けて倒れそうになる。ユルザは咄嗟に字矢の両肩を抱えると、

「まだ無理よ。横になっていて。フォンシィンなら余程の事が無い限り、このアジトから出る事は無いわ。アジトを守る“結界”維持の為にね。体力が回復したら何時でも会えるから。」

この後、字矢はユルザに言われた通り、アジトで二日間ほど静養した。

体力が回復してすっかり元気になった字矢は、早速フォンシィンに会おうとしたが、ユルザから、今は結界の更なる強化の術を施している最中なので、会うのは後日にしてほしいとの事であった。その為、ヘンリエットの治療を施している部屋へ先に案内して貰う事にした。部屋に入ると、床に置かれていたのは”棺”では無く、樹脂と金属で出来たカプセルの様な物が五機ほど設置されていた。カプセルの内の一機にヘンリエットの姿が有った。前面は透明パーツで出来ている為、中で横になっている者の姿が良く見える。字矢とユルザはヘンリエットのカプセルの傍らで片膝を付くと、

「ヘンリエットの容態は?」

「順調に回復しているわ。もう少しね。」

「そうか。」

字矢は、別のカプセルで横になる男の姿に気付いた。

「ユルザ、あの男は?」

「ティボル・アランサバル。私達の仲間で、上級の吸血鬼よ。彼も深傷を負って治療中なの。有り得ないほど強い魔物と一人で戦ってね。その魔物は、駆け付けた他の仲間達が何とか倒したので、殺されずに済んだわ。」

「確かラグザスタン所属の吸血鬼は三人だよな。その内の二人が戦線離脱状態か…。悪党どもの親玉はこの国の王妃だと、ヘンリエットから聞いた。最強の魔道師だとも。ユルザ、その王妃を倒すなら手伝わせてくれ。俺に出来る事なら何で…。」

「ダメよ!アザヤ!」

ユルザは、先ほどまでの柔らかい口調とは一変、鋭い口調で字矢を一喝した。

「貴方にしてみれば、六万三千年以上の未来で既に数日間滞在しているのよ。これ以上今の“時間”に馴染んでしまえば、本当に戻れなくなるわ。言ったでしょう、王妃が異界から持ち込んだ“化物”を見つけて出してくれた上に、倒してくれた。それだけで十分よ。王妃一派にとっては、これ以上の大打撃は無いわ。暫くは何も出来ないはず。それに、何れにしても今直ぐ王妃を倒すとか、そんな単純な状況では無いのよ。」

「そうか…すまない。ん?!ユルザ、俺が六万三千年以上前の過去から来た事、よく分かったな?」

ユルザから特に聞かれなかったと言う事も有るが、字矢はこの二日間、自分が何者で何処から来たかを話してはいなかった。話したと事と言えば、ヘンリエットと共に“逆さ死体”と戦った時の事ぐらいだ。ユルザからヘンリエットがどの様なダメージを受けたかを確認したいと言われたからである。

「えっ、あっ、あぁ、あの実はね、焦らすといけないと思って言って無かったけど、見つけたのよ。貴方がこの時代に来る為に乗って来た乗り物らしき物を。」

痛い所を突かれたのか、焦りながら話すユルザの口調には既に鋭さは無く、元の柔らかい口調に戻っていた。

「本当か?!」

「えっ、えぇ、本当よ。明らかにこの時代の物では無いから直ぐに判ったわ。偶然だけど私達ラグザスタンの協力者が真っ先に発見してくれたお陰よ。変な奴が先に見つけなくて本当に良かったわ。それでね、その乗り物を魔法で調べたら、六万三千年以上前から時間を超えて来た物だって事が判ったのよ。」

「そうだったのか、魔法で調べたのか。」

「そう、魔法で調べたの。」

字矢は疑う事も無く、ユルザの言葉に納得していた。

「乗り物の状態からして、想定外のトラブルでしょう。探していたのよね?」

「あぁ、“光る石”を二つ回収して、時間内に帰還するだけの簡単なミッションのはずだった。だが、地盤沈下で、カプセルポッドや必要な装置類がはるか下の空間らしき所に落ちた。地盤沈下の穴から直接降りる事も出来ず、別ルートから落ちた場所を目指した。それからは地獄だったよ…。」

「行きましょう、アザヤ。早い方がいいわ。と言っても、色々と準備が有るから出発は明日以後になるわね。それと、発見されてから直ぐに仲間のハイエンシェントが、その広間一帯に術で“結界”を張りながら見張って居るから、誰にも見つかる心配は無いわ。」

ユルザは、字矢を勇気付けるかの様に話す。だが、字矢の表情は曇ったままだ。

「カプセルポッドは指定の時間になったら問答無用で帰還する仕掛けになっていた。それがまだ有ると言う事は、間違い無く故障しているなぁ…。とてもじゃ無いが修理出来る代物じゃない。最も帰還されていたら、それはそれで帰れないが…。」

そう来ると思っていたユルザは、待って居ましたとばかりに、

「ウフフッ、それが、帰れるのよ!」

「どう言う事だ?」

「高度な魔法を使えば、例えその乗り物が壊れていても帰る事が出来るわ。」

「ユルザがその魔法を使えるのか?」

「いいえ、私じゃないわ。その高度な魔法を使えるのは、私達の仲間の正魔導師、イルヴィニ・ポー・ジュベルよ。現存者で二人いる最強の称号を与えられた正魔導師のうち、一人はこの国の王妃、もう一人がイルヴィニよ。でも実力は間違い無く極悪王妃より上だわ。明るくて元気な、而もお淑やかでカワイイ人間の女子よ。期待して。」



「キャハッ、ハッ、ハッ…あっ空だ。おねぇーさーん!もう一杯ちょーだーい。それと、”骨付き肉のグリル盛り合わせ”もねー。」

「おい、イルヴィニ。飲み過ぎだぞ。」

「それにまだ食う気かよ。そのうち醜いブタになるぜ。」

「エホリマが元気に復活したお祝いなんだからね!ドヌブォにエズ!詰まんない事言ってんじゃないわよ!」

イルヴィニの一団は酒場にいた。但し、五人である。ゲルキアンの姿だけが無い。酒場に入って暫くは一緒だったが、イルヴィニが出来上がる少し前に席を立ち、酒場の外へと出て行った。それからは戻って無い。

小国”メッシュランド”の王都、その中心に有る城から約一キロ南東に有る八階建ての宿泊施設。その三階が全てレストランと併用の酒場となっていて実に広い。王都内に有る宿泊施設の中では最大である。更にこの施設の外と中には常に“司法局王都中央廻り”の侍が複数名、交代で警備に付いている。侍達の装備は、刀と十手、防具は胴丸鎧・籠手・脛当てだ。中でも女性の侍達は胴丸鎧の代わりに女性用の縅鎧を身に着けている。胸回りに自然な膨らみが有り、各人の体型に合わせて造られた鎧と思われる。頭部は皆、額当てのみで、顔がはっきりと見える。その為、客は皆、安心して施設を利用していた。

この施設の道路を挟んだ筋向いには司法局本部が有る。ここから南南西、王都の隣の商業市街地、その隣の居住区の外れから更に進んだ先に“隔離迷宮“の入口が有る。“隔離迷宮“の入口となる建物は、四方を高く頑強な塀に囲まれており、その塀の内側には、日夜、警備と迷宮を出入する者達の確認を行う国王軍騎士団の詰所となる建物も有る。それに以外は塀の廻りも含め、その名の通り何も無い。

酒場は多くの客で賑わっていた。注文の品がテーブルに置かれた途端、肉にガッ付くイルヴィニ。エホリマは楽しそうに片肘付きながら、

「そう、そう、気にしなくても大丈夫だよイルヴィニ。アタイが後で食べ過ぎても太らない、秘伝のエクササイズを教えて上げるからね。」

ニコニコしながら口の中に残っている肉を酒で流し込むイルヴィニ。その姿を楽しそうに見守るシャルが、

「エホリマは勿論ですが、イルヴィニもすっかり元気になりましたね。一安心です。」

エホリマが完全回復するまでのイルヴィニは、人前では明るく振る舞っていたが、明らかに引きずっている事は皆が気付いていた。それだけに、一遍の陰りも無い今のイルヴィニを皆、微笑ましく思っていた。

今のイルヴィニが身に着けているローブは“赤”では無い。”セグジファ”のエンブレムの刺繍も一切無い地味な深緑のローブだ。だがこの深緑のローブは紛れも無く“セグジファの赤ローブ”である。元より地上に居る時は、周りに素性が知られない様、ローブに偽装魔法をかけておくのが常である。

一団は他愛も無い話で盛り上がっていた。そんな中、シャルは自分の斜め前の壁に背を向けて、酒場内を警備している中年の侍を時折気にしていた。ゲルキアンが酒場を出て行った時からである。気にし出してから四十分位経った頃だろうか、凛とした髪の短い女性の侍が下階段を悠然と上がって来た。酒場の外から来たと思われるその女性の侍は、中年の侍に耳打ちすると、直ぐに回れ右をして下階段を悠然と降りて行った。中年の侍は、シャルが自分の方を見ている事に気付くと、目を見ながら軽く首を縦に振った。シャルが頷き返す。

「皆さん。準備が出来た様です。行きましょう。」

シャルの声が一団の他愛もない話を遮ると、

「えー!まだ全部飲んでない!食べて無い!」

駄々を捏ねるイルヴィニの肩に、エホリマが手を回す。イルヴィニの耳元で優しく、

「イルヴィニ、ユルザからまた面白い話し、い~っぱい聞けるよ!」

「ユルザから?!面白い話し?!うんうん、行こう!早く聞きに行こう!」

それを見ていたドヌブォが吹き出しながら、

「ブッハハッ、本当に分かり易い奴だなぁ。お前は。」

一団は、二日前にユルザから話しが有ると“鏡”に依って連絡を受けていた。但し、重要な内容の為、アポレナ達に魔法通信を傍受されない様に、安全な場所で“鏡”使う手筈を整えてほしいとの事で有った。今回が初めてでは無い。一団はこの様な時の為に安全に“鏡”を使える場所のツテを確保していた。その内の一つ、裏でラグザスタンと繋がりがある司法局の協力の元、”司法局総合武術道場”の数ある控え室の一室を借りる事にしたのだ。警備が厳重な事は言うまでも無く、魔法等の干渉に対しても堅牢である。だが、その控え室へ先に出向いたのはゲルキアンであった。本来であれば、“鏡”を扱えるのは魔法を使える術者である。ユルザの機転で更に用心の為、通常の“鏡”では無く、双方共に“呪いの水晶玉”を用いる事にしたのだ。呪いのアイテムは正魔法と相性が悪い。その為、よりアポレナ王妃に魔法通信を傍受され難い。そこで一団側では、イルヴィニやドヌブォでは無くゲルキアンの出番と言う訳である。先ほど酒場に悠然と現れた女性の侍は、ゲルキアンの準備が完了した事を知らせる為に、中年の侍の元に来たのである。

一団は金を支払うと、酒場の階から降りて外に出た。夜も更けて外は暗かったが、街灯と周辺の建物の窓からの明かりで十分周りは見える。一団は道路を渡ると、司法局の正門前に着いた。正門を警備する侍が、一団を見るなり直ぐに正門を開けてくれた。一団は先へ進んだ。司法局本部棟の横を通り、同じ敷地内に有る司法局総合武術道場の入口前に着いた。正門同様、入口を警備する侍が直ぐに通してくれた。こうして、抱えられつつ、引っ張られながら歩くイルヴィニを列の三人目として、五人は道場の中へと消えて行った。



 一夜開けた。と言っても、部屋の片隅に有るアンティーク調の柱時計の針が朝を知らせてくれているだけだ。この地下迷宮の中では、当然の事ながら陽光を浴びる事は不可能。光と言えば昼夜問わず“光る石”の光だけである。字矢はユルザと共に朝食を食べていた。食べながらユルザは、昨日の夜にイルヴィニ達六人と“水晶玉”に依る魔法通信で、打ち合わせをした事を字矢に伝えた。すると、

「水晶玉?!まさか相手の顔が映って、声も聞けるのか?」

「えぇ、相手の顔を見ながら直接話が出来るわ。でね、今回は特別、用心の為に『談合の水晶玉』と呼ばれる“呪いの水晶玉”を使ったけど、大抵は“魔法の鏡”を使うのよ。」

「”呪いの水晶玉”?」

「そう、”呪いの水晶玉”よ。“魔法の鏡”も大抵は問題無いけど、あの極悪アポレナ見たいな凄腕魔導師にかかると、“魔法の鏡”での会話が盗み聞きされてしまう可能性が有るのよ。でも、呪われた道具を使えばその心配は無いわ。呪われた道具はアポレナの使う魔法と相性が悪いからね。恐らく魔法に依る通話をしている事自体、気付かれなかった筈よ。」

「そう言う事か。水晶玉に鏡、本当にファンタジーの世界だな。」

朝食が終ると、二人はアジト内に有る武器庫へ向かった。部屋に入ると、壁一面に数十丁の銃器が掛けられている。それ以外にも、部屋の壁際に置いて有る数個の木箱や金属のケースにも銃器が収納されていた。殆ど字矢が本来生きている時代或いは、それ以前の時代の見覚えの有る物ばかりである。字矢は、石島の研究棟で銃を選んでいた時の事を思い出さずにはいられなかった。

「アザヤ、遠慮しないで好きなのを選んで。四十五口径とスナイパーライフルの予備マガジンはここに置くわね。」

そう言うとユルザは、四五ACP弾が装填済みのマガジンを三本、七・六ニミリNATO弾が装填済みのマガジンを三本、計六本のマガジンを武器庫の隅に有る”置き台”の上に置いた。勿論、マガジン自体、字矢が元々持っている銃種の物である。

「助かるよ。」

「アザヤ、奥の部屋も見る?」

この部屋の奥には、ヘンリエットが言っていた各種銃弾の製造設備と、字矢にしてみれば、所謂未来のハイテク武器を保管している部屋が有った。

「やめておくよ。ここに有る使い慣れた銃で十分だ。ありがとう。」

字矢は断った。石島の言葉を思い出していたからである。

「選んでいて、アザヤ。直ぐに戻るわ。」

そう言うと、ユルザは部屋を出て行った。 言われた通り選び続ける字矢。

「九ミリは無いとなぁ…。」

字矢は金属ケースから一丁の拳銃を取り出した。ドイツのメーカーの九ミリ自動拳銃で軍用拳銃として有名な銃だ。ダブルカラムの銃だがこの際構わない。一通り探したが、シングルカラムの九ミリ拳銃は、ここでは見当たらなかったからだ。

「もう一丁は、アサルトライフルにするか…。」

次に字矢が手にしたのは、サブマシンガンでは無く、イタリアのメーカーのアサルトライフルだ。五・五六ミリNATO弾を使用カートリッジとするこの銃は、部品換装無しで排莢方向を容易に変更可能なのが特徴だ。一般的にはあまり知られて無いが、イタリア軍正式採用の高性能銃である。

「ショットガンは…要らないな。今思えば、最初から持ち過ぎだったからなぁ…。」

「お待たせー。」

字矢の呟きが終わるか終わらないか位に、ユルザが戻って来た。金色に輝く筒状の物を手にしている。

「ユルザ、それは?」

「これは『神使いの腕輪』と言って魔法の道具よ。これが有れば間違い無くイルヴィニ達と合流出来るわ。」

そう言うと、ユルザは『神使いの腕輪』の表面に有る複雑な模様の一部を指でなぞり始めた。すると、『神使いの腕輪』は中心軸に平行する形で上下に別れた。言わば筒状の腕輪が“縦割り”で別れたのだ。

「これはその名の通り“腕輪”よ。アザヤ、左右好きな方の腕を出して。」

「あぁ、これでいいのか?」

字矢は左腕の袖を捲ると、拳を前に出す様に突き出した。アジトで目を覚ましてから間もなく、腕時計を紛失している事に気が付いた。何処で無くしたのかは、今更判るはずもない。その為、今となっては『神使いの腕輪』を装着するのに都合が良かったからである。

「えぇ、いいわ、動かないでね。」

ユルザは金色に輝く二つの半筒を一つずつ両手に持つと、その二つの半筒で字矢の左手首辺を挟んだ。すると、二つの半筒はくっついた。継ぎ目も無く、筒状の『神使いの腕輪』に戻った。

字矢は自らの左腕に装着された、輝く腕輪をまじまじと見ながら、

「この腕輪、何かしっくり来るな。身体も少し楽になった気がする。」

「でしょう!“魔法の道具”の中でも“神具”と言われる程の代物ですからね。でね、この『神使いの腕輪』は本来、二つで一対なの。もう片方は、イルヴィニが裸になって身体を洗う時以外は必ず身に着けているわ。」

「つまり『神使いの腕輪』同士で引き合うと言う事か?」

「その通りよ!何が起こるか分からない地下迷宮、予定通り合流地点に辿り着けるとは限らないわ。でも、これなら何が有ろうと、何処に居ようと、必ず会えるわ!」

「そうだな、更に希望が見えて来た。必ずイルヴィニ達と合流するぜ!」

元気にやる気を見せる字矢。その直ぐ傍らに有る金属ケースの蓋の上に二丁の銃が置いて有った。それに気付いたユルザは、

「あら、選んだの、それだけ?」

「あぁ。全部で四丁有れば十分だ。銃だけじゃない。他の装備も含めて、最初から持ち過ぎだったからなぁ。今思えば、良くもあれだけの荷物を担いで、全力疾走とかやれたと思うよ。」

「それだけ必死だったのね。でも、もう無理はしなくて大丈夫よ。私も一緒だしね。」

「あぁ、そうだな。」

改めて字矢を励ましたユルザだが、残念に思う事が有った。それは、ディンガンとシュイファに連絡が付かない事である。字矢とヘンリエットを救出した直後から何度も“鏡”で呼び掛けをしているが、返事が無い。そこで、フォンシィンの“神通力”でも確認して貰った。二人は大人の“サイキック・ゴースト”退治を終えた後、続け様に大量発生にしている“サイキック・ゴースト・チャイルド”の退治を始めた事が判った。今はその最中である。“隔離迷宮”内だけでは無い、地上の国土全域、つまりは極めて広範囲を駆け巡っているのだ。最凶最悪の魔物では有るが、それでもハイエンシェントが負ける相手では無い。だが、

(一体片付けるのにも、とても手間がかかるわ。増して、地上で人々に見つからずに熟さなければならない。一般のハイエンシェントより遥かに凄腕の二人でも余裕は無いか…。頼れないわね。いいわ。何が出ようと私がぶっ飛ばしてやるわ!)

ユルザは顔の表情を変える事無く、改めて決意した。

二人は、選んだ銃器・弾薬と共に字矢のベッドが有る部屋に戻った。字矢のバックパックを始め他の装備も全てベッドの傍らに置いて有る。バックパックには、静養していた二日間の間にユルザから渡された各種回復薬も入っている。

「ユルザ、今更なんだが、ヘンリエットから聞いた話で…。」

イルヴィニ達との合流地点へ出発直前では有ったが、字矢は聞かずにはいられなかった。

「えっ?」

「ヘンリエットが無理をして銃を使っている事だ。ユルザにだけ負担を掛けたく無いと言っていたが…。」

本来ならもっと早く聞くべきである。だが、静養していた二日間は気力・体力共にそれどころでは無かった。ユルザも忙しかったのか、殆ど字矢と一緒に居なった事も有る。

「ヘンリエット、また倒れたのね。」

「あっ、いや、倒れそうになったが俺が支えた。その時に事情を教えてくれた。紫外線の蓄積が原因だと。」

「使うなってヘンリエットには言っているのよ。でも結局、出撃する時には必ず銃を持って行っちゃうのよね。」

字矢はこの際だと思い、銃の事だけで無く、この時代の人々の事など、ヘンリエットと二人きりでいた時に聞いた事を全て話した。その上にで、

「ユルザは紫外線、平気なのか?」

ユルザは自らが身に着けている極薄軍用宇宙服を指さしながら、

「えぇ、これのお陰でね。」

「見るからにハイテクな宇宙服って感じだが…。」

「その通り戦闘服を兼ねた宇宙服よ。専用のヘルメットとグローブを装着すれば完全に気密になるわ。背中に圧縮した空気を入れた専用バックパックを装着すれば本当に宇宙空間でも生きられるのよ。勿論、放射線も完全に遮断するわ。」

「ヘンリエットの分は無いのか?」

「この一着しか残って無い事も有るけれど、ヘンリエットは着る事が出来ないのよ。この宇宙服は『М・U・V・R・スーツ』と言って、ハイテクと“魔法”の融合に依って造られた物なの。“生まれてから一度も人間の血を吸った事の無いクィーン・ヴァンプ“にしか身に着ける事が出来ないのよ。」

「ん…?!つまりヘンリエットは人の生き血を吸っていたのか!」

「誤解しないで、アザヤ!決して“血の乾き“に耐えられなくて吸血したのでは無いわ。今から千年くらい前の事よ。一人は、今しばらく生き長らえる必要が有る“死の間際の人“、また別の事案では、善良な人なのに有る事情で“暗殺対象になってしまった人“。ヘンリエットは“死の間際の人”の目的を果たす為、“暗殺対象になってしまった人”の命を守る為に止む無く、生き血を吸って一時的に吸血鬼化させたよ。その後、目的を果たした“死の間際の人“は人間に戻ってから静かに息を引き取ったし、“暗殺対象になってしまった人“も、ヘンリエットが暗殺者及びその依頼者組織の関係者を全て始末した後で、人間に戻って平穏に生活していたわ。ヘンリエットが人を吸血したのは、後にも先にもその二回だけよ。」

「一時的に吸血鬼化…。そんな加減が出来るのか?」

「私達、上級の吸血鬼は元々その位の事は出来るわ。況してや私達ラグザスタンの吸血鬼は皆、先祖代々、人間の側よ。だから生まれた時から“血の乾き”に負けない訓練を受けているわ。」

「そうか、そう言う事か。」

今の字矢に、ユルザの言葉を疑う理由は無い。

「ユルザとヘンリエットが二人して”銃”を使うのは、一万七千年位前までラグザスタンに居た、銃火器を使う仲間と関係があるのか?」

「えぇ、その通りよ。本来は人間の武器だからイルヴィニ達に伝授しなければ、とは思うのだけれど…。」

「何か問題でも?」

「イルヴィニ達には、私が銃を撃つ姿を見せた事は有るけれど、使い方はまだよ。実際に触らせた事も無いわ。一万七千年位前までは、確かに人間の仲間達が使ってはいたけれど、この“隔離迷宮”内の魔物に関しても未だに不明な事も多いわ。だから、改めて私が銃で色んな種類の魔物と戦って試している状況よ。それと、当然の事だけど、イルヴィニ達は地上と迷宮を行来するわ。銃を隠し持つにしても無理が有るのよ。偽装をするにしても“魔法の道具”には頼れないわ。火薬を使用している以上、何が起こるか分からないから…。」

「そうか、偽装の問題も有るのか…。」

字矢はユルザの話を聞いていて、何か気にし過ぎている様な気がしたが、取り敢えず事情は理解した。

「それとユルザ、別の事で、もう一つ気になる事が有るんだけど、聞いていいか?」

「いいわよ。何でも聞いて。」

「今の時代の人達は何で“魔法”なんか使えるんだ?」

「簡単に説明するわね。」

「あぁ、簡単に頼む。」

「高度文明を持って“宇宙に出て行った人々“が、わざわざ細工した言わば、”置きみあげ”なの。」

「置きみあげ?」

「“魔法”を現実に使える様に地球の環境自体を変えたのよ。勿論、地球上の生物に悪影響を与えない形でね。見た目は何も変わらないわ。」

「何でそんな事を?」

「“地上に残った人々“の希望で、高度文明に関する“記憶”や地上に残っている“記録”を消したのは、他でもない“宇宙に出て行った人々”よ。当然、“地上に残った人々“は、言わば、古代中世時代に逆戻りした社会で生きる事になるわ。でね、その“地上に残った人々”に良くも悪くも、過去の同じ歴史を繰り返させない事が目的だと聞いてはいるけど、本当の目的は、地上に残った私達には判らないわね。」

「どうやれば“魔法”を使えるんだ?」

「周波数の極めて微弱な電波を放出し続ける物質或いは、金属イオンを放出し続ける物質。それ等を複数種類使用して造られたアイテムが“魔力を帯びたアイテム“よ。その“魔力を帯びたアイテム“の放出物と、人が頭で何かを考えた時に発する”脳波”が合わさった物が改造した地球環境に反応して、特定の狭い範囲で自然現象を発生させたり、生物の回復力を一時的かつ極端に向上させる事を可能にしたのが“魔法”の正体よ。だからと言って、ちょっと考えただけで、“魔法”が使えたら混乱の元でしょう。なので、“魔力を帯びたアイテム”を装備した上で、頭の中で”物凄く複雑な論理思考”を、瞬時に組み立てた時に初めて発動するの。難しい魔法であれば有るほど内容がより複雑で、文字換算で言えば、数千から数万文字に達する程の膨大な文字数になるわ。その為、訓練しても”論理思考”や”並外れた記憶力”の素質の無い者は“魔法”の習得は不可能なのよ。それとね、術者は自身の“魔力”を感じる事が出来るわ。“魔法”を発動する度に“魔力”が消費されて、“魔力”が無くなると思考が乱れて“魔法”が使えなくなるの。この“魔力”と感じる物の正体は、高度文明的に言えば“脳内の糖分“と言われているわ。」

「聞いていて良く分かったよ。俺には絶対無理だ。」

「あぁ、そうそう、これも言い忘れていたわ。この“魔法”は声に出す“呪文”なんかとは全く異なるの。たとえ、頭の中で考えた思考を声に出しても何も起こらないわ。必要なのは正確な”論理思考”を完成させた時の“脳波パターン”よ。複雑で膨大な内容を声に出すと遅くなる上に“脳波パターン”も変わるから当然なんだけどね。最もベテランの術者の中には、正確な思考をしながら全然関係ない短い言葉を叫ぶ人もいるらしいけど。この場合、正確な“脳波パターン”を維持していられる余裕が有るから出来る神技ね。」

「声に出す呪文じゃ無いのか。その辺はファンタジーの世界とは違うな…。」

「あっ、でもね、アポレナ王妃と結託している“異界の妖魔導師”達は別よ。奴等の魔法は声に出す呪文なの。だから、もし出食わしたら、迷わず奴等の口を銃で撃つのよ。」

「“異界の妖魔導師”!そう言えば、ヘンリエットからはどんな姿か迄は聞いていなかったなぁ。」

「肌の色は海の色見たいな真っ青、目と口は赤く、大抵は、不気味な紋章が描かれた真っ黒いローブを身に着けて、額には真っ赤な宝石の付いたアクセサリーを嵌めているわ。」

ユルザは更に、ハイエンシェントの”神通力”や、吸血鬼を始めとする高知能の魔物が使う”独自魔法”は、古からの物で超能力みたいな物である事、“魔力を帯びたアイテム”や“呪いのアイテム”に関しては“宇宙に出て行った人々”が作り出した物とは別に、『神使いの腕輪』や『翻訳の指輪』などの様に、古からの物や魔物等が独自の魔力で造り出した物も多数有る事を立て続けに語ると、ハイエンシェントに関して更に詳しい話しを始めた。

「超越者であるハイエンシェントには、独自の戒律が有るのよ。仲間のハイエンシェントから聞いた話しだと、この世で行動する為、敢えて“天”からの手枷足枷が科せられているの。ハンデ見たいな物ね。彼等が言う“天”と言うのもよく分からないけどね。ハイエンシェントにしか理解出来ない存在だと思うわ。でね、彼らが言うには、この世は、人間や魔物にとって良くも悪くも修行の場。その修行の場であるこの世を守ると同時に、到底手に追えない次元の脅威からこの世の全てを守るのが、ハイエンシェントの“天”から与えられし使命だそうよ。一般のハイエンシェントは、決して人や魔物の前には姿を現さないわ。まぁ、姿を現す事自体は戒律で禁じられてはいないそうだけど…。でもね、ラグザスタンのハイエンシェント達は六万年以上前、多分、アザヤの時代の頃からだと思うけど、戒律ギリギリに踏み込んで、人間や仲間の上級吸血鬼達と共に、この世の脅威に立ち向かう事に決めたの。但し、それでも、“修行”の妨げになる事には手が出せないそうよ。彼らが手が出せるかどうかの戒律の解釈は、ハイエンシェントでは無い私達には、到底理解出来ないけどね。」

ユルザはこの際だからと思い、気付いた事は全て語り尽くした。

気になっていた事を全て聞く事が出来てスッキリした字矢は、改めてユルザに礼を言うと、

「ユルザ、出発前に…。」

「えぇ、分かっているわよ。」

二人は再び治療部屋に行った。字矢は、未だ目を覚まさないヘンリエットに、別れの言葉と回復の願いの言葉、そして、自分を信用して共に戦ってくれた事への感謝の言葉を掛けた。その後、二人は出発の為の装備を完全に整えると、アジト中央に有る部屋へと向かった。そこには、フォンシィンが両腕を広げて、天井を仰ぐ状態で立っている。部屋に入るなり、何か神々しいオーラの様な物を感じた。

「フォンシィン!」

ユルザが声を掛けた。フォンシィンはゆっくりと顔を此方に向けると、

「アザヤさん!ユルザ!…もう行くのね…。」

「ユルザから瀕死の俺を神通力で速効回復させてくれたのは、フォンシィンだと聞いた。だから、一言お礼を言いたくて…。ありがとう。」

「…うっ。」

装備を整えたとは言え、流石に字矢の頭にはまだ何も着いてはいない。その頭がフォンシィンの巨乳に埋もれていた。フォンシィンは字矢を強く抱き締めながら半泣き状態で、

「うっ…良かった、柿崎さん、うっ…元気になって…良かった…うっ。」

「あ、あっ、フォンシィン…。」

ユルザが声を掛けながら優しくフォンシィンの肩に両手を添える。字矢も余りの心地良さに意識を失いそうになるが、何とか理性を保ち、両手でフォンシィンのウエストの辺を優しく叩いた。

「!」

フォンシィンの両腕が緩んだ。

「ごめんなさい…。私…。」

「いいんだ。心配してくれてありがとう。この通り俺は元気だよ。」

「うん。…アザヤさんは、必ず元の時代に帰れるからね。ユルザ、アザヤさんをお願いね。」

「勿論よ。任せて。」

早速、フォンシィンは字矢とユルザを部屋の中央に立たせた。程無く、フォンシィンは二人の周りを踊りながら廻り始めた。一周半の辺りまで来た時には、既に字矢とユルザの姿は何処にも無かった。音も無く、風が起こる事も無く消えていた。そして、フォンシィンは何事も無かったかの様に、再び部屋の中央で両腕を広げて、天井を仰ぎ始めた。

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