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第十四章 悍しき魔法陣

 氷刀と吹雪は、北側階段の一階踊場に辿り着いた。階下へ続く階段は天井や壁に破損は有るものの、我楽多などで塞がれている事は無かった。

地下に降りると、南側に向う通路を警戒しつつ進む。二人は西側へ向う通路の三つ目の分岐まで来ると、壁に背を付けて身を隠しながら手術室に続く西側通路の先を確認した。突き当りは南北に走る通路だ。その数メートル手前辺りから、壁や天井の随所が破損している。それにも関わらず、南側に手術室が有る事を示す吊看板だけは、辛うじてまだ天井でその役目を果たしていた。その看板の下、南側へ通じる通路の入口に、二体のコート姿が左右に一体ずつ立っていた。手には二体とも異様な形のナイフを持っている。

氷刀は吹雪に指で合図をすると、二つ目の分岐まで戻り、迂回路を通って、吹雪から見て西側通路の突き当り所まで急ぎ移動した。吹雪が氷刀の姿を確認すると、今度は吹雪が氷刀に指で合図を出した。二人は背負っているリュックを静かに外してその場に置いた。氷刀は右のコート姿、吹雪は左のコート姿に向かって、音を立てずに横から素早く近づいた。そして、それぞれ声を出せないように口を塞ぎ、”神経節”を押さえて動きを止めた。更に複雑な身体捌きで、相手の身体中の関節砕いてその場にねじ伏せた。 その直後、吹雪が氷刀を見て、

「気付いた?」

「あぁ、心臓の位置が逆だ。」

二人ともコート姿の右胸に短刀を突き刺した。青い血が流れ出はしたが、首を跳ねた時に比べれば量も勢いも無いに等しい。二体のコート姿は動かなくなり直ぐに干乾びて塵と化した。

「返り血を避ける手間が省けるわね。」

「そうだな。残り六体か…。」

そう言うと氷刀は、通路の一区画先に有る手術室の入口に目をやった。手術室の入口の前にも二体の邪教徒が左右に立っていた。不気味な紋章の刺繍が施されたローブを纏った神官である。二体の神官は氷刀達の方を見る事も無く、ただその場に立っていた。

「奴等、俺達に気付いて無いのか?この距離なら気付くはずだが…ギリギリまで休息しているとでも言う事なのか…。」

「今まで倒した奴等もそうだけど、最初から死にかけていると言うか、飢えていると言うか…本調子では無い感じはするわよね。」

「この世の物では無い者…人の世では正常を保つ事は出来ないと言う事か…。」

氷刀と吹雪はリュックを背負うと、警戒しつつ手術室前の二体の神官の方へ歩いた。すると、俯いていた二体の神官は、首を上げて氷刀達の方を見た。 次の瞬間、向かって左側に立つ神官の顔面と右胸に、苦無が深々と突き刺さった!吹雪の手から放たれた物だ。その場に倒れる左側の神官に見向きもせず、右側の神官は何やら呟き出した。すると、急に激しい眠気が二人を襲って来た。二人は目を瞑り、脱力と共にその場に倒れるかのように見えた。だが、氷刀も吹雪も利き手では無い方の手が素早く動いた。その手の指の間には一本の針が有った。人差し指と薬指の二本の指と中指で針の中心辺りを持っている。針と言っても長さは約二十センチ・太さニミリのステンレス製の長針だ。その針を各々自分の太ももに有る”経絡”に突き刺した。

「催眠の類か?無駄だ!」

眠気から脱した二人が自らの太ももに刺さっている長針を抜き、神官の顔面に放った。と同時に、氷刀が素早く駆け寄り体術を以って神官をその場に倒す。右目と口にそれぞれ一本ずつ長針が突き刺さり、仰向けに倒れている神官の右胸に吹雪が短刀を突き刺した。

「残り四体だな…。」

氷刀は確認するかの様に呟く。

手術室までの床と天井を交互に見ていた吹雪が、

「やっぱり、床下や天井からの侵入は無理そうね。」

塵と化した神官共が着ていた衣服の中に紛れて、その場に転がっている苦無と長針を拾いながら氷刀が、

「そうだな…入口から挨拶するとしよう。」

手術室入口の左右に開くスライド式のドアの小窓と、ドアの継ぎ目などの隙間から、紫色の不気味な光が漏れていた。右側のドアを氷刀、左側のドアを吹雪が、それぞれ片手に短刀を構えつつ、用心しながら反対の手で開けた。

「?!」

二人は、酷い光景に息を飲んだ。見ると、魔法陣の様な物が天井と床に向かい合わせで描かれている。紫色の不気味の光は、この二つの魔法陣から発せられた物だ。その天井の魔法陣の中心には、性別不明な程の全身黒焦げの焼死体が、床の方を見る状態でへばり付いていた。まるで背中が溶けて半ば天井、いや、魔法陣と同化しているかの様に見える。床の魔法陣の中心にも、一人の男が仰向けに寝かされている。こちらもやはり背中が溶けて、魔法陣と同化しているかの様に見える。しかも、床の男の両腕は肘の先から無く、両足も膝の先から無い。切り落とされたと思われるそれぞれの切り口の直ぐ上の所は、鎖で強く縛られたていた。更には、身体に数本の細い鉄杭が突き刺さっている。それでも意識は有る様だ。この状況で耐えていたのか。かなりの精神力の持ち主だ。だが、かなり苦しい表情をしながら呻いている。その魔法陣の周りを、不気味な紋章の刺繍が施されたローブを纏い、頭には中央に赤い宝石らしき物が一つ嵌めているリングを装備した、邪教の神官が囲んで立っていた。手前に女、左右に男女一体ずつ、奥に男の計四体である。四体の神官共は、魔法陣の中央を向いて意味不明な呪文の様な物を唱えている。それだけでは無い、氷刀と吹雪は他にも得体の知れない物の存在に気付いた。手術室の奥の壁は破壊されたのか、それとも元々崩れていたのかは判らないが、奥に有る隣の部屋と繋がっていた。その隣の部屋の奥の壁に、ゆっくりと回転する直径約百五十センチメートル前後の赤く鈍い光の渦の様な物が見えた。その光の渦は、生理的・本能的に決して近づいてはいけないと感じる程の不気味さである。手術室と奥にある隣の部屋の隅の方には黒焦げの死体や手足の無い死体、中には手足だけでなく首までもが無い死体が数体、無造作に転がっていた。この手術室は手術台や機材等の設備、天井の照明すら撤去されていた。しかも広い。その為、入口から魔法陣までは少し距離が有る。氷刀と吹雪は入って直ぐの所にリュックを降ろすと、魔法陣に駆け寄ろうした。が、その時、

「ま、魔法陣に触れるな!!」

床の魔法陣と同化している男が叫んだ。その声に反応して二人は咄嗟に足を止める。手前の女神官がゆっくり振り向くと、二人に向かって大きな口を開けて呪文の様な物を唱えながら歩いて来た。

「Gu…Gaa…。」

女神官の呪文が異様な呻き声と共に止まった。氷刀の放った三本の長針が、女神官の口の中に突き刺さったからである。氷刀は口から青い血を垂らしている女神官の後ろに回り込み、背中から心臓に短刀を突き刺した。左右にいた男女の神官も、既に氷刀たちの方に歩いて来ていた。手にはそれぞれ細い鉄杭を持っている。氷刀は既に塵と化した手前の女神官の衣服を踏みつつ、少し後ろに下がった。

「氷刀、奥の奴!」

吹雪が叫んだ。奥にいた神官だけが、あの赤い渦に向かって歩き出していた。女神官が鉄杭を振り翳して吹雪に襲いかかる。吹雪は鉄杭を持っている方の腕を片手で掴むと、体術を以って女神官をその場の空中に投げた。体制を崩して床に仰向けで倒れた女神官の右胸に、短刀を突き刺した。男神官が氷刀に襲いかかる。が、氷刀の狙いは奥にいる方の神官だ。氷刀はジャンプすると、男神官の胸に足をかけた。かなり無理な体制だが構わず、更に素早い動作で男神官の頭に反対の足をかけて、床の魔法陣を飛び越える為にジャンプした。空中で奥の神官に向かってチップソーを放つ。直後、空中で身体を丸めて前方に回転してギリギリ魔法陣を飛び越える事が出来た。着地は若干体制を崩して、腕と膝を軽く床に打っていた。奥の神官の背後から強い回転を保ったチップソーが迫る。神官が赤い渦まで約一メートル位まで近づいた時、柔らかい物と硬い物を同時に切断する様な音と共に、神官の首と胴体の間をチップソーが通過した。胴体はその場に膝から崩れる様にして倒れた。切断面から青い血が勢い良く出たかと思うと、直ぐに干乾びて塵と化した。切断された首は後ろにゆっくりと回転しながら前方へ飛んで、チップソー諸共、赤い渦に吸い込まれて行った。赤い渦は直径九十センチメートル程まで小さくなっていた。今も少しずつ縮小し続けている。氷刀が踏み台にした男神官は、吹雪が既に始末していた。

「やっと片付いたわね。」

痛みを堪えながら立ち上がる氷刀に向かって吹雪が言った。魔法陣から放つ紫色の光はかなり弱まってはいるが、消えてはいない。幸いにも左右の壁と魔法陣の横の端は、壁沿いに横になれば人が一人、何とか通れるスペースは有る。魔法陣に触れずに奥の部屋に行き来出来そうだ。吹雪は魔法陣の奥の側に居る氷刀に向かって、二つのリュックを投げて渡すと自分も奥の側、魔法陣と同化している男の頭の方に来た。二人の姿が男から見えているかは微妙な位置だが、それでもギリギリ近くまで寄った。氷刀と吹雪が手術室に入った時から、状況を察していたその男が口を開いた。

「まっ、待っていたよ、お、俺とてっ、天井の奴っ、が、な、内調のしょ、職員だ。」

「雲正流一門、橘 氷刀。」

「同じく、達神 吹雪。」

「内閣情報調査局の依頼で来た。だが手遅れだった様だな…すまない…。」

氷刀の口から謝罪の言葉が出た。勿論、潜入したエージェントの救出は任務では無かったが、この酷い状況を見るに、もっと早く来る事が出来ればと思うと謝罪せずにはいられなかった。

「き、来てくれて良かった…あぁ、や、奴らを倒してくれたのだな…。」

「えぇ、あなた達からの情報が有ったからこそ、私達もここまでたどり着けたのよ。邪教徒も情報通りの人数、確実に仕留めたわ。勿論、逃げた奴や他に仲間がいた形跡も無い。安心して。」

吹雪のエージェントの男に対する報告には、感謝の思いすら感じた。

「あ、ありがとう…うっ、き、気にするな…お、俺も相棒も、うっ 、て、天涯孤独の身だ…お、俺達はエージェントとして、はぁ、ほ、誇りを持って任務を全うした…く、悔いは無い…お、俺達はこの忌々しい魔法陣の、い、一部にされている…はぁ、外す事は不可能だ…お、俺達ごと魔法陣を破壊しろ!…あぁ、さぁ、早ぐぅっ!」

「…承知!」

男の最後の叫びに答えた氷刀は、床の魔法陣を囲む様にプラスチック爆弾を設置した。床の魔法陣だけで無く、天井の魔法陣も確実に破壊出来る量だ。その全ての爆弾に、吹雪が起爆装置に繋げる為の配線が付いている信管を埋め込む。更に今では、僅か直径約五センチにまで縮んだ赤い渦が有る奥の壁にも爆弾を設置し、同じく信管を埋め込んだ。コードリールに巻いて有る配線の先端から伸びている、無数のコネクタが有る接続ユニットに全ての信管の配線を繋ぎ、コードリールの反対側の先端を起爆装置のコネクタに繋いだ。

「此れもね。」

そう言うと吹雪は、先ほど一階で女神官を倒した時に回収した赤い宝石らしき物を、厚手のボロ布ごと魔法陣近くの爆弾の横に置いた。コードリールを回し、配線を伸ばしながら手術室から一階まで北側階段を駆け上がる。北側階段一階踊場から中央エントランスを通り南側に向かう途中で、コードの長さが限界に達した。起爆装置とコードリールをその場に置いた。

「起爆出来るかしら?北側玄関から外に出した方が良くない?」

「いや、南側正面玄関は広く空いている。それに、北側玄関まで直線だ。消音装置との連動も含めて恐らく問題無いだろう。」

帰還の時間が迫っていた。二人は、急ぎ南側正面玄関から外に出る。来た時の荒れた道の方へ向かう。五メートル殆ど進んでから振り返り、氷刀がリモコンの起爆スイッチを押した。遠くの方から複数の鈍い機械音がしたかと思うと、ドン!と一瞬、縦揺れの地震かと思う激しい揺れを感じた。だがその時から、爆音どころか今も一切何の音も聞こえ無い。例の消音装置は二人が想像していた以上に遙かに優れ物の様だ。廃病院は南側から見る限り下の方から崩れていた。一階部分は崩れると共に地下に埋もれている。二階より上は半壊状態で有る。更に建物のあらゆる所から黒い煙が上がっている。二人はそれを見届けると荒れた道を下る。来る時に途中で脱ぎ捨てた作業服と帽子を拾い上げると、土竜との合流地点を目指して疾走した。合流地点、即ちバンを降りた場所に着いた。土竜の運転するバンは既にそこで待機していた。二人は直ぐさま後部座席のドアを開けて乗り込む。ドアが閉まり終わる前にバンは出発した。吹雪は座った状態で、忍び装束の上から作業服を身に着け始めた。袖を通しながら吹雪が、

「任務完了!完璧よ。」

「良くやった!」

前を見たまま土竜が言う。その土竜に向かって、まだ作業服を着ていない氷刀が重い口を開いた。

「…エージェントの一人は、まだ辛うじて生きていた。だが、既に奴らの儀式の贄とされていた。救出は不可能。その事は、当の本人が一番分かっていた。」

氷刀の言葉に土竜が一瞬、身震いした。バックミラー越しに氷刀を時折見ながら運転する土竜が、

「…最後に何か言っていたか?」

氷刀は自分の頭に付いている記録用小型カメラを指で軽く叩きながら、

「ここに全て記録されている。元々あんた等からの借り物だ。後で見て、聞いてくれ、誇り高いエージェントの最後の姿と言葉を…。」

「うっ…そうだな…。」

そう言う土竜の肩は震えていた。 細い山道を暫く走ると、その先に太い山道と合流する辻が見えて来た。やたらと明るい。見ると交通誘導の警備員が数人立っている。通行止めの電光掲示板や工事車輌を誘導する為の照明機材が設置されていた。氷刀たちを乗せたバンが辻を右折して太い山道に入ると、重機・大型トラック・放水車・工事作業員を乗せたバンなど全て複数台、立て続けにすれ違った。氷刀たち三人は、その作業員や運転手たちに姿を見られても気にする様子は無かった。そう、この工事と警備の大団体こそ内閣情報調査局から送り込まれた後始末の偽装工作チームなのである。三人を乗せたバンは、やがて太い山道を下り切り、農村地帯を抜けて、深夜の照明輝く市街地へと消えて行った。────────────────────────────────────────────────────────

 思索を続けていたゲスレムで有ったが、“高貴なる逆さ天使”の封印である三本の水晶柱を見て、

「そろそろ封印が解かれる頃か…。」

頭に血が登ったアポレナ王妃が自室に戻れば、即座に封印を解くはずで有る。三本の水晶柱の光が消えた時、この悍しい化物は暴れ出す。当然の事ながらその前に退散するのが賢明だ。ゲスレムは、地面に刺さっている円盤状の物に近づき片膝を付いた。手にした分厚い本を円盤状の物を翳す。すると分厚い本は一瞬鈍く光った。魔法を用いて触れても危険が無いかを確認したのだ。ゲスレムはもう片方の手で円盤状の物の拾い上げると、早々に“高貴なる逆さ天使”の間を立ち去った。だが、この時、ゲスレムは全く気付いていなかった。ゲスレムが“ナイフ”で閉じた出入口とは全く別の離れた壁の一部が開き、そこから二人の人物が“高貴なる逆さ天使”の間に侵入していた事を。

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