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第十三章 “例の副業”

 怒りと焦りが頂点に達し、半ば我を忘れたアポレナ王妃は、レグレとゲスレムを、“高貴なる逆さ天使”の間に置いて、立ち去ってしまった。もはや塵と化した“異界の妖魔導士”の頭に有った、“赤い宝珠“のリングを拾うと、レグレはアポレナ王妃の後を追った。

ゲスレムはその場に留まり、先程まで“魔道門”が有った岩壁と、その魔道門から飛び出し、今は地面に刺さっている縁がギザギザした得体の知れない円盤状の物体を、難しい顔をしながら何度も交互に見ては、何やら思索をしていた。只でさえ暗いゲスレムの顔が、より暗く見える。

この“異界の妖魔導師”は、何故この様な死に方をしたのか?それは、レグレ達が居るこの世界とは全く異なる時間と場所で、ある者達が“仕事”をしたからである。―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 字矢がまだ新十津川技研の社員寮のバーで、石島・彩香と三人で酒を飲みながら盛り上がっていた頃、遠く離れた北関東の山道を一台のバンが走行していた。地元の者すら滅多に通らない山道である。バンには三人の作業服に作業帽姿の人物が乗車している。運転手の男、後部座席に男と女が一人ずつである。ただ、後部座席の二人は更に鼻と口を紺色の布の様な物で覆っていた。後部座席の男が運転手に向かって、

土竜もぐらさん、チップソーも使わせて貰うぞ。」

そう言うと、運転手の返事を待つ事無く、バンに積んである工具箱から新品のチップソーを数枚取り出し、自らの懐に入れた。それを見ていた後部座席の女が、

「氷刀、そんな物、どうするのよ?」

「手裏剣代わりに使う。」

「十六方手裏剣が有るじゃない。」

「我らの十六方手裏剣、刃物にはなっていない。回転圧で突き刺さりはするが…。これは刃型がエッジで欠き切る種類の物だ。通常の鋸刃も物より遥かに切れ味がいい。しかも大きい。必ず役に立つ時が来る。」

程無くして、バンは脇道の入り口で停止した。その脇道は元々舗装がされていた様だが、長年放置されていたのか、随所にひび割れや割れた裂け目から草が生えている部分が見られた。

「着いたぞ。目的の廃病院はこの上だ。その脇道から行ける。」

暗号名なのか、打ち合わせの時から“土竜もぐら”としか名乗らない運転手の男は、前を向いたままで後部座席の二人に告げた。続けて土竜は、

「この車の中にある物は何を持って行っても構わない。その為に当方で用意したのだからな。」

更に話を続けようとした土竜に、後部座席の女=雲正流忍法体術うんせいりゅうにんぽうたいじゅつ師範・達神たつがみ 吹雪ふぶきが、

「土竜さん、確認したい事があるのだけど…。」

「なんだ?」

後部座席の二人の足元には三つのリュックが置いて有る。吹雪はそのうちの一つを開けて、中の物を取り出した。それは長さ約三十センチ・太さ約十センチの円筒状に足が四本付いていて、立てて置く事が出来る機材らしき物である。

「打ち合わせで、この『“周囲の音を消す事が出来る装置”は内閣情報調査局と“ある企業”が協力して極秘で開発した』って話だったけど、装置の底に思いっきり企業のロゴが入っているわよ。」

「何!!」

驚いて振り向いた土竜に、吹雪は装置を持って底面を見せつけながら、

「これって確か、筑波綱島重工つくばつなしまじゅうこうのロゴよね。せっかく開発したのですもの、企業としては、これで商売する気満々って事かしらね?」

若干からかっている様な感じで言う吹雪に、焦る土竜が、

「ちょっ、ちょっと、それ全部貸せ!」

他の二つのリュックにも同じ装置が入れてある。吹雪は手に持っている装置を土竜に渡し、他の二つも開けて取り出し土竜に渡した。土竜はそれらを一旦、助手席辺りに置き、胸のポケットから極太油性ペンを取り出した。装置の底面に有る企業ロゴを極太油性ペンで塗り潰しながら、

「上から筑波綱島に注意してもらわないとマズイなぁ…。」

と、殆ど聞こえ無い程の小さい声で呟いた。全ての装置のロゴを塗り潰すと、土竜は吹雪に装置を返しながら、

「筑波綱島の事は忘れてくれ…。」

「いいわよ。もう忘れたわ。」

装置をリュックに入れるのを手伝っていた後部座席の男=雲正流忍法体術師範・たちばな 氷刀ひょうとうが、

「そろそろ時間だな。」

土竜は気を取り直して、

「いいか、打ち合わせで話したが、再度確認だ。目的の廃病院は十年以上放置されている。老朽化どころか、中も外も至る所が崩れている。進むだけでも困難だろうが、情報に有った当該対象を倒しつつ、手術室を何としても目指せ。更に手術室の当該対象を全て倒し、邪教集団の痕跡を全て、プラスチック爆弾で破壊。爆弾と起爆装置は先程の消音装置と一緒のリュックに入っている。消音装置は廃病院内に入る前に、建物を囲む様に三ケ所に配置。消音装置の起動は爆弾の起爆スイッチと無線で連動している。起爆スイッチを入れると先に消音装置が起動する。その後、爆弾の起爆装置が作動する仕組みだ。所定の時間に後始末の偽装工作チームが来る。消音装置の回収、建物の完全な解体と撤去もそのチームが行う。極力それまでに任務を完了させてこの地点に戻れ。」

「潜入したエージェントの救出は本当に必要無いのだな。」

氷刀が念を押す様に聞いた。

「連絡が取れなくなってから七十二時間以上たっている。残念ながら殺害されたと考えざるを得ない。局としても既に殉職扱いだ。俺はこの車と共に一旦この場を離れる。そして、所定の時間に戻って来る。以上だ。行け!」

「了解!」

最後の“了解”は二人同時に発した。二人は全ての荷物を持って車を降り、廃病院に至る荒れた道を駆け上がった。道の半分位まで駆け上ると二人は止まり、周りを見渡した。何者も存在しない事を確認すると、二人は身につけていた作業服と帽子をその場に脱ぎ捨てた。雲の無い晴天の深夜、月明かりに照らされた二人の服装は正しく“忍び”の其れである。口と鼻は紺色の布で覆われ、頭には額を守る為の鋼板の付いた紺色の鉢巻、左耳の上辺りにマイク内蔵の記録用小型ビデオカメラ、このカメラは鉢巻とは別にヘッドバンドと耳掛けの様な物で固定されている。両腕は手から肘まで有る籠手、両足は地下足袋に金属製の膝当てと脛当て、各々の体型に合わせて作られた薄手の鎖帷子とその上に紺色の忍び装束を身に着けている。二人とも袖は無いので二の腕を出した状態だ。腰から下も氷刀は忍びの袴、吹雪は膝の辺りまでの短い女性用のスポーツパンツらしき物を身につけ、更にその上から両太ももに巻いている帯状の布の様な物の間に苦無くないを数本挟めている。腹周りは二人とも小物入れが幾つか着いたベルトと、反りの無い刃渡り約二十八センチの片刃の短刀を、腰の所で真横に装備していた。

風が吹いて二人の髪が靡いた。氷刀の黒髪は、耳が隠れる長さの“ミディアムセンターパート”。吹雪の背中に長く垂らしている黒髪は、所謂“垂髪すべらかし”と呼ばれる髪型である。二人とも頭を覆うのは好まない様だ。氷刀が二つ、吹雪が一つ、リュックを背負い再び道を駆け上る。元々、夜目が効く二人だが、周りには照明等は一切無い為、月明かりだけで無く、星明りも加わり周囲の状況が一目で確認出来る。荒れた道を駆け上る事数十秒、目的の廃病院は上部から姿を現し、やがてその荒んだ全体を見せた。

外壁は到る所がひび割れ、所々崩れ落ちている。建物構造と内部の間取り図は、打ち合わせの時に確認済みだ。地上三階・地下二階の鉄筋コンクリート造りである。一見、総合病院としては小さいように思えたが、一階層の面積がかなり広い。二人が今たどり着いた病院の正面が建物の南側に当たる。その正面玄関から見て奥の方、北側に向かって縦に長い建物である。建物の周りは元々、舗装された駐車可能スペースと言う事も有り、荒れてはいるが、見渡しは良い。更にその周りに草木が生い茂っている状態であった。正面玄関の前とその周辺には誰もいない。情報に拠れば当該対象=邪教徒は全部で十六人だ。その邪教徒が見張りとして立って居てもおかしくは無いのだが…。

二人は取り敢えず正面玄関の脇に全てのリュックを置いた。自動ドアは近づいても開く事は無かったが、ドアのガラスは殆ど割れて無くなっているので、容易に侵入可能だ。早速、手分けして消音装置の設置に取り掛かろうとしたその時、

「KyiiーーーKyaaーーー!!」

右側駐車スペースの脇の叢から突如、コート姿の人型が奇声と共に飛び出して来た!その青黒い顔は異常に痩せこけていて、手にはナイフの様な刃物を持っていた。そのナイフが氷刀を突き刺そうと襲い来る!氷刀は怯む事なく、手で払い除けて、コート姿の後ろに回り込んだ。そして、右手の三本の指を鍵状の形にして、その指をコート姿の背中に突き刺した。するとコート姿は、立ったまま痙攣を起こした。更に体術を以って声を発する間も与えず捻じ伏せる。その場に倒れて仰向けになったコート姿の左胸を腰の短刀で一突きした。が、ナイフが横から氷刀の頭目掛けて襲う!氷刀は短刀でそのナイフを叩き落とし、続けざまにコート姿の首を跳ねた。と同時に胴体の方の切り口から鮮血が吹き出した。忍びが一滴たりとも返り血を浴びる事は許されない。絶妙な身のこなしで返り血を避けた。月明かりに照らされたその鮮血の色はあり得ない事に青だ!まるで絵の具の原液の様に青い!だが、その出血は数秒で止まったかと思うと、首と残った胴体は直ぐさま干乾び崩れて塵と化かした。その場にはコートとボロボロの衣服、そして凶器の刃物だけが残った。

「この世の者では無い…か…。」

「これが公には出来ない、警察にも知られたくない理由ね。」

 西側奥の草木が揺れると共にガサガサと音がした。吹雪がその音に反応した。見ると生茂る草木の中から一体のコート姿が現れた。手には短い槍の様な物を持っている。更に辺りを警戒していた氷刀が、建物の南側から北側迄の、ほぼ中央に位置する従業員及び業者用出入口である東側玄関の中から、一体のコート姿が現れるのを確認した。両手に斧を一本ずつ持っている。今倒したコート姿が発していた奇声に呼応して現れた様だ。

「先に倒すぞ。」

「えぇ!」

吹雪は西側奥のコート姿、氷刀は東側玄関のコート姿へ各々短刀を逆手に構えて素早く走る。

「Oho、Aha、Ha、Ho、Ho、Aa、Ha、Ha…。」

西側奥のコート姿は両目を見開き真っ赤な瞳を輝かせながら、不気味な笑い声を発した。次の瞬間、吹雪に目掛けて手にしていた槍を投げ付けて来た。しかし、吹雪は走る速度を落とさない。正面から迫る槍は吹雪の身体を貫くかの様に思われた。が、槍の軌道上に吹雪の姿は無い。吹雪は空中で身体を丸めて前方に回転し、飛んで来る槍をかわしていた。着地と同時に走る。速度は殆ど変わらず、コート姿の横を振り返る事無く駆け抜ける。吹雪が建物の奥、北側に辿り着く頃には、コート姿の首は地面に転がり、胴体は青い鮮血が吹き出しながら倒れ、更には干乾び崩れて塵と化した。

一方、東側玄関のコート姿は、特に声を発する事は無い。虚ろな目で自分に向かって来る氷刀を見つけると両手の斧を立て続けに投げ付けた。 氷刀の走る速度も変わらない。正面から二本の斧が激しく回転しながら迫る。が、その斧の行く先に氷刀の姿は無い。氷刀もまた、空中で身体を丸めて前方に回転しながら、飛んで来る斧をかわしていた。着地と同時に走り、コート姿の横を振り返る事無く駆け抜ける。氷刀の後ろでコート姿の首は地面に落ちて、胴体から青い鮮血が吹き出していた。偶然にも氷刀と吹雪が空中で回転してからコート姿の首を跳ね、病院建物北側に辿り着く迄の一連の動きのタイミングが全く同じで有った。

二人は、新たに北側玄関の前に密接して立つ二体のコート姿を確認した。氷刀は東側から西側へ、吹雪は西側から東側へ、お互い二体のコート姿の左側を駆け抜ける。二人は二体のコート姿の辺りで振り返る事無くすれ違う。それぞれ反対側に着いた頃には、二体のコート姿は首を跳ねられ、干乾び塵と化していた。

他に隠れて居ないか、氷刀は建物の周囲を駆け回り、邪教の徒の気配を探る…居ない様だ。その間に吹雪が消音装置を設置していた。南側の左右に一台ずつ、北側玄関前に一台。 吹雪と合流した氷刀が、

「外に居たのは五体だけの様だ。」

「残り十一体ね。」

二人は正面玄関の前に戻った。地下二階に有る手術室へは南側からの方が近いからだ。消音装置の入っていたリュックには、複数個のプラスチック爆弾と起爆装置・ワイヤレスの起爆スイッチも入っている。三つ有るリュックの内、一つにはプラスチック爆弾を纏めて入れ直した。もう一つには起爆装置・スイッチ・コード付の信管・起爆装置に繋げるコードを巻いて有るコードリールを入れて、残りのリュックはその場に捨てた。それぞれ一つずつ背負い、正面玄関から廃病院内に侵入する。

入口の床には割れたガラスが残っているが問題は無い。やはり通電はしていない様だ。非常灯や予備灯すら点灯していない。完全な暗闇であるが、それでも二人は目が慣れて来て数十秒後には、認識出来る様になっていた。無論、忍びならば当然の事である。

中央エントランスを通り、左側に見える総合受付の広いカウンターを抜けると、右側にエレベーターがある。が、当然動かない。仮に動いたとしてもこの状況で乗るのは、用心深さに欠ける素人の考えである。更にその横に有る階下へ通じる階段は、崩れている上に何故か大量の我楽多で塞がれていた。止むを得ず北側階段を目指す。

建物の中心辺りまで来ると、正面玄関付近に比べで湿気を感じた。埃臭さとカビの臭いも強く感じる。北に向かって進むと沢山の椅子が並ぶ待合スペースが広がっていた。その椅子の一つに人が…いや!コート姿が一体、座っていた。氷刀たちに気付くと、ゆっくりと立ち上がった。手にはメスを持っている。更に左側の診察室のドアが激しい音と共に急に開いた。中から一体のコート姿が、両手に針の付いた注射器を握りながら現れた。メスを持ったコート姿は椅子が邪魔なのか動きが遅い。氷刀は椅子の一つに飛び乗り、その先の三列の椅子を飛び越えると同時に難なくコート姿の首を跳ねた。一方、両手に注射器を握るコート姿は、椅子の列に向かって走り、そのまま二列先の椅子の上に飛び乗った。その椅子の上から両手の注射器を振り翳し、吹雪に向かって飛び降りた。だが、そこには吹雪の姿は無い。吹雪は普通に歩いてコート姿の背後に回り込んでいた。コート姿が着地すると同時に、こちらも難無く首を跳ねた。首を跳ねられたコート姿共は、やはり干乾びてから崩れて塵と化した。何事も無かったかの様に氷刀と吹雪は待合スペースを抜けて、再び北へ進んだ。が、その時、二人は急に足を止めて身構えた。先の方から今までには感じた事の無い、何とも言い難い殺気を感じたからである。暗闇に赤い点の様な光が浮かび上がった。その赤い光は北の方からだんだん近付くと、やがて人型の影が現れて来た。人の姿がはっきりと認識出来た時、赤い光の正体が確認出来た。その者は、大きな赤い宝石がど真ん中に付いているアクセサリーの様な物を額に嵌めていたのだ。邪教徒に間違い無い様だが、今までのコート姿とは明らかに異なる。神官の類だろうか、不気味な赤い刺繍が施された黒いローブを身に纏い、黒いブーツ、タクトの様な物をオーケストラの指揮者と同じ持ち方で手にしている。そして、その顔色は原色の青、唇・瞳・髪や体毛は真っ赤である。痩せこけてはいるが、顔と黒いローブの空いている部分から見え隠れする体形を見る限り、間違い無く女である。真っ赤な瞳の目は理性を失って無いばかりか、強い意志さえ感じる。二人の足を止めた殺気は、この邪教の女神官から発せられた物に他ならない。邪教の女神官はタクトを前に突き出すと、何やら呟き出した。

「何!!」

「…ちょっと!!」

氷刀・吹雪とも、有り得ない光景に思わず声を発した。邪教の女神官が突き出したタクトの先辺りの中空に、サッカーボール大の氷の塊が六つ現れたのだ。しかも、その六つの氷塊は、若干では有るが自ら青白い光を放っている。邪教の女神官は手首を使って素早くタクトを振る。すると、その内の三つが氷刀へ、もう三つが吹雪へ、それぞれ立て続けに猛スピードで襲いかかる!周りの水蒸気を一瞬で凍らせ、細かい氷の粒を纏いながら暗闇を飛ぶその氷塊どもは、あたかも宇宙を流れる彗星の様にも見える。

一つ目の氷塊を横に飛んでギリギリかわした氷刀だが、二つ目と三つ目が迫る! かわせそうにない。着地と同時に氷刀の短刀が二度、一閃めいた!次の瞬間、二つ目と三つ目の氷塊はそれぞれ両断されて床に落ち、砕け散った。

一方、吹雪は中空の氷塊を確認後、直ぐ様ダッシュで後方に下がっていた。先程の待合スペースの端の方に、多くの我楽多が落ちていた事を覚えていたからだ。その我楽多の中から、断熱ボードや天井のパネル、硬いマットの様な物やコンクリート片などを必死の素早さで拾い上げては、迫る氷塊共に向けて投げ付けた。更に吹雪は、我楽多の中に有った頑丈な金属パイプを手にすると、勢いの緩んだ三つ氷塊を全て叩き落とした。床に勢い良く落ちた氷塊は、床材を割ると共に自らも粉々に砕け散った。邪教の女神官は直も呟きを続けていた。再び中空に氷塊が形成しつつある。今度は何故か六つでは無く、四つの様だ。吹雪は十六方手裏剣を三枚放った。形成途中の氷塊の内、三つは完成前に砕け散った。

「GuGyaaーーー!!」

邪教の女神官は、よろめきながら目を剥いて悲鳴を上げた。氷刀の放ったチップソーは振れる事無く、それでいて強い回転で、女神官のタクトを持っていた方の腕を、肘の辺りから綺麗に切断していたのだ。切断面からは青い血が吹き出している。四つ目の氷塊は完成していた。たが、タクトを持つ腕を失った邪教の女神官には、操る事は不可能の様だ。暴走状態の氷塊は氷刀や吹雪では無く、緩い角度で天井に向けて勢い良く飛んで行った。氷塊は既に穴だらけの天井を更に破壊し、その裏にある配管や配線類も引裂きながら、ある程度進むと砕けて消えた。すると、その破壊された天井からバチバチとスパークする様な音が聞こえた。

「氷刀、後ろ!!」

吹雪が叫ぶ!チップソーを放ってから女神官の正面、約十メートル辺りまで距離を詰めた氷刀であったが、咄嗟に身を低くしつつ横に飛んだ。氷刀の姿が視界から消えると同時に、邪教の女神官の目の前には、引裂かれた先端より放電しながら、のたうつ直径約十八ミリのケーブルが天井から勢い良く弧を描き自らに迫って来た。女神官には、それが何なのか知る由もない。たが、その放電している先端が自ら懐に入り込み身体に触れた瞬間、想像を絶する激痛が全身を襲うと共に意識を失った。そして二度と目覚める事は無かった。果たして邪教の女神官は自らの死を持って放電しているケーブルが危険な物と理解出来たであろうか?感電している女神官の衣服がその熱に耐え切れずに引火する。女神官の身体は火だるまとなり、その場に倒れた。だが、火は直ぐに消えた。コート姿同様、女神官の身体も死ぬと同時に干乾び、塵と化していたからである。身に着けていた衣服等が燃え尽きるのにも、時間は掛らなかった。燃えカスの中には、あの赤い宝石だけが燃える事無く残っていた。赤い輝きは初めて確認した時と変わってない。氷刀は何かに気付いたのか、天井から垂れ下がり、引火の熱で先端の被覆が溶けて尚も放電し続けているケーブルの根元辺りに向け、急ぎチップソーを放った。ケーブルは切断され、放電は止まった。

「水は?」

「漏水は無いわよ。水の配管は乾き切った上に、死んでいてくれて助かったわ。最もガス管が生きていたら、それこそ洒落にならなかったけどね。」

二人が水を気にしていたのは、他でも無く感電を恐れての事である。

「そうだな…助かった。それにしても通電している回線がまだ存在したとは…。」

そう言いながら氷刀は辺りを見回していた。 吹雪は燃えカスの中で輝く赤い宝石いや、炎の影響を一切受けない、得体の知れない宝石らしき物に目を向けて、

「これも一緒に爆破しないとね。」

そう言うと、手で直接触れない様に厚手のボロ布で宝石らしき物を包んで、腰の空いている小物入れに入れた。厚手のボロ布は先程の我楽多の中から拾って来ていた物である。

「残り八体か…急ごう。」

「えぇ。」

二人は、北側階段を目指して疾走した。

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