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第十二章 狂気の魔女

 「ぬうぅ…皆の者、止めじゃ!下れ!」

覇気も失せた王妃は、不機嫌極まり無い顔で三人の部下に命じた。ゲスレムは身を翻して、直ぐさま王妃の元へ。親衛隊隊長とレグレも、それぞれの相手を警戒しながら後ろ向きである程度離れると、翻して王妃の傍らに戻った。大声で止めに入った侍が、王妃の前まで来ると跪いた。髪は茶色の“オールバック”、侍の鎧と“目の下頬”と呼ばれる面具を身に着け、段平と脇差を腰に携えており、更に手には十手が握られていた。侍は跪いたままだが、決して油断する事無く、

「恐れ入ります陛下。某は、司法局西区域七条廻り侍頭、カーティス・ヒラオカと申す者。巡回任務中の騎士が何者かに襲われているとの報を受け、我ら馳せ参じた次第です。どうやら、騎士団の方々を陛下の忠臣方々が今にも成敗される様にお見受け致しました。如何なる経緯でその様な事態になられたのか、お聞かせ願いたい。」

王妃は、侍頭の話を聞いてはいたが、その目は、空間の中央で立ったままの二人の侍、中でも先端に不気味で大きなオブジェが付いている長い杖を持った女の侍を凝視していた。

「司法局も随分と禍々しい物を扱うのう。そうか、そこの女武者!そなた…掃討士じゃなぁ。若いのに可也の数、熟しておる様じゃのう。一つ間違えば、己の命も危ういと言うに。そこまでして全ての魔法を封じようとは。」

「流石にお気付きですか。如何にも。全て陛下のご推察通りです。」

女の侍は、元より礼を尽くす気など無いか様に立ったまま、軽蔑の眼差しを王妃に向けながら答えた。髪は“ハイポジション・ポニーテール”の黒髪、額当てに女性用に作られた侍の鎧、段平と脇差、それと十手を腰に携えた女侍=アカネ・レイスロックが手にする杖は、杖を中心に一定範囲内のあらゆる魔法を全て使用不可にしてしまう魔力が有る。たがそれは、強大な呪いに依るものである。熟練の掃討士や、一部の知能の高い魔物以外が触れると、それだけで命を落す『死人星しびとぼしの杖』と呼ばれる危険な代物である。ただ、アポレナ王妃で有れば、その呪いを押し切ってでも魔法を使う事は可能だが、それでも、通常の数十倍の魔力を消費する事になる為、後の“使命”を考えれば、無理は出来無い。

もう一人の立ったままの若い侍の男も、カーティスと同じ鎧と武器に加え、大きな弓を手にしている。背中に無数の矢の入った矢筒を背負い、“半首はっぷり”と呼ばれる面具を身に着けている。月代さかやき周りの黒髪は肩まで伸びていた。髪型だけを見れば、まるで“落ち武者”である。

この期に及んで、侍達の非礼を誰も注意などしなかった。侍頭もいつの間にか立っていた。王妃が侍頭に向って、

「隔離迷宮内の新たに見つかったこの一帯の区画、我及び王妃親衛隊が管理を任されておる。国王陛下もご存知の筈じゃ。我等が区画内を見廻りしていた折り、無断で侵入していた此奴ら三人が有無を言わさず攻撃して来た。それ故、反撃した迄じゃ。」

「そうでしたか。一般の通路からこの一帯に入る分岐は確か一箇所だけです。その通路の入口を王妃陛下及び王妃親衛隊、ご下臣の方々のみしか通行出来ない様に警備体勢を整えます。国王軍にも司法局上層部から通達します。この三名は我々で司法局に連行します。今後、二度と此の様な事、起こさせませぬ故、この場はどうかお引き下さい。」

「判った。この場は引こう。侍頭、呉々も由無に。皆の者、先を急ぐのじゃ。」

「はっ!」

ゲスレム始め、三人は同時に返事をした。 王妃と三人は再度、来た時の隊列で空間の先に有る通路へ向う。

「じゃあな、アレックス。また会おう。」

親衛隊隊長は、去り際に嫌味臭く声を掛けた。無言で見送るアレックス。王妃の言葉通り、四人は足早に通路の奥へと消えて行った。



「行きましたよね?」

未だ緊張感漂う空間に、アカネの小声が響いた。大弓の侍は足音を立てずにゆっくりと通路前に行く。その奥を確認すると、

「通路の先にも姿は見えません。」

自らも王妃達の気配が完全に消えた事を感じていたカーティスも、

「うむ。問題無いだろう。」

緊張から一気に解放されたアカネは、侍頭であるカーティスを見ながら、

「ハァー…。王妃が本気で攻撃して来たら一溜りも無かったですよ。何せ、セグジファ最強“赤ローブ”の正魔導士ですからねぇ。『死人星の杖』が無かったら危なかったですよ。まぁ、司法局がこんな物を普通に保有していたのにも驚きましたけど…。」

「うむ、アポレナ王妃と遭遇する恐れが有ると判っていた。それ故、管理官もアカネなら問題無く使えると判断した上で、準備されていたのだ。」

アレックスは荷物袋の中の回復薬と包帯を使って、第三小隊長の足の傷を治療していた。荷物袋はアレックス達が隠れていた、ゲスレムによって破壊された岩の辺りに置いて有った物だ。治療が終わると、アレックスはカーティス達に向って、

「助かりましたよ。正直、全滅寸前でしたから…。」

「コラッ、お前、何を言っている。司法局如きが余計な真似を。だいたい、このメッシュランドの隔離迷宮は南区域の管轄だろうが!越権行為だぞ!」

元々、自力で歩ける程度の傷しか負って無い第三小隊長が、カーティス達に近付きながらアレックスの言葉を遮った。

「何だと!」

憤慨する大弓の侍をカーティスが制すると、

「さっきまで殺されそうでビービー泣いていた奴が偉そうに言うな!いい加減にしろよ!小隊長!」

第三小隊長の態度に、頭にきていたベルフが怒鳴り付けた。

「越権行為では有りません。国からも認められています。我々司法局は管轄に関係無くお互い連携を取り、人員が足り無い時は協力し合っています。出世の為に同胞の足の引っ張り合いが当り前の貴方がた騎士団とは違ってね。」

更にアカネが毅然と言い返すと、

「チッ…。」

第三小隊長は面白く無さそうに俯いて舌打ちをした。 アレックスが低姿勢で尋ねる。

「あのー、侍頭さん、良く此処がわかりましたね?」

「実は国王直々に司法局に要請が来ました。隔離迷宮内の新たに発見された区画にて、騎士団二小隊の探索及び救出。尚、アポレナ王妃及びその配下に殺害されている可能性有り。その場合は死体の回収をとの事。」

カーティスが国王からの要請内容を話すと、その内容にベルフが再び憤慨する。

「おい、アレックス!俺ら最初から捨て駒じゃねぇかよ!」

「うるさい!司法局に助けられた上に結果も出せずに戻れるか!…国王陛下に顔向け出来ん…。」

第三小隊長もまた、失意の中、混乱していた。

「あぁ…二人とも…。ベルフ、そう怒るなよ。小隊長さん、俺、国王陛下とは長い付き合いなので、ちゃんと話しますから…どうか…心配しないで…。」

アレックスは必死で二人を宥めた。 カーティスは話を続ける。

「それと残念ながら、区画内のここに至る道で騎士団の小隊と思われる死体を発見しました。鎧の紋章から貴殿等と同じ目的で入られたもう一隊と見て間違い無い。ご存知無かったようですね?」

第三小隊長はびっくりした顔したが、直ぐ元に戻って、

「…あっ…あぁ、第二小隊も一緒に迷宮に入ったが、途中からは別行動だ。それからは会っていない。」

気を使うアレックスが、

「あっ、それじゃ早速、神官団の方を呼んで来て復活させて貰いましょう。」

カーティスは悔しそうに、

「それが、全ての死体に復活の類の魔法術が無効になる得体のしれない術が施されていた。だからと言って、超能力怨霊サイキック・ゴーストに殺された者とは明らかに異なる。先程は、あえて本人の前では言わなかったが、こんな芸当が出来るのは恐らくアポレナ王妃ただ一人。」

復活の魔法が効かない事を聴いたベルフは、

「小隊長さん。第二小隊の隊長は二度と生き返らねぇとよ。出世張り合っていた奴が消えてくれて良かったじゃねぇか。」

「………。」

第三小隊長は無言で顔を引き攣らせていた。カーティスの話は猶も続く、

「死体は、西区域六条廻りの侍達が既に回収、一旦、司法局でお預かりしています。それと、王妃の手前、お三方にも我々と共に司法局に来てもらいますが、手続きが済み次第、直ぐに釈放します。」

「…チッ…判った。」

第三小隊長は渋々了承した。

「了解。」

ベルフは淡々と応えた。

「宜しくお願いします。」

アレックスは低姿勢で愛想良く応えた。

「それにしてもアポレナ王妃、改めて恐ろしい人物だ。司法局としては、直接取り締まれないのが実に辛い。それと妙なのが、セグジファの“赤ローブ”を持つ正魔導士、現存者は確かもう一人いた筈だが、司法局の記録が抹消されていた。其許、国王陛下と昵懇の仲の様だが、何か聞いてはいないか?」

カーティスはアレックスに尋ねた。

「えっ、あっ、いやっ、真逆、知らないですよ…。そんな、セグジファの“赤ローブ”の正魔導士の事なんか…。」

「そうであるか。いや済まぬ。」

アレックスの言葉をカーティスは疑って無い様であったが、ベルフは胡散臭いと感じていた。

(アレックスの奴、絶対何か知っているなぁ…。)

アカネが大きな声で注意を促す。

「皆さ~ん、お気付きかと思いますが、この魔法封じの超危険な杖も一緒なので、地道に歩いて司法局まで行きま~す。悪しからず。」

「カーティスさん、そろそろ。俺とアカネで殿を務めます。」

王妃達が消えて行った通路を、再び警戒していた大弓の侍の声が響いた。

「判った。それでは皆さん、行きましょう。」

六人はカーティスとベルフを先頭に地上に有る司法局本部に向けて、通路を地道に歩んで行った。



 アポレナ王妃達四人は、“高貴なる逆さ天使”の間に向って“光る石”混じりの岩土の通路を進んでいた。王妃は苛つきながら呟く、

「え~い、忌々しい。異界の高師からの“ご依頼”が無ければ、一人残らず始末しているところじゃ!」

隣を歩くゲスレムが、

「何れにせよその必要は無かったかと。国王の騎士団ども、元より己の手柄は独り占めするのが当り前の連中ばかり。出入口の在処までは知られては無いと見て間違い御座いますまい。更には陛下!抑々、司法局と事を構えては以前の様な事に…。」

「そうで有った…二度とルドバリンに貸など作れぬ。今はまだ耐えねばならぬか…。」

暫く進むと、一部が石で出来ている通路の壁の前に来た。その石の部分は、中央が丸く窪んでいる。ゲスレムはその窪みに“石板“嵌めた。続けて、ゲスレムが懐から何かを取り出そうとすると、

「いや、待て。我の“ナイフ“を使う。」

王妃が懐から柄と握りに不気味な装飾を施した、刀身が紫色の“ナイフ“を取り出した。その“ナイフ“の先端をゆっくりと“石板”の中心に突き立てた。すると、石板に彫られた紋様が黄色く光ると同時に、約四メートル先の壁の一部が音も無くスッと消えた。消えた壁の向こうには広い空間が有る。四人は中に入った。入ると、空間の内側にも同じ様な一部が石で出来ている壁が有り、“石板”が嵌められている。王妃はその“石板”に“ナイフ”を突き立てた。石板に彫られた紋様が黄色く光る。今度は、消えた壁が音も無く再び現れ、元通りとなった。

王妃は出入口が閉じたのを確認すると、三人には目もくれず、所定の壁に向った。その壁の前まで来ると、王妃は先程出入口の開閉時に“石板”に突き立てた“ナイフ”と長杖を前で交差する状態で構えた。王妃は目を瞑り念じ始める。王妃の斜め後ろでレグレが見守る。その更に後ろ、幅約五十メートル・奥行約七十メートルは有るこの広い空間の中央付近で、親衛隊隊長とゲスレムが約十八メートルの高さの天井から無数の鎖で吊るされている何かを見上げていた。

「相変わらず不気味な預かり物ですなぁ。」

親衛隊隊長がその吊るされている何かを見ながら呟いた。それは、正しく王妃達が“高貴なる逆さ天使”と呼ぶ、異界の妖魔導士の長で有る“異界の高師“から、王妃が人間界にて預かる様に頼まれている魔物の事であった。“高貴なる逆さ天使”は十数本の太い鎖によって逆さまに吊るされている。身体の一部に巻き付いている鎖も有れば、貫通している鎖も有る。人型では有るが、大きさは人の約二倍、背中に大きな羽根が生えているが、左右で形状が異なる。片方は羽虫の様な羽根、もう片方は白鳥の様な翼である。体幹はその羽根と翼で覆われていて見えないが、露出している部分の肌を見る限り赤黒い紫色で、所々には死斑も有る。頭部には毛が一切無く、口こそ普通に閉じているが、両眼は白目を剥き、両耳の上の辺りから山羊の様な太い巻角が生えていて両耳は良く見えない。両腕は下方に伸びているが、巻き付いた鎖の為に肘の関節が有らぬ方向に折れ曲がっている。両足の足首から爪先に掛けて、材質不明の白い杭が、無数かつ不規則に貫通している。その片方の足は膝を曲げ、もう片方の足に交差している。“高貴なる逆さ天使”に別段異変が無い事を確認したゲスレムは、王妃が居る方を見る。

念じ続ける王妃の目の前の壁に、拳大の黒い渦の様な物が現れていた。それは、ゆっくりとでは有るが徐々に大きさを増してゆく。何れにせよ色が“黒い”うちはまだ向こうと繋がってはいない。ゲスレムは空間全体を見回すと、

「三本の水晶柱は輝きを放っておる。封印に問題は無い様だ。封印を解かれた此奴は、本来、天井を突き破って獲物を狩りに行くが、目の前に人が居れば必ず襲う。今、万が一、水晶柱に破損が有れば、我等の身が危うい。」

空間の端、“高貴なる逆さ天使”を囲む様に三本の水晶で出来た柱が立っている。その全てが青い光を放っていた。

「確か、封印を解けるのは王妃だけでしたな。」

「如何にも。陛下の自室に封印を解く為の“石球”が有る。封印解除は自室にてその“石球”と、この部屋の出入りにも使用する“ナイフ”を使用する。さすれば、この部屋の三本の水晶柱の輝きは消え、此奴は解き放たれる。尚、封印解除の時期は“異界の高師”より陛下に一任されておる。」

「つまり、王妃の胸三寸と言う訳ですか。恐ろしい話だ。それにしても、この悪趣味な“天使”様が暴れ出したら、いよいよ異界の妖魔導士共が人間界で好き勝手に動き廻れる様になる訳ですな。」

「此奴が動き出せば、人を喰い殺し続ける。喰い殺して取り込んだ人間の持つ“力”を此奴が己の体内で数十倍に増幅する。その“力”が有れば、妖魔導士方々、人間界に於いても生命力・魔力ともに無限。従来、手間の掛かる人目を盗んでの“贄の儀式”と異なり、“力”尽きて塵と化す事も無くなる。只、此奴が如何にして個々の妖魔導士方々に“力”を分け与えるのかは、陛下も聞かされてはおらぬとの事。」

「“天使”様を異界からこの部屋に転送させる時も手前でしたなぁ。王妃に協力して共に“魔導門”を開いた妖魔導士連中、転送完了した途端、干乾びて死んじまうし…。」

「陛下に依れば、此奴の転送前、先に人間界に於いて“贄の儀式”を行っていた五名の妖魔導士方々、元より命捧げよと“異界の高師”からのご命令を受けていたとの事。」

ここで再び、ゲスレムは王妃の方を見た。壁の黒い渦は直径約二メートル位にまでなっていた。程無く、渦の色は黒から赤に変わった。

「繋がった。頃合いか。」

「やれやれ、何が飛び出すやら。」

ゲスレムと親衛隊隊長は、王妃とレグレの近くまで歩みを進めた。ゲスレムは歩きながら、

「陛下、以外と早く繋がりましたな。」

「向こうでの“贄の儀式”が順調と言う事じゃ。」

王妃も、ゲスレム達に近付きながら応えた。

「それでは…、レグレ!」

「はっ!」

ゲスレムはレグレに指示を出した。すると、“魔導門”に向って左脇にゲスレム、右脇にレグレがそれぞれ片膝を付いて控えた。王妃は“魔導門”の正面から少し斜めに離れた所で赤い渦を見つめる。その王妃の傍らで膝を付いて控える親衛隊隊長。赤い渦から異界の妖魔導士が現れるのを待つ。だが、時が経っても一向に姿を現さない。

「何じゃ?!」

王妃が叫ぶ。“魔導門”の大きさがゆっくりでは有るが、段々と小さくなりつつ有る。

「ゲスレム!」

「御意!」

王妃は“ナイフ”と長杖、ゲスレムは“ナイフ”と神道書を手に、念じ始めた。“魔導門”の縮小を抑える為である。だが、王妃とゲスレムの手にする物が強く光るほどに深く念じているにも関わらず、縮小は止まらない。“魔導門”の直径が約一メートルまで縮小したその時、一瞬、人の両手の様な物が見えたと思うと直ぐに引っ込み、代わりに円盤状の物が飛び出して来た。続けて丸い何かが、回転と同時に青い液体を撒き散らしながら飛び出して来た。

「ウッ…。」

ゲスレムとレグレは青い液体を浴びるが、その液体は直ぐに塵と化して消えた。最初に飛び出した円盤状の物は勢いを無くして落ちると地面に突き刺さった。その円盤状の物は良く見ると縁がギザギザになっていた。そして、後に飛び出した丸い物も勢いを無くして地面に落ちた。落ちてゆっくりと転がり丁度、王妃の目の前で止まった。

「?!」

それを見た王妃は顔面蒼白となった。それは紛れも無く、異界の妖魔導士の”首”であった。王妃が凝視する中、その首もまた干乾びて終には塵と化して消えた。その場には、異界の妖魔導士が額に嵌めていた、大きな赤い宝珠付のリングだけが残された。而も壁の“魔導門”も縮小し続け、既に消えてしまっていた。

「んっ?んんっ、んっ?何じゃ、此れは?異界の偉大な…ご依頼…んっ、儀式成功、んっ、門繋がる…。」

王妃は首をあらゆる方向に不規則に小刻みに振りながら、意味不明な事を呟き出した。その顔は引き攣り、目は血走り、見開いて非ぬ方向を向いていた。

「お主…何をしておる。」

「グワァーーッ!」

王妃は傍らで控えていた親衛隊隊長を下目遣いに睨みながら難癖をつけると、魔法で親衛隊隊長を二メートルほど吹っ飛ばした。親衛隊隊長は堪らず声を上げた。立ち上がれない親衛隊隊長は、左掌を王妃に向けて、

「お待ち下さい、陛下。いきなり何を?」

「黙れ!お主、何が飛び出すとか、どうとか、ほざいておったな!何を知っている!何をした!」

「ご、誤解です陛下!何も知りません。どうかお止め下さい!」

最早、人の顔とは思えない程の怒りの形相をしている王妃は長杖を思いっきり地面に突き立てた。空いた両手を親衛隊隊長の方に向けて、全ての指を複雑に動かす。

「ヒッ!」

身の危険を感じた親衛隊隊長は腰の物入れから神道書を取り出し念じ始めた。だが、過去にゲゾで修行したとは言え、所詮、ゲスレムの様な高僧とは異なり、王妃の前では無意味である。次の瞬間、

「ハッ…ウグッ…ギャーーーーー!!」

親衛隊隊長の左腕が肩から切断された。鮮血が吹き出る。更に親衛隊隊長が身に付けている鎧が耳障りな金属音と共に一瞬で粉々になると、親衛隊隊長の身体が宙に浮いた。

「…ウッ…ふざけるな!この気狂い魔女め!」

苦痛に耐える親衛隊隊長の罵声が響く。王妃の十本の指は猶も動き続けている。宙に浮いたまま、親衛隊隊長の両足は非ぬ方向に何周も捻じ曲げられる。骨が粉々に砕ける音が響く。

「ギャーーーーッ!…アッ…ウッ…や、止めろ…。」

激痛の中、辛うじてまだ意識の有る親衛隊隊長が叫んだ。

「…い、異界の高師様に…め、面目が立たぬでは無いかぁ!」

「グッホッ!」

王妃の叫びと共に、親衛隊隊長の腹筋を突き破って、胃と腸が飛び出すと宙空で停止した。大量の吐血をした親衛隊隊長。だが、まだ意識は有る様だ。

「あぁ…あ、あっ…たっ、隊長が!陛下、お止め下さい…。」

前に出ようとするレグレをゲスレムが引き止める。

「ならぬ!手遅れだ。今出れば巻き込まれる。既に陛下の魔力は限界。さほど待たずして収まる。それまで待つのだ。」

王妃の異変に誰よりも逸早く気付いたゲスレムがレグレに駆け寄り、魔法で造り出した“歪曲閉鎖空間“で自分とレグレを包んだ。ゲスレムとレグレからは王妃を確認出来るが、王妃からは二人の存在を一切確認する事は出来ない。地味だが、一部の者しか体得していないゲゾ神道の最高位魔法である。

「何故じゃ、何故じゃ、何故じゃ、何故じゃ、何故じゃーーーっ!!」

王妃は狂気の叫びを発しながら指を激しく動かす。次に身体を突き破って飛び出て来たのは、心臓と二つの腎臓である。三つとも宙空で潰されて血と混ざりドロドロなって地面に落ちた。既に親衛隊隊長は絶命している。王妃はまだ止まらない。顔面を骨ごと引き離し、脳を宙空で潰した。此れも血と混ざりドロドロなって地面に落ちた。

「おのれぇ!おのれぇ!…アハッ…ハハッ…アハッ…アハッ…アハッハッハッハッ…アハッハッハッハッ…。」

王妃は狂い笑いをしながら、両腕を肩幅よりも少し開いた状態で上げ、両手を大きく開いた。すると、宙空に浮いている残りの身体が全て一瞬で小間切れになったかと思うと、宙空に浮いている部位も、地面に落ちた部位も、飛び散った血も、親衛隊隊長の損壊した身体の全てが真っ赤な炎に包まれ激しく燃えた。暫く燃え続けると炎は消え、原型を留め無い無惨な親衛隊隊長の死体は跡形なく消えていた。鞘に収まっている派手な剣だけが、地面に転がっていた。

「…ハァ…ハァ…ハァ…。そうじゃ…このままでなど終わらせぬ。急ぎ我の部屋に戻り、偉大なる“異界の高師”に誠意を示すのじゃ!!」

王妃は何かに取り憑かれたかの様に喚くと、長杖を地面から抜き、脇目も振らず足早に、“石板”の前まで行った。“ナイフ”を突き立て出入口の壁を開けると、出入口の壁を閉じる事無く、そのまま立ち去ってしまった。 ゲスレムは王妃の気配が消えたのを確認すると、“歪曲閉鎖空間“の魔法を解除した。

「…ゲスレム僧正、王妃陛下は一体…。」

「レグレよ。先ずは落ち着くのだ。」

動揺を隠せないレグレを、ゲスレムは安心させた上で、指示を出す。

「良いかレグレ、お主は其処に転がる妖魔導士の残した“赤い宝珠“手に、陛下を追うのだ。陛下の魔力は底を突いている。城まで歩くしか無い。お主が走れば十分追いつける。魔物や賞金稼ぎなら構わぬが、陛下がもし国王軍・司法局・地上の民間人又はお主自身に手を出す様な事が有れば、お主に授けたその『紫錆の剣』と“赤い宝珠“を使え。“赤い宝珠”は我ら人間に取っては危険な代物だが、以前に伝授した通りにやれば問題はない。」

「『紫錆の剣』と“赤い宝珠“を用いて王妃陛下だけを陛下の自室に直接”転送”させるのですね。」

「その通りだ。聖騎士のお主ならば必ず出来る。但し、陛下が手を出した時だけだ。何事も無いのに”強制転送”すれば、陛下にその時の記憶が残ってしまい、後で面倒な事になる。それと、お主自身も城に戻り次第、自室に籠もり誰とも接触するな。勿論、王妃親衛隊の者ともだ。親衛隊隊長の処理は私に任せろ。全ては王妃陛下の為だ。私は暫し此処でやる事が有る。行け!」

「はっ!」

レグレは駆け出した。

ゲスレムは、親衛隊隊長の残した派手な剣を拾い上げると、先程まで“魔道門”が存在していた壁を暫く睨み続けた。

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