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第十一章 ”高貴なる逆さ天使”の間

 ゲルキアンがラグザスタンのアジトでの報告を終え、市街にいるイルヴィニ達と合流する為、地上を目指していた頃、迷宮内の全く別の区域に有る通路を、一人の中年騎士が歩いていた。綺麗に整えられた口髭と顎髭、“角刈り”の白髪混じり金髪、全身には黒光りする綺麗な甲冑、腰には柄と鞘に豪華な装飾を施した剣を携え、片脇に騎士の兜を抱えている。中年騎士は扉の前まで来た。扉の左右には、槍を手に甲冑に身を包んだ衛兵が一人ずつ立っている。

「お疲れ様です!隊長!」

二人の衛兵は中年騎士に向って姿勢を正し、敬礼と共に同時に声を発した。此処は、迷宮内で王妃親衛隊が詰所として利用している部屋の前である。王妃親衛隊は国の命により、アポレナ王妃の身辺警護を任されている。基本、王妃に絶対服従であり、国王軍の中でも完全な独立部隊である。中年騎士=親衛隊隊長がその内の一人に話しかけた。

「ご苦労、ゲスレム僧正は来ているか?」

「はっ!既にお見えです。…それとレグレの奴も…。」

「そうか…、判った。」

衛兵が扉を開けると、親衛隊隊長は中に入った。壁側で立ったまま待機している、ゲスレムとレグレの姿が直ぐに目に入った。 親衛隊隊長はゲスレムに向って、

「城内での合流を避けたと言う事は、妖魔道士絡みですかな?」

「如何にも。況してや騎士団の者に我等が機密の一部、目撃された。国王の耳に入る前に手を打たねばならぬ…。」

レグレが割って入る。

「この急を要する時に、遅いですよ!隊長!王妃陛下をお待たせする気ですか!」

声を荒げるレグレに、親衛隊隊長は極めて冷静に、

「いやー、すまん、独立部隊の長ともなれば、色々と忙しくてなぁ。それにしても元気そうじゃないかレグレ。重傷と聞いていたが…、回復して何よりだ。」

「当然です。我が身は全て王妃陛下の御為に!何時までも寝てなどいられません。」

「流石だ、それでこそ聖騎士だな!」

(やれやれ、よくもまぁ、あの気狂い魔女を其処まで信奉出来るもんだなぁ。而も催眠や洗脳の術無しで。つくづくオメデタイ奴だ。まぁ、王妃に取っては、これ程都合のいい手駒は無いと言う事か。)

「隊長!話を逸らさ…。」

「レグレ、弁えよ!」

ゲスレムが静かにだが鋭くレグレを制した後、話を続ける。

「本題は他に有る。数日前、”異界の高師”より王妃陛下自室の“鏡”にお伝え事有り。拠れば、複数の異界の魔道士方々、転送の呪法に失敗。人間界の極端に離れた時間と場所に落つ。現地の人間を贄としても魔力・生命力共に汲々、直接異界に戻る力は無く、可能とすれば同じ人間界に於いて異界の力が最も強く目印となる場所、則ち“高貴なる逆さ天使”の間以外に無し。そこで、王妃陛下の強大な魔力を以て“高貴なる逆さ天使”の間の壁に、此方側の“魔導門”を開く手助けをしてほしいとの事である。」

「となると、救助した妖魔道士たちを異界に戻れるまで何処に匿う必要が有りますなぁ。」

親衛隊隊長が面倒臭そうに言うと、

「左様、実に手間である。」

ゲスレムが静かに同調した。すると、レグレが、

「王妃陛下の御為ならば、命に替えても異界の方々をお守り…。」

興奮するレグレを尻目に、何かに気が付いたゲスレムが、

「参られた様だ。」

「おっと!」

レグレと面と向かっていた親衛隊隊長は、慌てて壁に背を向け、レグレの横に立った。程無く、部屋の中央の空間が一瞬、強く光ると、長い杖を手にした、派手なドレス姿の中年美女が現れた。アポレナ王妃である。その周りに風が巻き起こると、その風は数秒で収まった。ゲスレム始め、部屋の中に居た全ての者が王妃に向って跪く。ゲスレムが口を開いた。

「陛下、準備は出来ております。」

「構わぬ、皆の者、楽にせよ。ゲスレム、奴等、“石板”を見ただけでは無く、外して持ち去りおった。行き先を予測する為、来るのが遅れた。」

王妃の言葉で部屋に居る全員が立ち上がる。ゲスレムは立ち上がりながら、

「粗奴ら、国王の命を受けているとは言え、巡回任務が主の一般兵。魔法の体得も無ければ“鏡”すら扱えぬ者達。ならば、先回りして始末すれば問題無いかと。」

親衛隊隊長は臆すること無く、王妃に向って、

「では、今回も親衛隊は私一人で十分ですな。」

「この一大事に何を言われるのですか…。」

「よい!我もその積もりじゃ。大人数で動くのは得策では無い。」

親衛隊隊長の言葉に、噛み付くレグレを王妃が制した。王妃は三人の前まで来ると、

「一騎当千のお主ら三人が居れば何も心配は無い。心強い限りじゃ。」

更に、レグレを見つめながら肩に手を掛けると、

「レグレ、お主には特に期待しておるぞ。」

「はっ!このレグレ・アルガス、命に替えても陛下をお護りし、崇高なる目的実現の為、尽力致します!」

王妃の言葉にレグレは、目に感激の涙を浮かべながら応えた。それを横目で見ていた親衛隊隊長は、

(やはり、王妃の“目”や“言葉”にも催眠や洗脳の術の気配は無い。以前にもレグレ本人に気付かれない様に“ゲゾ”の呪法を用いて調べて見たが、何の術も掛けられてはいなかった。)

親衛隊隊長は、十代の若い頃、ゲスレムと同じく“ゲゾ神道院”に於いて、神道僧の呪法を体得。後に国王軍騎士団に入団している。

(心が綺麗で正直者と言えば聞こえはいいが、感覚にズレが有ると言わざるを得ない。況してや、出世の為には足の引っ張り合いが常の国王軍だ。聖騎士とは言え、他の部署や隊に居場所が無くなり、最終的にゲスレム僧正に拾われた訳だ。現に内の隊員も全員、レグレには色んな意味でウンザリしているからなぁ。)

王妃はレグレの頬を数回撫でた後、部屋の中央に向けて足を運びながら、

「このままでは、次第に“高貴なる逆さ天使”の間の出入口が無くなる。急ぎ“石板”を取り戻すのじゃ!」

「はっ!」

三人は同時に返事をすると、王妃を囲む様にして、傍らに立った。王妃は魔導書を手にすると、念じ始めた。程無く、四人の身体が一瞬、強い光に包まれた後、その場に強い風が巻き起こる。風が止んだ時には、四人の姿は部屋の中央から消えていた。



 岩土と“光る石”が混在する複雑な通路を、三人の騎士が地上の出入口を目指して歩いていた。

「やりましたね。小隊長!」

「あぁ、コイツを城の国王様にお見せすれば、お喜びになる事、間違いなしだ!」

「ヘヘッ、俺等、出世間違い無しですね。」

「当然よ!真っ先に俺たち第二小隊がこの“石板”を見つけたんだからな。第三小隊の連中、俺達が持ち去っているとも知らず、未だに探し続けて『見つからねぇ!』って、頭抱えている頃だぜ。」

小隊長と呼ばれた騎士は、表裏全体に複雑な模様が彫られた円板状の物を、両手で大事そうに持ちながら歩いていた。“石板”と言ってはいるが、見るからに材質不明の代物である。今まで黙っていた三人目の騎士が口を開いた。

「それにしても、俺等三人とも何の魔法も使えないのは辛いですねぇ。せめて“鏡”だけでも扱えれば、直ぐにでも国王陛下にお伝え出来たのですが…。」

「まぁ、確かに未だに深い階層ですし、この一帯の区画も、ごく最近発見されたとの国王陛下からのお話でした。だからこそ、其処で“石板”を探して来いとのご命令でしたね。」

「心配するなお前等、誰も知らなかったルートだ。だから地上近くの階層に行く迄は、誰にも会わねぇよ。地上近く迄行けば、城に着いたも同然だ。それとよ、魔法に頼るなんざぁ、邪道よ!本物の騎士なら剣技と馬上の槍技で勝負するものだ。だろう!」

「つまり、俺達こそ本物の騎士って事ですね。」

「違いねぇ。」

「ハァッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」

三人は大笑いしながらT字路を左に曲がった。

「?!」

誰にも会わないと思っていた三人は息を呑んだ。目の前には、四人の人物が立っている。而もその内の一人は、最も出会ってはならない人物である。

「ヒッ!お、お、王妃さま!」

小隊長の声は恐怖に満ちていた。“石板”を目にしたゲスレムは、

「陛下、この者、“石板”手にしております。」

「間違い無い。この者共じゃ。」

アポレナ王妃は右手の杖を軽く動かした。すると、“石板”が小隊長の手から宙を舞い、正面に突き出していた王妃の左手に収まる。王妃は傍らにいたゲスレムに、取り返した“石板”を渡した。

王妃の両手の全ての指には宝石付の指輪が嵌められている。左手の人差し指の指輪と中指の指輪を擦る様にぶつける。“カチャッ“と音がした瞬間、小隊長の身体は身に付けていた甲冑ごと左右に真二つに割れた。血飛沫が舞い上がり内臓が飛び散ると共に、地面に叩きつけられる割れた甲冑の音が響く。

「殺れ。」

王妃の号令と共に、レグレと親衛隊隊長が、それぞれ残りの二人に斬り掛かる。騎士の盾に最初の一撃を防がれたレグレは、騎士の剣を自らの盾で払うと、甲冑の隙間に自らの剣を深々と突き刺した。

「ウッ!ウウッ!」

騎士は苦痛の呻き声を上げると静かに息を引き取った。親衛隊隊長は自らが持つ剣の魔力なのか、それとも余程腕が良いのか騎士の剣を折り、甲冑ごと横薙ぎで切断した。騎士の上半身が大きな金属音と共に地面に叩き付けられる。血飛沫が舞い、残された下半身は膝を崩してその場に倒れた。辺りの地面は血と内蔵の海となっていた。親衛隊隊長はその凄惨な死体を見ながら、寧ろ誇らしげに、

「誇り高き騎士達よ、悪く思うな。お前等の口封じが俺達の任務だ。」

「いや、まだ口封じは終わっておらぬ。」

王妃はそう言うと、何処に隠し持っていたのか判らない程の鉄杭の束を取り出した。長さ約二十五センチ前後、若干太い頭部に彫刻が有るその鉄杭は十数本ある。それを見たゲスレムは目を丸くし、驚いた様子で、

「陛下!そ、その鉄杭は…。」

「フッ、フッ、フッ、気付いたか、ゲスレム、流石じゃのう。」

王妃は邪な笑みを浮かべながら、その鉄杭を騎士達の死体の上にばら撒いた。王妃の異様な行動にレグレも、

「陛下、これは一体?」

王妃は楽しそうに、

「死体を完全に消したところで、“完全復活”の魔法を用いれば生き返ってしまう。死体を残した上で、“復活”の類の魔法が一切効かないよう、細工するのじゃ。我が編み出した呪法じゃ。誰も“この鉄杭“を用いるなど想像も付くまい。」

王妃は地面の死体に向って杖を水平に構えると、念じ始めた。すると、死体全てが青白い炎に包まれた。だが、熱は感じない。数秒後、炎が消えた後には、ばら撒いた鉄杭と血の海は消えて無くなり、死体と飛び出た内蔵は、一見、何も変わって無い様にも見えたが、良く見ると、血の汚れは全て消え、表面には光沢が有る。恰も精巧に造られた蝋人形の様に変わっていた。

「フッ、ハッ、ハッ、ハッ、我が呪法、完遂じゃ。」

ゲスレムが口を開いた。

「では、急ぎ“高貴なる逆さ天使”の間へ。」

「そうじゃ、異界の偉大なる方々をお待たせする訳には参らぬ。じゃが、“高貴なる逆さ天使”の間の中も周囲も、“封印”の関係で転送の魔法が使えぬ。それに、国王の命で嗅ぎ廻っている者がまだ三人おる。粗奴らも始末しておいた方が良かろう。そう遠くは無い。このまま通路を進む。良いな。」

「はっ!」

三人は同時に返事した。 親衛隊隊長とレグレが横並びで前、アポレナ王妃とゲスレムが横並びで後ろ、と言う隊列で通路を進んだ。少し進む度に複数の分岐が有る複雑な区画を抜けると、大きな岩が点在する広い空間に出た。親衛隊隊長とレグレの足が止まった。見ると先の方で、細身の若い女性が中空に浮いている。緑色の長い髪、裸体に葉が無数に生えている数本の蔦が巻き付いている。その隣には岩で出来た人型が、中空に浮いていた。

蔦人間ワーアイビー岩傀儡ロックゴーレム!」

叫ぶレグレを王妃が正す。

「いや違うな、彼奴らは精霊じゃ。ゲスレム、召喚した術者が何処かにおる筈じゃ。」

「御意。」

返事をするより早く、ゲスレムは神道書を手に念じていた。神道書が鈍く光る。

「一番奥の岩陰に三人。内一人が術者。」

ゲスレムが話す間に、二体の精霊は動き出していた。緑髪の精霊に巻き付いている三本の蔦が伸びてレグレに襲い来る。何度切り落としても襲い来る蔦を、必死に剣で切り落とし続ける。中空を飛来しながら殴り掛かって来る岩の精霊を、親衛隊隊長は一薙ぎで破壊した。見兼ねた王妃が右手の杖を前に翳す。程無く、緑髪の精霊と三本の蔦は炎に包まれ、直ぐに焼き尽くされた。ゲスレムは神道書を手に再び念じていた。神道書が強く光ると同時に、一番奥の岩に無数のひびが入り、砕けてその場に崩れた。すると、その岩に隠れていた三人の人物が姿を現した。そのうちの一人、水色のローブと片手に巻物を手にした男が、

「おい、アレックス!どうすんだよ。マズイんじゃねぇか!だからこんな奴の命令聞きたく無かったんだよ。」

物質又はアイテム依存による精霊召喚魔法を体得し、気候・天候の予測、災害防止、傷病者の治療を生業とし、戦場に於いては、召喚精霊の性質を利用して攻撃・防御を可能とする者=精霊使い、ベルフ・ゾフトは後悔と焦りから怒りの声を上げた。“ナチュラルマッシュ”の黒髪は、既に乱れていた。

「何だと貴様!」

国王軍の者と思われる騎士が、ベルフに向って上から目線で怒鳴った。それを見ていた、両手持ちの戦斧を手にしている筋肉隆々の男が困った様子で、

「まぁ、まぁ、二人共。俺たちとしては、国王にかなり世話になっているし、貰う物も貰っているしなぁ…。」

あらゆる刀剣・鉾槍・斧・棒、鎧・盾などの武具を使い熟し、特に近接戦闘の技を得意とする体力と筋力に優れている者=戦士、アレックス・シュードマンは度々、国王からの裏仕事を受けていた。今回は、傷病でニ名の欠員が出ている巡回巡視中隊の第三小隊に、賞金稼ぎ仲間のベルフと共に一時的に編入。その上で、迷宮内のこの区域内で、異界の妖魔道士絡みの“石板”を探せとの仕事を受けていた。

アレックスは三人の中で一番目立っていた。それ故、真っ先に王妃の的にされた。王妃は左手の人差し指の指輪と中指の指輪を擦る様にぶつける。“カチャッ“と音がした。

「うっ、アレックス!!」

何かに気付いたベルフが、アレックスの方を振り向き叫ぶ。アレックスの鎖帷子と両手持ちの戦斧、“コイフ”と呼ばれる頭部と胸の上部を保護する鎖で出来た防具、その全てが一瞬、青く光るのを見ると、

「クソッ!間に合うか?」

ベルフは叫びながら念じた。念じながら自分の身体と、国王軍の騎士=第三小隊長を一瞥し、最後にアポレナ王妃を睨みつけた。そして、王妃の左手が動くのが見えた。

「アレか!…もう少しだ…来る!」

次の瞬間、ベルフと第三小隊長の身体がそれぞれ、大きな青白い人の顔の様な形をした靄に包まれたかと思うと、その二体の靄が苦痛の表情と共に断末魔の不気味な叫び声を上げながら消えた。ベルフは冷や汗を掻きながら、

「…間に合った…か。」

既に、アレックスと親衛隊隊長、第三小隊長とレグレが互いに武器を交えている。王妃は敵の三人がまだ生きているのを見て、顔を引き攣らせながら、

「我の“斬殺”の術を防ぎおった…此奴らこそ、本命の手先か。おのれルドバリン!面倒な輩を手懐けおって。」

「陛下、これ以上のご自身の魔力消耗、後の“使命”に響くかと。此処は我等にお任せを。」

ゲスレムはそう言うと、神道書を手に何かを念じながら、ベルフに向けて疾走した。初老とは思えぬ速さである。王妃はゲスレムの言葉に落ち着きを取り戻すと、

「心得ておる。始末は任せる。」

「久しぶりだな、アレックス!相変わらず商魂逞しい様だな!」

「いやー、此れは、此れは、王妃陛下の親衛隊隊長さん、こんな所で奇遇ですなぁ…。」

アレックスの戦斧と親衛隊隊長の派手な剣で競り合っている最中である。口では下出のアレックスだが、競り合いでは押していた。

「…それ程の魔力の技物、何処で手に入れた?…陛下の殺しの術を弾く程だ。間違い無く国王軍神官団ですら把握してない代物だ…。」

「えっ、殺しの術?弾く?何の話です?」

直ぐ横で巻物を手にゲスレム相手に競り合っていたベルフが、

「…アレックス!気付かなかったのか?…さっきお前の鎖帷子とか、戦斧とか、青く光っただろう!…その装備が無かったら、お前…とっくに王妃に…殺されていたんだよ!」

「そうだったのか!それは持つべき物に感謝しないとなぁ!」

アレックスは叫びながら、親衛隊隊長の剣を押し返し、力技で撥ね退けた。よろける親衛隊隊長の頭上に戦斧を振り下ろすが、既に体勢を立て直していた親衛隊隊長の剣がそれを振り払う。以後、戦斧と派手な剣の打つかり合いが暫く続いた。ゲスレムは神道書を手に、“障壁”の魔法でベルフに迫る。本来は物理攻撃や魔法による攻撃を防ぐ為の防御魔法だが、そのまま敵に迫って、部屋の壁まで追い遣り、押し潰す様な使い方も出来る。ゲスレムは正にそれを狙っている様だが、ベルフは精霊を使いその“障壁”をある程度押し返した。人間より若干大きいその精霊は、女性騎士の鎧を身に纏った背中に大きな白鳥の様な翼が有る金髪女性の姿をしている。精霊は両掌を“障壁”に向けて大きく開き、全身は宙に浮いた状態で“障壁”を押している。両者、力が拮抗しているのか精霊と“障壁”の位置は止まったままで猶も念じ続けている。

「ほう、“風の精霊”の様だが見た事も無い姿形をしておる。何より凄まじき霊力。陛下の“斬殺”を防ぎし先程の“生怨霊”とて、王妃陛下を含むこの場に居る全ての者の“負の感情”を利用して召喚、意の儘に従わせるとは、其許、可也の手練れで有るな。」

「クソッ…防御の手口バレバレかよ…。ゲゾの高僧、厄介だなぁ…。」

「その腕、場末で終わらすは宝の持ち腐れ。どうだ、我等と共にアポレナ陛下に仕えぬか。そう遠く無い先の人界にて、頂点に立つお方だ。」

「はっ、何言ってやがる。冗談じゃねぇ!誰があんな…気狂い魔女にひれ伏すか!それによ…異界の妖魔道士ども、見ているだけで…吐き気がするんだよ!」

ベルフは吐き捨てる様に叫ぶと、更に念を強めた。“風の精霊”の力も強まり、再び“障壁”を押し返し始めた。

「是非も無い。ならば容赦せ…。」

「おい!…コラッ!…お前等!…助けろ!」

第三小隊長は、アレックスとベルフに向って、情け無くも大きな声で叫んだ。レグレに押されて今にも殺られそうだ。

「さっき殺しの魔法から守ってやっただろう!騎士なら剣の相手ぐらい自分でやれ!小隊長!」

ベルフが逆に怒鳴り付けた。アレックスは力任せに派手な剣を振り払って、第三小隊長の助けに入ろうとするが、隙かさず迫る派手な剣がそれを阻む。

「おっと!逃さないぞアレックス!お前の相手は俺だ!」

親衛隊隊長の怒声が飛ぶ。 アレックスは親衛隊隊長と競り合いながらも全体を見回した。そして、この逼迫した状況に、冷や汗を感じながら、

(う〜ん、マズイな此れは。今、王妃に攻撃魔法でも使われたら…全滅間違い無しだ!)

「ギャーーーッ!いっ、痛い!痛い!」

レグレの剣の先端が第三小隊長の左足、丁度鎧の装甲が無い辺りを掠った。その時、王妃の背後から複数の駆け足の音が聞こえた。

「何、司法局じゃと!」

王妃はその姿を見て驚いた。駆け足の音の主は司法局の侍であった。三人の侍はあっと言う間に王妃を通り越して、空間の中央に着くと、その内の一人が、

「両者、其処まで!双方、得物を収められよ!」

その声は空間全体に大きく響いた。この時既に、ベルフとゲスレムの魔法は掻き消されていた。

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