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第十章 女魔導士とその一団VS超古代人

 「どうやら片付いた様だな…みんな無事か!」

イルヴィニの声に各々、手で軽く合図して無事を伝えた。

「今晩の酒代には十分過ぎる代物だな…。」

ゲルキアンは、改めて闇騎士が残した装備を調べていた。黒い全身甲冑と兜、闇の呪いを宿す黒い剣、剣と言っても片刃で反り有る弯刀の類である。その全てが中々の逸品で有った。

「剣はともかく、甲冑・兜の類いは運ぶのは手間ですが、それだけの価値は有ります。皆、交代で背負って行きましょう。」

傍らに来ていたシャルが言う。

「そうだな、みんなで得た成果だからな。ただ剣だけは…。」

言葉を続けようとしたゲルキアンにシャルが、

「売らずに武器として使うのですね。」

「あぁ、だが使うのは俺じゃない。ヘンリエットに渡そうと思う。」

その名を聞いたシャルは、何かに気付くと気の毒そうに、

「そうですかぁ…彼女、まだ無理を…。」

「ユルザが言うには、いくら言っても一向に止めないそうだ…。」

「えぇ、実は、私達がアジトに行った時に、ヘンリエットがユルザにその事で諌められていたのを偶然、聞いてしまいました。ヘンリエットが言うには、ユルザにだけに負担を掛けたく無いそうです。例の“黒い火を吹く武器”を含めた高度古代文明時代の武器を“悪影響”を受けずに使えるのはユルザだけですからねぇ。いざと言う時の事を考えると…。それと以前にティボル卿が、本来は人間が使う武器で有る以上、何れは私達にも使い方を伝授しなければ、とも言っていましたから、それも有るのでしょう。ヘンリエットの思いも理解出来るのですが…。」

「確か物が燃える時や、火薬が爆発する時に出る炎からは、熱や光だけで無く、実際には色んな物が出ていて、その中の“シガイ何とか“って言う物が、俺達人間には無害だが、太陽の下では生きられない吸血鬼にとっては、毒でしか無いって話しだったよな。」

「えぇ、例の“火を吹く黒い武器”も火薬が使用されています。一回一回は極微量ですが、日々、何度も連続して使用すればその毒は、吸血鬼であるヘンリエットの身体を確実に蝕む事になるでしょう。」

「塵も積もれば何とやらかぁ…。」

ゲルキアンとシャルの手によって、黒い全身甲冑と兜の中から塵と化した闇騎士の死体を取り除き終わった頃、ドヌボォが近寄りながら、

「ガーゴイルの角は損傷が酷くて売り物にならねぇ、妖魔導師の残し物には、言うまでもねぇが、手を出さねぇ方から賢明だ。おーい、そっちはどうだ?」

「ダメね!お猿さんの袋の中には何も入って無いわ。」

ドヌボォの声に少し離れた所に居たエホリマが答えた。

「ドヌボォ、その代わり、コイツはかなりの収穫だぜ。」

ゲルキアンが声をかけながら闇騎士の残し物を見せる。すると、

「おーっ!やったじぁねぇか!」

ドヌボォは感嘆の声を上げながら、ゲルキアンの肩を軽く叩いた。

塵と化した妖魔導師の残した赤い宝石に手を伸ばすエズを、イルヴィニが柄飼い半分でニヤつきながら制した。

「フ、フッ、止めとけエズ。」

「ヘッ、何びびっていやがる!見るからにお宝じゃねぇかよ!」

「消息不明になりたいなら構わないけどな。」

「どう言う意味だよ?」

「昔、お前みたいに妖魔導師の残し物に手を出した奴がいたそうだ。そいつはなぁ、仲間と共に迷宮内を探索している間、持ち歩いていたが、しばらくして、そいつの足元の床にアレだよ、妖魔導師どもが異界と人間界を行き来する時に現れる赤い渦見たいなアレ、“魔道門”って言ったっけなぁ。その“魔導門”がいきなり現れて、一瞬で吸い込まれると“魔道門”は直ぐに消えた。直ぐ近くに仲間もいたのに、吸い込まれたのは、赤い宝石を持っていたそいつだけだ。そして、その冒険者は二度と人間界には戻って来なかった。」

「随分詳しいじゃねぇか。まるで見ていた様だな!」

「司法局の知り合いに聞いたのさ。国内の行方不明者の捜索も司法局の役人、つまり侍の仕事だからなぁ。そんなヤバイ物を売って、売った先で“魔道門”なんか現れたら、それこそ大騒ぎになる。エズ、お前、確か前科者だったよな。また司法局のお侍さんに捕まって、牢屋に入りたいのか?」

イルヴィニがそこまで言うと、今まで粋がっていたエズの顔が引き攣り出した。更に冷や汗をかきながら、

「ケッ、面白くもねぇ!」

吐き捨てる様に言うと、エズは伸ばした手を引っ込めた。

皆、無事とは言え、若干のダメージは無い訳では無かった。ドヌボォは、分厚い本を手にすると、頭の中で念じながら、

「お前ら、今、体調万全にしてやるからな!」

掛け声と共に手にした分厚い本=『修道全集・第十巻』が光る。すると、一団全員の身体が軽く光り、皆、身体が楽になるのを感じた。取り敢えずゲルキアンが黒い全身甲冑を、シャルが黒い兜をそれぞれ背負った。その姿を見たドヌボォが、

「どうだ?一度、街に戻って仕切り直さねぇか?」

「そうね。と言うより、早速一杯やりたいわね。今日はもういいんじゃない?」

エホリマの意見に皆、賛同した。

「イルヴィニ、街まで“移動”の魔法、頼むぜ!」

ドヌボォの頼みにイルヴィニが困った様子で、

「あー、此処から一発で街までは無理だよ。地上近くの階層までだ。」

そう言うと、皆、ゲルキアンの居る所に集まり、イルヴィニは懐から分厚い本を取り出した。だが、その時、先程の敵の一団が現れた扉の向こうから不規則では有るが駆け足の音が聞こえて、皆、振り向いた。扉は、破損したのか閉まらずに開けっ放しになっていた。 程無く、音の主は姿を現した。以外にも一団が良く知る人物であった。

「ティボルじゃねぇか!こんな所で…。」

「それより、その姿どうした!?何が有った?」

ドヌボォとゲルキアンが立て続けに声を発した。白い顔と青い眼、紫色の唇、“オールバック”の金髪、絵に書いたような貴族の男性の容姿、紺色のロングコートの下は、素材不明の薄い全身鎧の様な物を身に着けて、手には“エストック”と呼ばれる種類の剣を持つ男──“ラグザスタン”所属のデューク・ヴァンパイア=ティボル・アランサバルは、無表情でクールに振る舞うのが常であるが、今は違っていた。身に着けているコートはボロボロに引き裂かれ、身体の左側が何かに焼かれた様な状態で顔の左側も火傷を負っていた。それだけでは無い、普段は青い筈の眼が黄色く光り、上顎の二本の牙は剥き出しになっている。“吸血鬼の本能”を開放し無ければ助からない状況だったのか?エストックを握った右手で、左肩を押さえて、よろめきながらも必至で走っていた。明らかに何かに追われていた。

「ドヌボォ…ゲルキアンか!」

一団に気が付き名を発しはしたが、ゲルキアンの問に答える余裕も無いほど焦っていたティボルは、イルヴィニの姿を見るや否や、

「イルヴィニ!超速封じだ!早く!」

危機迫るティボルの叫び。その声もまた、いつものティボルの声とは異なる不気味な物となっていた。戦慄が走った。皆、戦闘に不要な荷物はその場に手放し、得物を構える。勿論、ゲルキアンとシャルが背負っていた黒い全身甲冑と兜もその場に落とした。五月蠅い金属音が床に響く。ティボルのいつに無い形相と感情的な言動に、イルヴィニは一瞬たじろいでしまったが、気を取り直し、懐から分厚い本=『正魔導書・第七巻』を取り直し出して、目の前に翳すと“同軸”の魔法を念じ出した。高度な術故に若干の時間を要する。

「超速封じ?と言うと、音速切裂悪鬼魔ソニック・デーモン歪曲次元狂闘士ディメンジョナル・バーサーカーですか!?」

シャルが緊張しながらも冷静にティボルに問うた。

「いや、それが…。」

「ウッ?…!ヴッ…ギャーーッ!!」

ティボルが答えている最中、エホリマが断末魔の如き絶叫を発した。見ると、右腕と左足がそれぞれ途中から切断されていた!その断面は刃物による物などでは無く、何かに強い力に一瞬で押し潰されてもぎ取られた様なボロボロの状態だ。そのボロボロの潰れた切り口から鮮血が噴き出す!エホリマは自らの血の海の中に背中から床に倒れた!

「エホリマーーッ!!」

エホリマの無残な姿を目の当たりにしたシャルの声が部屋中に響いた。

「ヤローふざけやがって!!何処にいやがる!!」

ゲルキアンが姿を見せない敵に凄みの効いた声で怒りをぶつけた。

「シャル、エズ、援護しろ!」

ドヌボォは叫ぶと同時に、エホリマに駆け寄る。シャルとエズは二人を守る位置に就いて構える。エホリマは激痛と出血で既に気絶していた。幸い床に倒れた時に頭は打っていない様であった。

「クッ…」

術を念じながらイルヴィニはエホリマに起きた事態を理解した。そして、一瞬とは言え行動が遅れてしまった事を悔いた。手にした分厚い本が強い光りを放つ。ゲルキアンが何かの気配を感じ、咄嗟に『怨殺の大剣』の刃では無く、鎬の面を自らの正面に向けて、水平に構え、左手を大剣の先端の鎬の面に軽く添えた。大剣を盾代わりにしたのだ。

「?!」

次の瞬時、何かの力がゲルキアンを襲う!耳障りな金属音と共に『怨殺の大剣』は粉々に砕けた!と同時に、その力はゲルキアンを約六メートル後方に吹っ飛ばした!

「グァーーッ!!」

ゲルキアンはその衝撃に思わず叫び声を上げた。床に腰から倒れる。だが、痛みに耐えつつ、無理矢理立ち上がった。背中に背負ったままのもう一本の大剣を急ぎ手にする。鞘ごと布に包まれ、紐で縛ってあるその大剣を急ぎ解きながらゲルキアンは自分を吹っ飛ばした“力の正体”を眼にした。イルヴィニの超速封じの魔法“同軸”の術が効いた様だ。

「ま、まさか…。」

ゲルキアンは自分の眼を疑った。破損した扉付近に片膝を付いているティボルから見て、部屋の中央より奥側にイルヴィニとゲルキアンが、更に奥の壁側の位置に他の四人が居る。“力の正体”=問題の人型は、ほぼ部屋の中央に立っていた。上下とも灰色の古代中国拳法の使い手が着る道着を身に着け、その両腕の袖を捲り上げている。顔の頬は痩せており、背中まで有る銀色の“辮髪”を褐色の肌が余計に目立たせている。そして何より特徴的なのは普通の人間同様、上下に開く瞼の眼が左右に有るのとは別に、眉間に左右に開く瞼の眼が有る。つまり眼が三つ有るのだ。性別は見る限り男と思われるその人型の身体からは、常に“闘気”とも言うべき熱いオーラの様な物が迸っている。

「ハイエンシェントなのか?まさか、ハイエンシェントが人を襲うなど…。」

あり得ない敵にイルヴィニが声を上げた。

「その…まさかだ!ソイツが…最近、迷宮内で…人を襲っている…ハイエンシェントだ!」

ティボルは苦しそうに、だが、皆に聞こえる様に大きな声で叫んだ。イルヴィニが漉かさず庇う様にティボルの前に立ち『五元の杖』を構える。

「影で人間どもを守りし、ラグザスタンの吸血鬼よ、妖の分際で小賢しい。」

その敵ハイエンシェントはティボルの方に振り向くと、無表情で淡々と話しながら、拳を構えて襲いかかって来た!その動きは決して遅くは無いが、目にも止まらぬ超速は封じている為、手練の戦屋ならば十分に見切れる。『五元の杖』が強く光る。イルヴィニの“氷嵐”の術が敵ハイエンシェントの行く手を阻む。

「ぬぅぅ…」

強力な風圧と冷気、そして無数の硬く鋭い氷塊に敵ハイエンシェントは苛立ちを見せる。間髪入れずシャルが魔力を帯びた三本の鋼鉄の矢を、敵ハイエンシェントの後頭部目掛けて放つ、だが、後回し蹴りの一蹴で三本同時に叩き落とされた。更にその背後まで距離を縮めていたエズは半身でレイピアを地面と平行に構えて、リーチの長い強烈な突きを連続で繰り出す。だが、エズの存在に気付いていた敵ハイエンシェントは、掌で全て軽々と払い除けた。その手には布帯が巻かれてはいたが、『大天使のレイピア』の切れ味と魔力を持ってしても傷一つ付ける事が出来ないとは、恐るべき回避技である。

「奴は…回復して…いるのか!いい加減…大人しく…して…もらおう…。」

ティボルは苦しそうに呟きながら、左拳を突き出し、念じた。その人差し指には紋章の様な物が彫られた、野太い指輪が嵌められていた。指輪が光る。すると、敵ハイエンシェントの顔が引き攣り出した。ティボルを睨みながら、

「吸血鬼、貴様ぁ…。」

ティボルの“減退”の術が確実に効いていた。全ての身体能力が一時的に下げる術である。

「今だ!奴が…弱っている…うちに…私の…魔力は…今ので…尽きた。」

ティボルの叫びが終る直前に、イルヴィニの“雷撃”の術が敵ハイエンシェントを襲う。

「グァーーァッ!!」

苦痛に叫ぶ敵ハイエンシェントに急所目掛けて魔力を帯びた矢が飛来、胸に突き刺さっただが、寸前で急所を回避された。同時に『大天使のレイピア』が敵ハイエンシェントの左太腿を道着ごと貫く。エズは、そのままの左太腿を切断しようとしたが、レイピアは左右には動かなかった。危険を感じ、急ぎ『大天使のレイピア』を引き抜く。突き出した側の傷とレイピアが貫いて切っ先が飛び出た側の傷から赤い鮮血が吹き出る。

包まれていた布から開放した大剣を鞘から抜いたゲルキアンが、横薙で敵ハイエンシェントに斬りかかる。首を狙った大剣は右手で払われて、軌道が逸れた。それでも敵の右腕に深い傷を負わせる事が出来た。この大剣、先程、破壊された『怨殺の大剣』より数段禍々しく強力な呪いが込められた相当な業物、その名も『冥府の大剣』。たが、それ程の代物を持ってしても、首どころか腕一本“切断”出来ない上に、見た限りでは呪いの影響すら受けていない様であった。一団は改めて、ハイエンシェントが次元の違う存在だと言う事を思い知らされた。とは言え、今度は相当な深手、腕と太腿からの出血の量は決して少なくは無い。

「うっ、うぅ…」

遂に敵ハイエンシェントはその場に片膝を付いた。

「何故…人を襲う?古より…人の世に…おいて、“守護神”と呼ばれる…存在の正体、貴様等ハイエンシェントは…正しく…人々を守る“神”…その物だ…。」

ティボルが敵ハイエンシェントに向かって話し出した。尚も続く、

「他の…ハイエンシェントの…手前、派手な襲い方は…出来ない筈だ。そこまでして…何故襲う?仮にも…ハイエンシェントとしての…誇りが有るならば…名ぐらい名乗れ…。」

すると、敵ハイエンシェントは胸に突き刺さった矢を引き抜きながら、

「我が名は“ツィーグーイェン“…。」

話しながらヨロヨロと立ち上がる。出血は尚も続いている。

「…争いの歴史を繰り返し、今も尚、大地を汚し続ける愚劣極まり無い人間どもに鉄槌を下す者である…ぬぅぅっ!」

呻き声と共に三つの眼が一瞬、赤く強く光る! ツィーグーイェンの動きが一瞬止まったが、直ぐに歩きだした。イルヴィニが焦りながら、

「クソッ、破られたか!」

イルヴィニは“麻痺”の術を念じていたが、ツィーグーイェンの三眼が赤く光った時には気付かれてしまっていた。

漉かさずエズが鋭い突きを繰り出す!だが、突き出した腕をツィーグーイェンの左手に掴まれると、そのまま後ろに放り投げられた。

「ぐっ、ぐわーーっ!!」

叫び声と共にエズは空中で体制を崩して、背中から地面に落ちた。全身に激痛が走る。

「ゲッフォッ!!」

口から血を吐く程の衝撃を受けていた。エズは仰向けの状態で、そのまま気絶してしまった。

傷跡は残っているものの、ツィーグーイェンの腕と太腿、胸の出血は完全に止まっていた。再び“闘気”を迸らせる。熱い熱気の様な物がイルヴィニ達の肌を突く。

「やってくれたな!くたばりやがれ!」

ゲルキアンが『冥府の大剣』を上段の構えで、ツィーグーイェンの頭目掛けて飛び掛かる。その時、再び、三つの眼が一瞬、赤く光る!熱を帯びた風が渦巻いた。

「何?!」

ゲルキアンの目の前には、ツィーグーイェンの姿は無い。『冥府の大剣』の剣先が虚しく空を切り、勢い余って床を構成する石材を切り裂く。と同時にゲルキアンもその場に着地した。

「いかん!」

ティボルが叫んだ。

「何?!まさか、“同軸”の術まで…。」

“超速封じ“の魔法までもが破られ、愕然とするイルヴィニであったが、急ぎ『正魔導書・第十巻』を取り出し、再び“同軸”の術を念じ始めた。

「…おい、まずいぞ!奴は何処だ!」

大剣を構え直しつつ、辺りを見回しながらゲルキアンが叫んだ。その直後、

「うっ?!」

イルヴィニは右の頬に異常な熱さを感じた。本来ならばその場から飛び退く筈で有るが、恐怖で身体が固まっていた。両目だけを右の方に動かしたイルヴィニが見た物は、手刀と化したツィーグーイェンの左手である。その先端つまり中指の先端が頬に触れていたのだ。明らかにその手刀は、イルヴィニの頭を横から貫き、無残に砕く筈であった。だが、それ以上動かない。何かが止めていた。よく見ると手刀は何者かの肘と膝に上下で挟まれ、半ば潰されていた。

「ぐぅっ、うっ…。」

激痛に呻くツィーグーイェンの顔面に、その何者かは強烈な裏拳の一撃を叩きつける。ツィーグーイェンの身体は部屋の壁まで吹っ飛ばされ、壁に背中から激突する。そのまま床に崩れ落ちたツィーグーイェンの目の前には、既にその何者かは立っていた。瞬時に移動していたのだ。

「…ディンガン殿か!」

ティボルがその何者かに向かって叫ぶ。

「遅れてすまぬ、ティボル殿!」

茶色の髪は、左右の側面の髪と後ろ髪が炎のように逆立ち、中央部分の髪は団子状に纏められている所謂、“焔髻えんけい”と呼ばれる髪型、黒を基調とする古代中国の武人を思わせる様な鎧、その鎧の下に有る肉体は骨太の筋肉質、肌の色は若干赤みがかっている。ハイエンシェント最大の特徴である通常の上下に開く瞼の両眼と、眉間に左右に開く瞼の眼の三眼、ツィーグーイェンを遥かに凌ぐ“闘気”を放つ、ラグザスタン所属のハイエンシェントの男=ディンガンは、ティボルに、野太くも通る声で応えた。

血溜まりの中で、回復系魔法を用いてエホリマの治療を施しているドヌボォの背後にもう一体、別の影が現れた。援護していたシャルが即座に身構えたが、見覚えのある姿に安堵の声を上げる。

「シュイファ!貴方でしたか。」

「シャル、驚かせてすまぬ。…遅かったか!エホリマ、何と言う事だ…我が不甲斐ないばかりに…。」

その黒髪は、髪束で出来た十数センチ径の輪が、頭頂に二つ突き出ている“百合髻ゆりけい”呼ばれる髪型で、更に二つの輪の根元に美しい粧飾の髪飾りと髪留めが見て取れる。上半身の服装は水色を基調とする女性用漢服に青色の篭手を身に着けており、その細身に不釣り合いなほど豊満な両胸は、胸元から半分見えている。下半身もまた青を基調とした鎧・直垂は有る物の、両太腿は露わで、膝から足は膝当て・脛当てと一体化したブーツの様な履物を履いている。手には身の丈より頭一つ分程短い、先端から見ると正八角形の材質不明の棒“八角棍”を装備。全身の肌と唇の色は、人間の東洋系色白女性と変わらない黒い瞳の三眼を持つラグザスタン所属のハイエンシェントの美女=シュイファは、慚愧の念を口にした。その声にドヌボォが振り向く、

「シュイファか!」

横たわるエホリマの傍らに膝を着いたシュイファが、

「目覚めぬか…。」

ドヌボォはエホリマとシュイファの顔を交互に見ながら、

「心配はいらねぇ。“全回復”の術で腕も足も元通りだ。体力も少しずつ戻る筈だ。たが出血の量が多かったからなぁ、念の為まだ動かさねぇ方がいい。それよりティボルだ。」

「!!」

ドヌボォの言葉で、ティボルの方へ足を運ぼうとしたシュイファであったが、ツィーグーイェンが再び立ち上がる気配を感じ取ると、瞬時にディンガンの傍らに移動した。シュイファは、改めて激痛に歪む褐色の顔を確認すると、

「お前は、確かツィーグーイェンとか言ったな。数万年前に一度会った事が有る。非道もここ迄だ。他のハイエンシェントは誤魔化せても、我等ラグザスタンのハイエンシェントが貴様の邪念に気付かぬとでも思うたか。」

冷静に話すシュイファを睨みつけるツィーグーイェン。ヨロヨロと立ち上がりながら、

「忌々しきラグザスタンのハイエンシェントども!貴様等が我が同族と思うだけで吐気がする。虫けらにも劣る人間共に味方するなど神の名を汚す愚行よ!」

「愚か者がぁっ!!」

ディンガンの怒号が響く。その闘気は更に増し、熱気が渦巻く中、激怒の声は尚も続く、

「我等ハイエンシェント、悠久の古より天から人の世の守護を命ぜられし存在。その命に逆らい、人々を殺生するなど言語道断!守護者の使命を放棄し、悪鬼と成り下がりしうぬの如き輩、三世十方の諸仏、大怨敵と成りて、魂身滅ぶが定め!覚悟せい!!」

「おのれぇぇ…ゴミ共がぁっ!滅ぶのは貴様等の方だぁっ!」

ツィーグーイェンが叫びながらディンガンに正拳突きを繰り出した瞬間、三人のハイエンシェントの姿はその場から消えた。部屋の至る所で、熱気が渦巻き、闘気がバチバチと迸る。更には無数の打撃音、手足から繰り出される技と技がぶつかり合う音だけが部屋中から聞こえて来た。しばらくそれ等の音が続くと、先程、一団が倒した異界の妖魔導師の遺し物が散乱している辺りに突如、三人のハイエンシェントは姿を現した。ツィーグーイェンは全身血塗れで、荒い息でフラつきながらも何とか立っていた。対するディンガンとシュイファも若干のダメージは受けている様であるが、然程問題も無くツィーグーイェンに対して身構えている。だが、三人の姿が見える様になったのは、三人が打ち合いを止めたからでは無い。イルヴィニの超速封じ“同軸”の魔法術が部屋全体に効いたからである。

「待ってくれ!助けて貰って何だが、そいつの首は私等に取らしてくれ!こうもコケにされた以上、その礼をしないとケジメが付かないからな!」

三人の近くへ急ぎ駆け寄ると、イルヴィニは怒りを込めて叫んだ。先程の恐怖は強い怒りに変わっていた。ディンガンが応える。

「おう、なかなかの気迫!承知致した!止めはお任せ致そう。されど油断なさるな!」

「ありがとう!」

イルヴィニは感謝の言葉と同時に念じた。『神使いの腕輪』が強く光る。いや、腕輪だけでは無い。何故かイルヴィニの身体自体が強い光りを放っている。

「我が所以知らずの有象無象の刃ども!神の使いと成りて、邪悪な魂を引き裂け!」

イルヴィニは念じながら叫んだ。この叫び自体は魔法術とは関係無い。怒りから思わず発しただけの言葉である。念じると同時に、赤いローブの裾から三本の諸刃の短剣が、神速の勢いで飛び出し、宙を舞う。回避されない為に、速さは勿論の事、複雑な動きで飛翔していた。その内の一本はツィーグーイェンの眉間の眼に深々と突き刺さった。

「ぐぁぁっ!!」

ツィーグーイェンの呻きとほぼ同時に、残りの二本がそれぞれ左右から水平に回転しながらツィーグーイェンの首を切断した。更にゲルキアンが『冥府の大剣』で既に首の無いツィーグーイェンは身体を中心から真二つに切り裂いた。 血飛沫と腹綿が一瞬、宙を舞うと切り裂かれた身体と共に、倒した異界の妖魔導師の遺し物ごと辺りの床を汚した。イルヴィニ達が攻撃している間も、ディンガンとシュイファは構えたままで睨みを効かせていた。その為、ツィーグーイェンは成す術も無く滅したのである。

「エホリマ!!」

イルヴィニは、急ぎ横たわるエホリマの所に駆け寄った。

「エホリマ…私のせいだ。私が怯んだばかりにこんな事に…なぁ、ドヌボォ!エホリマ生き返るよな!頼む、生き返らせてくれ!」

涙目で迫るイルヴィニに未だエホリマの傍らで介抱するドヌボォが一喝する。

「落ち着けイルヴィニ!死んじゃいねぇよ。シュイファにも言ったが”全回復”の術で腕も足も元通りだ。ただ出血が多かったから念の為、休ませているだけだ。」

「エホリマは直に元気になります。イルヴィニ、だからもう心配しなくても大丈夫ですよ。」

シャルはイルヴィニが落ち着く様に肩に手を添えながら声をかけた。

「よかった…。」

同じく傍らで膝を付きながらエホリマの顔を見つめるイルヴィニは 、安堵の声を漏らすと漸く落ち着きを取り戻した。

「ん?!イルヴィニ!頬に穴が…大変だ!直ぐに治療を!」

「えっ?あっ!痛ってえぇ!!」

シャルの指摘で左頬の激痛に今になって気付いたイルヴィニは、思わず手で抑えて蹲った。その傷穴はツィーグーイェンの手刀による物で有った。直径約十五ミリの傷穴は左頬を完全に貫通していた。しかも傷口の周りは焼け焦げていた。

「どれ、見せて見ろ…あぁ、直ぐに治してやる!力抜いて楽にしろよ。それにしても若い娘の顔にこんな酷い傷穴付けるなんざぁ、あの腐れ邪神、つくづく無粋な野郎だなぁ。」

イルヴィニに慰めとも取れる言葉を掛けながらドヌボォは、分厚い本=『修道全集・第三巻』を取り戻すとイルヴィニの左頬に翳した。その本が光り続け、暫くすると焼け焦げは消えて傷穴は塞がり、跡も残らずにイルヴィニの左頬は元通り完治した。

「あっ、痛くない。ありがとう、ドヌボォ。流石だな!」

イルヴィニは、左頬を何度も撫でながら普段の明るさを取り戻していた。

ゲルキアンは床に放置していた荷物の中から魔力を帯びた治療薬を取り出すと仰向けで気絶しているエズの元に急いだ。

「かなり強く打っているなぁ…。」

傍らで膝を付く。戦闘が終わった今もまだ意識は無い。口の周りは血だらけだ。治療薬は一センチ大の玉状の飲み薬の為、ゲルキアンはエズの上半身を起こして支えると、無理にでも口から飲まそうとした。だが、それをディンガンが制した。

「某の神通力に任せられよ。」

ディンガンは人差し指と中指だけを立てた自らの右手をエズの腹の辺りに翳した。暫くその手が光り続ける。やがて手の光りが止むとエズが目を醒ました。支えながら見ていたゲルキアンは安心すると緊張が解けたのか、ニヤつきながら、

「フッ、流石だなぁ。あんたがディンガンか、シュイファから話しは聞いていた。俺はゲルキアンだ。助かった。礼を言うぜ。」

一団の中で最初にラグザスタンの仲間となったゲルキアンだが、ディンガンとは初顔合わせであった。勿論、イルヴィニ始め他の者達も今が初めてである。

「ん、ん?!俺は一体!ゲルキアン!ん!ハ、ハイエンシェント!」

目覚めたエズは、ディンガンの顔を見るや、卒倒した。

「落ち着けエズ!味方だ!ラグザスタンのハイエンシェントだ!死にかけていたお前を助けてくれたんだ!」

「んーっ!み、味方なのか?…おい、敵はどうした?」

「あっちに首と真二つになった胴体転がっているだろ。」

言いながらゲルキアンは顎で指し示す。そこには血塗れのツィーグーイェンの死体が有った。それを見たエズは漸く状況が理解できたのか、面白くなさそうに自らの足で立ち上がりながら、

「…何だよ、終わったのかよ。俺がこの手でハイエンシェント仕留めたとなりゃ、『神殺し』の箔が付いたのによぉ。それも無しかよ…。」

愚痴るエズに呆れたゲルキアンが、

「見たところ完全に復活しているじゃねぇか。欲張るな。命が有るだけでも有り難ぇと思え。」

二人のやり取りを見ていたディンガンが、

「すまぬ。破戒の我が同族の邪念に気付きしも、居場所の特定に時が掛かり過ぎた。故に少なからず犠牲者を出してしまった事、誠に不徳の至である。そなた等にも手間を取らせてしまった。されど無事で何より。不幸中の幸いである。」

ゲルキアンやエズだけでは無い、離れた所に居る一団の無事を話し声と気配でディンガンは察知していたのだ。ハイエンシェントの鋭敏な耳と感覚の成しえる事である。

断末魔と化したツィーグーイェンの姿を確認すると、ティボルはその場に伏してしまった。

「ティボル卿!」

叫ぶシュイファは、既にティボルの傍らで片膝を付いる。シュイファは、自らの左掌をティボルの背中に翳した。その掌が光り続け、暫くすると、半覚醒状態の顔が、青白く冷たく感じながらも、精悍にして落ち着いた何時ものティボルの顔に戻っていた。ただ、鎧や衣服の欠損している部分から見える数々の傷はそのままである。意識を取り戻し、立ち上がろうと上体を起こしたティボルが、

「シュイファ、すまない、私とした事が、遅れを取ってしまった…。」

「何を言われるティボル卿、卿のお陰で、司法局の役人達は無事帰還した。ご安心されよ。」

「侍頭たちと会ったのか?」

「如何にも、侍の方々の詳細で的確な報せが有ればこそ、卿の後を追ってここまで辿り着き、彼奴を見つける事が出来たのだ。」

国内の治安を守る司法局は、表向きには国王寄りを装ってはいるが、裏では長年ラグザスタンと連携を取っていた。それは、治安を守ると言う意味で利害が一致する事から、互いが持つ人々に害を成す者の情報を共有する方が、効率が良い為である。アポレナ王妃絡みの事件は、特に面倒なので尚の事である。たが、それ以上に他国・国外の驚異から国を守っている国王軍、中でも騎士団との確執が有ったからである。騎士団は国王直属と言う事も有り、何かに付けて司法局の侍達を見下していた。当然の事ながら侍達に取ってはこの上無い屈辱である。更には、国王であるルドバリン・クルプコヴァーは、アポレナが極めて優秀な正魔導師である反面、悪しき心を持った危険な人物である事を最初から承知の上で妃として娶った。但し、アポレナ王妃の命に従うのは、特定の組織部門や人物だけに限定して、それ以外の者は従う事を禁じた。これもルドバリン国王が最初から決めていた事であった。王妃が事件を起こしても其れなりの対応・後始末は行うが、王妃を咎める事は一切無い。司法局としてはアポレナの再犯を防止する事も出来ない。何を考えているのか全く判らない国王である。その為、誰もが決して真似する事の出来ない政治力と、曲がりなりにも国民から国王と信頼される器であったとしても、司法局としてはルドバリンを到底信用する事は出来ない。この国=メッシュランドの国民を思えば、司法局に取って信頼出来るのは、“セグジファ魔導学院”と“リム修道学院”、そして“ラグザスタン”だけであった。

”人を襲うハイエンシェントが存在する”との情報を各々で掴んでいたティボルと司法局南区域廻りの役人の一団は、迷宮内で合流して現状を確認するべく探索をしていた。だが、正しくその時、ツィーグーイェンが現れ、有無を言わさず襲撃されたのである。役人の一団の中には、“不意打ち防止”の魔法を扱えるリム修道学院出身の侍と、“超速封じ”の魔法を扱えるセグジファ魔導学院出身の侍が配属されていた。その為、役人達は瞬殺される事無く、ティボルと共に苦戦しながらもツィーグーイェンを追い詰めた。たが、それでも動きを止める事は出来ないでいた。時間が経てば“超速封じ”の効果が切れてしまう。そうなれば全滅は免れ無いと判断したティボルは、術を用いて自らが一人囮となり、役人達を逃がしたのである。

「そうか、彼等は無事なのだな。」

ティボルは安堵の言葉を発すると傍らに落ちていた愛用のエストックを拾い、シュイファの肩を借りて立ち上がった。そして、共にエホリマを見守るイルヴィニ達の元に足を運んだ。そこには、ディンガンやゲルキアン達も集まっていた。ディンガンは、改めて一団を見回しながら、

「見たところ“超速封じ”の術を扱える術者が居るとは、そなた等なかなかの手練で有られるな。」

「当然だ。“セグジファの赤ローブ”の正魔導師率いる一団だからな。何より我らラグザスタンの貴重な人材だ。」

シュイファが自慢げに応えた。

「そうで有ったか、通りで我ら組織が編み出し技を受け継ぐ“掃討士“もおる訳だな。何とも頼もしい限りである。ガァーッ、ハッハッハッ!!」

豪快に笑うディンガンを安堵の表情で見ていたイルヴィニが口を開いた。

「見ての通り私がその“セグジファの赤ローブ”の正魔導師、イルヴィニだ。あんたがディンガンだな。シュイファからあんたの事は聞いていた。有り難う。お陰で死なずに済んだ。あんた等が来なければ、今ごろ私は頭を粉々に砕かれた、血深泥の首無し死体になっていた所だ。」

「よくそんな惨たらしい事、明るく言えるなぁ…。」

エズが気味悪そうに呟く。

「無事で何より。されど破戒の輩に遅れを取ったのは、我らラグザスタンに籍を置くハイエンシェントの失態に他ならぬ。二度と同じ鉄を踏む事無き様にせねばなるまい…。」

ディンガンの言葉にシュイファが続ける。

「その通りだ。本当に済まなかった。急ぎアジトに戻り、再び奴の様な破戒の輩が現れし時の為に、必ずや即座に所在を特定し、死滅させる事が可能な対策を講じる積もりだ。」

「ああ、頼りにしているよ。」

イルヴィニが明るく応えた。

「ところでよ…。」

エホリマの介抱を続けていたドヌヴォがシュイファを見ながら口を開いた。

「昔いたラグザスタンの人間が使っていたのと同じ様な、“火を吹く黒い武器”を持った奴を目撃してな…。」

「そ、そうなんだ!そいつはランプレイ・ドラゴン倒したんだ!私等そこの高台から下の方を見たら戦っていたんだ!アジトでユルザが見せてくれたのと同じ黒いのが凄い音出す度にドラゴンの身体に穴開けていたんだ!」

イルヴィニが興奮しながら話す。 その言葉にシュイファだけで無く、ティボル、ディンガンも驚きの表情を見せた。

「まさか、有り得ない事だが…。」

シュイファは否定の言葉を発したが、その声には何かを期待する感が有った。ドヌヴォが続ける。

「俺たちもそう思ってなぁ、確かめるにしても先ずは、ラグザスタンに伝えてからだなと話していたところよ。」

ディンガンは高台から下を見た。 その三眼が一瞬光った後、鼻がピクリと動いた。匂いを嗅いだのだ。

「ランプレイ・ドラゴンと硬上皮多重角犀アーマード・ライノサラスの死肉と獣の臭いに混じり、黒き飛び道具特有の火薬のニオイ有り。更には死肉の中に無数の潰れた金属片が視える。うぅむ…これは、その者の正体、見極める必要がある。」

距離を考えれば人間には不可能だが、ハイエンシェントの視力と嗅覚を持ってすれば、容易に確認可能である。高台より約三十メートル下に有るその場には、人間の姿は既に無く、複数の四足の獣に死肉を貪られるランプレイ・ドラゴンとアーマード・ライノサラスの死体が横たわっているだけであった。

「とは言え、エホリマをまだ休ませた方が良いですね。暫くは何時も通り市街に紛れている方が何かと安全ですし、その上で体制を整えるのが先決かと。」

シャルが落ち着いて話した。

「そうだな。我等も動くのは体制を整えてからだ。ユルザにも報告せねばならぬ。」

シャルに賛同したシュイファの言葉にゲルキアンが即座に反応した。

「それなら俺が直接ユルザに伝える。良いよな、シュイファ。」

「勿論だ。では共にアジトに向かうとしよう。」

「アタシもアジトに行くよ!アタシも見ていたからな!」

相変わらず興奮気味に話すイルヴィニをゲルキアンが制す。

「この状況で誰がエホリマ達を街に戻すんだ。お前が一緒でなければ戻れないだろうが!」

「…判ったわよ。もしユルザから面白い話しを聞いたらちゃんと教えてよね!」

つまらなそうに言うイルヴィニだが、既に『正魔導書・第七巻』を手にしていた。シャルとエズが諸々の荷物・戦利品を手分けして担ぐ。エホリマを抱き抱えたドヌヴォは、何かを思い出すとシュイファに確認した。

「忘れるところだったぜ、例の妖魔導師共がアポレナに預けたって言う化物、そいつが巣くっている場所だが、まだ見つけられてねぇ。街に戻ったら“鏡”使ってユルザに聞こうと思ったが、此処で会えたし、ゲルキアンもアジトに行くしなぁ。何か他に手掛かり無いか聞いといてもらえるか。」

「分かった。フォイウーとヘンリエットも動いていたからな。新たに何か掴んでいるかも知れぬ。」

応えるシュイファにゲルキアンが続ける。

「心配するな。情報は全て俺が持ち帰る。それに“鏡”は極力使いたくねぇしなぁ。並みの術者が気付かなくても、あのアポレナの事だ、気付いた挙句、盗み聞きしないとも限らねぇ。」

「全くだ。頼んだぜ。」

「任せろ。」

話しの纏まりを察知したシャルがイルヴィニに促す。

「ではお願いします。地上近くの階層まで。」

すると本を手にしたイルヴィニは念じ始めた。程なく、イルヴィニ・ドヌヴォ・エホリマ・シャル・エズの五人は強い光を一瞬放つ。すると、その場所には強い風が渦巻いた。風は直ぐに治まりその場に居た五人の姿は消えていた。イルヴィニ達五人の“転送”を確認したティボルはディンガンに声かけた。

「流石ですな、ディンガン殿。」

「お気付きになられたか。」

ディンガンが応えた。ゲルキアンは怪訝な表情で、

「ん、何の話だ?」

その問にシュイファが応える。

「”結界”だ。この部屋に何者も入れさせない為の物だ。」

ディンガンが続ける。

「某とシュイファがこの部屋に入って直ぐに”結界”を張らせてもらった。」

「そう言う事か。道理で。」

納得したゲルキアンにシュイファ が、

「荷物はそれだけか?」

ゲルキアンが元々担いでいた荷物もシャル達が背負って行った。 今有るのは、鞘に収めて背中に括り付けている『冥府の大剣』と左手には同じく鞘に収めて持っている闇騎士を倒した時に手に入れた黒い剣だけで有った。

「あぁ、これだけだ。この黒い剣をヘンリエットに渡したい。呪われた代物だが、寧ろヘンリエットならその力を最大に使いこなせると思ってなぁ。」

「そうか、もしヘンリエットが留守ならば私が預かろう。そして必ず渡す。」

「頼む。」

二人の話が終わった直後、床に広がっていたツィーグーイェンの死体が引火した。暫く激しく燃えると火は消えて、死体は完全に灰と化した。ディンガンの神通力に依る物で有った。

「この破戒の者、絶命しているとは言え、万が一の事、無いとも言えぬのでな。」

「念には念をと言う事だな。」

ゲルキアンは感心の言葉を発した。

シュイファの神通力により、一時的に“動ける”様になっていたティボルで有ったが、脱力して片膝を付いてしまっていた。ゲルキアンはティボルに肩を貸しながら、

「無理するな。」

「ゲルキアン…すまぬ。」

シュイファとディンガンは互いに背を向ける形でゲルキアンとティボルを挟む位置に立つ。シュイファは自らの正面で八角棍を両手で縦に持つと、念じながら、

「では、ディンガン。」

「委細承知。」

応えるディンガンは顔の前で、右手の人差し指と中指だけを立て念じる。イルヴィニ達の時とは違い、光を発する事も風が渦巻く事も無くそれどころか、残像すら残さず四人の姿はその場から一瞬で消えた。結界を施したディンガンが消えた途端、その部屋の二箇所ある出入口と無い壁の向こうから魔物の叫び声、人の怒声、爆音などが聞こえ、合わせて振動で部屋が震えた。更には、壊れた扉の方の出入口には呻き声と共に複数の足音が迫っていた。言う迄も無く、部屋に施された”結界”が消失した為であった。

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