第一章 元 自衛官VS聖騎士
地下空間に金属が激しくぶつかり合う音と銃声が木魂する。二人の人物が元より互いを殺すつもりで戦闘中である。だが、その組合せは普通に考えれば不自然な組合せだ。一人は刃渡り一メートル程の諸刃の剣と上半身を覆う位のホームベース型の盾、頭部以外は所謂、騎士の鎧の様な物を身に纏っている。“耳が隠れる程度の無造作な髪”は、銀髪だが顔を見る限り若い男である。もう一人は、複数の銃火器と大型の軍用ナイフ、背中には軍用のバックパック、対戦車ヘリのパイロットが被るヘルメット、そのヘルメットに合う様に改造したと思われる鼻と口を覆うガスマスク、胴体と肘・膝の関節、太腿と股間には防弾・防刀のプロテクターを装備している男である。
九ミリ自動拳銃を手に騎士の背後に回り込もうと走る男=元 自衛官・柿崎字矢は約五十メートルの距離から騎士に向かって銃を撃った。が、三発の九ミリパラベラム弾は、どれも騎士の持つ盾の約五センチ手前で稲光を放しつつ、激しいライフル回転を数秒行った後、騎士を傷つける事無く地面に落ちた。先程からそうだ、字矢は気付いていた。騎士が飛び道具を防ぐ“術”の様な物を使っている事を。だが、懐に入って銃を撃とうとするが、騎士の剣をナイフで応戦するので精一杯であった。とは言え相手は接近戦の武器しか持っていない。背中のバックパックさえ降ろせば体術でねじ伏せる事も可能なはずだ。だが、ここに至る迄の状況を考えれば、ベースキャンプから消失した機材を見つけ出し、生きて現代に帰還する為にも、背中の装備を身体から離す訳にはいかなかった。
このままではきりがない。字矢は攻勢にでる。銃で牽制しながら再び騎士の懐に入ろうと近付いた。騎士の剣が横薙ぎで襲い来る!寸前で見切ったが、かわし切れずにガスマスクのフィルターカートリッジを含む吸気管部分が切られた。騎士からの次の攻撃は左手のナイフで受け止めた。同時に騎士に大きく足払いをした。騎士は若干よろめいたが倒れる事は無かった。が、そのよろめいた隙に透かさず右手の自動拳銃を捨て、バックパックのサイドに付いているホルスターから十二ゲージ軍用ショットガンを抜き、騎士に向けた。その時、騎士も手に持つ盾を字矢に向けていた。ショットガンの銃口は完全に盾の盤面にくっ付いていたが字矢は構わずショットガンの引金を引いた。その瞬間、騎士の盾は、まるで陶磁器の皿が割れるかの如く粉々に砕けた。この衝撃でお互い体制が崩れた。字矢は身の危険を感じ、咄嗟に右手のショットガンを手放し、後ろに大きく飛びのいた。間髪入れず、空中に残ったショットガンは、銃身の中心辺りから騎士の剣によって前後に切断された。字矢は走った。走りながら今度は、バックパックの左サイドのホルスターから九ミリサブマシンガンを抜き取り、離れた所から騎士に向かって撃った!牽制のつもりで撃った十数発の九ミリパラベラム弾は、騎士の前で一瞬、勢いが無くなったかの様に思えたが止まる事は無く、騎士の鎧の比較的薄い部分や継ぎ目に穴を開けた!
「ヴゥグゥギャー!!」
急所こそ外れていたが、何とも異様は叫び声を上げ、騎士はその場に膝から崩れ落ちる。
手にしていたはずの剣は騎士の傍らには無く、騎士の約二メートル後方の地面に突き刺さっていた。数発の九ミリパラベラム弾によって弾き飛ばされていたのだ。鎧は騎士の血で赤黒く染まっている。字矢は、既に仰向け状態で横たわっている騎士の頭に狙いを定めたままサブマシンガンを構えつつ、ゆっくりと騎士に近付いた。字矢は若干疲れた様子で、
「かなり…手古摺らせてくれたな…この騎士野郎!…と言っても言葉、通じねぇか…」
激痛と戦う騎士が字矢を睨み付けながら苦悶の表情で叫ぶ
「$%&&&%#**&%!!!」
「何言っているかサッパリ分からねぇや…終わりだ!」
字矢が言い終わるか終わらないか位の時に、地下空間の天井辺りから岩が崩れる様な音がした。
「?!」
次の瞬間、天井を形成していた大量の岩と黒い金属片らしき物が一気に降り注いだ!!この地下空間には人が通るには十分な程の横穴が何ヵ所か開いていた。字矢は自分が入って来た時とは別の横穴に向かって咄嗟に全力で走る。手にしていたサブマシンガンは、既に最初の腕の振りと同時に、字矢の斜め後方に放り出されていた。構わず穴の入口へ飛び込んだ!間一髪、胸から滑り込む形で地面に着地した。と同時に轟音が響き砂塵が舞う。既に字矢の後ろで穴の入口は、降り注いだ岩と金属片により塞がれていたのだった。
―――騎士は絶望の中、死を覚悟していた。だが騎士にとって、己の死よりも聖騎士としての使命を果たす事無く没する事が無念でならない。
(俺はあの岩に押し潰されて死ぬのか…)
騎士の頭上に巨大な岩が迫り、そして落ちた。いや、落ちるはずであった。が、しかし騎士は信じ難い光景を目の当たりにした。落ちるはずの岩が空中で静止していた。全ての落下物がでは無い。騎士の居る辺りから数有る横穴の中のある一つの横穴に通じる部分に落ちるはずの落下物が空中で静止していたのだ!騎士は何が起こったのか考える事が出来なかった。
「ゲスレム! レグレを見つけたぞ!」
凛とした女性の声が大きく響いた。聖騎士=レグレ・アルガスにとって極めて聞き覚えの有る声である。声の主はレグレと横穴の中間辺りにいた。目つきの鋭いスレンダーな体型の中年美女である。栗毛の美しい長髪は、後ろで一本の“三つ編み”にされ、頭にはティアラの様な物が輝いて見える。鎖で作られたドレスとも鎧とも見える物を身に纏い、革のグローブとブーツ身に着け、左手には丸い盾を持っている。だが、どれも宝石の様な物が鏤められた派手な代物だ。右手にはやはり派手な金属製の杖を持ち、天井に向けて掲げている。
「ア…アポレナ…陛下!」
女性の姿に気が付いたレグレが叫んだ。そして、悟った。落下物が空中で静止しているのは、我が忠誠を誓いし主、アポレナ王妃の“魔法術”による物だと言う事を。
「長くは持たぬ!我もここから動けぬ!仮の治療だけで良い。レグレを我の傍に連れて来るのじゃ!」
アポレナ王妃の命令で全身黒いローブに覆われた初老の男=ゲスレムが分厚い本を片手にレグレに駆け寄る。レグレの前で片膝を付き、分厚い本を開く事無く、ただレグレに向けてかざした。本は一瞬鈍く光った。するとレグレの身体に空いた出血している全ての穴から潰れた金属の塊が出て来た。
「?!これは。」
驚きの表情を見せたゲスレムであったが、火急である事に気が付きレグレに肩を貸して立たせ、アポレナ王妃の傍まで共に歩いた。出血は止まったが身体に空いた穴は未だ完治していない。
「陛下…申し訳ございません…ラグザスタンの残党と思われる者に返り討ちに合い…取り逃がしました…。」
レグレが苦悶の表情で王妃に謝罪した。
「うぅむ…まさかとは思ったがやはりそうか、ラグザスタンの…、しかも人間の生き残りがまだ存在したとは…。」
ゲスレムが戦慄した表情で呟いた。レグレの身体から出て来た金属の塊を見た時、それがラグザスタン=かつて存在したと言われる伝説の掃討士組織。その組織に所属する人間にしか使いこなせない武器による物だと言う事。そして極めて厄介な代物だと言う事をゲスレムは知識として熟知していた。
「ラグザスタンのアジト探しは後回しじゃ。我の邪魔をする者共の動きが気になる。国王の手の者だけでは無い、あの目障りな小娘もじゃ!このままでは異界の偉大なる方々をお迎えする事叶わぬ。我が忠実なる聖騎士よ、そなたには、かの者共の討伐の為に働いてもらう。だが今は傷を癒し、体力を回復させるのが先じゃ。良いな。」
王妃の言葉は忠臣思いの様にも思えるが、その仕草と言い方には何か含みが有った。だがレグレは疑う事も無く
「勿体無いお言葉…。」
と、涙を流し、震えながら口にした。
ゲスレムは改めてレグレの身体をしっかりと支えた。
「ゲスレム、良いか?」
「何時でも。」
王妃は左手の盾を自らの胸の所に合わせ、目を瞑った。次の瞬間、三人の身体が強い光を放ち、同時に強い風も巻き起こった。光が消えた時には、そこに三人の姿は無かった。空中で静止していた無数の岩と金属片が轟音と共に一気に落下した。そして、この地下空間は完全に失われた。