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責任持って飼ってね

作者: とんぼ

 姉が死んだ。親代わりに私を育ててくれて、ずっとずっと自分を二の次にして生きてきた、苦労しかしていないような、そんな人だった。好きな物の話も、嫌いな物の話もせず、ただただ私や周囲のことばかりを気にかけて生きていた。夕方から朝まで働いて、私が学校にいる間に眠っている生活。一体どんな仕事をしているのかも教えてはくれなかった。私に気を使わせたくないと、そんなことばかり言って。ずっとずっと姉の疲れた顔しか見ていなかった。そんな苦労に見合わず、あまりに呆気なく彼女の人生は終わった。事故だった。


 雨の降る日。夜遅く赤信号を渡った姉が、それに気付いて引き返そうとした時には遅く、トラックに轢かれて死んだ。気付いて引き返そうとしたということは自殺ではないだろう、と警察から聞いた。姉にしか分からないことだ。不注意だったとして、あるいは自殺だったとして、けれどそれは、私が殺したのと変わらないのではないか。私という重荷が無ければ、そんなことにはならなかったはずだ。

 姉の人生はなんだったんだろう。誰かに尽くすために生きるなんて、そんな苦しい人生で良かったのだろうか。


 私は嫌だ。どうせ死ぬんだ。呆気なくその瞬間は訪れて、どんな苦労もどんな努力も無に帰すんだ。だったらせめて、死ぬまでは好きなことをして何も考えずに苦しまずに生きていたい。

 そう、勝手気ままに、自由に、花畑を踏み荒らすように、甘い香りと美しい景色に酔ったまま、死地に向かっていきたい。


 一人でいるのは嫌だった。姉が恨みがましい瞳で見つめているような気がしたから。いや、それは多分私の願望だ。あの人は私を恨まない。こんなにもどうしようもなく、何の役にも立たなかった私を、恨んで欲しいのに、お前のせいだと苦しみをぶち撒けてほしいのに、記憶の中のあの人は私を見て愛おしそうに笑うんだ。

 それがたまらなく恐ろしかった。


 一緒にいてくれる友人はいた。けれど、友人は友人だ。ずっと一緒にいられるわけではない。みんな帰る場所がある。それを遮って縛り付けようとすれば、誰もが鬱陶しいと不快な顔をする。友人でありたかった。嫌われたくはない。


 男は楽だった。簡単に一緒に過ごしてくれる。誰かに嫌がられても、この世に男は沢山いるから。すぐに代わりが見つかる。そうして過ごしてきた。


 そのはずなのに。今日は誰も捕まらない。


 急いで買ったビニール傘は、私には不釣り合いなほど大きくて、人とすれ違うたびに大きく横に傾ける必要があった。透明な傘が水を弾く音が私を急き立てる。このままでは夜になってしまう、早く人を見つけなければ。今日は雨が降っているから。一人ではいたくない。


 もはや誰でも良かった。けれど道行くサラリーマンたちは忙しそうで、声を掛けるのは憚られた。暇そうで、どうでも良い人間が良い。

 大きな駅に行けばどうにかなるだろうと、電車に乗るため近くの駅へ向かう。雨が鬱陶しく、私の邪魔をするように足元を濡らしていく。不快で堪らなくて、近道のため路地裏を選んで通ることにした。大きな傘は狭い道には不向きで、両壁に触れてガリガリと音を立てていた。

 息を呑んだ。

 人がいる。騒がしい居酒屋の裏側、室外機にもたれ掛かるように人が座り込んでいた。酔っ払いだろうか。その人の身体を跨がなければこの道を通ることはできない。雨の中、傘もなく道に座り込んでいる。顔は俯いていてよく見えないが、体格は男のようだった。

 死んでいたら、どうしよう。

 心臓が掴まれたかのように痛い。怖い。嫌だ。


「大丈夫ですか」


 咄嗟に、肩に触れてしまった。これだけずぶ濡れで大丈夫なわけはない。自分が、この人が死んでいないということを確かめたい、ただそれだけで出てきた言葉だった。


「……何」


 力が抜けて、しゃがみ込んでしまう。ジャケットの裾が水を吸って重くなった。

 何、というたった一言だけど、返答があったことに安心できた。この人は生きている。

 足に跳ねる水で雨のことを思い出して、傘の位置を変えた。もうずぶ濡れではあるけれど、自分だけが傘の下にいるのも居心地が悪い。頭上に降り注いでいた雨が止んだことに驚いたのか、その人はスッと顔を上げた。透明な傘をじっと見つめている。

 やはり男の人だった。少し長い前髪がペッタリと顔についている。路地裏の空気とは不似合いな、幼いけれど整った顔だった。


「救急車とか、呼びますか」


 言いながら、少し警戒した。咄嗟に声を掛けてしまったけれど、こんなところに座り込んでずぶ濡れの人間が、マトモだとは思えない。酔っているような感じもない。ただ単に嫌なことがあって自棄になっただけかもしれないし、寝ている間に酔いが醒めたのかもしれないけれど。もしも危ない人だったらどうしよう。逃げ道を考えてみるけれど後ろにしかない。大きな傘がまた壁に触れ、音を立てる。


「馬鹿なの?あんた」

「へ」

「早くどっか行きなよ。変な奴だったらどうすんの」


 頭の中を覗かれたのかと、一瞬息が止まった。けれど、すぐに恥ずかしくなる。弱っていそうな人間への気遣いよりも我が身可愛さを優先していることがバレているのだと感じた。

 同時に、急に襲ってきそうな気配がないことに安心し、おかげで気遣う余裕も生まれた。


「ごめんなさい……でも、その、怪我とか」

「無いよ」

「歩けますか?」

「はあ」


 その人はため息をついて、ゆっくりと身体を起こして立ちあがる。慌てて傘を差しながら私も立ち上がった。


「これでいい?」


 そう言って道を開ける。通れなくて邪魔だという意図で伝わったらしい。彼のパーカーの裾から、ポタポタと次から次へ水滴が落ちていく。


「そういうつもりじゃ……」

「じゃあ何?」

「大丈夫なのかなって」


 大丈夫、と言いかけたところで、ぐぅと気の抜けた音が聞こえた。時間が止まったかのように、言葉も動きも静止した。どうやら彼は空腹らしい。

 バッグに手を入れる。小さなポケットに1枚のクッキーが入っていた。昨日友人に貰ったものの、バッグから出し忘れていた。昨日なら大丈夫だろうと、それを差し出した。


「あの、良かったらこれ」


 言い終わるより先に奪われ、その人の口に入っていった。渡しておいて何だが、見知らぬ他人から貰ったものをよく即座に食べられるなと失礼なことを思ってしまった。


「うま」

「なら、良かったです」


 じっと見つめられて怖気づく。淀んだ瞳が探るようにこちらに向けられていた。


「ねえ、あんた他に食いもん無いの?3日は食ってないし金も無い」


 お金を渡せば良いのだろうかと考えたが、このずぶ濡れの姿ではコンビニに入るのも憚られるだろう。もちろん手持ちの食品はあのクッキー1枚きり。そこでようやく自分の目的を思い出した。都合が良い。


「今はないけど、家になら」

「家どこ?」


 拒否はされなかった。本当はホテルが良いけれど、お金も無いようだし、この人は後腐れも無さそうだから。


「すぐ近く。向こうのほう」

「へー、じゃあ行こう。てかあんた駅向かってたってこと?出掛けるんじゃないの」

「ううん、もう目的は果たせたので」

「へー?」


 不思議そうにしながらも、深くは追及して来なかった。丁度良いタイプの人だ。ここまで一度も名前を聞いてこないところも、悪くないなと感じていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 びしょ濡れのその人にタオルを渡し、パーカーを受け取る。犬のように頭を振ろうとしていたのを止めて、大人しくタオルで髪を拭いていた。毛先から零れた水滴が頬を伝って落ちてく。パーカーを急いで洗濯機に押し込んで、少しだけ散らかった浴室を片付けた。見ているだけで寒そうな身体を、早く温めてほしい。

 男性用のスウェットとタオルを置いて、「ごゆっくりどうぞ」と声を掛け、洗濯機のスイッチと洗剤の位置を伝えてから脱衣所から出る。しばらくぼんやりとしていた彼も、ゆったりとした動作で動き出した。


「どーも」


 小さなお礼の声を聞いてから、すぐにシャワーの音が聞こえてきた。


 3日も食べていないということだったので、お粥やおじやのような食べやすい物が良いのではないかと尋ねたけれど、「そんなしょぼいのじゃなくてがっつり食べたい」とのご注文だった。そうは言っても冷蔵庫に豊富な食材があるわけでもなく、オムライスを大盛りにすることで手打ちにしてもらおうと計画した。


 オムライスが出来上がる頃、丁度その人がシャワーから出てきた。昔来た男性に捨て置かれていたスウェットは、彼には少し大きかったようだ。ドライヤーの場所も教えたというのに、その髪は乾かそうとした形跡などなく、肩を僅かに濡らしていた。


「あ、オムライス」

「食べる前に髪乾かしてきてください」

「は?なんで。時間経てば乾くよ」

「ドライヤーの方が早いです」

「熱いしうるさいしやだ」

「人の家でワガママ言わないでもらえますか」


 しぶしぶといった様子で洗面所へ向かって行く。不貞腐れた様子が子供のようだった。彼はオムライスが好きなのだろうか。見えた途端に嬉しそうにしていたので、なんだか安心した。


「はい。乾かした。はーあ、冷めちゃうじゃんオムライス」

「まだ温かいです。どうぞ」


 私の言葉を聞いているのかいないのか分からないくらいの速さで、スプーンで掬って一口目を口に含んだ。


「うま……」


 大きな瞳をぱちくりと瞬かせる。その拍子に彼の睫毛の長さに気付かされた。特に隠し味があるわけでもない、一般的なレシピのオムライスなのに、大袈裟な反応をされると気恥ずかしくなる。そんなに美味しいのだろうかと自分でも食べてみるけれど、いつも通りのオムライスだった。


「普通だと思いますけど」

「ねえちゃんのよりうまい。ジャリジャリしないし」

「ジャリジャリ?……お姉さんがいるんですね」


 卵の殻でも入っていたのだろうか。料理が苦手なお姉さんなのかもしれない。ふと自分の姉の姿が思い浮かぶ。姉は料理が苦手なわけではなかったけれど、私の方が上手かったから料理は私が担当していた。料理が特別好きなわけではない。かと言って嫌いなわけでもなかった。姉は何を作っても、失敗した料理でさえも変わらず美味しいと言うので、作り甲斐はあまりなかったかもしれない。

 この人にも、姉とのそんな思い出があるのかもしれないと思うと、僅かだけれど身近な存在に感じた。名前すらも知らない人。しかし姉の存在という共通点は私にとって親しみを感じるのに重要な要素だった。そして彼はまた口を開く。


「死んだけどね」

「え?」

「ついこの間。だから全部どうでも良くなった」


 食器の触れる音がやけに大きく聞こえる。彼は表情を変えることなく、淡々と食事を進めていた。また増えた共通点に、どこか他人事ではなくなっていく感覚があった。はじめて、この感情を、伝えても許されるような気がしてしまった。一瞬溢れそうになる言葉を、ぐっと閉じ込める。


「私も」

「ん?」


 食事を進めていた手が止まる。じっと私の目を見つめているのが分かる。けれどなんだかその瞳を見つめ返すことはできなかった。多分これは恐怖だ。


「……いや、私は、ついこの間じゃなくて、結構前なんだけど。私にも姉がいたの。高校生の頃まで」


 何を言うわけでもなく、ひたすらに私をじっと見つめている。スプーンに山盛りになったオムライスを口の中に納めて、ゆっくりと咀嚼して、喉が上下に動く。スプーンが皿に置かれ、そうしてようやく彼が口を開いた。


「俺のねえちゃんはさ、付き合ってる男がいたんだよ。で、俺もそいつと仲良くしたんだ。ねえちゃんの男だったから」


 似た境遇に彼も思うところがあったのか、饒舌に語り始めた。姉との思い出を話す相手がいなかった私も、そうして話し出したくなる気持ちはよく分かる。彼の言葉の邪魔をしないように、静かにスプーンを動かした。


「今思うと普通じゃなかった。悪い奴なんだろうな。盗みとか殺しとか、そいつがやれって言われたことなんでもやった。そうするとねえちゃんが褒めてくれたから」


 息を一瞬止めて、正解を探した。けれど彼はこちらの反応など気にせずに言葉を続けていく。それにほっとして吐き出した息の音が、彼に聞こえていなければ良い。


「やらなきゃ死ぬしさ、必死にやってたら危ない場面でもなんか生き残ってて。小さい頃からそういう生活続けてたら、上手いやり方とか、まあいろいろ教えてくれる奴らとも会ってさ」


 その表情はにこやかで、普通の世間話をしているかのようであった。実際、きっと、彼にとっては世間話なのだ。


「そいつらが言うには俺には才能があるんだって。で、良くしてくれて」


 唇の端についた米粒を、舌で舐めとる。緊張感のない仕草があまりにも会話とミスマッチだった。


「それなりに楽しくやってたんだけどさ、そんなことしてる間に、ねえちゃんが死んだんだ」


 口調は変わらず、なんてことのないような話し方で、けれどきっと、彼はそこで全てを失ったのだろうと思った。


「理由はわかんねえけど、でもどうでもいいじゃん、そんなの。死んだから、もう、全部どうでもいい」


 彼が最後の一口を飲み込んだ。私は、まだ半分以上残っている自分のオムライスをただじっと見つめる。頭の中の姉が、困ったように笑っていた。


「ねえちゃんの男だったからそいつの下にいたんだけど、それも全部どうでもよくなってさぁ。もうあいつらの言うこと聞く意味もないし。そんで抜け出した」


 彼のスプーンが、私のオムライスをつついた。皿を彼の方へ寄せると、嬉しそうにまた一口、薄い唇の向こうへ飲み込んでいく。


「でもさ、あそこから抜けてきても、俺別に行く当てないって気付いたんだよね」


 全部食べていいと伝えると、彼は喜んで食べ始めた。どうやら彼の話はここまでのようだ。初対面の印象とは反対に、よく笑う人らしい。いや、素直に表現するというだけかもしれない。嬉しそうにオムライスを頬張る姿からは、私とは違う世界で生きてきた人だなんて到底思えなかった。


「……どうしてその話、私に?」


 わずかな沈黙の後、その質問の答えは貰えなかった。


「ねえあんた名前は?」

「藤白、双葉」

「ふたば?ふうん。俺、早山黒。クロでいいよ」

「ええと、くろ、くん?」

「クロでいいって」

「くろ……」

「ん」


 最後まで綺麗に食べきった彼は、気の抜けた顔で笑っていた。



 しばらくテレビを見たりして過ごしていると、クロが大きなあくびをした。眠いのだろう。雨に濡れて身体の疲労も溜まっているようだ。けれど本当に、このままこの人を泊めてしまって良いのだろうか。かと言ってこの雨の中、行く当てがないと話している人を放り出すこともできないし、私だって一人きりで過ごすのは嫌だ。今日一日くらいなら大丈夫だろう。そう結論付けたのは、現実逃避でもあった。


「ベッド、使ってください」

「俺ここでいい。あと敬語いらないって」


 そういってさっさと寝転んでしまうクロを見て、慌てて来客用の布団を持ってくる。


「じゃあ布団、ここ置いておくね」

「ありがとう」


 ベッドの上に私が寝て、その下にクロが寝ている。壁側を向いて話すのも失礼な気がするけれど、見つめ合うのも気まずくて、顔はクロの方を向けながらもスマホを操作して視線を逃がしていた。クロは気にしないのか、そんな私をじっと見つめている。あんなに眠そうだったのに、寝ないのだろうか。なんとなく話題を探して口を開く。


「そういえば、クロはいくつなの?」

「22」

「年上!?」


 驚いてスマホから手が離れる。ベッドから落ちそうになったスマホをクロがキャッチしてクスリと笑った。その笑顔が少し大人っぽく見えたのは、年齢を聞いたせいかもしれない。ベッドの上に置かれたスマホが、なんだか小さく見えた。


「双葉は?」

「20……です」

「あはは、敬語戻っちゃってる」

「だって年上だとは……」

「年下だと思ってたの?本気?」

「ごめんなさい……」

「別に怒ってるわけじゃないけど。まあ確かに、若く見られがちかも。俺ってそんなにガキくさい?」

「可愛らしい顔つきではあるかも」

「ふーん」


 つまらなそうにするその態度は、可愛らしいのは顔だけではないのかもと思わされる。なんだか妙な空気になってしまった。寝支度を済ませて、今日は眠ることにした。身体を繋げることもありえるかも、と思い準備はしていたけれど、特に何事もなく夜を過ごした。彼は宣言通り床でぐっすりと眠っていた。枕が変わっても動じないタイプらしい。それもそうかと、彼の身の上話を思い出して少し心臓が痛んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝、目を覚ますと違和感があった。目の前の景色が、部屋の景色ではなく、人の顔で、それは確か、昨日出会った――


「クロ!?」

「朝から元気だね」


 にこにこと笑いながら、私のすぐそばで顔を覗き込んでいた。眠気が一気に覚めていく。クロは朝から変わらず整った顔をしていて、なんだか恥ずかしくなってしまった。


「な、何、近いよびっくりするよ」


 彼から離れようとするも後ろには壁があり、距離は近いままだ。しかしクロはそれ以上近寄ろうとはしないので、少し目線を逸らして自分の心臓を落ち着かせる。


「ごめん、寝顔可愛かったから」

「へ?」


 口説き文句のようなそんなセリフに驚く。昨日はそんな素振りは見せなかったのに、急にどうしたのだろうか。


「ねえ、双葉が起きるまでいろいろ考えたんだけどさ」

「何を?」

「俺のご主人さまになって?」

「……はあ??」

「行く当てもないし、全部どうでも良くなってたけど、双葉に飼ってもらえるならいいなって。だめ?」


 腕をベッドに乗せ、頬付けをついて、子供が親にねだるような顔でクロはそんなことを言う。突拍子もない言葉に驚いたけれど、昨日の彼の話を思い出して納得する部分もある。クロは彼の姉や従っていた男のような、何か彼を導く存在を必要としているのかもしれない。何もないと言った彼が、縋るものを欲してしまうのは、分からなくもないし、少なからず共感してしまう部分もあった。けれど昨日出会ったばかりの私がそんな存在になれるのかなんて、いやそもそも私自身そんな存在になる覚悟だってできるわけじゃない。


「何言ってるの……飼うって、ペットじゃあるまいし」

「ペットにしてよ」

「意味わかんないこと言わないで」

「でも俺を拾ったのは双葉じゃん。双葉も寂しいんでしょ?」

「……なに?なんのはなし」

「だって、あの日の目的って一緒に過ごす相手見つけることだったんじゃないの」

「……は?」


 こうして彼に内心を言い当てられたのは、二度目だった。けれど今回は、罪悪感よりも不快感が強かった。どうしてそんなことが分かるのか。そんなこと、一言だって言ってないのに。


「違うかな。なんとなくね、そういう奴ってさ、いるじゃん。俺見てきたから分かるよ。双葉もそうかなって」

「……だったら何?」

「ちょうどいいじゃん。俺がいたら双葉だって寂しくないでしょ」


 そうだ、誰でも良かったはずだ。でもこの人はダメな気がする。本能がそう告げている。そもそも堅気の人間じゃない、いつ危ないことに巻き込まれるかだって分からない。けれど、私が拒否したら、そんな生活を彼は一人で送ることになる。そう思うと、胸が締め付けられた。一人でいるだけだって寂しいのに、怖い人たちから逃げ惑うなんて、一人で耐えられるはずがない。


「ね?ダメ?俺双葉が言うことならなんでも聞くよ」

「……クロは、私がいたら、寂しくないの」

「当たり前じゃん」


 穏やかな笑顔で即答するから、何も言えなくなってしまう。


「責任持って飼ってね」


 クロはまるで本物のペットのように、舌全体でべろりと私の頬を舐めた。いきなり押し付けられた責任に慌てる間もなく、彼はペット然としていた。淀んだ瞳が、じっと私を見つめている。本当に、お互いの求めるものが手に入ったのだろうか。考えることがだんだんと億劫になっていき、私はゆっくりと彼の髪を撫でて受け入れた。


 そうして、私たちの関係は始まった。



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