最終話・恋愛解禁
「グウェン。あなたにダンスを申し込みたい」
リカルドが真面目な顔で誘う。
「ぜひともお相手させて」
差し出された彼の手を取り、踊りだす。
「あの男、すごいな」
と、囁くような低い声。他人に聞かれないようにだろう。
「クルトね?」
「俺が闇の魔術が使えることを、この国の魔術師たちは誰も気づいていないのに」
リカルドの目を覗きこむ。黒曜石のような黒い瞳。髪も。表情はいつも陰鬱げだけど、かなりの美男だ。女子の間では、こっそり『リカルドを愛でる会』があるくらいだ。だけど彼こそがゲームのラスボス。本来なら復讐のために王都に魔物を呼び寄せ、恐怖に陥れる過激な悪役なのだ。
「本当ね。まさか彼にそんな能力があるとは思わなかったわ。念の為にお願いするけど、彼に危害を加えてはダメよ」
「なぜだ。いまだに好きなのか?」
「いいえ。私のせいで六年も国に帰れなくなったからよ」
リカルドは鼻を鳴らした。
「たかが六年。こっちは十八年、虐待された」
くるりとターンをする。すれ違ったペアが私たちを見て目を見開いていた。リカルドが踊れると思わなかったのだろう。すべての機会をドノバンに潰されてきたから。
彼が知っているのかはわからないけど、リカルドの父親は国王だ。母親を無理やり手籠にしたらしい。そのうえ生まれた子供を認知はしないのに取り上げて、ドノバンの従者にした。
その名目でリカルドも王太子と同じ教育を受けたけど、王の目的はドノバンが早世した場合のスペアにするためだったそうだ。王妃は子供に恵まれず無事に生まれた男児はドノバンだけで、そのころにはだいぶ高齢になっていたかららしい。
しかもリカルドの母親は、王妃に執拗にいじめられた挙げ句にそれが元で事故死した。
だから彼は十歳の幼さで、悪魔の手を借りる決意をしたという。
そんな彼の元を訪れ、力を借りる代わりに復讐の手伝いをすることになって六年。秘密の協力関係は今日で終わりだ。長いようで短かったような気がする。
「無事に復讐を遂げられて良かったわ」
「ああ」
「私の力だけで上手くいくとは思わなかった」
ドノバンには守れないだろう約束に、魔法をかける。我ながら素晴らしい思いつきだった。リカルドの復讐も兼ねてしまおうと、内容も吟味した。
とはいえ、成功するとは考えていなかった。当時の私は魔力だけ聖女並みになっただけで、技術はほとんどなかったのだから。約束を婚約を結ぶ条件にしたかったため、技術を磨く時間も足りなかった。
その代わり成功の確率をあげるため、半年に一度契約書に魔力を注いではいた。
「あの後追い魔力がよかったのかしら」
「かもしれない」とリカルド。
「だけどリカルドが活躍する機会がなくなってしまったわ。つまらなくない?」
「グウェンの能力を開花させたのは俺だ。つまり、俺あってこその成功だ」
リカルドはふんと鼻を鳴らす。
「それにクルトのことを考えると、俺が魔力を使わなかったのは良かったのかもしれない」
「そうね。下手したらあなたまで逮捕されてしまったかも」
「そんなヘマはしないがな」
ヒュフナー公爵たちの動きを察知したのはリカルドだ。それが今日に繋がるに違いないと考えて、彼は国王サイドに知られぬように対策もとっていた。
ドノバンの従者をしながら学園の勉強もしたうえで、だ。どれだけ優秀なのだ。
「あとでこっそり祝杯をあげましょう」
それが終わったら、秘密の協力関係も終わり。当初からそういう約束になっている。さみしいけれど、私たちが結託していたことを悟られないようにしたほうがいいのだ。
それに良いこともある。約束の魔法を最大限に発動させるため、私は自分が瑕疵をつくらないよう細心の注意を払ってきた。
とくに恋愛。こればかりは自分の意思だけではどうにもならない。だから自分に恋を禁じる魔法をかけてまで、今日の日に備えてきた。
でもこれも終わり。明日からはなにも気にしなくていい。誰かを好きになっても構わないのだ。
曲が終わる。踊り終えた私たちのもとに、生徒が集まってきた。
男子は私に、女子はリカルドにダンスを申し込む。
「順番ね」
と、答えた私に対してリカルドは、
「踊りません」と冷ややかに告げた。「あなたも」と私を見る。「今日は私のパートナーですよ。私以外と踊ってはなりません」
「え。だってそれは――」
手を取られ、ふたたび始まった曲にのって踊り始める。
私たちがパートナーになった理由はふたつ。ひとつめはふたり一組にならないと、プロムに参加できないから。あぶれた場合は強制的に教師と組まされてしまう。
ふたつめは断罪に備えて。
断罪が終わった今はもう、パートナーにこだわる必要はない。
「リカルド?」
名前を呼ぶと彼は見たことのない、満面の笑みを浮かべた。どこか意地が悪そうな、そんな顔だ。
「婚約は破棄され、グウェンは自由になった」
「ええ、そうね」
「なんで俺が自ら手をくださず、グウェンの力を使う方法を取ったと思う?」
「手伝いがほしかったのでしょう?」
リカルドが声を出して笑う。
「俺たちは共犯だ。状況を報告しあい、対策を共に考え、ときには愚痴を聞きあった」
「そうね。あなたがいてくれたおかけで、ドノバンのワガママに気が滅入ることがなかったわ」
「初めて会ったとき、グウェンはひとりで王宮の警備をくぐり抜けて俺に会いに来た」
そうだった。王宮にこっそり入り込み、第一王子の従者であるリカルドをみつけ、誰にも知られないように会うのはとても苦労した。成功したのは、たしか六回目の挑戦だった。
「しかも俺の秘密を突きつけてきて、『バラされたくなかったら力を貸して』と強請ってきたんだぞ。殺されるとは考えなかったのか?」
「考えたわ。だけどほかの方法は思いつかなかったの」
私は前世のこともゲームの知識も彼に洗いざらい話した。このままいけばリカルドの復讐は必ず失敗して死を迎えるのだと力説し、協力をとりつけたのだった。
くるりとターンをする。どこか楽しそうなリカルド。
「一目惚れだよ、グウェン。あの日俺は強烈な恋に落ちた」
「え……」
思わず足が止まる。だけどリカルドはステップを続け、つられて足が動く。
「グウェンの力を借りたのは、君を確実に俺のものにするためだ。常に目の届く範囲に置いて仲を深め、かつ、近づく男どもを蹴散らす」
彼の顔がぐいと近づく。
「協力関係は終了」低い声で囁かれる。「これから本気で口説く」
「くど……?」
息を呑む。頬が熱い。
リカルドが私をだなんて、まったく考えたことがなかった。だって私たちの間にそんな雰囲気があったことはなかったじゃない。
「君をクルト・ヒュフナーになんかに渡すものか。俺は過激な悪役だからな。グウェンに惚れてもらうためなら手段は選ばない。覚悟をしろよ?」
リカルドが微笑む。匂い立つような色気に動悸が激しくなる。
すべてが終わったから、私の恋は解禁で魔法もとけた。
誰を好きになっても、自由だ。
激しい鼓動を感じながら、にっこり微笑む。
「リカルドこそ。簡単に考えていてはダメよ。私は悪役令嬢だもの。とても手強いのだから」
そうは言っても。私はすぐにリカルドを好きになってしまうのだろう。
だって禁恋の魔法を自分にかけたのは、彼とふたりで会うのを楽しみにしていることに、気がついたからだもの。
《おしまい》