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第2話・反撃開始

 ドノバンはキャンティの腰に手を回し、破廉恥なまでに密着している。彼は悦に入った表情で、キャンティのほうは勝ち誇った笑顔だ。


「ハーヴィー男爵令嬢」とキャンティに話しかける。「ご存知ではないかもしれませんが、私にはほかに婚約者がいましたの」

「なんの話?」

「ですが私に一目惚れしたドノバン殿下が彼を国外追放同然に追い払い、無理やり私の婚約者になったのですわ」

「あれは間違いだった!」とドノバン。「子供だから本物の愛をわかっていなかったのだ!」


 ドノバンは否定しなかった。キャンティが眉を寄せる。


「ですから、殿下との婚約が解消になるのは喜ばしいことですのよ」

「負け惜しみは無様よ」とキャンティ。

「そうではなく、ステファノ公爵令嬢があなたをいじめる理由はどこにもないということですよ」


 そう説明してくれたのはリカルドだ。私たちを囲む生徒たちもうなずいている。ドノバンと私の婚約の経緯は有名だし、私が彼から距離をとっていたことも知られている。ただ、王子妃教育はきちんと受けていたし、婚約者として必要最低限のことはこなしていた。


 だから私が彼を嫌っていることを、空っぽ頭は気づいていなかった。その代わりに節度がありすぎる、堅苦しい女だと思っていたようだ。自分中心にしか物事を考えられないひとだから。


「つまらぬ世迷い言を」と言葉を吐き捨てるドノバン。「リカルド貴様、私にはむかうのか」

「事実を申し上げただけです」

 とリカルドは堂々と答える。

「私生児風情が偉そうに!」とドノバンが怒る。


 リカルドの母親は侍女をしていた伯爵令嬢で、父親は不明らしい。未婚の母から生まれた子供は孤児院に捨てられてしまうのが常だけど、彼は特別に温情をかけられてドノバンの従者として王宮で育てられたという。


 年が一緒だから、というのがその理由だとか。リカルドのほうが三日だけ先に生まれている。

 母親は早くに亡くなったけど、伯爵家の血筋だからと、貴族の子女しか入学できない王立学園にも通っている。


 学費を出しているのは、祖父である伯爵だそうだ。それでもリカルドはドノバンの従者だから、学園内でもいいように使われ、ほかの生徒の面前で貶され罵られてきた。リカルドのほうが成績が優秀――というより学年で一番であることも気に食わないからだ。


 ちなみに二番は私で、ドノバンは下から十番くらい。

 真面目に学んでもリカルドに勝てないとわかっているから、『やっていないから負けているだけ』というフリを彼はしている。王太子なのに。


「とにかくっ」とドノバンが声を張り上げる。「グウェン、お前は明後日から娼婦だ。心して励めよ!」

「婚約破棄と私への仕打ちについて、陛下のご許可は取ったのでしょうか」

「当然だ!」


 やっぱり。そうなのだろうと推測はしていた。とはいえ父子そろって、ひとりの令嬢をなんだと思っているのだろう。昔から彼らは自分本位で横暴だ。

 まあ、いい。この愚か者たちとは今日で縁が切れるのだから。


「ドノバン殿下。婚約の際に交わしたお約束を覚えていらっしゃいますか?」

「……約束などしたか」と空っぽ頭が首をひねる。

「ええ。ちゃんと紙にしたためて、殿下はサインをされたではありませんか」

「記憶にないから無効だな」

「屋敷に保管してありますわ」

「だとしても子供のしたことだ」ドノバンはプイと顔をそむけ、「心配するな。キャンティが私の妃になるのは決定事項だ」と彼女の頬にキスをする。


「あのとき殿下は、私にも真実の愛で結ばれているとおっしゃっていましたわ」

「知らぬな!」とドノバンはキッパリと言った。「もう行こう、キャンティ。プロムを楽しもうじゃないか」


 更に体を寄せ合うドノバンとキャンティ。私は片手を上げ、親指を折り曲げた。

「お約束、ひとつめ。『真実の愛が冷めたときは、そのむねを嘘偽りなく私に伝えること』」

 ふたりが私を見る。


 続いて人差し指を折る。

「ふたつめ。その際に私に責任があるかのように、偽らないこと」


 次は中指。

「みっつめ。その際にみだりに私に懲罰を与えたり、苦しい立場に追いやったりしないこと。殿下はこれらすべて、お約束を破りました」

「はっ。くだらぬ」と意に介さないドノバン。


 最後は薬指。

「ラスト、よっつめ。陛下は息子が暴走したときは、止めてくださること」

 ドノバンと私が交わした約束の内容は、このよっつだ。『サインをしてくれなくては婚約はしたくない』とさめざめと泣いたら、当時私に首ったけだったドノバンはいとも簡単に署名した。


「子供ながらに殿下の横暴さが怖かったので、真剣に考えたお約束だったのですよ」

 ドノバンは嘲るような表情で私を見ている。


「本当に覚えていらっしゃらないのかしら。お約束を破った場合のことについても、取り決めましたわよ」人差し指を立てる。「ひとつめに対しては、二度と嘘がつけぬようにする」

 ドノバンが声を出して笑った。


 続けて中指を立てる。

「ふたつめ。殿下に責がある罪を明らかにする」

「そんなものない」と自信たっぷりに答えるドノバン。


 薬指を立てる。

「みっつめ。罪相応の罰を受ける」

 最後は小指。

「陛下も相応の罰を受ける」

「公爵令嬢風情が生意気なことばかり」と嘲笑の表情のドノバン。「どんなに虚勢を張っても無駄だ。お前は明後日には――」


 突然ドノバンは口をつぐんだ。顔が歪む。恐怖でいっぱいの表情だ。

「ドノバンくん、どうしたの?」

 キャンティが心配そうに尋ねる。


 愚かな王太子は、カハッとおかしな音を立てて口を開き、手を差しこんだ。口内で懸命になにかを探っている。間抜けな姿だ。


「殿下。お約束の契約書に魔力をこめたことも、お忘れですか?」

 ドノバンの顔は蒼白で目は怯え、頬には涙が伝っていた。

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