表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒い獅子の愛の行方~甘い透明な蜂蜜シロップの味~

作者: 黒飴細工

「王子……、わたくしは」

「姫、どうか……どうか………………」


















「カァアアアアアアット!!!」



 二つの声しか聞こえず、静寂とした時が流れていたその場に、鋭く響く大きな声。



「どぅぁあくぅぁあるぁああああ!!! 何度言えばわかるんだよ! 海翔!! いいかげん台詞は覚えて来いって―の!」

「うるっせぇえ! こんなこっぱずかしい台詞なんか覚えてこれっか!」



 スッパーン!!と気持ちの良いくらい大きな音で、台本を片手に持ったクラス委員長兼監督の道明寺(歴史オタクな彼女無し)に正義の鉄剣ソードに変わった台本で頭をすっぱ抜かれた日渡海翔。

 彼は、今回の学芸祭でのクラスの出し物である舞台の主役へと抜擢されており、今はその稽古中であったのだ。



「お前なぁああ!!」



 ずんずんと地響きでも起こしそうな足音を立てながら海翔に近づき、嫌がる海翔に無理矢理肩を組むことで捕まえた道明寺は、こそこそと耳元で話し出した。



「お前! 誰のおかげであのふわふわ女子透子ちゃんを相手役に演技できてると思ってんだよ!」

「ぅ、うるせぇよ! 誰も頼んでねぇだろ!」



 彼は、クラスだけでなく、学校全体でいろんな意味で有名であった。


 海翔は釣り目で三白眼、つんと尖った鼻に小さい口の猫っぽい見た目のイケメンで、性格も猫っぽく良く授業をサボったりなど非常に猫よりも猫らしい人間で。

 そんな彼に恋慕の気持ちなど好ましい気持ちを向ける女子も多いし、それを見て羨み妬み嫉みを向ける男子も多い。

 が、しかし、そんな彼には有名である一番の理由が他にもあった。


 彼は、ある一人を除いて学校全員と言っていい人間に、一人の女子生徒に片思いをしている事を知られている故有名なのだ。


 そんな彼に片思いされている女子は同じクラスであり、今回の学芸祭の舞台のもう一人の主役であり海翔の相手役である春海透子その人である。

 ちなみに彼の片思いに気づいてない一人は彼女だ。



「…………あの、ごめんなさい。わたしもさっき台詞噛んじゃった……」

「透子ちゃんは気にしなくていいんだよー! このばぁかがどうしようもないヘタレなのが悪いんでね!」

「っ!? だ、誰がヘタレだ! 歴史オタク!」

「うるっせぇ! いいか!? 台本持ちながらでいいからもーいっかいだ!」



 たくっ!なんであいつは……、ぶつぶつと文句を言いながら監督席に戻って行った道明寺。

 そんな道明寺を海翔と透子はお互いちょっと引き気味になりながら見つめつつも、先程の演技の場面の定位置へと戻って行く。



「……海翔君」

「ぅぉ!……な、なんだよ」

「ごめんね、わたし何か悪い所あったら言ってね? その、海翔君、前からわたしの事苦手みたいだから、悪い所は治すから」

「っ、いや、別に……お前の事苦手とか、嫌いとか、思った事ねーよ」

「…………本当?」



 以前から海翔が透子に対する態度がおどおどしたり、透子が話かけようとすると恥ずかしがって逃げたりするもんだから、透子は嫌われたり、苦手と思われているものだと思い込んでいたのだ。

 そんな風に思われていただなんて思いもしなかったあ海翔は、さすがにここで否定しておかねば後々困ると、透子の隣にいられることでお花畑になっていた頭で素早く回答した。つもりである。

 透子は透子で、もしかしたら嫌われているのかもしれないと思っていた海翔に、嫌われていないと分かったからか、あまり海翔には面と向かって見せた事が無かった花が舞うような笑顔を嬉しそうに咲き誇らせて見せた。



「……………………、だ、台本、貸してくれよ。俺、持ってきてねえから」

「あ!待ってね!すぐ持ってくるから!」



 そんな透子の笑顔をダイレクトアタックした海翔は、一瞬ここが天国か? と、別のお花畑を見たが、気を取り直したところで、自身に台本がない事に気づいて。

 これ幸いと、透子に貸してくれるよう頼むくらいには抜け目がなかったようだ。

 そんな海翔を見て、周りに居るクラスの中でも海翔の恋愛を応援し隊勢はひゅーひゅーとヘタクソな口笛を吹いてはやし立てる。

 もちろん、透子が見てないところでやっているので、透子はその事には全く気付いていない。



「お待たせ。これ、私のだけどだいたい覚えちゃったから、好きに使ってね」

「おぅ、ありがと」


「よーし! じゃあさっきの台詞からな!」



 道明寺の掛け声で定位置につく、海翔と透子。

 海翔は透子に台本を渡される際に、透子のシャンプーの香りなのか、ふわりと良い香りがして。その香りのせいで、再び半分だけお花畑に足を踏み入れてしまう。



「いいか? よーい、スタート!」







 ********



「王子……、わたくしは」

「姫、どうか俺を見てください」



 今から七百年前に実際にあった、ここ日本ではない海外の、魔法が世界に知れ渡り、一般人まで魔法が普通に使えるようになったばかりの頃のお話。

 ヨーロッパで起きた一国の王子と姫の愛が結ばれた時のお話である。


 許嫁同士の二人はお互い好き合っているにもかかわらず、すれ違いがすれ違いを生み、お互いの真の気持ちが分からなくなってしまっていた。

 結婚前夜、姫は、こっそりと王子の元へと行くと一つの魔法薬を取り出す。



「王子はわたくしに何か隠し事がございますでしょう」

「…………フェリア、それは」

「これを、飲んで下さいまし。先程、王子に真の姿をさらけ出す薬の未完成品を、飲ませました。これを飲めば、王子の身体の中で薬が完成し、効果が表れます」

「…………」

「わたくしは!包み隠さずどんな姿でもあなた様を愛する自信がございます。わ、わたくしのこの愛を疑うのであれば、飲んで頂かなくて結構です……。そうなれば、わたくしは、国へと帰ります」

「姫! 俺はあなたの愛を疑ったことなど一度もない! あなたをそこまで追い詰めていただなんて気づけなかった俺が悪い。 …………これ以上、俺の我儘にあなたを付き合わせるわけには、いかないな」



 姫に隠し事があった王子。

 彼は必死に己の真の姿を隠し通して居たかったが、これ以上はそうもいかない。

 この後、己の真の姿をさらして、姫に嫌われようとも、今の姫の真っすぐな愛を疑うほうが辛いと思った王子は決心した。



「王子……、わたくしは」

「姫、どうか俺を見てください」



 姫が持っていた薬を奪い取る王子。

 そんな王子を見て、自分は何て酷い事を王子にしようとしているのかと姫は涙をこぼす。

 そして――――――――。














 ********



「んぐ!? っ! げほ! ごほ! なんだこれまっず!!!!」

「えぇ!? 普通のオレンジジュースのはずだろ!?」



 お花畑に片足半分入っていた海翔が、役に従って薬と言う名のオレンジジュースと聞かされていた飲み物を飲んだ瞬間、大きくむせた事によって周りが騒然としたその直後。



 ぼふん!!



 クラスの教室内で稽古をしていたのだが、海翔を中心にしてその教室内が全てピンクの煙で包まれてしまった。



「げほ! ぇほ! なんだ!?」

「けほ! けほ! やーだー! なにこれ!」

「誰か! 窓開けろ! 窓!」



 まさに阿鼻叫喚。

 窓際にいた誰かが窓を開けたことによって空気が循環されてピンクの煙が晴れた頃……。



「あら…………?」

「ん? ……………………なんだこりゃぁああああ!!!?」



 海翔の頭の上には素敵な耳と、腰には素敵な尻尾が生えてしまっていた。



「誰だ!?オレンジジュースの中身を魔法薬に変えたやつ!」

「っち、失敗か」

「今失敗って言ったやつ! 出て来い!」



 どうやら、この騒動の犯人は海翔の恋愛を破滅し隊の隊長であり、同じクラスの魔法薬学研究部の部長(透子のファン歴三年目彼女無し)の仕業であったらしく。

 本当の狙いは、この物語の王子の正体がライオンであるにちなんで、本物のライオンの姿に舞台当日である五日後まで変えようとしたらしい。

 それは何故かというと、透子にこれ以上近づけない為なのは詳しく聞かなくても明らかであった。


 でも、薬は失敗。

 保健医に診てもらったところ、耳と尻尾が生えただけで、命に別状はなく。何回かに分けて解毒薬を飲めば明日には元通りになるとの事だった。

 しかし、失敗作の薬を飲んでいる為、急変があるかもしれないとの事で海翔はそのまま保健室へ泊り、様子を見られることになった。



「我らが魔法薬学研究部のアイドル! 透子氏に邪な思いを寄せる者に制裁を!」

「アホなこと言って練習時間減らしてんじゃねえよ! 大馬鹿野郎!!!」



 道明寺の正義の鉄剣ソードにより、魔法薬学研究部の部長は成敗されたが、練習時間が減ってしまったのも事実。

 泣く泣く道明寺は透子だけのシーンの練習だけをして、その他は大道具小道具などの制作に時間を回してその日の一日は終わった。






 そして、その日の夜の保健室。



「(くそー、どうしてこんな目に……)」



 海翔は一人、保健室のベッドで横になっていた。

 保健医の先生は別室で休んでいるらしく、何かあれば呼ぶようにと呼び出しボタンを置いて出て行っており、室内には完全に海翔一人なのだ。

 午後の授業時間からとはいえ、身体は元気なのにベットで横になる事を強要された海翔は、それはもう暇を持て余しており。

 睡眠や携帯を触るなど、できることはもうすべてやってしまっていたので、何か別の事はないかと思い始めたその時。




 コンコン



「ん?……なんの音だ?」



 コンコン



 どうやら、何かを叩いている音らしく、その音は保健室の扉より響いていた。

 誰か来たのか? 急患か何かかと思った海翔は、保健医は居ないので、代わりに誰が来たのか確認する為にベッドから降り、尻尾をふらりと揺らしながら扉を開ける。



「ぇ!…………どうしたんだよ」



 扉を開けた先に居たのはローブを着てフードですっぽりと顔を隠し、そわそわと落ち着かない様子の透子であった。



「こんばんは、海翔君。あの、保健室で飲む薬はすごく美味しくないって聞いたから、これ」



 そう言って透子が差し出してきたのは、何か淡い蜂蜜のような色をしている中身の瓶だった。



「?何?これ」

「シロップなの。美味しくないお薬の後に舐めたり、お湯に溶かして飲むとすっきりして美味しいのよ。良かったらと思って」

「あ、ありがとう。…………でも、なんで俺に?」

「その、あの…………、よく分かってないんだけど、なんか、私のせいで海翔君がお薬飲む事になったって、委員長から聞いたから。何かしてあげたいって思って…………」



 その瞬間、海翔の頭の上には顔が委員長の天使が舞い降りリンゴンリンゴンとベルを鳴らした。

 あいつ、俺にいつも協力的なんだよな。どうしてかよく解らないけど、ありがとう。



「迷惑だった、かな?」

「いや!迷惑じゃねえよ。ぁ、そうだ。ちょうど薬の時間だから、ありがたく貰う」

「よかった!じゃあ、これ。私は寮の消灯時間があるからこれで」

「あ!ちょっと待て!っ……」

「???」



 せっかく片思いの相手と二人きりになれているこのチャンスを、逃す手はないのではないかと思った海翔は勢いで透子を呼び止めたが。

 たいして呼び止める理由を考えてなかった為、次の言葉を出すのに時間がかかってしまう。



「あの、今、保健医の先生いないんだよ……」

「ぁ、そうなんだ…………良かったらお茶入れようか?前、保健医の先生に紅茶の場所教えてもらって、ここで入れた事あるから入れれるよ。お薬それで飲む?」

「あ!ぉ、おう。お願いしてもいいか」



 なんと!願ったり叶ったり。

 海翔が呼び止める理由を話す前に、透子自らこの場に残り、尚且つお茶を入れてくれるというではないか。

 ここ最近善行なんてした覚えのない海翔だが、ここにきて己の良い運を使い果たしているのではないかと思うほどの幸運。

 そりゃあもう、お願いするほか返事は無かった。


 じゃあお茶入れるからそこで待っててね。と透子は被ってたフードを下ろして海翔をベッドの端に座らせると、てきぱきとお茶を入れ始める。

 そんな透子の後姿を、二人きりで一緒の部屋の中にいれるという喜びで顔がにやけてしまわないように、持ち前の目つきの悪さを更に悪くすることで顔をキープさせる海翔。



「お茶!できあが…………、どうしたの?どこか具合悪い!?」

「へ?…………いや!別に!どこも悪くねえよ!」

「ぁ!…………」

「ぁっ、いや、その…………」



 海翔が変な顔でキープさせてたのがお馬鹿の所業であり、透子が海翔の容体が急変したのかと心配して駆け寄り、海翔の手を握った透子に悪い所はなかったのだ。

 片思いの相手に手を握られた事に恥ずかしさというか、自分が触れてはいけない者に触れてしまったと言わんばかりに透子に握られた手を海翔は振り払ってしまい。そのせいで、二人の間に気まずい空気が流れてしまう。



「…………わ、私、お茶持ってくるね!」

「あ、ぉう、ありがと」



 その気まずい空気の流れを切ったのは透子であった。

 言葉を話しずらかった空気の流れが切れたことで、ようやく言葉を出せた海翔が言ったのは感謝の言葉のみ。

 ここで手を握り返して、良い雰囲気に流れを持ち直せばいいものを、とこの場に委員長がいたら言っていただろう。

 しかし、ここにはそんな助言をくれる者が居るわけでもないわけで。

 海翔はこの後どうにか、いい雰囲気に持ち込んで告白できないかと頭を悩ませた。


 普段、海翔が意気地なしでヘタレなせいで透子に告白できていないのも大きな理由の一つなのだが。

 普段の学校生活では、今日の薬の件のように海翔の恋愛を破滅し隊のやつらが邪魔をしたり、誰かしらが周りに居てはやし立てたりなど。どうにもなかなか落ち着いて告白するタイミングがないのも理由であった。


 だが、今はそんな邪魔もいない絶好のチャンス。

 何故かは分からないが、さっきから幸運の女神は海翔に微笑んでいる様子。

 運を使い果たしていなければ、このチャンスを逃す手はないのではないか。と自分を見つめなおした海翔。

 お茶を取りに戻った透子の後姿を、今度は先程とは全く違った落ち着いた真剣な眼差しで優しく見つめた。



「お待たせ。熱いから気を付けてね」

「ありがとな…………、その、よかったらそこ、座れば」

「いいの? じゃあ、ちょっとだけ。そうだ!紅茶にこのシロップ溶かして飲んでも美味しいよ。入れてみる?」

「その、あー、そうだ。透子のおすすめで入れてみてくれよ」

「私のおすすめでいいの?いつも甘めに入れちゃうんだけど…………」

「ん、甘いの好きだから、大丈夫」

「ほんと?わかった。ちょっとまってね」



 こうやって少しでも、透子がこの場にいる理由を作って二人の時間を長く保ちたい。海翔は自然とそう思うと、本来であれば耳と尻尾が生えただけで体調がどこか悪い所があるわけではないので、自分出来るはずの簡単な事なのに透子に頼んでしまう。

 いつもなら、こうやって近くにいるのでさえ緊張してしまったり、話すのもたどたどしくなってしまうのに。どうしてだろう。いつもどおりドキドキと胸は高鳴っているのにもかかわらず、妙に冷静な自分がいることに海翔は少し違和感というか不思議な気分になっている。


 変な緊張をしていない今なら、その白い肌に触れるかもしれない。


 そう思った海翔は、シロップを入れたお茶をかき混ぜる透子の白く淡い頬にスッと手を伸ばした。



「へっ…………」

「…………」

「ど、どうかした?何かついてる?」

「ん?いや、柔らかそうだなって思って」

「わ、私太ってる!?」

「っぷ、あははは!誰もそんな事言ってねーだろ!太ってねーよ。細すぎなくらいだ」



 透子のふわふわさらさらとした頬を楽しんだ海翔は、突如透子の発した太ってる発言に笑って訂正を加えて今度はその手で透子の右手を取る。そして、手首にぐるりと自分の親指と人差し指を巻き付け、それを透子に掲げて見せた。



「ほら、俺の指がこんなに余る。こんなにほせぇのに太ってるわけないだろ」

「ぅ、ぁ、ぅん……」

「ちっちぇー手」

「っ!ぁの、海翔君……、お茶できた、よ」

「ん、ありがとな」



 そう言って海翔は保健医に渡されていた薬の瓶を開け、一気に喉に流し込み。どろりとして味が大変よろしくなく、飲み込みにくいそれを透子が入れたお茶で一気に流し込んだ。

 すると、今まで薬を飲んだ後は苦みやらえぐみやらなんやらで後味最悪だったのが、透子が入れたシロップ入りのお茶のおかげか程よくすっきりとした後味になっており。海翔は思わず目を開いて感動した。


「すげぇ、何これ。めっちゃ後味すっきりするな」

「えへへ、おばあ様に教えて頂いたレシピのシロップなの。私、小さい頃薬が飲めなかったんだけど、よく作ってくださったのよ」

「おばあさんのこと大好きなんだな」

「えぇ!とっても大好きよ!」

「っぅぐ」

「ど、どうしたの!やっぱりどこかわるいんじゃ……」



 海翔が唸ったのは冷静になれていると自分を過信してしまい、不意打ちで透子から『大好き』という言葉と、満面の笑みを貰ったことで、心臓発作を起こしかけそうと勝手に唸っただけなので大して彼の体調に変化などはないのだが。自分に向けて言ってもらったわけでもないのに。

 そんな海翔の様子を、心優しい透子は海翔の体調を気遣い顔色を窺い己の額と海翔の額に手をあてて熱を測るなど甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 嘘の心臓発作を起こしそうになった海翔はと言うと冷静さを取り戻して、これは役得と透子の世話に甘んじる始末。

 この男、意外と抜け目ないのである。



「熱は、なさそうだし……、顔色も、今は大丈夫そう?」

「ん、今は平気。心配してくれてありがとな」

「本当?もし、本当に具合が悪いのなら遠慮なく言ってね」

「あぁ。…………気になったこと聞いていいか?」

「なあに?」



 海翔は以前より気になっていたことがあったのだ。

 実を言うと、海翔は学校へ入学した当初は荒れており、他生徒に毛嫌いされていたほど素行が悪かった。

 しかし、彼女だけは、透子だけは初めて会った時から、海翔の事を偏見のないあたたかい真っすぐな瞳で見つめて優しい声で話しかけてくれたのだ。

 しだいにそんな彼女に引かれた海翔は、自分の素行を改めて学校生活を見直し、透子に相応しい人間になれるようにと努力をしてきた。

 けれど、何故、彼女だけが海翔を偏見や畏怖の目で見なかったのか、冷たい声や言葉を投げつけなかったのか。海翔は不思議だった。



「透子はさ、俺と初めて会った時、覚えてる?」

「ぁー、ふふふ。海翔君が髪の毛をバッキバキにキメてた頃ね」

「ちょ!! そんなことは思い出さなくていいから! そーじゃなくて! …………、あの時、俺が周りの人間から嫌われてたの、透子も知ってたはずだろ?なんで、透子はあの時、俺に話しかけてくれたんだ?」

「んー?ふふふ。海翔君は覚えてないみたいだけど、私ね、あの時海翔君に話しかける前に、海翔君にあることをしてもらったのよ」

「………あること?」



 あることと言われると、あの当時は喧嘩をしたり、授業をサボったりしていた記憶しかない海翔は、いったい自分が何をしたのかと更に頭の中が不思議で満たされてしまったが。そんな海翔の様子を見ながら透子は当時を思い出したのだろう。海翔ではない遠くを見つめて懐かしむような表情をした。










 *********









「どうしよう。傘ないのに……」



 秋の夕暮れ時の校舎。

 雨予報の無かったにもかかわらず、その時の天気は土砂降りで。傘を持っていなかった透子は玄関口で途方に暮れていた。



「でも、止まなそうだし、今日早く帰らなきゃだから…………」



 透子はそう言うと、気休め程度にならないと分かっていながらも学生鞄を頭にかざして道を駆け出した。

 そして、校門前をもうすぐ通り過ぎるという時に、突然誰かに呼び止められたのだ。



「おい! そこのあんた!」

「ぇ? ……わたし?」



 振り向いた先にいたのは、この学校で一番素行が悪いと言われていた海翔で。彼も傘を持っておらず海翔は学生服の上に来ていたパーカーを素早く脱ぐと、ふわりと透子の肩に掛けたのだ。



「こい。近くのコンビニまで走るぞ」

「ぇ、でも!まっ…………」



 言うや否や、海翔は透子にパーカーを着せたまま、己がずぶ濡れになるにもかかわらず透子の手を取り走りだし。透子はそんな海翔にされるがまま走るしかなかった。

 そして、透子一人では決して十分もせずに着かないコンビニまで、海翔の男の脚力に引っ張られたおかげで十分未満に付くことができた。着いてすぐ、海翔はコンビニに入り、透子はいつも以上に早く走った呼吸を戻すのに時間をついやす。



「はぁ、はぁ、…………すぅー、はぁー……」

「ほれ」

「ぇ?」



 透子が長い時間を使ってようやく呼吸を整え終えたその直後、海翔から差し出されたのは一本の傘だった。



「え?これ……」

「使えよ。俺はもう一本買ったからそれで帰る」

「っ!だったらお金!」

「いらねぇよ。それに、お前。急いで帰るんだろ」

「………ぁ、玄関口の、聞いてたの?」

「聞こえただけだ」



 じゃあな。と言うと、濡れた制服の上をいつの間にかコンビニで買ったのであろうTシャツに着替えていた海翔は、透子にパーカーを着せたまま傘を開いて帰ろうとする。



「待って!これ!パーカー!」

「やる。女子の制服、透けてんぞ」

「へっ!!!ぁ!ど!ふゃ!?」



 透子が困惑している間に、海翔はそそくさと帰ってしまったのだ。







 *********







「制服透けてるの見られたのは恥ずかしかったけど、あんなに優しく助けてくれた人が、怖いだなんて思えなくなったから」



 だから、お礼を言おうと思って話しかけたのよ。と透子に言われた海翔本人は、ぁー、そう言えばそう言う事もあったかも?と確かに一枚なくなったパーカーの事を思い出しはしたが、当時助けたのが透子かどうかなんてはっきり言うとあまり覚えていなかった。



「海翔君は全然、覚えてないみたいだけどね」

「うっ、すまん。覚えてない…………」

「いいの。今、こうして海翔君にお礼できる機会はいつでもあるんだもの。…………じゃあ、そろそろ私、行くね」

「ま、待て!」

「っきゃ!」





 どさっ。





 立ち上がりこの場を去ろうとした透子の手を今度こそ、透子が行ってしまわないようにと勢いよく掴んだ海翔。しかし、その勢いは強すぎて透子が勢いに負けてよろけて海翔にぶつかってしまい、二人は体勢を崩してもつれた状態のまま海翔が座っていたベッドへと倒れこんでしまう。


 透子は膝を打ったせいでいたた。と呟きながら状況を把握しようと目を開ければ、目の前には海翔の顔がすぐそばにあった。

 そう。透子は海翔の上に乗っかるように倒れこんでしまったのだ。



「ひゃ!ご、ごめんなさ!す、すぐどくって!?へぇ!?」



 状況を把握した透子が、すぐにその場を立ち上がりどけようと身を起こそうと力を入れたその時。海翔が腕を透子の身体に回して抱きしめたことによって、透子は身動きが出来なくなってしまった。



「か、海翔君!?…………ど、どうしたの」

「なぁ、透子。俺にこうされて、嫌か?」

「ぇ……、そ、それは」

「嫌じゃないなら、俺と付き合って」

「……………………………………………………ふぇ?」

「好き、透子。俺の彼女になって」




 好き。

 …………好き。

 彼女…………?


 透子の頭の中には耳元で囁かれた海翔の言葉が反復されていた。

 突然の抱擁。

 そして愛の告白。


 透子は海翔から突然抱きしめられた時からドキドキと胸が煩く鳴っていたのにも関わらず、追い打ちをかけるように彼からの愛の告白を受けたことによって更に胸だけでなく頭の脳までドクドクと脈打っているのを感じた。

 熱くなる頬。

 それにつられて、上手く喋れなくなる口。

 更には、返事をしないといけないと分かっていても、混乱から何を話せばいいのかさえ分からなくなってきてしまっている頭。

 透子の目の前はぐるぐると回り始めてしまった。



「もし、俺の事嫌だったら、このままぶん殴って帰っていいから」

「へぁ、あぅ、その、はぅ、ぅ~…………」

「透子…………」



 殴っていいと言ったのに、殴られないし、返事もないし、透子は良い匂いだし、いろいろと柔らかいしとで、いろいろな要素が加わって海翔の頭も大変馬鹿になっており。何を思ったのか返事がない事をこれ幸いと思ったのか、少しだけ身を動かして透子の頭を撫で、その髪の艶やかさと滑らかさを味わいながら、透子の白く柔らかいその頬に一つだけ、口付けを落とそうとした。














 ――――――パンパンパン!!!



「はいはーい。不純異性交遊禁止ー。離れて離れてー」

「っきゃあ!」

「うぉわ!!」



 突如、手を打ち鳴らし空気をあえて読まずに現れたのは、この保健室の主である保健医(バツイチ男独身彼女募集中)であった。



「君たち青春するのもいいけどね?ここ、保健室。そういうのおじさん許しません。そして日渡君。薬飲んだ?」



 彼は、海翔の容体を診るのと、きちんと薬を飲んだか確認するために保健室へと戻って来ていたのだ。

 透子は顔を真っ赤にして慌てて起き上がると、『し、失礼しましたー! 海翔君!また明日!』と叫んで帰ってしまう。そんな透子の後姿を取り残された海翔は寂しく見つめたあと、透子がまるで逃げるかのように走り去ってしまった元凶である保健医を恨みを込めた目で睨みつけた。



「そんなに睨んでも怖くありません。薬も飲んでるようだし、日渡君の体調も大変よろしいようなので俺も寝るとします。何かあれば呼び出しボタン押すようにー」



 そう言って透子が出て行った扉から、すぐさま出て行った保健医。

 あんなにすぐ出て行くのであれば、来なくてもよかったじゃねえか。と心の中で悪態を吐いた海翔は、大きくため息を吐きながら、明日から透子とどう接するかを考えながら眠りについた。






















 翌朝、無事に耳と尻尾が消えた海翔は文字通り、保健室から蹴りだされ、すでに学芸祭の練習や準備が始まっているであろうクラスへと足取り重く歩いていく。

 あれから海翔は昨夜の事をいろいろと考えたが、透子のあの反応は無しではないのではないか。いや、優しい透子の事だから俺が殴れだの言ったことで混乱してしまいすぐに返事を出せなかっただけでは。しかし、あんなに照れていたからやはりオーケーのチャンスがあるのではないか。

 などと、良い事も悪い事も考えすぎて、ろくに寝れなかったため顔色は最悪だ。


 とりあえず、また、透子と二人になれる機会を探して、返事を貰わねば。


 いろいろと考えているうちに、ついてしまった自分のクラス。

 扉の前で大きくため息を吐いた後、その溜息を吸い込む勢いで深呼吸をして、海翔は思い切って扉を開いた。



「はよーっす」

「おぉ!海翔!良い所に戻ってきた!」

「あー海翔君、耳と尻尾なくなってるー」

「某の薬が上手くいってさえいれば!完全なライオンに変身させてサーカスへ売りつけてやったものを!」

「お前そんな事考えてたの。やべーな」



 一番最初に海翔を出迎えた委員長から順に思い思いのコメント述べていくクラスメイト達。最後の台詞のそんな事考えてたのには海翔も激しく同意した。


 何考えてんだ、魔法薬学研究部。普通に捕まるぞ。


 そんな事より、妙に大歓迎の委員長。

 なんでそんなに大歓迎なのか理由を聞くと。どうやら、ちょうどラストシーンの練習をしたいと思っていたらしく、そのタイミングで海翔がちょうどよく帰ってきたため、大歓迎されたというわけだ。



「ほら! どうせ台本持ってないんだろ! 透子ちゃんに貸してもらって位置につけ!」



 委員長はそういうと、昨夜の事件の事など何も知らないので海翔の背を透子に向けて叩きだした。



「ほら! 周りも準備進めろ! こっちはこっちで勝手に練習するから! 時間ねーぞ!」

「「「はーい」」」



 委員長の指示でぞろぞろと自分の仕事へと帰っていくクラスメイト達。

 その中で海翔と透子の二人だけが動かず、ちょっと周りと雰囲気が違うのだが、クラスメイト達はそれに気づかずに持ち場について行っている。



「…………おはよ。また、台本借りてもいいか」

「ぅん。これ、どうぞ…………」



 気まずい雰囲気の中、差し出された透子の台本。

 それを受け取るために海翔は普通に台本を掴み、透子の手から台本を抜き取ろうとしたが。透子が力を込めて台本を持っているせいか、透子の手から台本が抜けない。

 海翔はこれは、やっぱり貸してもらえないってことなのか?昨夜の自分の行いのせいで、透子は怒っているのではないのだろうかと不安に思ったその時。



「??……透子?」

「あの、あのね、海翔君」

「どうした?……やっぱ、昨日」

「あの、今から言う台詞はね、私が海翔君に思ってる本当の気持ちだから。素直に受け取ってね」

「ん?台詞?」



 二人だけに聞こえるように囁いた透子は、それを言うと海翔に台本を押し付けて委員長の前へと駆けていく。

 今から言う台詞なんて覚えてない海翔からすれば、なんのことだかさっぱりわからないのだが。とりあえず、台本を見ればわかるかとラストのページを開こうとペラペラと台本を捲る。

 そして、目的のページを見つけ、委員長がスタートを言う前に少しだけ読み進めると。



「…………ぁ、これ」

「よーし! じゃあはじめるぞ。ラストシーン、海翔! 位置につけ!」

「ぉ、おう」



 ラストのシーンの内容を少しだけ読み進めていた海翔は、その内容が本当かどうか少し疑心を抱きながらもふらふらと自分の立ち位置へとつく。

 そして、それが、本当かどうかは、これから透子が言う台詞によって判明するのである。



「始めるぞー。ラストシーン、よーい、スタート!!」










 *********








「王子、わたくしははあなたに酷い事を。あなたが隠していたかったのを無理矢理に暴いてしまった」

「…………姫、どうか泣かないで、本当の俺は恐ろしい獣。元を正せば、本来の姿を見せてしまえば、普通の人間と違うところがある私の姿を見せてしまえば、あなたが遠くへ行ってしまうと恐れた自分が悪いのです。あなたは悪くない」

「あぁ、王子、優しい人。そんなあなただから、わたくしはあなたを愛したのです」

「姫、こんなすがたでも俺の事を人として扱ってくれるのですね。俺も、そんな優しいあなただからこそ、愛しているのです。ですが、こんな野獣の姿を見たからにはあなたの心も変わったはず。俺は潔く、あなたの元を離れる事にします」



 膝から崩れ落ち、心優しい王子が隠し通そうとした秘密を、己が無理矢理暴いたことに涙を流す姫。

 そんな姫を優しいあたたかな瞳で見つめるのは、黒きライオンの姿へと変身してしまった王子。王子は自分のこの姿を人ではないと忌み嫌って恐れており、姫にはこんな自分の恐ろしい一面は知らないでほしい。けれど、それを隠し通して姫を愛し続けていいものなのかとも悩み、苦しんでいた。

 しかし、そんな悩みもこれで終わり。姫の心もこの野獣の恐ろしい姿を見てしまえば、百年の愛も冷めてしまうものだろう。

 そう思った王子は、獣の姿のまま踵を返すと、その場を離れ、どこかへ行こうとしてしまう。



「お待ちください!」



 そんな悲しみを帯びた王子を、後ろから抱きしめ引き留めたのは王子の愛する姫であった。



「何故、わたくしから離れようとなさるのです」

「それは、あなたが、きっと俺の事などもう愛してくださらないだろうと」

「どうしてです?わたくしはこんなにもあなた様を愛しているのに」

「…………え。それは、どういう」

「あなた様がどんなお姿であろうとも、あなた様のお心は変わらぬまま。わたくしはそんなあなた様の心を愛したのです。姿形が変わろうとも、わたくしのあなた様への愛は変わらぬまま。どうか離れようとなさらないで」

「姫……では」








 *********







「わたしはあなた様の事が大好きです。愛しています。どうかお傍にいさせてくださいませ」






 ちゅっ…………。





「へ…………」

「あ…………」

「はぅわ!?」

「まっじかー」



 透子の最後の台詞の後、透子自ら、なんと、海翔の鼻先へとキスを贈ったではないか。

 それを見たクラスメイトの反応は様々。海翔はもちろん顔を真っ赤にさせて固まっており、委員長はそういえば透子ちゃんに鼻先へのキスは振りで良いっていうの忘れてたなーと言う顔で、魔法薬学研究部の部長に至っては失神していて、一同の手が一瞬全て止まってしまった。



「…………ぁれ、私、何か、間違えた?」



 その瞬間爆発的にクラスはいろんな意味で騒然となった。

 海翔の恋愛応援し隊の連中はこれで一歩踏み込んだか!?と盛り上がり、海翔の恋愛破滅し隊の連中は透子氏の清らかな唇がー!!!と嘆き叫び。

 昨日の阿鼻叫喚再びだ。


 周りが激しく喜びや文句の言い合いをやいのやいのと繰り広げている中、赤面し固まっていた状態から抜け出した海翔は、こっそりと誰にも見えないように先程まで己を抱きしめてくれていた透子の手を握った。



「っ!」

「なぁ、俺達…………付き合うって事でいいんだよな」



 周りの騒がしさをいいことに、誰にも聞こえない声量でこっそりと透子に話しかける海翔。



「………………………………ょろしく、お願いします」



 この騒がしい中で、透子の消え入りそうな声は近くにいる海翔でも聞き取りにくいはずなのに、しっかりとその言葉は海翔の耳へと入っていった。



「…………へへ!よろしく。透子」




 ちゅ…………。



















お読みいただきまして、ありがとうございました!

もし、面白い!と思っていただきました読者様。

よろしければ、評価★、ブクマ、感想などいただけましたら幸いです。

この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。


初めての企画参加でしたが、とても楽しく書かせていただきました!

普段はBL小説ばかり書いている私ですが、ちょっと違う面を見せれましたでしょうか?( *´艸`)


最後のキスの場所はいったい誰がどこにしたんでしょうね?


ふふん!皆様お好きな場所を想像してくださいませ!


企画してくださいましたすなぎもりこ先生!ありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一話完結とは思えないほどの満足感! ほのぼのとした空気のなかに、二人の初々しく甘酸っぱい恋愛模様をしっかりと映し出されていると思いました! [気になる点] 特には。あ、魔法薬の件まで現実世…
[良い点] 甘酸っぱいお話(*´꒳`*)~❀ 好き(*´°`*)
[良い点] 甘酸っぱーーーーっ! そして、意表を突く設定ーーー! これね、こういう意外な発想があると、テンション上がりますね! ワイガヤ楽しい学校生活に、まるで自分も混ざっているような気分でした。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ