3.貨幣価値!
遠くの方に、街らしきものが見える。
「じゃあ、石上さん。取り敢えず、あの街に行ってみようか?」
「そうね。それと、さっき女神様が言ってたじゃない? 名字で呼ぶことは、推奨しないって」
「そうだったね。じゃあ、カツミさん」
「カツミで良いわよ。こっちもツカサって呼ぶから」
「了解。じゃあ、行こうか」
「ええ」
二人が、街に向けて歩き出した。
「あとさあ。辞書機能でカナエマンネンの場所って分かるのかな?」
こう言いながら、ツカサがステータス画面を開き、辞書機能へとアクセスした。
そして、質問を入力。
質問は念じるだけで自動入力される。
『Q:カナエマンネンの生息地は?』
『A:お答えできません』
しかし、制限がかかっていた。
女神ピルバラナに言われていた通り、生息地は自分の足で探せと言うことだ。
二人が向かう街は、グリポスクス。
その先にあるのが、ここジェラシアン王国の王都チバニアンだ。
また、現在地からグリポスクスと反対方向には、ゲニオルニスと呼ばれる街があった。
ただ、ゲニオルニスが現在地点から見えなかったため、二人は、グリポスクス行きを安易に決めたと言っても良い。
それから一時間くらいは過ぎた。
しかし、歩けど歩けど街に近付いている感じがしなかった。
遮るモノが何も無いから、たまたま街が見えるだけで、見えるから近くにあると言うわけではないのだ。
既にツカサは、へばっていた。
元の身体と比べると、やはり体力には劣っているようだ。
「カツミ。ちょっと休憩したい」
「私は、まだまだ余裕だけど?」
「ムチャクチャ疲れてさ」
「もう、体力無くない?」
「これって、元々オマエの若かりし頃の身体なんだけど」
「……(反論できない)」
丁度、この時だった。
一台の箱型四輪馬車が二人を追い抜いて行った。
御者は二十代と思われる女性。
「馬車か。羨ましい」
ツカサが、ボソッと呟いた。
思わず、口に出てしまった感じだ。
ただ、馬車は二人を追い抜いて二十メートルくらいしたところで停止した。
そして、馬車の後部から一人の中年男性が顔を出した。
「二人は、この先の街に行くのかな? だったら、行き先が同じ方向だし、乗って行くかい?」
これは、ツカサにとって非常に有り難い言葉だ。
しかし、相手が何者かも分からないし、必ずしも善人とは限らない。
ツカサは乗りたいオーラ全開だったが、対するカツミは慎重な表情をしていた。
「済みません。乗せてもらうにも、私達はお金を持っておりませんので」
「いや、別にお金を取ろうなんて考えてないし、変なことをするつもりも無い。私は王都の商人でロバートと言う者だ。仕入れて来た物を王都まで運ぶ途中でな。この先の街を通って、そのまま王都に向かう予定なんだよ」
「そうですか」
「馬車の中は荷物だらけだが、二人が座るスペースくらいはある。それに、そっちのお嬢ちゃんは、相当疲れているみたいじゃないか?」
「そうですね……。では、有難く乗車させていただきます」
何か危ないことをされそうになっても、自分達は転移魔法が使える。
万が一の場合には、今いるところまで戻ってくれば良い。
ここは、ツカサ……と言うか、自分の元の身体の体力を考慮して馬車に同乗させてもらうことにした。
二人が馬車に乗り込むと、御者が馬に鞭を打ち、馬車が動き出した。
たしかに、こっちの方が歩くよりも早いし、数段楽だ。
「ロバートさん。有難うございます。ボクはツカサと言います。それから、こっちの男がカツミ」
「お二人は夫婦で?」
「いえ、従兄妹です」
こう答えたのはカツミ。
婚姻歴が無いからであろうか?
いきなり夫婦設定にすることに抵抗があるようだ。
ただ、敢えて兄妹ではなく従兄妹にした。
従兄妹であれば、兄妹のような関係も友人のような関係も夫婦のような関係も、後々何でもアリに出来るとの判断だ。
カツミが、早速、物質創製魔法でノートと鉛筆、消しゴムを出した。
勿論、鉛筆は、すぐに書けるように削った状態のモノにした。
ただ、ロバートには、これらをカツミが魔法で作り出したのではなく、収納魔法で収納先から取り出したかのように見えた。
「収納魔法が使えるんですか?」
「えっ?」
「それらは、何でしょうか?」
「ノートと鉛筆と消しゴムです」
「ノート? 鉛筆? 消しゴム?」
「はい。一応、旅の記録を書いておこうかと思いまして」
「それらは筆記用具ですか?」
この世界には、紙はあったが、質が悪かった。
また、冊子型になったノートは、まだ存在しなかった。
通常は、複数枚の紙に千枚通しで穴をあけ、紐を通してまとめたモノを記録用紙として使っていた。
鉛筆も存在しなかった。
筆記用具と言えば、ペンとインクだけで、鉛筆どころか万年筆もないし、ボールペンも無かった。
なので、当然、消しゴムも存在しない。
「そうです」
「随分、上質な紙を使っていますね。では、その紙が束ねてあるモノ、それに書くわけですね」
「はい。このノートに鉛筆で書きます」
「それで、その消しゴムとは何ですか?」
「鉛筆で書き損じた場合には消しゴムで消して書き直します」
「書き直しが可能なんですか!」
「はい」
カツミが、ノートに鉛筆で線を描き、それを消しゴムで消して見せた。
これを見てロバートは衝撃を受けた。
修正可能な筆記用具は、生まれて初めて見たのだ。
「これは素晴らしい。もし、余分に持っているモノがあれば、私に売っていただきたいのですが」
「構いませんが、どれくらい必要でしょうか?」
「そうですね……。可能であれば多めに欲しいとは思いますが……」
「分かりました。では……」
カツミが、アイテムボックスから出す振りをしてノート十冊、鉛筆二十本、消しゴム十個を魔法で出してロバートに差し出した。
「どうぞ」
「こんなによろしいんですか?」
「馬車に乗せていただいたお礼です」
「いや、しかし、これだけの便利グッズをタダでもらうわけには行かない。大銀貨一枚でどうですか?」
「大銀貨……。少々お待ちください」
カツミが辞書機能を開いた。
『Q:大銀貨の貨幣価値は日本円でいくらくらい?』
『A:一万円』
『Q:この世界の貨幣と、その価値を教えて?』
『A:聖金貨が一枚一億円、大金貨が一枚一千万円、金貨が一枚百万円、小金貨が一枚十万円、大銀貨が一枚一万円、銀貨が一枚千円、小銀貨が一枚百円、銅貨が一枚十円、小銅貨が一枚一円』
さすがに、ノート十冊、鉛筆二十本、消しゴム十個が計一万円では暴利だ。
せいぜい銀貨三枚がイイところか?
しかも、馬車に乗せていただいた礼もある。
「では、銀貨二枚で」
「いやいや、それでは安過ぎるであろう」
「しかし、馬車に乗せていただいたお礼もありますので」
「そうですか。では、有難く銀貨二枚で買わせていただきます」
ロバートは、便利グッズが手に入ったと、かなり喜んでいるようだった。
ただ、これなら生活必需品を魔法で出して売れば、それなりに稼げるし、生きて行けるのではなかろうか?
そう思うカツミであった。