第2話
睦月勇人、22歳独身。高校を卒業してそのまま会社員になった。夢や目標なんてものはなく、漫然と生活をする日々。子どもの頃は、好きなことが出来る大人たちが羨ましく、自分も早く大人になりたいと憧れた。未来は希望に満ち溢れていると信じて疑わなかった。
実際、自分が大人になってみると現実は違った。そもそも、子どもから大人になる境目など存在しない。気づいたときには周囲から大人だと認識されていた。
なってみると勝手なもので、自分はまだ子どもだと言い張り、認めない。大人になったからといって眩しい未来が待っている訳じゃないと知ってしまったから。
数年ほどは真面目に働いていたが、今はもう仕事をしていない。溜まっていた貯金を切り崩し、1Kのアパートで慎ましく暮らしている。上辺だけの同僚やキラキラしていない日常から逃げ出してしまった。
お腹が空いたらコンビニ弁当を食べ、ゲームをして1日が終わる。そんな生活は決して悪いとは思わないが、子どもの頃に憧れていた未来とかけ離れていくのはわかった。
そして、昨日に至る。突然、目の前に現れた女神エルフリーデに世界を救うように頼まれた。退屈していた日常からの脱却。変わるかも知れない未来。不意に訪れたチャンスに睦月勇人は賭けることにした。
「ハインツ、しばらく離れるが寂しくて泣くなよ」
「誰が泣くか。戻ってきたらまた1杯やろうぜ」
村を離れるのに挨拶をするのがおっさん1人だけとは俺も寂しいやつだ。ハヤトは宿屋を引き払い村を後にした。
レンブルクまでは歩いて3日ほどかかる。そのため、異世界に来た初日以来の野宿をすることになる。防寒対策のローブと食料を今回は準備しているので心配はない。相変わらず武器は木の枝を使っているが最近は馴染んできて愛着が湧いている。ハヤトは鼻歌を歌い、枝を指揮棒代わりにして歩みを進めた。
「こんにちは」
気分が乗り、すれ違う人への挨拶に余念はない。シャイな人が多いのか挨拶を返す人がいなかったがハヤトは気にならなかった。そう、今ここでゴブリンに囲まれていることに気づくまでは。
人間とのコミュニケーションの術を持たないゴブリンにいくら挨拶をしても返事がないのは当たり前。人の顔を見て話しなさい。子どもの頃、親か先生に言われた言葉。今になって身にしみる。6匹のゴブリンは嬉しそうにハヤトに近づいてくる。手には剣や斧、防具に盾を持ちハヤトより文明の進んだ装備だ。くそっ、金持ちめ。
「キキィッ!」
「キ、キキィキッ!」
「ききぃ……」
ハヤトは真似してみたが反応が悪い。仲間と認めてもらえなかったようだ。仕方がないので枝を構えゴブリンに立ち向かうことにした。
ブンッと鈍い音とともに斧が目の前を通過する。間一髪のところだった。女神の加護があるので当たっても大丈夫なはず、しかしやられない保証はない。次に向かって来た剣を持ったゴブリンの攻撃を交わし、頭部に一撃を叩き込む。そうしている間にも3匹目のゴブリンが背後から棍棒を振り下ろして、ハヤトはたまらなく急いで避けると棍棒は剣を持ったゴブリンに直撃した。ハヤトは6匹を相手に大立ち回りを決め、なんとか倒すことに成功した。
「コンッ」
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ハヤト・ムツキ 男 無職 22歳
レベル5
HP:50/50 MP:30/35
攻撃力:30
防御力:30
速 度:25
知 力:10
精神力:35
幸 運:30
S P:12
スキル:女神の加護、遮断Lv1
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レベルが上がってきたが基準がまだ分からない。もしかしたら、めっちゃ強いのではないだろか。比べる相手がいない。ハヤトはレンブルクで新しい情報を得られることに期待した。
3日間の移動のトラブルはゴブリンに囲まれたくらいだった。それも自身の不注意によるものが大きいので普段は安全に旅が出来るのかもしれない。
そんなこんなでレンブルクに到着した。村とは違い、商店がずらっと並んでいる。村では木を使った簡素な家ばかりだったが、ここではコンクリートを固めたような素材で作られた家がほとんどだ。
「ハインツもここで商売をしたら儲かるのに」
早速、ゴブリンを倒した時に手に入れた武器や防具を売り、宿を取った。荷物を部屋に置き、お待ちかねの街に繰り出す。
街の大通りを進むと大きな建物があった。看板には冒険者ギルドと書かれている。待ってましたとハヤトは扉を開き中に入った。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ。登録の方は左に。クエストをご希望の方は右にお並び下さい」
ふむふむ。左に並べばいいんだな。
「お待たせ致しました。登録の方ですね。まずはこちらの書類に記入をお願いします」
受付のお姉さんに聞きながら手続きを済ませる。これまでの戦闘経験を聞かれたので道中に出会ったゴブリンの話しをした。あとは得意な武器を聞かれたので腰のベルトにさしていた木の枝を見せると苦笑いをされた。
「本当にそれでゴブリンを群れを倒したのですか……」
疑われている。自慢げに枝を振りまわしゴブリンとの戦闘を再現してみる。これ以上続けられても迷惑だと思ったのか受付のお姉さんは割って話しを進めだした。
「いいでしょう。一番下のランクのGから始めて頂きます。ランクごとに受けられるクエストが違うので選ぶとき注意して下さい。あちらの受付になりますのでそのままクエストを受けるのであればお並び下さい。では、良い冒険者ライフを」
お姉さんにお礼を言ってハヤトはクエストを受ける為、列を並び直す。先程作って貰った冒険者カードを見せてクエストを紹介してもらう。
「お初めての方ですね。担当のエレンと言います。まずはこちらのクエストがおすすめです。報酬は僅かですが、新人冒険者の講習を兼ねたクエストとなりますので一連の流れを覚える為にも一度やっておくとよいと思います」
クエストの内容は、薬草採取と書かれている。チュートリアルというわけか。確かに、手順がわからずにあとで恥をかきたくない。
「わかりました。このクエストでお願いします」
「では、明日の昼こちらに書かれている場所でお待ち下さい。係りの者が行きます。あと、頑張って下さい」
受付が終わった後もエレンは手を振って見送ってくれた。用がなくてもまた来てしまいそうだ。
冒険者ギルドを後にして今度は商店を散策する。見た事のない果実や肉がたくさんある。目的の魔術師や魔法書に出会えるかと期待したが見つける事は出来なかった。辺りも暗くなり始めたので宿屋に戻り明日の準備をすることにした。
昼過ぎになり、ハヤトは集合場所でクエストが始まるのを待っていた。周りには新人冒険者と思われる人たちもおり緊張感がこちらにも伝わってきた。
「隣りいいですか?」
「どうぞ」
「キサラ、キサラ・シャートといいます。お互い頑張りましょう」
「ハヤト・ムツキです。若いのに大変だね」
「あなたもあまり変わらないように見えますが……」
キサラは不思議そうに首を横に捻る。
どうやら、年の頃、16、8に見えているらしい。気付いていなかったとはいえ、ハインツには随分生意気に見えていただろう。
時間を待っていると少女が話しかけて来た。黒髪でクルッとした黒い瞳。服装はハヤトや村人が着ているようなシンプルなものであったが、すれ違う男性が振り返って見てしまうような可愛らしい少女だった。
定刻になり係員がやってきて説明をはじめる。クエスト内容は指定の薬草の採取でペアを組んで薬草を探す簡単なものだった。
「一緒になったね」
隣りに並んでこともあり、キサラとペアになった。早速、2人は薬草を探す。薬草なんて見た事のないハヤトは雑草と区別がつかなかった。どれを採っていいのか分からない。ええぃっ。無作為に草を採り袋に入れた。キサラは初めキョトンとした表情でハヤトを見ていたが、放っておけず口を開いた。
キサラはたまらず口を開いた。
「珍しく人ね。子どもの頃に薬草を採りに遊び行かなかったの?」
心配をしているキサラのことなどつゆ知れず黙々と採取していたハヤトは手を止め顔を上げた。
ハヤトは顔を上げると一瞬胸元に目がいき動揺したが、気取られないよう1度目を瞑り、すっと息を吸ってから、口を開いた。
薬草の採取は子どもでも出来る。クエストの流れを覚えるのが目的なので簡単に設定されている。
「俺は渡来人なんだ。こっちに来たのも最近で……」
「ははは、面白い冗談ね。いいわ。私が教えてあげる」
信じてない。周囲を見てみると、みな手慣れた様子で薬草を選別している。キサラは薬草と雑草の違いをわかりやすく説明してくれた。葉の形や色、根っこの違いを実際に見せて教えてくれた。
「覚えが早いわね。これなら時間内で終わりそう」
ほかの冒険者と比べて、お世辞にもペースが早いとはいえない。気遣ってくれていることはわかるが素直に煽てられた。
「ありがとう。キサラさんの教え方がいいから。薬草博士と呼ばれる日は近いね」
「またまた、そしたら私は薬草の神様になるわ」
「神様、この薬草にはどのような効き目がありますか?」
「お主、それはただの草よ。馬の餌にするがよい」
腕を組みハヤトを見下ろしながらキサラは答える。神様のつもりなのだろう。近くで薬草を採っていた冒険者に笑われた。うん、間違ってたら小声で教えてね。
そんなやり取りを繰り返しハヤトは薬草の知識を深めていった。
「キサラさんは、見たところ武器を持ってないけど魔女?」
「物騒な呼び方ね。普通に魔法使いと呼んでくれると嬉しいな。まだまだ勉強中だけど旅先で火起こしに困ったら頼ってね」
そう言ってキサラは人差し指から小さな火を出して見せた。ようやく楽しみにしてた魔法をハヤトは拝むことが出来た。
「すごい。初めて見た。キサラさんは大魔道士なんだね」
キサラの手を握り、ハヤトは目を輝かせる。
「これくらいなら子どもでも出来るのに大袈裟よ。私の故郷ではみんな使えるわ」
キサラは褒められて悪い気はしなかった。故郷では魔法が使えるのは当たり前で、その中でも出来の悪かったキサラは、悪口を言われることがあっても褒められることはなかった。魔法を使えることをキサラは初めて誇らしく思えた。
「そろそろ離してくれるかな」
恥ずかしそうにキサラは言う。先程から手を握ったままになっている。
「すみません。興奮しちゃいました」
ハヤトは慌てて握っていた手を離す。まだ手にはキサラの小さく柔らかい手の温もりが残っている。
「ハヤトさんは、そうね。武術家かしら」
「今のところブランチマスターってところかな。スライムやゴブリンをこれで倒したんだ」
キサラは腹を抱えて笑っている。真面目に話しても誰もまともに聞いてくれない。ネタか何かだと思われている。不憫だ。
「まぁいいわ。ゴブリンが出たらお願いするから」
話しもほどほどに作業を再開する。見せ場になるはずのゴブリンは出てくることは無く、薬草は集まりクエストは終了した。
「せっかくだし夕食を一緒しませんか?」
帰り際、キサラはハヤトを誘った。可愛らしい少女と食事が出来るのに断るやつはいない。2人は近くの酒場で夕食をする事にした。
「ハインツはね……」
ハインツの馬鹿話しを肴にお酒が進む。多少、話しを盛っているがあいつは許してくれるだろう。場の雰囲気も手伝って2人は自然と敬語は抜けていた。
「キサラはどうして冒険者に?」
「魔法使いは人のために生きるものよ。この力を使って人々の役に立つことをするために旅に出たの」
女神との約束の為に渋々冒険者になったハヤトとは違いキサラにはちゃんとした目的があった。
「成り行きで冒険者になった俺とは大違いだ。キサラならきっといい冒険者になるよ」
ハヤトは女神に世界を救う役目を与えられたが肝心の目的地を知らない。目的を持っているキサラが羨ましく思えた。
「ハヤトが良ければしばらく同行してあげてもいいわよ。その代わり私を楽しませてね」
突然の誘いにハヤトは驚く。
「そうだな。パーティー探しもしないといけないしキサラとならよい旅が出来るかも」
2人の目的地はたぶん違う場所だろう。それでも誘ってくれたことにハヤトは嬉しかった。宿屋に戻るとハヤトはステータスの確認をした。
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ハヤト・ムツキ 男 ブランチマスター 22歳
レベル5
HP:50/50 MP:35/35
攻撃力:30
防御力:30
速 度:25
知 力:15
精神力:35
幸 運:30
S P:12
スキル:女神の加護、遮断Lv1、
薬草鑑定Lv1
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思った通り【薬草鑑定Lv1】のスキルが追加されていた。職業の欄もブランチマスターに変わっている。言ってみるものだな。
翌日、宿屋の外でキサラが待っていた。控えめに手を挙げてこちらに振っている。
「ハヤト、迎えに来たわ」
昨夜の話は酒の席での社交辞令ではなかった。走って駆け寄りたい気持ちを抑えキサラの元に向かう。
「本気だったんだ」
「ハヤトは本気じゃなかったの?」
「そうじゃないけど…… ありがとう」
「よろしくね」
ハヤトは握手をして「こちらこそ」と返す。少し照れがあり2人とも視線を下げている。
「これからどこに向かうの?」
「そうね……」
まだ決まって無いようだ。キサラはバツの悪そうな顔をしている。長旅になるかもしれない。折角だしハインツに報告しておこう。
「一度、カイラ村に寄りたいけどいい?」
「そうと決まれば買い出しをしなきゃだね」
行きと同じようにカイラ村へは3日掛かるので2人は食糧を買いに行く。キサラは生肉や野菜を選び、張り切っていた。
「どうせ干し肉ばかり食べてたのでしょ。私の仲間になったからには健康には気をつけてもらうわ」
そう言って、3日分には多い食糧をハヤトのリュックに押し込む。ハヤトは、キサラの目を盗みこっそり干し肉を買い足す。干し肉には干し肉の良さがある。
「これでいいわね。それではカイラ村に出発!」
キサラは元気良く拳をあげて、こちらを見ている。真似てやって欲しいのだろう。
「はい、しゅっぱぁつ!」
「出発!」
キサラはうんうんと頷き納得した様子で歩き始めた。
女神様、無事に新しい仲間が出来ました。少し変わった女の子だけど楽しくやっていけそうです。
だいぶ間が空いてしまいました。今日から新年度ですね。
キサラ・シャート
17歳女性。魔法使い。黒髪でクルッとした黒い瞳。服装は村人が着ているようなシンプルな布地。火の魔法が得意。「旅先での火起こしは任せて」
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