第0話 はじまり
「これから貴方には、世界を救ってもらいます」
夢でも、見ているのだろうか。物理法則を無視して花瓶や椅子が浮いている。どこまでも続く真っ白な空間。足が地についている感覚はなく、立っているのか、浮いているのか、わからない。目の前にいるのは、金髪の美しい女性。触れてみたくなるような透き通る肌に、白い衣を纏い、背中には羽根が生えていている。
(間違いない夢だ。そうでなければ天国だ。ああ、俺は死んでしまったのか――)
意識は、まだ朦朧としている。
「――聞こえてますか?」
金髪の女性は、訴えるような瞳でこちらを見ている。
「エメラルドのように綺麗な瞳だ」
自分では気付いていなかったが声に出していた。金髪の女性はどう返したらよいか少し悩み、再度問いかけた。
「あっ、あの、聞こえてますか?」
困っている顔も美しい。
「すみません。状況がわからなくて。教えてもらえますか?」
やっとまともな返答がきたことに金髪の女性はほっとし、話しを始めた。
「そうですね。説明させてもらいます。私はモルヴェンの創造の神エルフリーデ。ここ数年、モルヴェンでは魔物の発生が多発してまして、冒険者だけで討伐しても人手が足りません。何か良い方法はないかと悩んでいたところ、友人のアーシャが最近読んだ本で異世界召喚が面白かったと話していたのを思い出し、あなたを召喚させてもらいました」
召喚というのは思い立って簡単に出来るものなのか。それをいま考えても無駄なので、ハヤトは相槌をうち、諦めて話しを続けてもらう。
「まずはレベル上げ、仲間を集めるのが良いかと思います。親指と中指、薬指をつけてステータス画面をイメージして下さい、こうです」
(きつねさんだね。やってみるか。)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ハヤト・ムツキ 男 無職 22歳
レベル1
HP:30/30 MP:15/15
攻撃力:10
防御力:10
速 度:5
知 性:10
精神力:10
幸 運:10
S P:0
スキル:
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
レベル1で無職か。世界を救ってくれと言う割に平凡な能力だな。冒険者とやらの方が強いのでは無いのか。厄介な頼み事をされたものだ。
「ちなみに、元の世界に戻るのは可能ですか?」
金髪の女性は頬に指をあて、少し考えてから切り出す。
「モルヴェン国を救って頂けたら、必ずお返しします」
(おいおい、本当に大丈夫なんだよな。)
しかし、この状況で帰ると騒いだところで叶わないのは、俺にだってわかる。少し困らせるくらいの権利はあるだろうが素直に従う事にした。
「わかりました。神様、この能力はなんとかならない?」
「エルでいいわ。そうね、スキルを1つ追加しましょう。ご希望はありますか?」
言ってみるものだ。RPGゲームの主人公が使う雷撃にしようか。炎で周囲を焼き尽くすのもカッコいいよな。空を自由に飛び回る飛行も捨てがたい。待てよ、この世界で死んだらどうなる。ここは無敵とかの方が安全だな。
「絶対防御とか出来ないだろうか?」
「うふふ、ずいぶんと堅実な方ですね。わかりました」
そう言うと、エルは手を合わせ祈り始めた。眩い光が一面を照らし、ハヤトの身体が熱くなる。
「ステータスを確認して見て下さい」
ハヤトは「コンッ」と言って指できつねを作る。もちろん口で言う意味は無い。気分の問題だ。
スキルに【女神の加護】が追加されていた。
「成功のようですね。それではご武運を。何かありましたらお呼び下さい。微力ながら手助けをさせて頂きます」
エルは話し終えると、もう一度祈りを始めた。転移を待つ時間、ハヤトはこの美しい女神様と一緒に旅が出来たら良かったとエルをじっと見ていた。辺りに光が差し視界が薄くなる。ハヤトが転移して居なくなったあともエルは頭を下げて見送った。
「――頼みました」