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婚約解消は君の方から

婚約解消は君の方から

作者: 水瀬



 それは夏の始まりの暑い日だった。

 カフェテラスの個室で、婚約者のミアが言った。




「殿下、わたくし、“真実の愛”を見つけてしまったのです」











 私はこの国の第二王子で、名をリオンと言う。


 第二王子と言えば本来なら王太子のスペアになる筈だが、王太子である兄とは十歳離れていて、兄にはすでに妻と二人の男の子がいる。

 そのため私は、兄の長男が産まれた時に自分の結婚と同時に王位継承権を放棄し、婚約者の家へ婿入りすると決めていた。

 その婚約者の名はミア・ステイリー侯爵令嬢だ。同じ年に生まれ、産まれると同時に婚約者になった。

 幼馴染で、友達で、この間までは愛する人だと思っていた。


 思っていたと言うのは、私は今年になって“真実の愛”を見つけてしまったのだ。

 私が彼女に出会ったのは、学園最終学年の始まりの日だった。

 何もないところで躓いた彼女に手を貸し、目が合った瞬間私は彼女に恋をした。


 彼女の名前は、カレン・フレイア男爵令嬢。フレイア男爵の庶子だ。

 去年の夏、男爵の唯一の後継ぎが病で亡くなったことから、愛人の娘であったカレンを後継ぎとして男爵家に迎え入れたと言う。

 半年の準備期間を得て、今年の春から学園に通い出し、私と出会ったのだ。



 これを“運命”と言わずして何と言おう!



 私は事あるごとにカレンへと接触していた。

 カレンもまんざらではないらしく、優しい笑顔と言葉で私を癒してくれた。

 それは人目もある場所で、節度ある交友だった。他の女生徒とだって声をかけられれば同じように接しただろう。

 しかし、それがミアには面白くなかったらしい。

 きつく、苦言を呈された。


 しかし、私はどうしても諦めきれなかった。

 私とカレンは人目を避けて逢瀬を重ねるようになった。

 私が悪いのは十分承知しているが、この気持ちは押さえきれなかった。


 しかし人の口に戸は立てられない。

 知らぬ間に噂になっていたようだ。


 ある日、カレンが一人泣いているところを見つけて話を聞くと、生徒たちに嫌がらせを受けていて、そのいじめの筆頭が私の婚約者のミアだと言うのだ。

 私はそれを聞いてすぐにミアを呼び出した。












「あぁ、殿下! ちょうどわたくしも殿下にお話があったのです」


 待ち合わせ場所のカフェテラスに現れたミアは、私を見るなりそう言った。

 きっとカレンのことだろうと思い先に話すよう促すと、ひとしきりもじもじした後最初の言葉を口に乗せた。


「殿下、わたくし、“真実の愛”を見つけてしまったのです」


 と。



 頬を染めて恥じらいながら告げるその姿は、いかにも幸せそうで私が見たことがない婚約者の姿だった。


「ミア、それは」

「それで、お願いがあるのです。どうかわたくしとの婚約を解消していただきたいのです」


 どういうことだいと続けたかったのに、ミアがそうかぶせてくる。

 マナーにうるさいミアのあり得ない行動に私の顔が引きつった。

 だが、ミアに全く気にした様子はない。


 これは一言注意をした方がいいのだろうか……?



 ん、



―――――いや、マナーの話どころではない。今、ミアは何と言った?



「婚約、解消?」


 私はミアの真剣な顔を見ながら、尋ねる。


「そうです。解消ですわ。もう陛下にはお話ししてあります。殿下が良いと言ってくださればすぐにでも解消してもいいとおっしゃっていただきました」

「え? ちょっと待ってくれ、それは一体……本当に、本当に?」



 カレンをいじめるな……そう言うはずだったのに、どうしてこうなった?











「父上!」


 私は放課後を待って大急ぎで城に戻り、執務室へ駆け込んだ。

 書類から顔を上げた父は、さも面倒くさそうに私を見て、駆けつけた護衛を手を振って下がらせた。


「どうしたのだ、騒々しい。一国の王子たるものそのような醜態はどうかと思うぞ」

「そんなこと言っている場合ですか? ミアが婚約を解消したいと、“真実の愛”見つけたなどと! それを父上が認めたなど、嘘ですよね!」

「あぁ、その話か」


 父はそう言って、私から隠すように机の上の書類を片付けた。


「間違いなく認めた」

「そんな! どうして!」

「どうして、か。そうだな。ミア嬢に相談されたからだ」

「相談? 何をですか?」

「お前の浮気についてだ」

「なっ!」


 浮気などしていない、と言おうとして止まる。

 心当たりがありすぎた。


「二ヶ月ほど前だ。ミア嬢が相談があるといって父親と共に登城してきた。そしてな、お前がどうやらカレンという女に恋をしていると言うのだ」

「それは……」

「まあ、聞け」


 父は私を制した。


「それを聞いた時は、まぁ、男にはたまに息抜きも必要だ。すべての女性と話すなとも言えまい。だが婚約者を蔑ろにするのはいただけない、そのことは注意しようと、ミア嬢に言ったのだ」


 父の言葉が突き刺さる。確かにカレンと出会ってから、ミアに対してちゃんと向き合っていなかった。

 カレンと出会ってから先ほどまで、カレンのことしか考えられなかった。


「そしたらな、ミア嬢が言うのだ。自分はまだ恋もしたことがない、愛と言う物がどんなものか分からないが、お前がカレンといるところを見ると、ミア嬢の両親を見ているようだ、と」


 ミアの両親は貴族社会では珍しい恋愛結婚だ。幼い時に出会ってから、一時も離れることなく今でもラブラブだ。

 私もミアの屋敷に行っては、その姿を何度も見せつけられている。


「二人で見つめ合う時のお前の瞳は見たこともないくらい優しく、彼女を守ろうとする態度を見ると、間違いなく恋している男だと思うと」


 隠し切れていたと思ったけど、そうじゃなかった……全部見られていたのか。


「相手が誰でもいい私より、お前が恋し、恋される相手と結ばれる方が、お前のためじゃないか、と……だがすぐに婚約解消は難しいだろう?」

「はい」

「それに、ミア嬢の話だけでは決められない。それで、お前たちのことを少し調べた。そしたらどうやら本気なようじゃないか」

「それは!」

「影の報告では、ミア嬢との婚約を破棄してカレンと結婚したいと言っていたと」


 確かに言った。言ったけど、あれはその場の勢いと言うか……。


「私は……そんなつもりでは」

「じゃあ、どんなつもりだ? あの男爵令嬢を愛人にでもするつもりだったのか?」

「いえ、そんな……」


 否定したが、確かに自分はミアと婚約解消するつもりはなかった。

 だが、愛しているのはカレンで……。


「それでな、ステイリー侯爵ともう一度話し合った。そして、こう結論を出した。もしお前がそう言う考えならこの婚約は不幸にしかならないだろう、と」


 ステイリー侯爵ならそう言うだろう。

 浮気も誤解を招くような行動もしない、妻一筋の男だ。


「ミア嬢は侯爵家の後継ぎだ。彼女を支える者が他の女にうつつを抜かすような者では駄目なのだ」

「……ですが、ミアだって、私以外の男を好きだと……それは」


 ふと、ミアの言葉を思い出し、口に乗せる。

 父は大きくため息をついた。


「その男は私の紹介だ」

「は?」


 今なんと?

 耳がおかしくなったのかと思ったが、真面目な顔で父は続ける。


「ミア嬢が、自分もお前のような恋をしてみたいと泣いてな、まぁ、確かにお前が他の女を選ぶのに、ミア嬢に相手がいないのは不公平だ。仕方がないから調べ上げてミア嬢を好きだと言う男を紹介した」


 言っていることの意味が分からない。


「……何故、そんなことを」

「お前が本気なら、ミア嬢に新しい婚約者を探さなければならないだろう?」

「ですが、まだミアは私の婚約者です!」

「お前が先に不実を働いたのだ。今のままではミア嬢にキズが付いてしまう。お前の不実のせいで、ミア嬢が不幸になってはいけない。ステイリー侯爵家は我が王家にとって欠かせない家なのだ」


 困ったように言われても、全く意味が分からない。


「お前は私にとって大事な息子だ。王家の後継ぎには出来ないが、出来るだけ幸せになってほしいと思っていた。だからこそミア嬢との婚約をとりつけた。だが、気持ちはどうしようもない」


 父はそう言って、首を振った。


「だからお前たちの気持ちをそのまま利用することにした。お前たちが少し悪者になるが、もとはと言えばお前が悪い」

「何を」

「お前の不実にミア嬢が悲しみ、それを慰めた男がお前からミア嬢をとり返した、と言う筋書きだ。大きく見ればお互いの幸せのために婚約を解消した、ともとれるだろう」

「そんなこと認められません!」

「すでに下地は出来上がった。お前はお前の愛する者の手綱をしっかり握っておくように。カレン嬢は男爵家の跡取りだ。このまま彼女の家に婿入りすればいい。お前にも男爵の爵位を用意しよう」


 もう決定事項だと言われ、私は全身から力がぬけた。


「ミア嬢は本当に良く出来た令嬢だ。お前にはもったいなかったな」











 魂が抜けたみたいな気分だったが、私は学園へ登校した。

 馬車を降りるといつもなら挨拶が飛び交うのにそれがない。

 不思議に思って辺りを見回すと、校庭の噴水の前に人だかりが出来ていた。

 慌ててそこへ走りよると、見知った二人が向かい合っていた。


 一人は私の愛するカレン。

 もう一人は、昨日婚約を解消したミアだった。


「私がミアさんに認めてもらえないのが悪いのは分かっています。私への嫌がらせも許します。でも、もうリオン様を縛るのはやめてください!」


 慌てて近付くと、カレンのそんな声が聞こえてきた。

 何を言っているんだろう?


「ミア、カレン」

「リオン様!」


 声をかけるとカレンが振り返る。

 ミアは静かに私に向かって頭を下げた。周りの生徒たちも一斉にそれに倣う。


「ここは学園だ、頭を上げてくれ」


 辺りを見回してそう告げると、生徒たちがゆっくりと頭を上げた。


「一体何があったのか教えて欲しい」


 近くにいた生徒に尋ねる。


「恐れながら、そちらにいらっしゃるフレイア嬢が……」

「リオン様、ひどいんです」


 生徒の言葉を遮って、カレンが私に飛びついてきた。

 ざわりと空気が揺れる。


「カレン、人前だ」

「あ、ごめんなさい。でも、ミアさんがひどいんです!」


 カレンは慌てて押しつけていた体を離すが、そのままミアを指差した。

 人を指差すなんて!


「カレン」

「大丈夫か! ミアッ!」


 カレンの手を無理矢理降ろすと同時に、人垣をかきわけて男がミアの前に飛び出した。

 制服を着ているから同じ学校の生徒なのは間違いない。

 その顔は、どこかで見たことがある。


「ヒューイ様!」


 ミアが男に笑顔を見せた。

 学園ではいつも無表情に近いミアの笑顔に、生徒たちが悲鳴を上げる。

 二人は当たり前のように近付いて向き合って、見つめ合う。


「あぁ、ミア。大丈夫かい。どうして一人で先に行ってしまったんだ」

「ごめんなさい、ヒューイ様。今日はどうしても早く来なければならない用事があったんです」

「なら、昨日のうちに言ってくれればいいのに」

「だって、ご迷惑をおかけしたくなかったんですもの」


 ぷいっとミアが男に背を向けた。

 背中側、腰のあたりで両手を結び、少し首を傾げて右に左に体を揺らしては、時々ちらちらと男を上目遣いで見る。

 その仕草のかわいらしさと言ったら。


「美少女がやると、本当に可愛いのね……」


 近くの誰かが言った言葉に、思わず頷いてしまう。

 いやいや、そんなことをしている場合ではない。


「愛しいミアのためならどんな願いだって叶えるつもりだ。朝早く君を迎えに行くくらい何でも無い。どんな小さな願いも言ってくれない方がどんなに辛いか!」


 芝居がかった仕草で男はそう言って、首を振った。


「ごめんなさい、ヒューイ様……」


 ミアは振り返り、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「あぁ、そんな顔をしないで。私のお姫様。これからは何でも私に言ってほしいだけだよ。さぁ、どうか姫君の手をとる権利を私に」


 ミアの足もとに跪き、男は両手を捧げた。

 頬を染め、ミアはゆっくり男の手にその手を重ねた。


 さっきよりも熱く二人の視線が絡みあう。

 もう……と言うか最初から、二人の世界に外野はいなかった。



 なんだ、この茶番は……。



「素敵……」


 茫然と二人を見つめる私の耳に、カレンのそんな声が聞こえてきた。

 聞き間違いかと思って隣を見ると、カレンがうっとりした瞳で二人を見ていた。


「カレン?」

「ああ、なんて素敵。彼こそ私の理想の王子様だわ!」



 は?











 私は、カレンの手を引きその場を離れた。

 ぼんやりしたカレンの視線は、いつまでもそちらの方を向いていて、私が呼びかけても答えてくれない。


 教室まで連れて行き、何度か問いかけてようやくカレンが私を見た。


「殿下、あの方は誰なんですか?」

「殿下?」


 今までずっとリオン様と呼んでいたカレンが突然呼び方を変えた。


「ほら、ミアさんと一緒にいた方です」


 私の疑問などお構いなしに、カレンがそう聞いてくる。


「……あれは、ミアの新しい婚約者だ」


 腑に落ちないが、期待に満ちた目にそう答える。

 ヒューイと言えば、隣国にそんな名前の王子がいたような気がするが。


「婚約者って、ミアさんには殿下がいるのに! いいんですか?」

「ミアとは婚約を解消した。準備が整えば、カレン、君と婚約する」

「え?」


 カレンが急に真顔になった。


「え、あの……私……」

「私の父にも、カレンの父君にも話は通っている」

「そんな、あの、私」

「君も私と結婚したいと言ってくれたろう?」


 喜んでいるとは思えない表情だ。


「カレン?」

「ごめんなさい、私……」


 フルフルと頭を振って、カレンは私の手を振り払った。


「カレン?」

「殿下、申し訳ありません。少し考えさせて下さい!」


 カレンはそう叫ぶと、私に背を向けて走り去った。


「え?」




 これ、どういうこと?












 あの茶番劇から一週間。


 私はカレンとの約束の場所へ足しげく通っていたが、カレンが現れることはなかった。

 代わりに聞こえてくるのは、カレンがミアとヒューイを追いかけ回していると言う話だ。


 どういうことか。

 そんなこと、考えなくても分かっている。


 私は振られた、と言うことだ。


 それも、婚約者のミアと、

 “真実の愛”の相手だと思った、カレンに。







「殿下、少しよろしいでしょうか?」


 ひどく憔悴した表情で、ミアが私の前に現れた。

 場所はカレンとの逢瀬の場所だ。



 あぁ、女々しいと言ってくれ。

 私はカレンを追いかけることも出来ずに、毎日ここでカレンを待っていたのだ。



 カレンは毎日、ミアの婚約者・ヒューイを追いかけ回している。

 ヒューイはミアから一時も離れない。


 それなのにカレンは、事あるごとにヒューイにしがみついたり、私に言っていたような嫌がらせを受けていると言ったりとやりたい放題だという。


 ヒューイは、当然そんなカレンを乱暴に振り払う。

 しかし、その度に攻撃されるのはミアだった。


 転んだふりをして飲み物をかけたり、ぶつかって転ばせたり、時には泣きながらミアにひどいひどいと見当違いな難癖をつけては暴れた。


 そんなカレンを引き離し学園の警備員に渡すのは、その様子にすっかり慣れた生徒たちだった。


 学園と王家もカレンに接近禁止を命じた。

 警備も強化したのに、カレンはどこからともなく現れては二人に絡む。


 もう退学にしてしまえばいい、そう言う人がほとんどだ。

 しかし、将来ある学生だからと学園は消極的だ。

 学園内で起こったことは、学園の裁量で不問に出来る。



 その最大の理由は、カレンが私の婚約者……だからだ。

 父は言った、

 愛する者の手綱を握れと……。



「分かっている。本当に、すまない」


 長い沈黙の後、ミアが何か話す前に、私はそう言った。











 卒業式の日。

 卒業式そのものは無事何事もなく終わった。


 私は一人卒業パーティーの会場に向かう。

 カレンには、卒業パーティー用のドレス一式を贈り、エスコートの申し出をしておいた。



―――――返答はなかったが。



 きらびやかに行われる卒業パーティー。

 本来なら、私とミアがその主役となる筈だった。

 しかし、今日の主役はミアは変わらないが、その相手は隣国の第三王子・ヒューイだ。

 パーティーの開始の挨拶も、最初のダンスも、すべて二人が行った。



 そして、今、二人のために作られたケーキが運び込まれた。


 カレンに追いかけられながらミアを守り、その愛を失わなかったヒューイ。

 あり得ないような嫌がらせに負けず、ヒューイを慕うミアは今や時の人だ。

 憔悴しながも愛を貫く二人を、生徒たちは団結してカレンから守っていた。


 これは、その生徒たちからのサプライズだ。



 パーティーは最高に盛り上がっていた。

 二人はお互いにケーキを食べさせあうという、どこかの国の結婚式で行われる儀式をしていた。



 会場は、二人の共同作業を固唾を飲んで見つめていた。



 その時!



 バーン!!!!



 という音と共に、静まり返った会場の扉が開き、着飾ったカレンが現れた。

 ミアと同じヒューイの色のドレスで。



 ざわつく会場が一瞬で静まり、カレンの前に一本の道を作る。

 カレンは、当たり前のようにその道を進み、


「ヒューイ様! そんな女に騙されてはいけません! 貴方の運命はここにいます!」


 と、壇上の二人に向かって叫んだ。


「私はフレイア嬢に名を呼ぶことを許したろうか?」


 ヒューイが眉を寄せてそう言うと、カレンは顔を歪めミアをにらむ。


「ミアさん! どうしていつも私の邪魔をするんです! 殿下はお返ししたじゃないですか。ヒューイ様まで奪うなんてひどいです!」


 全く意味が通らないことを口走ったかと思うと、涙目で壇上へ走り出す。

 それを阻むのは、運動部の力自慢の女子生徒たちだ。

 カレンの前に立ちはだかり、数人で押さえ込んだ。


 私はそれを見て、壇上へ躍り出る。


「カレン・フレイア男爵令嬢!」


 そして、声を張り上げてカレンを指差す。


「私は貴女との婚約を今ここで破棄する! そして、我が友、ヒューイとミア嬢に対して行った不敬について、第二王子として断罪する」

「え?」


 壇上でそう叫んだ私に、カレンは首を傾げた。


「どういうことですか。殿下。私は……」

「言ったろう。準備が整えば婚約すると。それは国王命令だった。君にも私にも断る権利はない。婚約は成立した。そしてたった今、破棄された」

「そんな! 私は……」


 押さえつけられたカレンの顔は醜悪に歪む。

 私はカレンの、ミアの何を見ていたんだろう?


「貴女が行ったことはすべて調べてある。証拠も揃えた。貴女の父は貴女を勘当し、親子の縁を切った。貴女はこのまま修道院へ入ってもらう。これは貴女を愛した私からの温情だ。死ぬまで神に奉仕するといい」

「そんな! 私は」

「連れて行け!」


 生徒たちに担がれて、カレンは退場した。

 外では父に頼んで用意した騎士が待っている。

 カレンは最高の状態で修道院へ入る手筈だ。


 カレンの罵倒が遠ざかり、聞こえなくなるのを待って私は壇上から生徒たちを見回した。


「私のせいでこの一年、皆に迷惑をかけてしまった。卒業パーティーもこんなことになり、本当に申し訳なく思う」


 言って、頭を下げる。


「リオン、頭を上げてくれ。君が悪いなんて思っていない。君のおかげで、私は愛する人を手に入れられたのだ」


 ヒューイの言葉で、ざわめく会場はすぐに静まった。

 私は頭を上げて、寄りそう二人を見る。


「ミア……いや、ステイリー侯爵令嬢。そして、ヒューイ。君たちを祝福する。どうか誰よりも幸せになってほしい」


 私の言葉に二人は少しだけ見つめ合い、頷きあった。

 ミアがゆっくりと私に近付き、手をとる。

 昔、幼いころ私が一人でいるといつもそうしてくれたように。


「殿下……よろしければ、私のことは今まで通りミアとお呼びください。私はいつまでも殿下の幼馴染なのですから」


 にっこりと、ミアが笑う。

 もうずっと見ていなかった笑顔だった。


「ありがとう、ミア、ヒューイ」


 私がそう言うと、会場中が拍手と歓声に包まれた。








 この年の卒業式は伝説になった。









最後まで読んでくださりありがとうございました。

またよろしくお願いします。


拙い作品を呼んでくださり、

ブックマーク・評価・感想をありがとうございます。

誤字報告適用させていただきました。(20/10/22)(21/11/17)(22/5/16)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後、王子が立ち直ったこと。カレンという人語が通じないモンスターを除けば、みんなが成長してよかった。
[気になる点] ……どんな伝説?
[良い点] カレンと浮気して運命だ真実の愛だとのぼせていながら、ミアに婚約解消してと言われたらおろおろしている王子が滑稽で無様で笑えますね。
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