第八話 ラジオ・ドラマ2
天の川銀河太陽系第三惑星監査管理――それはグレイの母星『ケプラー』から地球人類を管理する任務を背負わされた存在だ
その任務のの内容は、いずれ誕生するであろう知的生命体の保護を主としているが、宇宙の財産となる生命体の選出と選定も兼ねており、その権限と責任は大きい。
現在は天の川銀河太陽系第三惑星(以下略)の役職に就いているグレイ・アダムスキーの手腕により、人類は無事に文明の発展と繁栄を遂げさせている。
この事実は母星ケプラーで、地球人類の続報を待っているグレイの上司たちも、手を叩く様にして喜んでいる。そして地球の様子を写した画像や動画は、普通の値段より、かなり高値で取引されている程の人気ぶりであった。
太陽系第三惑星地球。それを監視・観察しているグレイたちの住居兼基地は、地球の衛星である月に存在している。この基地はグレイがボッチだった頃と違い、かなりの人数が彼らの母星からやって来ている。
その数は既に三桁を超え、当初グレイと彼の補佐官であるパーシーが二人きりで任務を遂行していたのが、懐かしく感じるくらいだ。
グレイはパーシーの手を借りながら、地球人類に出来るだけ干渉せず、地球人類の文明を見事に開花させている。それは正しく偉業の一つであり、彼の評価は鰻登りだ。
月にある基地――超宇宙的技術移民船ツッキーでも一目置かれる存在となっており、それは真にグレイの優秀さを見せつける事であった……だがそんな彼にも不満を抱く者たちは居る。
何故ならグレイが持つ、移民船ツッキーの中での権限は大きい。それは彼の責任の大きさも意味するのではあるのだが、パーシー以外の部下たちには、その権限の大きさだけが目立つ。
それは地球人類との交信、接触、方法など、兎にも角にも地球に関する全ての行為が、グレイ・アダムスキーの名の下に管理されているからである。
そしてそんなグレイに不満を抱き、地球人類へのコンタクトをもっと積極的に行うべきだという集団――強行派が生まれる事になる。それは移民船ツッキーを混沌の渦へと飲み込み、常にグレイの頭痛のタネのとなる存在だ。
地球時間、西暦1938年。月にある超宇宙的技術移民船ツッキーにある一つの部屋で、何人もの男女が集まり、とある議題が非公開で挙げられていた。
「さて、皆さん。今日も地球人類について、我々がどうするべきかの話し合いを始めましょう」
そう言って議会の始まりを宣言するのはイヌマール・カントルという女性だ。彼女はこの男女の集団のリーダーで、同時に議長を務めている。
長い砂金の様なサラサラとした髪を揺らし、その大きな胸が苦しそうに主張している。性格も真面目で家庭的と評判であり、結婚がまだな独身男性からは、特に人気のある女性だった。
そんなイヌマール・カントルが、この移民船ツッキーに来てからは約2000年ほどの時間が経っている。ここの主任であるグレイほどではないが、それなりに移民船ツッキーに長く居る人物である。だが古参というには、まだまだ新米であり、しかし新人というには年月が経ち過ぎている。そんな中堅的な存在である。
「イヌマール議長よろしいでしょうか? まずは私から重要な提案が一つあります」
そう言って議会が始まった直後に手を挙げるのは、最近この移民船ツッキーに来た新人だ。名をノイエ・ジルといい、髪を短く切っており、スッキリとした清潔感が漂う好青年だ。そして見た目と反して熱血漢であり、情に厚い人物だったとイヌマールは覚えている。
そんなノイエからの議題の提案。きっと新人らしい先鋭的な意見を述べてくれるだろうと、イヌマールは少しだけ期待を込めて、彼の発言を許す。
「いいでしょう、ノイエ。あなたの提案を仰ってみなさい」
「ハッ。発言の許可を頂き感謝いたします、イヌマール議長」
ノイエはイヌマールに一度頭を軽く下げてから、周囲を見回す様に体の向きを変える。そして自分の提案に余程の自信があるのか、彼は誇らしく胸を張り抑揚と喋り出す。
それはこの議会に集まっている集団にとって、まさに寝耳に水――爆弾を通り過ぎた、超新星的な発言だった。
「我々も独自の方法で、地球人類と濃厚な接触を図る方法を模索するべきです……と、具申します」
ノイエのその言葉に、他のメンバーは自分たちの耳を疑い、周囲にいる人物たちと顔を見合わせる。そして隣り合う人と、ヒソヒソと話始め、ノイエの意見が可能かどうか検討をし始めた。
『ノイエの意見は確かに、その通りだと思う』
『だが……あのグレイ主任の目を盗んで、それは可能だろうか? 彼は、あのナヨの脱走計画を尽く潰した人物だぞ?』
『しかし、あれは私たちにも予想は可能だった』
『うむ、確かに……ならば高度な偽装工作をして秘密裏に事を運べば、何とかなるのではないか?』
『いや、待て。この基地の偽装はともかく、地球に対しての情報隠蔽はどうする? 流石に地球人類に我らの事が公になれば、グレイ主任も我らを庇えなくなるぞ?』
などなど様々な意見が、議会に集まっているメンバーから出される。その多数の意見を要約すると、彼らが主に心配しているはグレイにバレずに済むか? と、いう事である。
そしてそれは当然の話だろう。何故ならこの基地でのグレイの権限は強く、その気になれば自分たちを更迭して、母星に送り返す事も出来るからだ。
グレイは基本部下に甘い上司ではあるが、自らの使命とも言える任務に誇りを持っている。その誇りを傷つけずに、地球人類に接触するのは並み大抵の努力では叶わない。
故に問題は自分たちが地球人類に接触したとして、その後だ。この事がグレイにバレても最悪、降格処分やボーナスカットで済む話だ。しかしこの事が全地球人類の事実として、公になってしまえば、彼らが全てを失ってしまうのは明確だった。
「静粛に! 静粛に!」
議長であるイヌマールが、周囲のメンバーを落ち着かせようと声を上げる。その凛とした声に、彼らは次第に落ち着きを取り戻していく。そしてイヌマールは少しだけノイエを責める目線となり、彼に対して諫める様な言葉を投げ掛ける。
「ノイエ。何の前置きもなく、皆が驚く様な発言は控えるべきでしょう。順序立て説明しなければ、通る意見も通らなくなりますよ。あなたが如何に今回の作戦に情熱を掛けているのか、私は知っていますが、他の方たちは初耳なのですから注意しなければなりません」
「ハッ! それは失礼致しました。しかし我らの思いは……もう限界でしょう。この事が彼――グレイ・アダムスキー主任の意に反する事かもしれないとはいえ、議長やここに居る皆様方にも忸怩たる思いがあるのでは?」
ノイエの言葉に周囲のメンバーたちだけでなく、イヌマールすらも悔しそうに自分の唇を噛みしめる。それはその表情からも分かるように、グレイが地球人類を管理・保護している事を悔しく思っているからだ。
「だが、どうすれば良いと言うのだ? 我らが動き出そうとすれば、グレイ主任は必ず気づく。そして事態の対処と沈静化を直ぐにでも図るだろう」
メンバーの一人が自分らの不安と、事を起こす際の障害をノイエに意見する。
「ええ、その通りです。ですからグレイ主任の――いえ元々この基地で予定されていた計画の一部と、近々地球人類で流される、とある放送を利用します」
ノイエはそう言ってメンバーの疑問に答え、その内容を纏めたプリントを周囲に配っていく。それは、いつでも証拠を隠滅出来るようにと、この基地では珍しいアナログ媒体である紙の書類だ。
その珍しい紙媒体の情報をイヌマールを含めたメンバー目を通し『むむむむ』と、唸りながら読み込んでいく。
「なるほど、確かにこれは良い考えですね。これを利用して私たちは地球に降りる……と、いう訳ですか」
イヌマールが感心する様に呟く。彼女が目にしているのは、ノイエがグレイの目を欺く為の方法が書かれている計画書だ。それは移民船ツッキーで予定されている計画と、地球でのある放送を理由する意見書だ。
イヌマールが見ているプリントの一番上には『ナヨタケ号の廃棄案について、そして地球でのラジオドラマ』と題されている。
ノイエはメンバーの全員を見渡す。そしてプリントに書かれている内容を各自が理解したと思ったのか、続きの話を喋り始めた。
「イヌマール議長は当時のご様子をお知りでしょう。彼女――ナヨ・タケノカグヤさんは約1200年ほど前に、地球に一度降りています。ですが彼女はグレイ主任の手によって、無理矢理この移民船ツッキーに連れ戻されました」
「ええ、その事は私は……正確には、この基地に住む3分の1が実際に見ています。あれは仕方が無かった事とはいえ、彼女も非常に傷づいた出来事だったでしょう」
イヌマールがノイエの言葉を受けて沈痛な表情になる。イヌマールは密かではあるが、ナヨの事を応援していた口の人物だ。ナヨが傷つくのを見て、まるで自分の事の様に、その心を痛めていた。
「ですがナヨ・タケノカグヤさんは、ミカドの事が忘れられず、何度かこの基地からの脱走を試みています。しかし、その結果は敢え無く失敗。ナヨタケ2号もグレイ主任の手によって接収されてしまいましたが……」
「ええ、彼女は諦めなかった。常にグレイ主任の隙を伺い、ナヨタケ号を作り続けました。でも結局は何もかもがグレイ主任にバレてしまい、ナヨさんの計画は無残にも崩れてしまいました」
ナヨ・タケノカグヤ――彼女は、この移民船ツッキーにおける技術担当の開発・整備主任だ。
彼女はグレイたちと同じ母星ケプラーを出身とする宇宙人類ではあるが、その見た目が少し特殊な容姿をしていた。
そしてそのせいもあり、彼女の父が用意したお見合いが悉く破断。その事実に彼女は鬱状態になり、自暴自棄な気持ちで地球に家出をした経緯がある。
「ええ。その通りです、イヌマール議長。ナヨさんは計画の度にナヨタケ号を作り、失敗しています。そしてその数は306号まで作られ、現在でもそれら全てのナヨタケ号が保管されています」
「その通りですわね。あれは、いざという時の私たち緊急脱出艇でもありますから。マイクローン……退縮技術が無ければ乗る事も出来なくなりますが」
その退縮技術が故障し、ナヨ・タケノカグヤが月に戻ってくる事が出来なくなったのが、先ほどのの話である――のだが、それはまた別の物語だ。
「そのナヨタケ号の廃棄案が回覧板で回って来ています。ナヨさんが作った初期型ロット、2番から200番までを廃棄するようです」
「なるほど、それに乗じて私たちは……と言う事ですか」
「その通りです、イヌマール議長。廃棄される理由は故障や経年劣化による不具合ではなく、単なる圧迫在庫による倉庫整理です。それらのナヨタケ号の使用に問題はありません」
そうして部屋の中が静かになる。この計画立案したノイエはともかく、他のメンバーは計画に穴がないか、プリントに穴が開きそうなほど確認中だ。
こうして部屋の中が沈黙に満ちて数十分。ノイエを含めたメンバー全員は、イヌマールの顔を見て一斉に頷く。そしてイヌマールはその様子を見届けてから、宣言するように口を開いた。
「イッツ、パーフェクトですね! この計画ならグレイ主任の裏をかく事も出来るでしょう。さっそく、このナヨタケ号の廃棄作業を私たちの手で行える様に仕向けましょう」
そう言ってイヌマールが席から立ちあがる。そしてそれに合わせる様に、ノイエや他のメンバーも立ち上がり、中央に立っているイヌマールを見る。そこには一つの秩序があり、統制された規律があった。それはまるで戦争にでも行く兵士の様な姿だ。
「よし! これより私たちメンバー『モノリス』は、地球人類保管計画を開始します。各員、十分に気を付けてください。最悪グレイ主任にバレるのはOKでも、この事が地球人類側に公になるのはNGです」
イヌマールの言葉にメンバー全員が頷く。そして彼女は片手を上げて、宣言する。
「我々の幸福のために――地球人類を我が手に!」
「「「地球人類を我が手に!!!」」」
こうして地球人類保管計画を開始した強行派モノリスによる、地球侵入作戦がここに始まるのだった。